12話。ジャンゴ。
台所の隣にある暖炉のお部屋──
毎晩、私が火をくべると、お部屋を暖かくしてくれる暖炉の赤茶色のレンガが黒ずんでいる。
今は朝だけど、お日さまも昇ってて、火をくべるほども寒くない。
いつも、私とパトト爺ちゃんが食事するテーブル──大きくて分厚い樹をそのまま切り出して、パトト爺ちゃんが磨き上げて創ったテーブル。
お日さまが、私とパトト爺ちゃんの木のお家に差し込み、茶色の樹のテーブルの上を明るく反射させていた。
「あ。リリル? これって、何の肉? (ハグハグ……もぐもぐ──)」
「え? あぁ、これ? たぶん、巨獣『キングベヒモス』かな? パトト爺ちゃんが言ってたような……」
「へぇー……」
テーブルの上に並べられたパトト爺ちゃんの創った白くて大きな陶器のお皿。
美しく光る白いお皿の上に、世界で五本の指に入るほどの巨獣──『キングベヒモス』の燻製のお肉が、ジャンゴに切り分けられて、盛り付けられている。
巨獣『キングベヒモス』は、ウミルの村が踏み潰されちゃうんじゃないかってくらい大きい……らしい。
樹の椅子に座る私と樹のテーブルを挟んで、巨獣『キングベヒモス』のお肉を手づかみで、勢い良く頬張るジャンゴ。
ご飯を食べる時くらいは、座ってて欲しい。
「ちょっとぉ、ジャンゴ? 立ってないで椅子に座って食べたら?」
「へへ……。ワリぃワリぃ! ついな! 血が騒ぐんだよ?」
「は? 血が騒ぐ? いったいなんなのよ?」
気のせいかも知れないけど──ジャンゴの手が大きく力強く、爪も鋭くなっている気がした。
まるで──魔人みたいに。
「あ。リリル? お誕生日、おめれと……。(ハグハグ……もぐもぐ──)」
「あ、ありがと。ジャンゴ……。って、遅ーいっ!! 私のお誕生日、もう過ぎちゃってるじゃん?」
そう言えば──
私もジャンゴに言われるまで、忘れてた。自分のお誕生日。
いくら魔人がいつ襲って来るか分からないからって、パトト爺ちゃんに、ほったらかしにされるのは、ちょっと寂しい。
「(もぐもぐ……ハグハグ──)え? 悪ぃ悪ぃ……。いや、リリルってさ。あれから、何日も眠ってたんだぜ?」
「え──? そ、そうなの……?」
初めて聞かされる事実。
何日か前に目が覚めたかと想ってたんだけど──そんなに、日が経ってたんだ……。
私は、ジャンゴが切り分けてくれた巨獣『キングベヒモス』の燻製のお肉を頬張ろうとして、手を止めた。
ジャンゴみたいに手づかみじゃなくて、私は、パトト爺ちゃん特製の銀色のナイフとフォークで食べようとしてたんだけど──。
巨獣『キングベヒモス』の角から創られた銀色のフォークとナイフを、私はお皿の上に置いた。
「え? え? パトト爺ちゃんは!?」
「んー……。リリルのこと、ずっと看病してたぜ? だから、俺──。窓辺でぶら下がって、リリルのこと、ずっと見てただけなんだけど……」
「そうだったんだ……」
俯いていた私は、お皿の上に置いた『キングベヒモス』の角で出来た銀色のナイフとフォークをもう一度、手に取った。
「はむ……。(もぐもぐ──)おいひぃい(美味しい)ね! ジャンゴ!」
「だろー? リリル! 燻製肉だから、そのまま喰っても美味いけど、俺の絶妙な塩加減と焼き加減! 絶妙じゃね?」
「絶妙って、2回言ってるし。塩振りかけて焼いただけじゃん?」
「それ、言うなよー!」
巨獣『キングベヒモス』の分厚い身体は、いかなる武器や攻撃も受けつけない……らしい。
どうやって、パトト爺ちゃんは、獲って来たんだろう。
けど──
『キングベヒモス』のお肉を切り分けて調理したジャンゴも、大したもんだと想う。
お料理はシンプルだけど、パトト爺ちゃん特製の切れ味バツグンな包丁を使いこなして、炎をお肉に通さなきゃいけないから。たぶんだけど、『キングベヒモス』は、炎さえも受け付けない。
それにしても不思議なのは、パトト爺ちゃん特製の大っきなフライパンだ。
握るだけで熱くなったり炎が出たりするんだけど、どう言うわけか私が握っても、ほんのりフライパンが温かくなるだけ。パトト爺ちゃんみたいに物凄い火力が出ない。それに、疲れるし──
だから、ジャンゴも、けっこう凄い。
「んでさー……」
「え?」
ジャンゴが、何かを言おうとして、食べてる手をピタリと止めた。
「俺さ……。パトトのジジイに、弟子入りしようと想うんだ」
「え?」
想ってもみないジャンゴの言葉だった。
まぁ……。確かに、ジャンゴは、魔人の強さに無力感を感じてたわけなんだけど……。
「い、良いんじゃない? パトト爺ちゃんに頼んでみれば?」
「うん……」
テーブルを見つめて、珍しく溜め息をつくジャンゴ。
ジャンゴは、手づかみで食べていた毛むくじゃらの自分の手を、口で綺麗に拭いてから──ぐっ! と、力こぶを作って腕に力を入れた。
物凄い筋肉だ。
普段は、そこまで太くないのに、ジャンゴの毛むくじゃらの腕がパトト爺ちゃんの腕くらいに、急に大きく膨れ上がった。
「ハハ……。俺だってさ、大人くらいの力は、出せるんだ。けど──、なんで、パトトのジジイは、あんなに強いんだろ……」
ジャンゴが、もう一度、溜め息をつき──灰色の前髪をかき上げて、『キングベヒモス』のお肉を手に取る。
そのまま、頬張るジャンゴ。
「うめぇ……」
ジャンゴは、落ち込んで気にしてるみたいだけど、食欲はあるみたいだ。
ちょっと安心して、私は栗色のウェーブした髪の毛を耳もとに掻き上げて──私もナイフとフォークを手に取って、『キングベヒモス』のお肉をお口いっぱいに頬張った。
「良かった。私もパトト爺ちゃんも、魔物ばっか食べてるし、パトト爺ちゃんが強いのは、魔物ばっか食べてるからじゃない?」
ジャンゴもそうだけど、ウミルの村の人たちは、村の近くの動物や植物を獲って食べてて──パトト爺ちゃんみたいに遠くの山を越えてまで、魔物を獲って来ないし食べない。
パトト爺ちゃんが言うには、魔物の方が、魔力も栄養価も高いし、身体には良いらしい。
だけど、村の人たちが言うには、命の危険を冒してまで、そんなことが出来るのはパトト爺ちゃんくらいだ──って。
正直、魔物は強いし敵わないからって、ウミルの村の大人たちは、みんな言う。
それに、魔物を食べると、高すぎる魔力に呑み込まれるとかなんとか……。
魔物の魔力を吸収出来る力が、そもそも身体に備わってないと食べることさえ出来ない。
「かもな……」
真面目な顔して、もぐもぐと──『キングベヒモス』のお肉を頬張るジャンゴ。
私とパトト爺ちゃんは、ずっと昔から魔物を食べていて、慣れてるから、平気なのかな?
それに、ジャンゴも毛むくじゃらだから、平気──? まぁ、顔の毛が抜け落ちて、ジャンゴはちょっと男前になったけど。
私にしたら真面目なジャンゴは、つまらない──。
だけど、ジャンゴにすれば、大真面目な話だ。
まぁ、ジャンゴも気にしてるみたいだから、パトト爺ちゃんが今度お家に帰って来たら、一緒に頼んであげようって想う。
パトト爺ちゃんに──ジャンゴを弟子にしてくれないか……って。
「なぁ、リリル?」
「え?」
「ちょっと、村の様子を見に行こうぜっ!」
「え? まぁ……、良いけど?」
ジャンゴと、そんな風にして、ちょっと遅めの朝ご飯を食べていると──
ジャンゴと一緒に、改修補強作業中のウミルの村を見に行く話になった。
───── ○ ─────
(──トン! テン! カン! ──トン! テン! カン!……)
「う、うるさい……」
私とパトト爺ちゃんの木のお家がある小高い緑の丘を、ジャンゴと一緒に降りると──
そこは、レンガや木で造られたお家が集まってて、小さな村だけど村の大人たちが賑やかにワイワイガヤガヤと、村の真ん中に集まっていた。
みんな、女の人や子ども連れのお母さんばかりで、大きな鍋に、たくさんのお皿を取り分けてお昼ご飯の支度をしている。
お日さまが、お空の真上に昇ってて、ちょうどお昼時だ。
だけど、ちょっと遅めの朝ご飯をジャンゴと食べた私は、まだお腹がいっぱいだ。
「おーい! ウィっ! ひっく! 飯にすっぞぉーっ!! ひっく!!」
「「「「 うぃーっす!! 」」」」
パトト爺ちゃんだ。もうすでに、酔っぱらっている。
パトト爺ちゃんの号令の声が村中に響いて──、村の男の人たちが作業する手を止めてワラワラと、どこからともなく集まって来ていた。
さっきも、私とパトト爺ちゃんの木のお家がある小高い丘から見えてたけど──
ウミルの村の改修補強作業は、けっこう進んでて、村全体を囲う大きな壁みたいなのが、お家の屋根よりも高く──あちこちに張り巡らされている。
「おぅ! リリルちゃん! ジャンゴとデートか?」
「違ーうっ!!」
村全体を囲う大きな壁からトン!──と、降りてきたジルおじさんが、腰にぶら下げたハンマーをクルクルと回しながら、酔っぱらったような赤い顔で私に話しかけて来た。
ジルおじさんも、お酒臭い。地面から高い場所の作業なのに、大丈夫なのかな?
だけど、咄嗟に「違う!」なんて、即座に否定しちゃった私だけど、ジャンゴはどう想ってるのかな……?
私は、そっと栗色のウェーブした髪の毛を耳もとに掻き上げて──チラリと横目でジャンゴを見てみた。
「で、デートなんかじゃ、ねぇよ?」
ズクズクの汚い灰色のズボンのポケットに両手を突っ込んだまま──なんか、お日さまとは違う方向のお空を見上げているジャンゴ。
隣にいる私からも、ジャンゴの顔は、よく見えない。
「まあまあ。仲が良いのね! 私もジルと若い頃は、よくデートしたわ! はい。お昼ご飯よ? ジル」
「お、おぅっ! サンキューな、デメト! って、照れるじゃねーか! 恥ずかしいこと言ってんじゃねーよっ!!」
「ウフフ……」
ジルおじさんと、デメトおばさんは、いつも仲が良い。
ジルおじさんにお昼のご飯を手渡すデメトおばさん。
だけど、ジルおじさんもデメトおばさんも、顔が緑色で耳が尖っている。
ジルおじさんの頭には毛が生えてないけど、デメトおばさんは長くて黄色の綺麗な髪の毛を頭の上で、お団子みたいにして結っている。
私は別に耳も尖っていないし、普通の肌色だ。村の中じゃ私一人だけだけど、そう言う意味じゃ、毛むくじゃらなのはジャンゴも一人だけだ。
「なんか……。身体の奥が、ムズムズするぜ……」
「気のせいじゃない?」
別にいつもと何も変わらないし、青いお空にお日さまが昇っては、また夜になる。
そう。
いつもの繰り返し。そう言う風にして私は育って来た。このウミルの村で。パトト爺ちゃんと。
「そう言やぁ、リリル。魔人が、風の洞窟に来たんだってなぁ?」
「怖いわねぇ……。中央魔大陸からどうやって来たのかしら? 世界は、星の力で閉ざされているって言うのに……」
ジルおじさんが、魔人のことを話すと、デメトおばさんが、何か気になることを言った。
(──中央魔大陸……。世界は、星の力で、閉ざされている……?)
すると──
突然、急に、ジャンゴが苦しみだして──地面にひざまづいて、大声を上げた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ──!!」
「じゃ、ジャンゴっ!! ど、どうしたのっ!?」
私は、ジャンゴに駆け寄ったけれど、ジャンゴは苦しむばかりで、地面の上をのたうち回るように転がって、悶えている。
「ど、どうしたっ!?」
「ジャンゴが! ジャンゴがっ!!」
驚いたジルおじさんも、慌てて私とジャンゴに駆け寄ったけれど、どうすることも出来ない。
「パトトお爺さんを呼んできます!!」
そう叫んだデメトおばさんが、即座に村の真ん中にいるパトト爺ちゃんの方へと走り出した。
「う、うわぁぁぁぁぁ……」
地面に映る得たいの知れない巨大な影──
私の目の前で、目を見開いて驚くジルおじさんが、恐怖で震えている。
「ミ、巨大魔牛人間……! い、いや、巨獣──キ、キングベヒモス……!!」
私が振り返ると──
お空のお日さまさえ隠すように立つ巨獣──
──『キングベヒモス』が、大きな赤い目を見開いて、魔人さえ比べものにならない恐ろしい巨大な二本の角を、天にも届くほどに高く突き上げていた。
紫の分厚い体毛。
全てを噛み砕くほどの牙が、とてつもなく大きな赤い口に並ぶ。
ひとなぎで、全てのお家が、破壊され、全ての村の建物が踏み潰されるほどの巨大な手足。
だけど、その爪は、どこかジャンゴの爪に似ていた。
「グゥルルバオオォォォォォォォォ──ン……!!」
耳が、引き裂かれそうなほどの咆哮音。
(し、心臓が──、バクバクする……。ハァハァ……。た、立って──られない……)
「ハァハァ……。ジャ……、ジャンゴ──だよね……?」
仰ぎ見るようにして振り返った私の視界には──
──全てを破壊しつくすであろう光の塊が、ジャンゴ……『キングベヒモス』の口の中から放たれようとしていた──




