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竜星魔神王~星の巫女。リリルを求めて~  作者: すみ いちろ


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27話。時の巻戻り。




 あれから一夜明け──。


 土の魔女シーラの『時の渡れる秘法』を用いた大規模魔法陣の反転作用により、ウィンザードのお城も街並みも元の姿に戻っていた。

 眼を疑うような信じられない光景……。

 お城を中心とした大規模魔法陣が囲むウィンザードの街全体。地面に走る五芒星の光に包まれて、夜明け前の薄暗かった空が昼間のような──。

 それは、身体の傷が癒えていく様に。独りでにお城や街の建物が元の姿に立ち戻って行く。ウィンザードに居た人たちも、光に包まれた空をまるで泳ぐようにして。建物の中へと吸い込まれて。そして、その誰しもが、空に浮いて眠っているかのようにも見えた。私とパトト爺ちゃん、ジャンゴを除いて。

 けれど──。


「これで、何度目のことか……」

 

 その時言ったパトト爺ちゃんの不思議な言葉が、耳について離れなかった。だけど、私はまだそのことを聞く勇気が無くて。あの日みた悪夢と何か関係がある気がして──私は、パトト爺ちゃんにそれ以上聞き返すことはしなかった。







「おはよ! ジャンゴ!!」

「くあぁ……。リリル? パトト爺……いや、師匠は?」

「さぁ? 王様のところじゃない?」


 私とジャンゴ──。それに、パトト爺ちゃん。

 ウィンザードの誰にも知られること無く、もとのお城と街並みに戻った夜明け前。

 風のステラ崩壊と魔人デモニオ襲来の通達をあらかじめ受けていたのか、私たち三人は夜空にお日様が顔を出す時間にも関わらず、お客の泊まる天守のある一室へと通されていた。パトト爺ちゃんの顔もあってのことかも知れない。

 けれども、私とジャンゴが目を覚ました時には、パトト爺ちゃんは部屋に居なかった。

 部屋の窓を開けると、お日様がもう天辺てっぺんまで昇りきっていて、ウィンザードの円形に広がる街並みがそこから一望出来た。


「うわぁ……。見てみて! ジャンゴ!!」  

「んぁ? おぉっ! んだこれ!! す、凄ぇ……」


 タモタモの緑の森の手前に広がるウィンザードの街並み。いろどり鮮やかなたくさんのお家の屋根。

 夜明け前には薄暗くて分からなかった街の賑やかな様子が、お日様の光に眩しいくらい見てとれる。

 鳥たちが空を行き交い、穏やかな風が窓から吹き込む。私のウェイブした栗毛の髪と、ジャンゴの金の髪が緩やかに風に揺れた。


「ちょっと、お散歩。しない? ジャンゴ!」

「えぇ……? いや、オレはまだ戦いの疲れとか……」

「いーから! 行こ? ジャンゴ! そこに置いてあるパンとか飲み物とか、リュックに詰めてさー」

「しゃーねぇな……。ま、行くか? リリル!」

「うん!」


 部屋の扉の入り口付近には、差し入れなのか、パンやお肉──食べ物や飲み物が小さな木のテーブルに置かれてあった。

 私は、それをいそいそとリュックや小袋に詰め込む。

 ジャンゴは、戦いや変身の疲れがあるのか、まだ眠そうにしていた。けれども、私は何故か元気だった。

 悪夢のせいで眠れないかと想ってたけど、気がつくと窓にお日様が昇っていて、私はその眩しい光もあってかスッキリと目覚めた。想ったより良く眠れたみたいだった。





 


「ふわぁぁ……。街ってのは、賑やかもんだな? お! あれ、魔物の肉かっ?! 掻っ捌かれて、ぶら下がってるぜ!! お? 燻製か?! 良い匂いがするぜっ!!」


「んー。パトト爺ちゃんが獲って来るのより、だいぶ小ぶりだけど? 確かに良い匂いだね!」


 石畳の軒先に並ぶ街の小さなお店が、ズラリ。

 ウミルの村じゃ見ない物珍しさもあって、私とジャンゴは色んなお店のたくさんの珍しい品々を、食い入る様に見ていた。とりわけ、ジャンゴは食べ物にしか興味ないみたいだけど。


「あー。なんか、腹減ったぜ! 店って言うのか? あれ、取って食えねーのか?」


「んー。『通貨』って言うのかな。ものを手に入れるには、街じゃ『お金』ってのが要るって。パトト爺ちゃんから聞いたよ?」


 私とジャンゴは、そう言えば起きてから何も食べてない。お腹減った。

 「ぐぅっ……」と、お腹の鳴る音をジャンゴに聞かれたくなくて。私は、一緒に歩くジャンゴから、ちょっと距離を取って、後ずさりしてから後ろ向きにお腹を抑えた。


「なんだ? 腹痛いのか? リリル? オレは、さっきから腹が鳴ってしょうが無いぜ?」


 「ぐうぅっ……」と。私より大きな音を立てたジャンゴが、お腹をさすりながら、私の方をポカンと見ている。それが、私は可笑しくて……。


「アハハ! なになに? 大きなお腹の音! お腹空いてんだ、ジャンゴ? なら、その辺で食べる? 部屋から持って来たの……あるよ?」


「おぉっ!! だな、リリル!! 飯だ、飯っ!! ひゃっほぅ!!」


 私とジャンゴは、ちょうど噴水のある広場で腰掛けて。ちょっと遅めの朝昼兼用のご飯を食べることにした。

 ウミルの村の広場にも小さな噴水があったけれど、ジャンゴがキングベヒモスに変身して壊しちゃたよねー……なんて想う。

 ここの広場の噴水は立派で。何だかパトト爺ちゃんによく似た石像が天に剣を掲げ──そこからお水がパァ……と、たくさん流れ落ちているようだった。


「うめぇ、んめぇな! この肉っ!! パンに挟んで食うと、旨さ百倍だぜっ!!」

「だね! 美味し! やっぱ、知らない場所でお出掛けして食べるのって、最高だねっ!」


 私とジャンゴは、噴水の広場がある階段に座って、足をパタパタさせながら食べた。

 周りを見渡すと、食べ物以外にもたくさんのお店が立ち並ぶ軒先──。

 中にはキンキラキンのステラを象った置物や、風の洞窟から採石されたのか、ステラ欠片カケラみたいなのが、お守りなのか飾りなのか、たくさんぶら下げられて売られてあった。


 ──と、そこへ。

 たくさんの子どもたちや、子ども連れの大人たちが列を成して、ウィンザードのお城の方角へと向かうのを私は目にした。

 先頭と最後尾に──その列を囲うようにして、銀の鎧を身につけた兵士さんたちも一緒になって歩いていた。


「なんだ? あれ?」

「さぁ?」


 首をかしげたくなるような見慣れない光景。

 大人たちは皆、特に悲しそうな表情でもなく、何かを想い出せないような不思議そうな顔をして歩いている。

 それに比べて子どもたちは、何も知らない様子で元気いっぱいに、はしゃいでいた。

 「おかしいな……」と呟く大人たちの声と、「お城だ!わーい!」と子どもたちの歓声が入り混じる……。


 気になった私とジャンゴは、その人たちの列に加わり、後をつけることにした。


「なんだ? お前たちも大事な何かを忘れたのか? 父親か母親、あるいはそのどちらも居ないのか?」

「は? オレとリリルは、最初から親なんて居ないぜ?」

「あー、あの! 朝早くパトト爺ちゃんとウィンザードのお城に来たウミルの村のリリルです! こっちは、ジャンゴ……」

「ハッ!! こ、これは失礼致しました。マスターパトト様のご子息様とご息女様。い、いえ! 星の巫女リリル様っ!! お、お話は国王陛下より伺っております……」


 列の最後尾で護衛していた兵士さんが、歩きながらペコペコと。私とジャンゴに頭を下げた。

 大の大人が、私たちに頭を下げるのなんて、何か変で……。いや。私とジャンゴも、この世界じゃもう立派な大人なんだ。可笑しくない。けど……私はまだ、13歳のお誕生日を迎えたばかり。ちょっぴり恥ずかしくて何だか照れくさい気がした……。


「星の巫女、リリル様だってよ?」

「ハハ……。な、なんだか、照れちゃうよね……」

 

 いやいや、それよりも──。

 父親か母親、あるいはその両方が居ないって? あ! そ、そうか。そうだった……。

 思い当たる節どころか、土の魔女シーラと魔人デモニオのエミルのことが、痛烈に頭をよぎる。


「そっか……。もとには戻ったけれど」

「あ? 何がだよ?」


 ジャンゴは呑気に、まだ、モグモグと口に頬張ったまま食べ歩き。

 お部屋で着替えたウィンザードの白地に紋様タペストリーが刻まれた服──。ジャンゴは、ひとしきりお肉とパンのサンドイッチを口に押し込んだ後、その着替えた服の上に落ちたパン屑を手で払いのけていた。だいぶ、気に入っているみたいだ。

 私も目覚めてすぐに、この国のウィンザードの衣装に着替えてたけれど──。何だか嬉しい気持ちが、沈み込んだ。

 

 私は、ジャンゴの手を引っ張って。皆の歩く列から少し離れたお店の軒下で、ジャンゴにコソコソと耳打ちした。


「皆、忘れてるんだよ……。もとには戻ったけれど。土の魔女に奪われた魂は、戻ってない」

「……そ、そっか。そうだったよ……な」


 私の言葉を聞いたジャンゴが、ゴクリとパンとお肉を呑み込ん後。想い出した様な顔をしてから俯いた。


 ──『時の渡れる秘法』。大規模魔法陣の。土の魔女の魔力をパトト爺ちゃんが反転させたことによって、たまたま起きた現象。『時の巻戻り』。

 全ては、もとに戻ったかのように見えた。ウィンザードの国も人々も。おそらく──大規模魔法陣が発動する直前の時間軸に戻ったんじゃないだろうか。魔法陣に囲まれたウィンザードの空間だけ。


 けれども……。

 土の魔女に奪われたウィンザードの人々の魂は、帰って来ない。反転した大規模魔法陣の影響が及ぶ上空から、既に離れていたから。

 パトト爺ちゃんが言ってた肉体に宿る命の復元は、もとの魂があってこそ。無い者は、時間が巻戻っても復元の仕様が無い。

 

 もしも、存在が無いままに、時間が巻き戻ったなら──。

 普通なら、大事な何かが無くなってから時間が経っていたとしても、人は記憶として憶えていられる。想い出すことも出来る。けれど、存在が既に無くなっていて、そこから逆さまに時間が巻き戻ってしまったなら。

 ──最初から居ないのと同じになる……。いや。もとの時間軸に戻ったなら、記憶ももとに戻って憶えててもおかしくないはずなのに。


「うーん……」

「どうしたんだよ?」

「いや。なんで、皆、忘れてるのかなって。時間が戻ったなら、憶えてても不思議じゃないのに」

「んー。そう言うことなら、城に帰ってからパトトの爺……師匠に聞いてみようぜ?」

「……うん」


 そうやって──。

 私とジャンゴは、お城へと続く石畳の道を駆けて、もとの列の最後尾に加わった。……お部屋で履き替えた膝下まで格子状に交差クロスして伸びるウィンザード製の皮靴──が、履き慣れていないせいか、走ると足首と小指が擦れて痛かった。ジャンゴも普段は裸足だからか、気持ち悪そうにはしていたけれど。

 今は、ウィンザードの人たちと、同じ服を着て同じ空気を吸っていたかった。私にも、お父さんやお母さんの記憶が無いから。ジャンゴだって、ひょっとしたら、そう想ってるのかも知れない。なんて……少し想った。







 ──私たちの泊めてもらっているお客用の天守のお部屋。

 その窓から、お城の中庭に集められたたくさんの人たちが、ウィンザードの司祭様のお話に聞き入っている様子が見える。


「我らが、神──創造主ホーリーホックの名のもとに! 諸悪の根源、魔人デモニオ魔人デモニオの手先、黒魔導衆を討つべし!」


 そう言って……。

 オレンジ色の法衣から指先を天に向けて、声高らかに宣言した司祭様。司祭様が何かを大きな声で叫ぶたび、広場に居る大勢の人たちがザワザワとざわめき、どよめいた。

 

 そして──。

 私とジャンゴが部屋に戻って来た時には、パトト爺ちゃんが一人でベッドの上で胡座アグラをかいてお酒を飲んでた。──いつもの膝上までの白い下着に、ゆったりとした半袖の白い服。自慢の長いお髭を触りながら、もう既に真っ赤なお顔で酔っ払って……。


「うぃ……。ワシの可愛い愛娘のリリルに、愛弟子のジャンゴよ。何処行ってた? ウィンザードの酒は、旨いぞ? お前らも、飲むか?」


「ちょっとぉっ! こんな時に、パトト爺ちゃん!!」


「そうだぜ、パトトの爺……いや、師匠。また、変なヤツらが襲って来たら、どうすんだよ」


「固いこと言うな。リリルちゃんも、ジャンゴ君も、もう一人前っと。ひっく! うぃ……」

 

 ダメだ……。こうなったら、パトト爺ちゃんは、テコでも動かない。お酒大好きだから。

 私が諦めた様な表情でジャンゴを見ると、ジャンゴも呆れた様子で両手を広げ、「ダメだな……」と呟いた。

 と、その時──。


「国王殿にはな。黒魔導衆たちの魔法マギアによる何らかの攻撃を受けていると……。風のステラの加護を失ったウィンザードを混乱に陥れようとしておるとな……。そう言っておいた」


 そして、「土の魔女がこの国の聖女であったことも、魔女の巫女が居たことも、最初っから無かったことになっておる。誰も知る由も無い……」と、パトト爺ちゃんが透明の器に揺れる赤いウィンザードのお酒を見つめて、グィッと飲み干した。


「そんな! 記憶を無くした人たちは、どうなるの? 愛しい人との想い出さえも奪われたままなんて……。それに、土の魔女に魂を奪われてしまった人たちは、もう、生き返れないのっ?!」


「うむ……。よもや、最初から全てをやり直すしかあるまい。うぃ……。『時の巻戻り』。『時の渡れる秘法』を用いて中央魔大陸デモンズバレーより光の五大陸ペンタクルに転生した魔人デモニオいにしえより数多あまた。魔法陣の遺跡は、各地に点在する。が、もと魔人デモニオたちは、転生の力により記憶とその魔力のほとんどを失うはずだった……」


 パトト爺ちゃんのその言葉を聞いて驚いた私の隣で、聞き耳立ててたジャンゴが青い瞳を光らせて金の前髪を掻き上げながら、口を開いた。


「はずだった……。──と、言うと?」


「ふむ。黒魔導衆はな。もと魔人デモニオの成れの果て。……ひっく! ただの『人』。が、転生の際に自身に『呪い』を掛けることで……失うはずの記憶だけは僅かに留めた。うぃ……。それが、黒魔導衆たちの始祖でもあり後を絶たぬ。魔人デモニオが転生前に獲得した『冥星スタークラス』にもその程度はよるがな? 失ったはずの記憶を手ががりに、転生して人となったもと魔人デモニオたちは、やがて魔法マギアを手に入れた。……ひっく!」


 パトト爺ちゃんの言葉には、まだ私には分からない謎がたくさんあった。

 けど──。

 そうか。そうだったんだ……。

 ウィンザードの人たちは、大規模魔法陣の『時の渡れる秘法』──『時の巻戻り』の力を受けて、記憶を無くした。だから、亡くした家族の人のことも想い出せない。生き残った人たちとで、当然のように生活を送ってみても、夫婦の間に生まれた子どものこととか、かつて生きていた痕跡だけが残り、不思議に想う……。

 私が、胸に手を当てて酔っ払ったパトト爺ちゃんの話を静かに聞いていると、ジャンゴも腕組みをしたまま口を閉ざして黙り込んでいた。

 

 いや。ちょっと待って? もしかしたら、私にお父さんやお母さんが居ないのと何か関係があるのかも……知れない。え? それは、本当なの……? けど、分からない。

 私は、パトト爺ちゃんに確かめたかったけど、怖くてそれ以上聞けなかった。私の口もとに触れた指先が、僅かに震えているのを感じて──。


「リリルにジャンゴよ……。うぃ……。おそらく、光錬成の力を持たぬ魔法マギア使いは、直にウィンザードを追われる。そして、民に狩られるやもな。更に恐れを増した群衆たちは、星の巫女──リリルを魔人デモニオたちに引き渡す動乱を起こすやもしれぬ。……ひっく! 一晩明かしたら、この国を出るぞ……」


 ──その言葉に、驚いて目を開いた私とジャンゴに、さらに追い討ちを掛ける様な言葉が、パトト爺ちゃんの口をついて出た。


「もはや、ステラの加護を失ったこの風の大陸は、数多あまたの黒魔導衆が存分に力をふるえる場所となろう。魔人デモニオの脅威と成り得るステラを宿した星の巫女──リリルの命を狙ってな……」





 


 





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