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竜星魔神王~星の巫女。リリルを求めて~  作者: すみ いちろ


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29/31

29話。暗闇の恐怖。





 ──とても、嫌な予感がした。


「『解呪アーク』……」


 ウィンザード城内の最下層──。そこに、響く声。

 パトト爺ちゃんが太い両手の指先を組み、額に祈るようにして呪文の様な言葉を口にした。そこにあるのは、少し埃っぽい何も無いただの石の床。 

 城内の廻廊の暗闇に。最後に響いたパトト爺ちゃんの言葉──「『解呪アーク』」。等間隔に並ぶ、壁掛けのランタンの炎の明かりが、その言葉に僅かに揺らいだ気がした。

 

 まるで、水面に何かが浮かび上がる様にして。

 そこには何も無い──ただの古びた石の床の上に、血の様な赤色ににじむ紋様がスーッ……と。音も無く現れた。それも、見たこともない。二匹の蛇と、弓矢のような形をしたお月様が、絡み合う不気味な姿の紋様。

 壁掛けのランタンの薄ボンヤリとしたオレンジ色の明かりに照らされた、それ。

 角張ったランタンのガラスの内側で、炎が幽かに揺れていた。

 

「……おぞましい」


 見ただけで、ゾッとした。それには、触れたくもない。

 もしも、触れてしまったのなら──指先から、黒い何かに浸食されてしまう様な恐ろしさ。その気配。自分が自分で無くなってしまう様な……。見ているだけで、ゾワゾワと私の露出した素肌に鳥肌が立った。


「行くぞ……」


 パトト爺ちゃんが、光錬成に輝く指先でその紋様に触れると──。「ジュ……」と音を立てて。その血の様な赤の呪いの紋様が消えた。

 

(──ゴゴゴゴゴ……)


 砂埃のような何とも言えないカビ臭い匂いが鼻をつく。代わりに現れた、地下へと伸びる暗闇に覆われた階段。異様な冷たい空気が立ち込める。隠し通路のように口を開けた地下階段の出現に息を呑んだ。

 パトト爺ちゃんが見つめる視線のその先。暗闇の。私は、言葉を失いかけた。ジャンゴだって、そうかも知れない。驚きを隠しきれずに、立ち止まっていたから。金に揺れる前髪から、青色の瞳を覗かせて。


「い、いよいよか……」

「だ、だね……」


 今から、この暗闇の中を進むことと、この先に待ち構える『時の魔法陣』の力の大きさをビリビリと肌で感じる恐怖。精一杯だった。呼吸とともに、短い言葉を吐き出すだけで。

 

 ──地下へと真っ直ぐ伸びる暗闇の一本道の階段。

 だけど、壁掛けのランタンの灯火も無くて。パトト爺ちゃんの手のひらに浮かぶ、光錬成の明かりだけが頼りだった。

 ……一歩、一歩。進むたび感じる空気の冷たさ。

 足どりが重い。怖いよ。入り口の明かりが遠ざかる。後戻りは出来ない。暗闇の中。けれども、私には、パトト爺ちゃんとジャンゴの二人が居る。大丈夫。一人じゃない……。


「リリル、大丈夫か? さっきから、足。震えてんぞ?」

「あ、あぁ、ジャンゴ。や、やっぱ、私。怖くて。アハハ……。情けないよね」

「静かにしろ……。誰か、いる」

「え?」


 先頭にパトト爺ちゃん。それから、私。そして、後ろにジャンゴ。ジャンゴとパトト爺ちゃんとの間に挟まれて。護衛ガードしてもらってる私……。

 

 狭い階段の一本道。

 暗闇が、パトト爺ちゃんの指先の光錬成の明かりに灯される。その先に。

 え? 誰かが、いる? そんな……。

 ますます私の身体が恐怖に強張コワバる。足もとがすくむ。行きたくない。けど──。

 魔女の巫女──魔人デモニオと化したエミルとの記憶が蘇る。それもまだ傷の癒えてない。生々しい血の光景が。


ドラゴンの血……。飲んでないのか?」

「あ、あぁ。な、なんかよ。今は、身体が受け付けねぇっつぅか、飲めなくてよ……」


 もしかしたら、ジャンゴは──。ここ数日の変身で身体が悲鳴を上げてるのかも知れない。それに、私もドラゴンの血、飲んどくんだった……。こんなに、怖いのなら。興奮バーサク状態モードになるのは困るけど、『時の魔法陣』が眠る地下に、まさか誰かがいるなんて。迂闊うかつだった。酔ったふりして、飲んでおけば良かった。また、血で血を洗う様な戦闘が始まるんだろうか。もう、戦いたくなんてない。


 一歩、一歩……。

 不安が近づく。暗闇の階段。

 予期しないもの。恐怖。あらかじめ分かっていたこと。恐怖。この先に待ち受ける恐怖。

 そのどれもが、頼り無い私の肩に重くのし掛かる。星の巫女と言う運命が、私の小さな胸の中に宿って。その心臓の鼓動が、不安の音を更に大きく掻き鳴らしていた。

 

 ──地下から吹き上げる冷たい風。そのカビ臭い鼻をつく様な異様な匂いとともに。私のウェイブした髪の先端が、一瞬揺らいだ。その時。


「伏せろぉっ!!」


(──ガンッ!! ズズズ……。ザンッ!!)


 暗闇の中、地下へと伸びる階段の──降りたその先。

 パトト爺ちゃんが、階段の出口にある床に片足をつけようとした瞬間──。

 目には見えない鋭い風圧が、私たちのいる狭い石の階段を、壁ごと斬り裂く。

 パトト爺ちゃんの叫んだ声が暗闇に響き、伏せていなければ首が飛ぶほどの亀裂が、階段の石壁に走る。その衝撃音。硬い金属が、石材を斬り裂く様にして、静寂に慣れた耳をつんざく。

 

 私のウェイブした栗色の髪の先端が、ハラリ……と。切断された石の階段に落ちた。頬をかすめたのか、その痛みの熱を感じた。

 光錬成を身体にまとうパトト爺ちゃん──その光の向こう側に見える斬撃の主。その姿と影。


「ほとんど丸裸同然の姿とは。笑えるな、パトト……」

「フン! 貴様如き奴に、斬られるワシでは無いわっ!!」


 呪いが人の姿を象った様な影とともに。パトト爺ちゃんの頭上を割る様にして。人の身体とは、おおよそ釣り合いの取れない銀の巨大な大剣が、光錬成の輝きを増したパトト爺ちゃんの片腕に受け止められていた。


(──ブンッ! ズガッ! ドォォォォン……!!)


 二人の言葉が、この地下室に響いた数秒後。静寂は破られ、奥行きのある暗闇の空間が薙ぎ払われる様に、その人の影が瞬時にして吹き飛ばされていた。


「くっ! パ、パトト……。こ、この化物バケモノめっ……!!」


 ガラガラと……。

 パトト爺ちゃんの光錬成の背中に、照らし出される石壁の地下室。

 その中で、黒いドラゴンの姿を象った鎧を纏う一人の姿。お城の兵士の人たちとは違う。ドラゴンの頭部を模した黒の兜で、素顔が隠されている。魔人デモニオヴィオを感じさせる異様な空気を全身に纏って。

 その屈強な身体が、パトト爺ちゃんの一撃で石壁にめり込んでいる。けれども、一撃を受けて尚、銀に光る大剣を突き刺して、今にも立ち上がろうとしていた。


暗黒魔剣士ダークナイトか? 黒魔導衆直属の……。何故、その身を堕とした?」

「ハッ! 知れたこと。今さら、何を言う? 業ってヤツだよ。それも、アンタに片親を殺された……。なっ!!」


(──ズガッ! ドォォォン……!!)


 耳を疑った。突然の出来事と、その言葉に頭の中が混乱した。……嘘? え? パトト爺ちゃんが? 何故? まさか、そんな……。


 背後の石壁に、めり込んでいた身体をのけ反らせ──。

 飛翔した影が、黒竜ドラゴンを模した鎧兜に身を包み、銀色に光る大剣を夜空の稲妻の様に振り下ろした刹那。

 光錬成に光る両腕を、頭上で交差クロスして刃を受け止めた──パトト爺ちゃんの背中。その視界に広がる暗闇の奥から、吹き込んで来た風の様に不気味な声が響き渡る。戦慄が走る。この冷気漂う地下室に、眩暈めまいがしそうなほど木霊こだまして。


「オオオ……ォォォ……」


 まるで、死の象徴。

 吹き込む風とともに流れる、この怨嗟えんさの様なうめき声。

 聴いただけで、生命力が奪われて、戦意が喪失する。身体に噴き出た冷や汗が、止まらなかった。


「リリ……ル」

「え? ジャ、ジャンゴ!!」


 声のした私の後方──パトト爺ちゃんの光錬成に照らされた暗闇。

 その中で、片腕から血を流したジャンゴが、足を震わせながら立ちすくんでいた。

 躱し切れなかった斬撃──狭い地下通路の階段。それでも、いつものジャンゴなら軽々と躱せるはずが……。やっぱり、ジャンゴの様子が変だ。


「フフ……。代わりましょうか、バルナさん? 狙うなら、まずは、そこの手負いの狼少年。見たところ、竜人ドラゴニアには成れなさそうですし? 削れる者から削る。やはり、パトトは、貴方には荷が重い」


「邪魔しないで下さい。リゲルさん。ようやく、パトトに復讐の刃を突き刺せるんですから……。ぐっ!!」


(──ドォォォン!! ガラガラガラ……)


 再び、パトト爺ちゃんに弾き飛ばされた暗黒魔剣士ダークナイト。名前は、バルナ? 声とその立ち姿から、私より少し年上の男の人の様に想えた。

 ──暗闇の石壁に激突した衝撃音。

 けれども、バルナは、再び起き上がって来るはず。これで、終わりとは想えない。そんな執念のような怨念とも言える呪いの力を、バルナの纏う屈強な身体の空気から感じた。

 バルナの狙い──それは、パトト爺ちゃんの命。けれど、暗闇の死角から何時いつどこから、私とジャンゴに襲い掛かって来るか分からない。その恐怖が、私の身体を痺れる毒の様に支配する。

 け、けど──。リゲル……?


 吹き飛ばされた暗黒魔剣士ダークナイトのバルナに代わって、私とジャンゴ、パトト爺ちゃんの目の前に現れたのは──。

 ──目を疑った。

 なぜなら、そこに居たのは……祝典の催しでも、舞踏会パーティーの壇上でも見覚えのあった人物だったから。

 リゲル……。

 名前は、知らなかった。けれど、オレンジ色の法衣を纏う初老の顔。灰色グレー口髭くちひげに、円形の眼鏡。それは──。


「し、司祭……様?」

「いかにも。星の巫女、リリル。よく来てくれましたね? 土の魔女シーラ様に代わり、お迎えに上がりましたよ? さぁ、我らとともに! エミルのことは残念でしたが、最期は魔人デモニオへと昇格致しましたからね……」

「そ、そんな……」

暗黒魔剣士ダークナイトのバルナ……。黒魔導衆が一人、リゲル。なぜ、記憶を保っていられる?『時の巻戻りの力』により、その記憶は……」

「答える義務は無いですよ。マスターパトト?」


 司祭様──だった男。リゲル。そのオレンジ色の法衣に纏う、死を想わせる冷気の正体。それは……。み、見える。白い煙の様にも黒い影の塊の様にも。リゲルの身体から離れない──それ。


「死神か……?」

「フフ……。見えるのですか? 世間では、そう呼ばれることも?」

「(……死の精霊──。リリル、アイツは、僕らの兄弟だよ。ヴィオステラが関係してる。それよりも、君の後ろ。ジャンゴが……)」

「え?」

「ハァハァ……。リリ……ル。くっ!」


 声のした私の後方──。風のお星様の声で、我に返った私の視界に……。

 歯を食いしばりながらも、腕の傷を抑えるジャンゴの姿があった。血溜まりの床に、ポタリポタリとしたたるジャンゴの赤い血液。私よりも、冷や汗の止まらないジャンゴの表情が、パトト爺ちゃんの光錬成の光に浮かび上がる。


「や、ヤベぇ……。ハァハァ……。こ、これ、毒なのか? へ、変身して、し、止血しねぇと……」

「ジャ、ジャンゴっ!!」


 









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