15話。星の巫女あらわる。
「常夜灯、水筒、肩掛け、フード。魔物の球根と種、干し肉、手袋、腰袋、ベルトにブーツ……と」
酔っぱらったパトト爺ちゃんと、パトト爺ちゃんのお酒の相手に付き合わされたジャンゴが、暖炉のあるこのお部屋の床で、「ガーゴー」と二人ともイビキをかいて眠っている。
「パチ……パチ……」時々、暖炉の火で燃えている木が音を立てている。
私は、パトト爺ちゃんから「旅に出る!」なんて言われて眠れない。
「これで、良し!」
旅に出るって聞いて、必要そうなものは、だいたい揃えられたと想う。
「んー。なんだか寝れないな……」
チラリと横目に視線を落とすと──、やっぱり、パトト爺ちゃんとジャンゴは暖炉の火に照らされて、相変わらず大イビキをかきながら気持ちよさそうに眠っている。
「あー。なんか、二人とも呑気で良いよねー。これから、大冒険が始まろうってのにさ?」
ジャンゴは小さい時このウミルの村に来たって言うし、パトト爺ちゃんは私の知らない外の世界をよく知っているし。
けど、私は生まれた時からこの村を出たことないから、外の世界っていうものを知らない。
「寝れないよー……」
私は、暖炉の炎と眠っているパトト爺ちゃんとジャンゴの寝姿を見ながら、膝を抱えて座っている。栗色にウェーブした私の髪の毛の先を、自分でクルクルと指先で巻きながら。
「やれやれ。暖炉の火も消さなくちゃいけないし、寒くなると風邪ひくから、二人に毛布でもかけときますか……」
私もよく着ている服の素材──、牛みたいな魔物ズーの毛皮とお家より大きな怪鳥パピロの羽毛で創られた毛布を二人にかけておく。
これ一枚で、本当に暖かい。暖炉の火もいらないくらいだ。
それから私は二階の自分の部屋に行こうとして、暖炉の火を消してお部屋の常夜灯の火も消そうとしたんだけど──。
「今日は、二人と一緒に寝るか……」
なんだか、今すぐ眠れそうにもないし、私はパトト爺ちゃんにかけた毛布の中へと身体を折りたたんで寝転んだ。
(ガー……ゴー……)
「んー。やっぱ、お酒臭い。イビキも凄いし。余計寝れないかな? アハハ……」
久しぶりにパトト爺ちゃんの毛布に入ったけれど、やっぱり無理。
小さい時は気にならなかったけど、自分のお部屋で寝るようになってからは、ずっと一人で寝てたから。
それから私は、二階の自分のお部屋の毛布を持って降りてきて、ジャンゴとパトト爺ちゃんと並んで眠った。
床は固いし、お酒臭いし、イビキもうるさかったけれど──。
なんだか、不思議と気持ちが落ち着いて来て眠くなって来た。
(──リリル。おやすみ……)
私の小さな胸のあたりが、暖炉と常夜灯の火を消した真っ暗なお部屋にパァ……と青色に光って、お星様の声が聞こえた気がした。
それから私は、だんだんと眠くなって見たこともない不思議な夢を見た──。
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「ここ、どこ?」
青空と雲──。
空の真ん中にいるはずなのに、地面が浮いていて見たこともない高い建物が、たくさん空のもっと高い場所へと伸びている。
そこからまた、たくさんの橋みたいなのが伸びていて、別の建物へと続いている。
私がいる場所からは、地平線が見えていて遥か下に地上というか、私が住んでた世界──森や山が見える。
「なんだろう?」
私の足もとからは、固いレンガとも違う見たこともない透明な石?みたいなので出来た橋が、目の前の空まで届きそうな建物の入り口へと続いている。
「うわっ!?」
足もとの遥か下に見える地上から吹く風に、少しバランスを崩されそうになった。
「どうやら、目の前の建物の扉の中へ、入らなきゃいけないってことね?」
私は魔物製のブーツを履いて、橋をコツコツと足音を立てて渡りながら、自分の栗色のウェーブした髪の毛をかき上げて扉の側まで近づいた。
「木の扉? 扉だけなんだか古そうに感じるな……」
木の扉を、ギギギ……と開けると──。中は、真っ暗で何も見えなかった。
「誰か、いますかー?」
けっこう中は、広い空間みたいで、私の声だけが響き渡った。
(バタン──!!)
「ひ、ひえっ!?」
私の背中の後ろ側で、さっき開けた木の扉が急に閉まった。
すると──。
高い窓のような場所から光が差し込み、私のいる目の前の空間をボンヤリと照らした。
「え? 何? 透明な壁? 誰か、いる──?」
私の目の前に現れた透明な大きな箱のようなものの中に、誰かがいる。
コポコポと、小さな泡みたいなのが音を立てている。水が入っているみたいだ。
私が今いる暗い空間とは反対に、この透明な箱の中が少しずつ明るくなって行く。
「人──? 裸の女の子?」
肌色はしているけれど、透けそうなくらい透明な身体の女の子が、目の前の箱の中で目を閉じて立って浮いている。
私と同じ栗色のウェーブした髪の毛。小さな胸のあたりが青く光っている。
え──? 嘘……?
「良く来たね? リリル……」
「え!? 誰っ!?」
(ゴゴゴゴゴゴゴ……──)
建物の中が激しく振動して、急に私の足もとの床が消えてなくなった。
私は、突然、暗闇の底へと落下した。
「キャアァァ──!!」
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(ガバッ──!!)
「ハァハァ……」
私は上半身を起こして、息を切らしながら目が覚めた。
まるで、さっきいた場所に本当に居たみたいに感じる。
それにしても──。
夢の中で見た透明な箱の中に居た女の子は、私にとても良く似ていた。まさか──、とは想うけれど私は首を横に振って考えないようにした。
それと、誰だろう? あそこには、もう一人、誰かいた。「良く来たね? リリル……」なんて、あの時、夢の中の誰かが言った言葉が、私の頭の中を繰り返し木霊する。
「気持ち悪い……」
心臓のドキドキする音が止まらない。
ふと隣を見ると──、パトト爺ちゃんとジャンゴが、まだ気持ちよさそうに大イビキをかいて眠っていた。
「うぅっ……。パトト爺ちゃん、ジャンゴ、助けてよ……」
すると、私の小さな胸の上でパァ……と、青く光ったお星様が私に話しかけて来た。
「流星かける時 星の巫女あらわる 猛き者 勇ましき者 これを守りて すなわちともに星を守る」
(ん? どう言うことだろ?)
頭になんとなく響く、いつものお星様の声よりも、くっきりはっきりと聴こえた。
私が、自分の小さな胸の上で光るお星様の青色の光を見つめていると──。
(──リリル。頑張って……)
いつものように、頼りなく消え入りそうなお星様の声が、私の頭の中に響いた。
それから、なんだろう……。
お星様の声を聞いた私は、急に安心して直ぐさま眠りに落ちた。
─────……○……─────
──朝だ。
お家の木組みの窓から朝日が射すように光輝く。
「ん、んー。眩しい……」
あれから私は、ぐっすりとよく眠れたみたいで、肩凝りも頭痛もなく、すっきりと目覚めた。
(おはよ。リリル──。元気そうで、良かった)
私の小さな胸の上で、お目覚め一番。パァ……と青色に光輝き、お星様が私へと話しかけて来た。
「んもう! 分かってるねー! お星様! 私は元気だよ?」
私は、ニヤニヤとしながら、自分の小さな胸の上を見つめた。
なんだか、最近、お星様との会話が多い気がする。
隣を見ると、ジャンゴが、まだイビキをかいて眠っていた。
「もー。寝坊助だなー? ジャンゴは!」
ワクワクする。
まるで、何かが始まりそうな?
そう……。生まれて初めて、このウミルの村を飛び出して、私の大冒険が始まるんだからっ!!
けれど、私とジャンゴの間で、眠っていたはずのパトト爺ちゃんの毛布が空だ。
お台所やお家の奥から、なにかゴソゴソと物音がする。
「フン!! おぅ……。目覚めたか、リリル? よく眠れたか? 目が覚めたんなら、手伝え」
パトト爺ちゃんが、朝から何やらゴソゴソと旅立つ前の荷造りをしている。
「わっ!? って、コレ何!? 全部、持ってくの!?」
「おおぅよ? ワシが創った武器防具は、超一級品。魔人どもの手に渡れば世界を滅ぼしかねん。こうやって……。なに、心配いらん。このウミルの村のヤツらには最低限の装備は持たせてある。ワシの武器と防具は、力無き者が使えば反動がデカいからな」
そうやって、パトト爺ちゃんは、ひとつ一つ──……。
何かの赤い文字が描かれてある布を、パトト爺ちゃんの創った武器と防具に丁寧に巻きつけては包み込んで、大きな布袋みたいなのに、しまってゆく。
「それにしても、デッカい布袋だね? パトト爺ちゃん?」
「布袋じゃねーわい。イシュタールの大平原よりさらに奥地。タモタモの森の沼地に生息する魔物、キングギガントオーガマガマガエルの胃袋じゃわい! 伸び縮み自由じゃ!」
「オーガマガマ? ガエル? そんなのいるんだ……!」
私は、目を煌めかせて、パトト爺ちゃんと魔物キングギガントオーガマガマガエルの胃袋を見つめた。
見たこともない、そんな魔物がいるんだ!!
そう想うと、私のワクワクとドキドキが止まらない!
「あぁ。それとだな、リリル? お前は、魔法を使えるようにならねばならん」
「え? 魔法(ま?ぎ、あ)……? 何それ?」
パトト爺ちゃんが床に片膝をついて、分厚い大きな手で、魔物キングギガントオーガマガマガエルの胃袋に武器やら防具を丁寧に仕舞い込みながら、私へと呟いた。
私は、洞窟で魔人も言ってた──『魔法』と言う言葉に驚いた。
髪の毛の先を、指先でクルクルと回しながら、「何だろう?」って想う。
「飯作る時に、フライパン握って火を灯すじゃろが? あれは、身体から出る錬成の力を、火の魔法へと変換出来るよう書き換えてあるんじゃがの?」
「え? そうなんだ? だから、私、お料理が苦手……」
そうだ。
錬成なんて言葉、魔人もパトト爺ちゃんも、洞窟の時に言ってた。
私は、そもそも身体から出る力──錬成っていうのが弱いから、フライパンのお料理が生焼けだったのかな──?
「関係ない。通常、ワシらは星から授かりし言の葉を借り、己が力──錬成の力をこめて魔法を召喚するが、風の星を宿したリリルは、無詠唱で風の魔法を召喚出来るはずじゃ……」
「そうなの……?」
チラリと横目に視線を落とすと、「グーグー……」と、まだイビキをかいて眠っているジャンゴ。
よほど気に入っているのか、パトト爺ちゃん特製の鎧兜を身につけたまま眠っている。
「流星かける時、星の巫女あらわる。猛き者、勇ましき者──これを守りて、すなわちともに星を守る」
私は、私の中にいる風のお星様と同じ言葉を言ったパトト爺ちゃんに、ギョッ!として驚いた。
(嘘──? なんで、知ってるの?)
「目覚めたらジャンゴにも言っとけ。星の力が弱まった風の大陸には、じきに星の巫女──リリルを求めて、魔人どもの使いが来る。ウミルの村をはじめ、この風の大陸全土にな……」
パトト爺ちゃんが、全部の武器と防具を魔物キングギガントオーガマガマガエルの胃袋に仕舞い終えて、大きな手と足を使ってロープでギュギュッ!!と、袋の口をきつく縛った。




