20話。森の灯火。
「この創世主の生み出した世界を──、誰も苦しむことのない幸せな世界へと導いて行きませんか? あなたは風の星という素晴らしい才能を宿しています。ともに、魔人たち及び中央魔大陸を浄化し、暗黒の世界に人々の平和と幸福をもたらしませんか?」
嘘だ。
幸せを願う人が、こんな酷いことするはずがない。
タモタモの森に来た兵士の人たちは、生きてたんだ。
それに、ちゃんとお願いするなら、ジャンゴやパトト爺ちゃんを眠らせる必要なんてない。
「それが、本当なら、こんな酷いことなんてしない!!」
私が、魔女を見つめて睨むと、胸に宿る風の星が一気に青く輝いて、まるで夜空の流れ星が飛び込むようにして、黒い魔女の胸を閃光のように撃ち抜いた。
「くっ!! あぁ! 誤解です! リリルさん! 誤解を解くには創世主ホーリーホックの創世にまつわるお話をしなければなりませんね……。うぅっ……。しかし、流石は風の星のお力ですよ。やはり、魔人たちを殲滅し、世界の浄化を計るためには必要なのですね。あなた──、リリルさんが。ハァハァ……」
片膝をつき、苦しむ魔女の胸から白い煙が上がる。
私は、早くジャンゴやパトト爺ちゃんの目を覚まさせて、意見を聞きたいって想う。
けど、風の星に撃ち抜かれた魔女が苦しむのを見て、魔女が死ぬんじゃないかって想う。
魔女──。黒魔導衆。ウインザード王国の危機。元凶……。いや、元凶って何? 世界は、どうしてこうなったの? 創世主ホーリーホックのお話?
私は、私は、一体、どうしたら──
(──しっかりして! リリル!! 自分を信じて!!)
私の胸の中の風のお星様が、夜のタモタモの森を照らすように、青く青く光っていた。
難しいことは、分からない。
見上げると、森の樹の枝や葉っぱの隙間から、お月様が輝いていた。
ジャンゴとパトト爺ちゃんが倒れているのが見える。
屍になったウインザード王国の兵士たちが私に詰め寄る。ジリジリと湿った森の地面に影を落として。きっと、少し前まで生きてた。
「私は、私はパトト爺ちゃんとジャンゴを助けたい。あなたは、ウインザード王国の人たちを殺した。なぜ──?」
「──人は、転生を繰り返して生き続けます。ハァハァ……。ゆ、ゆえに、世界は淀みなく新たな世界へと、生まれ変わります。けれども──、魔人たちは、それを……拒む。し、死は、人の想い描く幸せに必要な、もの……」
私の問いに、魔女が赤い瞳を光らせて私へと向ける。風の星に打ち抜かれた左胸を押さえて。
森に吹いた夜の風が一瞬、私と魔女の間を吹き抜けた。屍になった兵士の人たちの血の匂いと、何とも言えない腐ったような臭いが鼻をついた。
「いかにも、最もらしい答えだな。お前の幸せとは何か? 返答次第で、お前を殺す。名を語れ」
「なっ!? パトト!!」
気が付くと──、
──パトト爺ちゃんが、森の地面に膝を突いた魔女の首もとに光錬成で創った刃を当てて、立っていた。
「名? フフ……。私には、幾つもの名前があるわ? その一つで良ければ、どうぞ? 教えてあげるわ、マスターパトト?」
「幾つもの名か。まるで、数多もの心臓を宿しているみたいだな? 貴様は、もはや魔人なのだろう?」
さっきまで、森の地面に片膝を突いていた魔女の胸から白い煙が消えた。血なんて一滴も流れてはいない。あっという間に、もとの漆黒を宿したような魔女の黒いドレスが、月明かりに光る。
「答える必要は無いわ。──ヤーモナマホルカバルラハム……。呪われし生け捕りの魂よ、苦しみを天地に吐き出せ!! 行け!! 傀儡の屍ども!! リリルの心臓と風の星を抉り出せ!!」
「馬鹿が。それが答えか。──ジャンゴ!! 己の魂を、リリルと星に宿せ!! 『天命』を『獣の力』に変えろ!!」
(──グルルルル!! ガラゴアアアアアアアア!!)
屍たちの声なのか、ジャンゴの叫び声なのか、凄まじい咆哮音が、森の中を駆けめぐる。
(──ガキィィィン……!!)
もと兵士だった屍の鋭い銀の長剣が、私の胸に突き刺さる直前で、長く尖った鋭利な爪のようなもので遮られた。
「グゴオオオオ!! 『双頭竜狼爪』!! 獣の力ぁっ!! ──俺の『天命』は、リリルを守ること……」
森の中に光った一筋の閃光──。
夜の風に光るジャンゴの金の鬣。光速で駆け抜ける森の地面には、影さえも見えない。
10人は居たもと兵士の屍たちが、一瞬で倒れてゆく。だけど、ジャンゴの斬撃は武器を折るに留められ、屍の足の腱だけが切り落とされていた。
「ぐあ……が。まもる、マモル、カゾクヲ、コドモタチヲ……。ダイスキな、ヒトたちを……」
倒れた屍たちの口から、うわごとのように聞こえた。
さっきまで、夜のタモタモの森に響いていた戦闘による金属音が、夜の風に消えていた。
「いやー!! 死なないで!!」
私は、倒れた屍たちに駆け寄り、誰に話し掛けて良いのかさえ分からずに、しゃがみ込んだ。
せめて、最期の言葉だけでも、聞いてあげたい。
屍たちの身体から、光の粒が立ちのぼり、夜のタモタモの森の空に消えていく。まるで、お月様に吸い込まれるように。
「フフ……。健気ですね。リリルさんのお姿には涙さえ溢れ出て──」
「よく言う。自分の犯した罪さえも分からぬ愚者めが。魔女は地獄の炎に焼かれ死ぬ」
「あら? 怖いのね? マスターパトト?」
「己の顛末さえも分からぬ貴様には、滅びしかない」
「お言葉だけど、私たちには始まりも終わりも無いわ?」
魔女の黒いドレスから黒い影のような靄が、立ちのぼる。それは、満月さえも暗く覆い隠すような。
「闇錬成による分体──。貴様の魂を象った欠片。が、憶えたぞ? 肉体の情報は嘘を突かない。例え欠片であっても、本体の貴様へと辿り着く」
「出来るかしら? それに、私と遊んでる時間は無くってよ? 今ごろ、ウインザード王国は、血の雨が降る地獄絵図。ウフフ……」
戦慄が走る恐怖──。
ウインザード王国に急がなくっちゃ、いけない。魔女は嘘を突いていない。核心が確信に変わる。それだけ、真に迫る魔女の残した言葉に身震いした。
「大丈夫かっ!! リリルっ!!」
「ジャンゴ……」
変身がいつの間にか解けていたジャンゴが、いつもの顔で心配そうに私へと駆け寄る。
「ぐあ……が。ネネ、オパーサ……」
「ぐが……。エイミー……」
「リデ……ル」
ジャンゴに斬られ行動不能に陥ったのか、魔女からの魔力が途絶えかけているのか、森の地面に臥した兵士の人たちが、屍になりながらも、誰かの名前を呼ぶ声が、暗闇に響く。
私の脳裏に、この瞬間の言葉と凄惨な光景が刻まれゆく──。
うわごとのように呟かれた、ひとり一人の誰かの名前が忘れられなかった。
きっと、きっと、憶えておくからって。伝えるからって。届けるからって……。




