19話。星(ステラ)の力。
「なんか、クラクラするぜ……」
タモタモの森の入り口。
鬱蒼と生い茂る樹木の上に夜のお月様が、煌々と輝いている。
そのお月様を見上げながら、竜の血が入った小瓶をグイッ!と一気に飲み干したジャンゴ。
裸足に灰色のズボンを履いたジャンゴの上半身が、一際、大きくなったようにも見えた。
まだ、13歳のはずのジャンゴの後ろ姿が、私よりも早く大人になったみたいに、背中の筋肉が逞しいくらいに盛り上がっている。
「リリルには風を、ジャンゴには獣の力を目覚めさせたようじゃな」
兵士の男の人が溶けた後の土塊を見つめながら、パトト爺ちゃんが静かに答えた。
星は、心正しき者には力を与える。
風の洞窟で、お誕生日に大人になるための13歳の儀礼を受けていたジャンゴは、ジャンゴ自身も気づかない内に『獣の力』を授かってたみたいだ。
けど、私の中には、『風の力』と言うよりかは『風の星』そのものが入っている。
「わ、私、どーなるのかな? アハハ……。で、でも、死体魔物とか怖いし」
私は、そう呟きながら竜の血の入った小瓶を見つめた。
月明かりに、紅色に輝く小瓶の中の竜の血が揺れる。
「リリル。今、飲んどけ。効果には少し時間が掛かる」
ザッと、音を立てて地面を踏み締めて立ち上がったパトト爺ちゃんが、静かに両腕を垂らしてタモタモの森の暗闇を見つめている。
「ジャンゴよ。戦闘狂人化が発動する前に問う。ワシ、リリル、ジャンゴの三人の戦力を踏まえ、己のすべき事とは?」
森の奥から吹く風に、血生臭い匂いが誘い込むように流れ込む。
「リリルを守る。じゃねぇのか?」
パトト爺ちゃんの背中を見つめたジャンゴが、金色の前髪を掻き上げて答えた。
「違う。まずは己の命を守り抜け。僅かな刺激にも反応しろ。研ぎ澄ませ」
パトト爺ちゃんの言葉が、静かだけれど、磨き抜かれた刃物のように突き刺さる。
「わ、私は?」
二人の張り詰めた空気を前に、頼りない私の言葉が、夜のタモタモの森へと流れていく。
「星との対話を。ワシらを導け」
パトト爺ちゃんの言葉を聞いた一瞬、なぜか私は、いつか見た夢の出来事を想い出した。
進めば進むほど、私からパトト爺ちゃんやジャンゴが遠ざかる未来。
私一人、知らない場所で得体の知れない恐怖に囚われ、暗闇の箱の中に閉じこめられる悪夢。
「待って! 私も行く──!!」
──気がつくと、私はパトト爺ちゃんが引く荷車に揺られながら、タモタモの森の中を通過していた。
樹木の枝や葉っぱの隙間から、お月様が見えた。
(そ、そうだ。私あの後、怖くなって竜の血を一気飲みしたんだった……)
どうやら、竜の血の一気飲みのせいで、私は気を失ってたみたいだ。
小さい時から、竜のお肉とかパトト爺ちゃんに食べさせられてたけど、竜の血だけは頑なに飲むのを拒んでたから……。
まるで、パトト爺ちゃんの創るお酒が、一気に身体中を回るようにして私は倒れたんだ。
「グルルルルル」
「え?」
何か魔物のような唸り声がする。
「グルルル……。いよいよか? ザワつくぜ……」
ジャンゴの声だった。
パトト爺ちゃんの少し先を歩くジャンゴの背中に、前みたいな毛むくじゃら──と言うよりかは、堅い針金のように光る獣毛が鬣のように靡いている。
それに、鱗。まるで、炎赤竜みたいだ。
もともとは、イシュタールの大平原でみかける野生狼みたいな毛むくじゃらだったジャンゴ。獣の力を宿してるからか、竜の血を飲んで野生狼と炎赤竜が合体したような姿になってる。
「奇襲を掛けようにも死体魔物は初期動作が遅い。隠蔽の魔法で迷わそうにも、ワシらの命及びリリルを連れ去るには決定力不足」
パトト爺ちゃんの声が響く。
タモタモの森の夜道は、ウミルの村を訪れたり星が祀られてた風の洞窟に巡礼するために、ある程度整えられている。
けれど、ウィンザード王国からだけでなく、他の村や街からも道は続いていて、迷路みたいに道が分かれている。
行き先表示の木の立て札が立ってるけど、隠蔽の魔法のせいで、信用出来ない。
間違った方向を示していたり、クルクルと地面に突き刺さったまま回ってたり、立て札がピョンコピョンコと跳ねて、森の奥の暗闇へと消えて行ったり。
「幻術──。そろそろ、準備が整ったか、黒魔導衆? リリル、竜の血の効き目はどうだ?」
タモタモの森の暗闇に問いかけるようにパトト爺ちゃんが話した後、私へと尋ねた。
「アハハ……。な、なんだか、楽しくなって来たかなー? 道の木の立て札も、クルクル回って踊ってるし? 怖いって言うか、楽しい感じ?」
黒魔導衆の幻術と竜の血のせいで、なんだか変だ。
だんだんと、恐怖心が薄らいで楽しくなって来る。
いや、もう、パトト爺ちゃんが居ることだし、ジャンゴも頼もしい姿になってるみたいだし、怖いものなんてないんじゃないかって想う。
「パトト爺ちゃんは、黒魔導衆の幻術を破れないの?」
ゴトゴトとパトト爺ちゃんの引く荷車に揺られながら、光錬成なんだろうか、ボンヤリと森の暗闇に光るパトト爺ちゃんの背中に尋ねた。
相変わらず、パトト爺ちゃんは鎧を外したままで、白い下着姿のまんまだった。
「ふーむ。さっきから、酔いと黒魔導衆の幻術が回って……。ウィ……。流石のワシも」
そう言ったパトト爺ちゃんが、夜のタモタモの森の地面に嘘みたいに倒れた。
「えー!? うそ、ウソ、嘘っ!? パトト爺ちゃん!!」
そんな馬鹿なって想う。
けど、私は竜の血を飲んでいたからか、気が動転するよりも早く、パトト爺ちゃんを助けなきゃって強く想った。
急いで荷車から飛び降りて、倒れているパトト爺ちゃんへと駆け寄る。
まだ息はしていて、パトト爺ちゃんは、まるで眠っているかのようだった。
「ジャンゴ! パトト爺ちゃんが! って、え? ジャンゴ?」
さっきまで、私の目の前を歩いていたジャンゴが、嘘みたいに倒れた。
「そ、そんな! ジャンゴっ!!」
私は、パトト爺ちゃんの呼吸する音を確かめた後、今度はジャンゴへと直ぐさま駆け寄った。
ジャンゴも獣人化の変身をしたまま、バタリと寝息を立てて眠っている。
ジャンゴの背中の野生狼の鬣と、炎赤竜の堅い鱗に覆われた上半身の筋肉が、ジャンゴの呼吸とともに静かに上下している。
「……息はある。とりあえず、二人は無事ね」
でも、ここは、夜のタモタモの森。
黒魔導衆の潜む敵の陣地の中。
私は、思考を巡らせるけれど、最適な行動選択が思い浮かばない。
「(風のお星様……、答えて! どうすれば良いの?)」
小声でイチかバチか、私の服の中の小さな胸を見つめて風の星に尋ねた。
パァ……と、青く小さく光る風の星──。
(──リリル、後で説明する。それより、魔女が来るよ。普通にしてて)
「え? 魔女?」
私が風の星から『魔女』という言葉を聞いた後、タモタモの森の地面がパァ……と光って、さっきまで暗闇だった道の向こう側から、黒いドレス姿の紅い瞳をした髪の長い女の人が、突然、私の目の前に現れた。
「(迎えに来ましたよ……。リリル──)」
「え?」
──まるで、私の心の中に直接呼びかけるように響く声。
星の声が響くのに似ている。
「あらあら。マスターパトトともあろう者が、おねんねかしら? それに獣の坊やも。魔女特製の神経毒は地味に効くのよね。時間が掛かるけど。ところで、あなたはどうして平気なのかしら? 風の星を宿す巫女──、リリルさん?」
森の月明かりを背に、黒いドレス姿の女の人が、透けるような白い指先を頬に当てて首をかしげる。
私を見つめる女の人の瞳の中の紅い光が、視界を貫く。
決して見てはならないと、心の中で警鐘が響いてる。だけど、視線が外せない。
「初めましてですね、リリルさん。あなたのお友達もマスターパトトも眠っているだけ。殺しはしない。もし良ければ、私にあなたの幸せのお手伝いをさせてくれませんか?」
「ど、どう言う事よ!?」
私は立ち上がって、『魔女』の紅い瞳に負けないように睨んで、両の手を握りしめた。
私の栗色のウェイブした髪の毛が、肩のあたりで夜風に揺れて、血生臭い匂いが風にのって鼻をついた。
倒れたジャンゴとパトト爺ちゃん、それに私のいる後ろの荷車を取り囲むようにして、さっきの兵士の人の仲間たち──変わり果てた姿の死体魔物たちが虚ろな目をして、魔女を中心に私へと詰め寄る。
命を亡くしてから時間が立っていないせいか、まだ銀の鎧は着たままで、おかしな方向へと首の折れ曲がった人もいる。
「この創世主の生み出した世界を──、誰も苦しむことのない幸せな世界へと導いて行きませんか? あなたは風の星という素晴らしい才能を宿しています。ともに、魔人たち及び中央魔大陸を浄化し、暗黒の世界に人々の平和と幸福をもたらしませんか?」




