16話。旅の始まり。①
満天の星空のもと、村の人たちと別れを済ませた私たちがウミルの村を旅立つ頃には、宵の明星がお空に赤く輝いていた。
「──って、重ぇ……! 何もこんな夜になってから出発しなくても」
「フン! こんなもん小指一本で動かせんと、リリルは守れんな」
「んな!?」
大きな木枠で造られた荷車に、オーガマガマガエルの胃袋一杯に詰め込んだパトト爺ちゃん特製の武器防具と、私とパトト爺ちゃんを乗せて、ジャンゴが歯を食いしばりながら身体をプルプル震わせて一歩一歩、星の輝く夜のイシュタールの大平原へと歩み出していた。
「ジャンゴよ、ワシ特製の鎧を気に入り着込むのも分かるが、己の肉体と視覚を通して対話するのも修行だと想うが?」
「!? そうかよ、師匠」
すっかりパトト爺ちゃんを『師匠』と呼ぶジャンゴが、ゴトゴトとパトト爺ちゃん特製の鎧を脱いで、いつもの上半身裸の灰色ズボン姿になった。
「──行くぜ!!」
そう言ったジャンゴだけど。
さっきと、大して荷車の進むスピードが変わらない。
「むぐぐぐ……!!」
「お、降りよっか、ジャンゴ?」
「い、いや。いい……」
私は荷車の上で、魔物製の茶色い脚のブーツを揃えてジャンゴに声を掛けるしかなかった。
クルクルと私は、指先でウェーブした栗色の自分の髪の毛を触りながら困る。
「フン!! そんな事では、リリルを嫁にはやれんな。ジャンゴよ」
「「 なっ!? 」」
私とジャンゴ。
同時に叫んだ声が、満天の星空輝くイシュタールの大平原へと木霊する。
「ふがっ!! ぐぬぬぬ……!!」
ジャンゴと私。
お互いに顔を見ないで荷車の車輪の動く夜の地面を見つめる。
自分の顔が火照ってるような気がするけど、ジャンゴはどうなのかな──?
──そんなこんなで、ジャンゴと私とパトト爺ちゃん。三人の旅と言うか、私にとっての人生初の冒険が今始まった。
────……☆……────
ウミルの村から離れて、しばらく経つけど、満天の星空輝くイシュタールの大平原は山岳地帯に囲まれた盆地で、低く覆い茂った草木と土と石ころの道が続く。
「ハァ……。ハァ……」
慣れない石ころの土道をガタガタゴロゴロと私とパトト爺ちゃんを乗せて、なんとか荷車を動かすジャンゴ。
獣の体毛が抜け落ちたジャンゴの肌色の上半身に、汗が流れ落ちるのがお月様に光って視える。
時々、魔物なのか「オオォーン……」って、咆哮する鳴き声が聴こえる。
「な、なぁ、パトトのジジイ、じゃない。師匠。さっきの鳴き声って魔物なのか?」
「だとしたら、どうする? か弱きジャンゴよ? ウィ……?」
もう、パトト爺ちゃんが、荷車の上で揺られながら自分で造ったキツいお酒を飲んでる。
ウミルの村を出る時には、格好良く鎧兜を着込んでたのに、寒くないのか白い上下の薄い下着姿になって、自慢の白くて長い顎髭を手で触りながらアグラをかいて寛いでいる。
イシュタールの大平原は、まだ雪が降る季節じゃないけど、ちょっと肌寒い。
「炎の魔法はな、酒を飲むと良くまわる。ウィ……。って、なんか言ったか? 愛する我が弟子のジャンゴよ?」
「って、聴いてねぇのかよ! 戦うしかねぇって言ったんだよ!」
「どうやって?」
イジワルそうに、酔っぱらったパトト爺ちゃんが、お鼻をホジホジしながらジャンゴに聴いた。
「ね、ねぇ。パトト爺ちゃん? そろそろ、テント張って休憩しない? 初日だし、ウミルの村からも結構離れて来たし。森の入り口も、すぐそこだよ?」
「まぁ、頃合いじゃの。ジャンゴも魔物にビビっておるようじゃし? 初日は、こんなもんか?」
「ま、まだ、イケるぜ……。そ、それに、ビビってねぇ」
歯を食いしばりながら荷車を引くジャンゴにも申し訳ないけど、お腹も空いたし、そろそろ休憩したいって想う。
それと私は、荷車に揺られてただけだけど、肌寒い夜のイシュタールの大平原で初めて荷車を引くジャンゴが心配だ。いきなり無理して、熱でも出たら大変だから。
「よーし! ジャンゴよ。ここいらで一丁、休憩じゃ! タモタモの森の手前なら獣たちもまだ魔獣化しとらんしな? グワハハハハハ!!」
パトト爺ちゃんの豪快な笑い声が、夜のイシュタールの大平原の星空へと自慢の白いお髭が風に揺れて木霊する。
仁王立ちになって笑うパトト爺ちゃんとは対称的に、ジャンゴが「やれやれ」と言った様子で立て膝を突いて地面にドカッ!と腰を下ろした。
「だ、大丈夫!? ジャンゴ?」
「心配ねぇよ……」




