2話。ジャンゴとパトト爺ちゃん。1
「なぁ? 今から、村の外れにある洞窟に行ってみようぜ?」
二階にある私の部屋。
天井に吊したランタンが、夜の私の部屋をボーッとオレンジ色に照らしている。
窓をギィ──と私が開けると、毛むくじゃらジャンゴはそう言って、木の枝に逆さまにぶら下がったまま宙返りをして、いつもみたいに裸足で私の部屋に窓から入った。
「よっと!」
「ちょっと! ジャンゴ! 足が泥だらけ!」
「へっへー。悪い。悪い」
毛むくじゃらジャンゴが泥だらけの裸足で、鼻の下あたりをズズ……ってすすりながら、指先でゴシゴシこすっている。
だけど、毛むくじゃらジャンゴは、毛むくじゃらだから、鼻なんて見えない。
時々、私に何かを自慢するときだけ、鼻の穴が大きく膨らむから、その時だけは分かるんだけど。
まあ、私の部屋はパトト爺ちゃんが大きな木をくり抜いて作った木のお部屋だから、床も木だし、どうってことないんだけど。
お気に入りの私のカーペットが、泥んこにならなきゃ、それでいっかって思う。
そう想っていると──
「よっこらせっと!」
「あー! 私のカーペット!!」
「シー! 静かにっ!! パトトのジジイが起きちまうぜ?」
毛むくじゃらジャンゴは、「まあ、堅いこと言うなよ」とか言いながら──ドカッ!と、私のお気に入りのカーペットの上に座りこんだ。
いつもは、「汚れると悪いから」なんて言って床に座ってくれるのに、今日は、どう言うわけか遠慮もしないで、くつろいでいる。
「もももっ!! ちょっと! ジャンゴ!!」
「まあ、そう慌てるなよ? それに、俺の話を聞けって」
「慌ててなんか、ないっ! もー!! パトト爺ちゃん呼んで来るっ!!」
「ちょ、分かった! 分かったってば! パトトのジジイだけは、カンベンしてくれっ!!」
ジャンゴは、そう言うと、ズクズクに汚れた灰色のズボンをパンパン!──と、はたいて、もう一度……今度は木の床にアグラをかいて座り直した。
「ぐ……、カーペット……。し、シミ……。ジャンゴぉっ!!」
「は、はい……!」
毛むくじゃらジャンゴは、毛むくじゃらだから、服なんて着てない。外は寒いっていうのに。
だけど、いつもズクズクに汚れた灰色のズボンだけは、はいている。
カーペット──ジャンゴの座ってたあたりは、当然、泥んこ。オマケに変なシミ。なんか、湿ってるし。
「どーしてくれるのよ? ジャンゴ?」
「うへっ……。悪い。いや、洗うよ……」
「カーペットは、洗えない素材なんですけどっ!?」
「アハハ……。どーしたもんかな……」
「アハハじゃないっ! 笑えないっ!!」
本当のことを言うと、たぶん洗える。
パトト爺ちゃんが、色落ちしない染料を使ってあるから、大丈夫って言ってた。
ただ、どこか遠くの違う国の良い匂い──香がするもんだから、私としては洗いたくなくって。
(せっかく、大事にしていたのに……)
いつか忘れたけど、旅人さんがパトト爺ちゃんの作った武器のお代金の代わりにって、パトト爺ちゃんが受け取ったのを私にくれたんだけど……。
珍しい模様──不思議な絵。
私が、いつも眺めている夜空のお星さまみたいに。
たぶん、何かを現しているんじゃないのかな? って想えるほど、素敵なものが描かれた私のお気に入りのカーペット。
壁に飾るのは大きすぎるし分厚くて重いから──こうやって、床に敷いてウットリ眺めてたのに……。
なのに──
「ジャンゴ!!」
「は、はいー!! な、なんでしょうか……!?」
私に名前を呼ばれたジャンゴが、びっくりして──アグラをかいて座ってたのに、急に真っ直ぐ背筋を伸ばして立ち上がった。
「代わりに何か、良いものくれたら、許してあげる。明日が何の日か知ってる?」
「そ、そう!! それだよ! リリル!! じ、実は、そのことでだなー……!!」
急に、毛むくじゃらジャンゴの白い目玉が、ギョロギョロと動き出した。
毛むくじゃらだから、顔の表情までは分からないけど、なんか嬉しそうなのは伝わって来る。
あたふたと、身振り手振りで、何かを必死で伝えようとしているジャンゴ。
けど、残念なことに、何から話して言いか分からない様子で、「あー、とだな……。えーと、えーとっ……」と、言葉に困っている。
「……あ、想い出した。今から、村の外れにある洞窟に行ってみようぜ!?」
「それ、さっき、聞いた!!」
お話が、振り出しに戻った。
今までのジャンゴとのお話は、なんだったんだろうって、思う。
私のお気に入りのカーペットが、汚れただけ。
(まったく、もう……)
すると──
「おおぅぃっ……! ひっく!! 誰か、おるのかー? って、リリルー? リリルちゃーん? まだ、起きとるのかー?」
(ドン……ドン……ズシン……!!)
酔っぱらったパトト爺ちゃんが、目を覚まして私の部屋へと階段を登って来た!!
「や、ヤバい! ヤバい! ヤバいっ!! 早くベッドの下に隠れて!! ジャンゴ!!」
「お、おうっ!!」
完全に酔っぱらったパトト爺ちゃんは、普段とは様子が違ってて、私のことを「リリルちゃーん?」なんて、呼んだりする。いつもは、呼ばないくせに。
普段から、優しく私のことをそんな風に呼んでくれれば良いんだけど、いつも「リリル!」って、呼び捨てにされてるもんだから、逆に──なんか、変な感じがする。
だけど、お酒飲んでる時のパトト爺ちゃんは、相手するのが大変だ。
ご機嫌なんだけど、ものすごく『かまって欲しがり屋さん』になるんだ。
そんなこんなで、毛むくじゃらジャンゴが、私のお気に入りのカーペットを汚したことは、とりあえず置いといて──私は、ジャンゴにベッドの下へ隠れるように言った。
「おおぅぃっ!! リリルちゃーん? ひっく? 誰か、おるのかー?」
階段で登って来たパトト爺ちゃんが、私の部屋の前まで来た!!
(バタン──!!)
「ぐえっ!!」
私が、慌ててお部屋の扉を開けると──もうパトト爺ちゃんが、お部屋の前で立ってて──お部屋の扉がパトト爺ちゃんに勢い良くぶつかった。
「い、痛ぁーい。 ……ん? ワハハ!! ワシ、なんとも無い!! 見よ! リリルちゃん!! ワシの強靱にして、たくましいこの身体!!」
パトト爺ちゃんは、呆れるくらい頑丈だ。
けど、お部屋の中には、ジャンゴがいるし……。
(早く、パトト爺ちゃんを寝かさなきゃ……)
パトト爺ちゃんは、困ってる私にはお構いなしに、服を脱いでモリモリと自慢の『身体』を見せてくる。
階段にも吊してあるオレンジ色のランタンの火の明かりが、パトト爺ちゃんの『身体』を余計にツヤツヤと照らしている。
(ハァー……。困ったな)
心の中で、そう思ったけど、何とかしないといけない……。
「な、なになに? ど、どうしたの? パトト爺ちゃん? 何かあったの? ここは、私のお部屋だよ?」
二階に私のお部屋はあっても、パトト爺ちゃんのお部屋はない。
「ここで、かまわん!!」とか言って、いつもなら暖炉の前で床の上にゴロ寝している。
だけど、酔っぱらうと、たまに「リリルちゃーん?」とか言って、私に抱きつこうとする。
いや、パトト爺ちゃんだし良いんだけど、まるで小さな子をあやすように相手しなきゃいけないし……。
(──ちょっと、面倒だなー……。アハハ……)
──なんて、思う。
「あ、パトト爺ちゃん、おトイレかなー? おトイレはお外だよー? 一緒に行く?」
そうだ。パトト爺ちゃんを、お外に連れ出してオシッコさせて、もう一度──パトト爺ちゃんを寝かしつければ良い……。
「ワハハ!! オシッコなどと、子どもでもあるまいっ!! ワシ、一人でおトイレにも行けるもーん!」
(ハァ……。ドラゴンの血にお酒を混ぜて飲むと、こんなに酔っぱらうのかな……)
たぶん、ドラゴンの呪いのせいだ。
ドラゴンの魔力が強すぎて、パトト爺ちゃんは、変になっちゃったんだ。
いくら、酔っぱらってるからって、今日は特別に酔っぱらいすぎてる気がする。
「じゃあ、何? パトトお爺ちゃん? 一人で寝れないのかな? 一緒に寝る?」
とにかく、一階の暖炉の前に、パトト爺ちゃんを連れて降ろさなきゃ。
けど、もう、こんなに酔っぱらってるなら、別にジャンゴが隠れていなくても大丈夫な気がした。