28話。予感。
「「星の巫女リリル様! 万歳っ!! 星の巫女リリル様、万歳っ!! マスターパトト様、万歳っ!!」」
──あれから、また一夜明け。
お城の中庭にある祭壇の上。王様とお妃様の座る赤と金の大きな椅子の下。
立たされた私とジャンゴと、パトト爺ちゃんの足もとには、司祭様を中心としてウィンザードの人たちが沢山集まり、歓声を上げていた。
壇上から見渡す限りの人、人、人──。
その大勢の人たちの熱気こもるお城の中庭の大広場。あまりにも、場違いな感じがし過ぎて、私は立っていられない。どんな顔をしてたら良いのか分からなくて。……笑顔が引きつる。
生まれて初めての体験──。私の目の前が、真っ白になりそうだった。
「はわわわ……。じゃ、ジャンゴ! ぱ、パトト爺ちゃん! ど、どうしたら……」
「ん? 適当に、突っ立っとけ。どうせ、今日か明日中には、ここを出る。ほれ、隣に居るジャンゴを見てみろ?」
「え?」
「はっはー!! 良い気分だぜっ!!」
コソコソと。上に居る王様たちや、同じ壇上に立つ兵士の人たちには聞かれないようにして。
真ん中に立たされた私は、隣に立つパトト爺ちゃんとジャンゴを、キョロキョロと見渡した後、オドオドとしたまま突っ立ってるだけで精一杯だった。
銀の鎧兜に身を包んだ、精悍な顔つきのパトト爺ちゃん。流石に、お酒は飲んでいないみたいだった。それに比べて、ジャンゴは、金の前髪を掻き上げたかと想うと、笑顔を振りまく様にして広場に居る大勢の人たちに手を振っていた。ほんと、調子良いんだから……。
「では! 我らが、星の巫女! リリル様より一言っ!!」
「え!? えぇっ?!」
き、聞いてないよ。ほんと、聞いてない。ひ、一言とかって……。こ、ここは、パトト爺ちゃんが、何かを話す場面でしょっ?!
「(ぱ、パトト爺ちゃんっ!!)」
「ん? なんか言ったか?」
一言とかって、急に司祭様に話を振られて。焦る私を他所に、パトト爺ちゃんが呑気な顔して私の顔をチラリ……。自慢の白いお髭を手で触りながら、私の目を見つめる。
そうこうしている内に、司祭様のオレンジ色の法衣とは違う、白い法衣を着た人たちが、私の目の前で跪いた。差し出されたのは、フワフワな赤い布の上に置かれた星のように光る青くて小さな輝石で。
「え?」
「それを、リリル様のお口もとにあてがい話されますと、広場にいる皆の者へと聞こえます」
な、なんだろ? え? この石には、魔法でも込められているのかな。い、いや、でも……。
「あ、あの。ひ、一言とかって……」
「星の巫女としてリリル様のご決意のお言葉を、我らに……」
シーン──と。静まり返る大広場。そして、私の居る壇上に、みんなの視線が集まっているっ!! ひ、ひぇ……。な、なんて言ったら良いのか、私……。
ドキドキと。震える手で、星の様な小さな輝石を手に取る。
チラリ……と。隣をみると、ジャンゴが金の髪を風に靡かせ、青い瞳で私を見つめている。腰に手を当てて、ニヤニヤと。
慌てて、パトト爺ちゃんの方を振り向くと。銀の鎧兜を着たまま、眠そうに大あくびをしている。
……もぅっ! もぉっ!! だ、誰かっ!! た、助けてよ……。
え、えぇぃっ!! もぅっ!! 知らないんだからぁっ!!
それから私は──。ガタガタと震える手で、小さな青に光る輝石を握り締め。震える唇に、その冷たい石をあてがった。
「え、えと……。あ、あの……。か、風の大陸を、で、魔人と、く、黒魔導衆から、守るために……、が、頑張りまっちゅっ!!」
シーン──とした大広場に。場違いに響き渡る私の大きな声。
しかも、こんなにも、こんなにも! 私の恥ずかしい声が響き渡るなんて!! 穴があったら入りたい……。しかも、嚙んだ。二回も……。
(──パン! パーン!! ヒュルルル……。パン! パーン!!)
「「おおおおおっ!! 星の巫女リリル様! 万歳っ!! 星の巫女リリル様、万歳っ!! マスターパトト様、万歳っ!!」」
その瞬間──。
晴れわたる青空に、白い煙を上げてパァ……と。魔法で出来ているのか、大きな花のような火が、色んな色や形になって、キラキラと光輝くのが、目に飛び込んだ。
そして、割れるような、ウィンザードの人たちの大歓声──。
色とりどりの紙吹雪が、パァ……と舞って。私の頭の上に降り注いだ。ウミルの村での、私のお誕生日のお祝いの時よりも、もっと沢山──。賑やかに……。華やかに。キラキラと。
どうしようもない位に、嚙みまくった人生初めての私の挨拶。
私は、恥ずかしくてクラクラとして。その場に倒れ込んじゃいそうだったけど──。目の前の青い空に浮かぶ花のような魔法と、沢山の紙吹雪に心を奪われた。
「へっへー。ま、嚙んだけどよ? 良かったじゃん?」
「ジャ、ジャンゴ……」
「感無量だの……。久々に緊張したぞ?」
「パ、パトト爺ちゃん!」
鼻を擦りながら、腰に手を当てて笑うジャンゴ。嚙んだって言ったのは余計だけど、ジャンゴの言葉と笑顔にホッとする。
それから、真正面を向いてたパトト爺ちゃんが、横目でチラリ……。私を見て表情変えずに、そう言った。
パトト爺ちゃんが、緊張してたなんて、意外だな……。
私にジャンゴ、パトト爺ちゃんは、もうこの国を出るけど──。魔人や黒魔導衆からウィンザードを守るのは本当だし。何も、嘘なんて突いてない。そう想う……。
そんなこんなで。人生初めての祝典と呼ばれる催しに参加させられた私は、ようやく祭壇を降りることが出来た。
ウィンザードの人たちの割れんばかりの拍手の最中──、ホッとしたのも束の間。途中、階段に躓いて派手に転びそうになった私。咄嗟に、私の身体を支えてくれたジャンゴとパトト爺ちゃんだけど……。私の足もとが、まだ、ガクガクする。本当、場違いだなって想う。田舎者の私には似合わない。
「ちょっ! リリルっ!? 大丈夫かよ?」
「少し休むか?」
「ジャンゴ、パトト爺ちゃん……。だ、大丈夫だよ。アハハ……」
この先。こんなで大丈夫なのかなって想う。しっかりしなきゃ、私……。ほんと、私って、頼り無いよね……。
♢
──夜。
お祭り気分一色の、ウィンザード城内。
誰もが呑めや、歌えや踊れの舞踏会場。街だって大騒ぎ。お祭り気分一色だ。
星の人柱のリリル様と、最上位光錬成師パトト様が居るから、安泰とか言って……。魔人や黒魔導衆が、今にも襲って来るかも知れないのに。ウィンザードの王様も、この国の人たちも、呑気なもんだ。けれども、それがひょっとすると、この国の良いところなのかも知れない。
「うぇぇぃっ! ひっく! リリル君もぉ、ジャンゴちゃんもぉ、呑んでるかぁぃっ?! ひっく! うぇぃ……」
「たくっ!! どんだけ呑んでんだよ、爺っ!! いや、師匠っ!!」
「そぉよっ!! パトト爺ちゃん運んでる、私とジャンゴの身にもなってよ……ねっ!!」
舞踏会場を抜け出した私とジャンゴ。それと、パトト爺ちゃん……。
抜け出したのには理由がある。
パトト爺ちゃんの計画──。このお城の地下の何処かにある大規模魔法陣への扉。
その場所を予め突き止めていたパトト爺ちゃんの指示に従って。私とジャンゴ、パトト爺ちゃんの三人で、土の魔女の足跡を調べるために潜り込む手筈だった。なのに、パトト爺ちゃんが酔っ払っちゃって。お、重い……。ジャンゴも力持ちなのに。
「ちょっ! お、重てぇっ!! ハァハァ……。な、なんとか、オレたちの部屋まで辿り着いたぜ? パトトの爺……いや、師匠。寝転ばしとくか?」
「う、うん。そ、そだね。ハァハァ……。パ、パトト爺ちゃん、重すぎ……」
ズルズルと引きずりながらも、何とかパトト爺ちゃんを部屋の中に入れた私とジャンゴ。
舞踏会場にあった美味しいお料理を食べ過ぎた身体には、かなりキツい。パトト爺ちゃんの計画が控えていたとは言え、私もジャンゴも、食欲には抗えなかった。う、うーん……。
──と。ひょぃっ!と。宙返りするかの様に。パトト爺ちゃんが、クルクルッ!……シュタッ!と。部屋の床から回転して、飛び上がって着地した。
「う、うぇえっ?! し、師匠っ?!」
「ぱ、パトト爺ちゃんっ?!」
「へ、へーん。演技終了っとぉ」
「は?」
「じ、爺……」
いや、酔っ払ってるし。パトト爺ちゃん。何が、演技終了よぉっ! もぉぅっ!!
私は、この後、ちゃんと計画を遂行出来るかどうか。確かめる為に、パトト爺ちゃんに改めて聞いてみた。
「もし、もーし? パトト爺ちゃん? 元気ですかー? この指、何本に見えますかー?」
「ふざけとるのか、リリル? 竜の血……。よこせ、リリル。ひっく! うぃ……」
「どっから、どう見ても酔ってるし。はいっ! 竜の血だよ。まったく……」
そんなに酔っ払ってないんだったら、もうちょっと自分の足で歩いて欲しかったよ。銀の鎧兜を身につけたままだったから、尚更重かったし。ほんと、嫌んなっちゃう。
私は、部屋に置いてある魔物オーガマガマガエルの胃袋から、ガサゴソと竜の血の入った小瓶を取り出して、パトト爺ちゃんに手渡した。
それを、ドカッ!と床に勢い良く胡座を掻いたまま、グィッ!と飲み干すパトト爺ちゃん。
けど、どうやって? こんな大きな荷物を部屋に持ち運べたんだろ……。当たり前のように置いてあったこの大荷物に、私は少し首を傾げた。
「うぃ……。大規模魔法陣への扉はな? ワシらを除いて誰も知らぬ。あんなものが地下にあると知れてみろ? 騒ぎになるのは一目瞭然。誰にも悟られてはならぬがゆえの演技。許せ、リリル……」
「はい、はい。じゃ、今から行く? ジャンゴも待ってんだけど?」
「そうだぜ、師匠。ま、オレは明日からでも良いけどよ?」
そうは言ったものの、気になることが、二つ。
一つめは、この魔物オーガマガマガエルの胃袋の中に仕舞ってある大荷物を、どうやって持ち運ぶかだ。
それと、二つめ。もし、今から地下にある大規模魔法陣を探し当てても、上手く起動するか分からない。上手く起動したのなら、もしかして、もう部屋には戻って来ないのかも知れない。なら、尚更、オーガマガマガエルの胃袋大荷物を持ってかなきゃならないし。
──って、言うより……。ハッ! そ、そうだ。もし、起動した大規模魔法陣の中を通過することになったのなら、私たちの記憶も、も、もしかして……。
「ね、ねぇ、パトト爺ちゃん? この魔物オーガマガマガエルの大荷物を、どうやって持ち運ぶのかな? そ、それとね? もう、このお部屋には戻って来ないのかな? それに、大規模魔法陣を通過しちゃったら、私たちの記憶も……」
「案ずるな、リリル。魔物オーガマガマガエルの胃袋ならば、ほれっ! この通り。魔力を込めたならば、手のひらサイズじゃ。ヤツらの胃袋に通っておった魔法の影響で伸縮自在。それとな、リリル。ホーリーホックの伝承にはな? 星を宿す者と、その近しき者たちは、記憶を奪われぬ……とある。ならば、今から行ってみても何も問題あるまい?」
「そ、そうなのかな……。アハハ」
「けどよ? 何の確証も無ぇまま魔法陣通過するのって、ヤバくねぇか? 師匠?」
確かに。お部屋の壁に、もたれ掛かったまま。ジャンゴが、腕組みをしてマトモなことを言った。
魔物オーガマガマガエルの胃袋の不思議さには、驚いたけれど……。
やっぱり、時間を通過するのって、怖い。いくら、土の魔女の足跡を追うって言ってみても。記憶を無くさないって、ほんとの本当だろうか。けど、パトト爺ちゃんは、冗談は言っても嘘は突かない。
「……実はな。ワシは、かつて時の魔法陣を潜ったことがある。星を宿した者たちと共に……な」
「え?」
「マジかよっ?!」
そう言って──。
パトト爺ちゃんは、竜の血の入ってた透明の小瓶を見つめながら、ギュッと握りしめた。
ジャンゴも身を乗り出して、目を丸くしている。
──何か胸騒ぎがする。パトト爺ちゃんの言葉。
その言葉に、ざわめく様に。見開いた私の目に──。ウェイブした自分の栗色の髪の毛の先が、風も無いのにフワリ……と、浮いた。
「(──大丈夫だよ。リリル。渡れるから。時の彼方へ。安心して? 僕が居るから……。君もジャンゴも、パトトのお爺ちゃんも……記憶は無くさせない)」
私の胸に光る風のお星様の声──。
ボンヤリと。壁に掛けられたオレンジ色のランタン──その角張った四角いガラス製の表面に、青く映り込むお星様の光。
部屋の辺り一面が、青色の光に染まる。私も、ジャンゴも、パトト爺ちゃんも……。
これから何かが始まろうとしている。それは、予感。まるで神秘的な──。
「呼んでおる……。星に呼応した時の産声が……」
部屋の壁に映り込む──私とジャンゴとパトト爺ちゃんの影。風のお星様の青い光を受けて。
パトト爺ちゃんの静かな言葉に、私とジャンゴの目が合う。
高鳴る私の心臓の音に応える様にして──お星様の青い光が、明滅していた。




