11話。夜明け。
(──トン! テン! カン! ──トン! テン! カン!)
「──……うぅ。うるさいっ!!」
朝──
私は、いつも、この何日間かは『魔人襲来』に備えたウミルの村の人たちの、村の改修補強作業の音で目が覚める。
ここ何日かは、パトト爺ちゃんも村の人たちの作業を、ひっきりなしに休むことなく手伝っていて。
でも──
村の人たちは呑気で、パトト爺ちゃんも呑気だ。
朝から村の人たちとお酒を飲んで、ワイワイガヤガヤと、お祭り騒ぎ。
「適当に食っとけ!!」とか言って、パトト爺ちゃんはお家を出て行ったきり、何日も帰って来てない。
(──コンコン!)
「誰っ!?」
私は、ボサボサの栗色の髪の毛をお手入れする時間もなく、白いワンピースの小さな胸もとに、ぎゅっと両手をあてて握りしめたまま、後ろの方を振り向いた。
「へっへー。相変わらず寝坊助だな? リリルは!」
いつもどおり、木の枝に宙ぶらりんで逆さまにぶら下がった、毛むくじゃらのジャンゴが、窓越しにニヤリと笑っている。
「もうっ! 脅かさないでよっ!!」
「へっへー。いつものことじゃん?」
私が、眠たそうな顔のまま「パタン!」と、木の窓を開けると──「よっと!」とか言って、ジャンゴはクルッと宙返りしながら「ペタン!」と、私のお部屋の床に着地した。
「ジャンゴ! 足っ!!」
「へへ……。気にすんなって。今日は大丈夫だぜ? 足の裏キレイに拭いてっから」
「今日は?」
「へへ……。いつもだって!」
『魔人の襲来』以来──私は、怖くて仕方がない。
いつ襲って来るか分からない真っ黒な姿をした『魔人』。
──そう。
『魔人』は、私の中にある『お星様』が欲しい──『風の星』が私の中に入っちゃってるから……。
それと──私のお部屋にあるこの『世界の地図』も……。
「お!? 光ってる?」
「え? あ。本当だ……」
私が自分の小さな胸もとを見ると──白いワンピースの中で、青色の光がキラキラと光って、スーッと消えて行った。
「ちょっ!? ジャンゴぉっ! どこ見てんのよっ!?」
ジャンゴが、白いワンピースの小さな私の胸もとを覗き込むようにして見ていた。
「へへ。悪い。ワリぃ。ま、良かったじゃん? 『風の星』。リリルのこと、守ってくれてるみたいだぜ?」
「ま……、そだけど……」
私は、青色に光っていた自分の小さな胸のあたりを見つめた。
毛むくじゃらのジャンゴが、灰色の髪の毛をかき上げて、頭の後ろで手を組んだまま、足を四の時にして立ってニヤニヤと笑っている。
だけど、ジャンゴの顔から毛むくじゃらの灰色の毛が抜け落ちてて──私たちと同じ肌の色が見えていた。
「ジャ、ジャンゴ? ど、どーしたの!? その顔!?」
「そーなんだよなー。昨日まで、そんな酷くなかったのに、今日は朝起きたら、ゴッソリ抜け落ちててさー……」
私は、目を凝らして眠たかった目をパッチリ見開いて、ジャンゴの顔を覗き込んだ。
「ん? ん──……? ふむ」
「な、なんだよ? リリル? お、俺の顔……。へ、変か?」
灰色のロングヘアーに、大きな青色の瞳。
獣みたいだったジャンゴの黒い鼻と口の皮が剥がれ落ちてて──スッキリと整った鼻筋に、綺麗な赤色の唇が、ジャンゴの褐色の肌の上で輝いていた。
「やるじゃん! ジャンゴぉっ!! 男前ー!!」
「そ、そっか? ま、まだ、自分の顔……。よく見れてないんだよな……。り、リリルが、そう言うなら──」
ジャンゴが、珍しく照れてるような表情で赤く、ポリポリと顔を掻くような仕草をしている。
大きな青色の瞳を斜め下に、視線を落として。
「良かった──ねっ!!」
(バシン──!!)
私は、なんか知らないけど、嬉しくなってジャンゴの肩を叩いた。
私もジャンゴも13才になったけど、私とジャンゴの身長は、あんまり変わらない。
「い、痛ってぇー!! お、女のクセに、リリルって、力だけは強ぇな……」
「まぁねー。パトト爺ちゃんに鍛えられてるからねー。って、女のクセにとか、言うな!!」
そんなこんなで、私は、いつもの服──牛みたいな魔物ズーの皮で出来た茶色の服と、食人植物の魔物ジャンボウツボカズラの緑の繊維で創られた短めのズボンに着替えるために──ジャンゴを私のお部屋の外へと追い出そうとした。
「ちょっ! ジャンゴぉっ!? いつまで、私のお部屋にいるつもりー? 私。着替えるんだけど?」
「へへ! ワリぃワリぃ!! リリルも、いつまでも、子どもじゃねぇもんなー!? でも、見たって良くね? 減るもんじゃねーし?」
「へ、る、わ、よっ!!」
「減るほど無ーってか?」
「バカっ!!」
(バタン──!!)
ジャンゴは、いつもひと言多い。
私が気にしてること言って──
なんだか、ちょっと、泣きそうになる。
私──まだ、13才だけど、私だって……。
(……まぁ、いつものことか。ジャンゴも悪気があって、言ってるんじゃないだろうし……)
──私が、お部屋の木の扉を閉めて、ジャンゴを追い出してから涙を拭くと……。
また、お家の外の音が響き出した。
(──トン! テン! カン! ──トン! テン! カン!)
「うるさい……」
相変わらず、建物とかウミルの村全体を強化するための村の人たちの改修作業の音が、私のお部屋に鳴り響く。
私とジャンゴは、13才になったけれど──身体が、まだ大人になりきっていないからって理由で、村の人たちもパトト爺ちゃんも、手伝わせてくれない。危ないからって。
子どもは、村の宝なんだ──とか?
そう言うけれど、ただ、大人たちは、作業しながらお酒飲んで騒ぎたいだけに見えるんだけど──
(──ガシャン!! バタン!! ドン!!)
私のお部屋の真下にある──暖炉のお部屋の隣にある台所から、たくさんの騒がしい音がする。
「ちょっ、ちょっとー! 大丈夫なのぉー? ジャンゴぉー?」
私は、少しだけお部屋の扉を開けて、下の階にいるジャンゴに大きな声で話しかけた。
「へいへーい! 大丈夫ー!! ちょっと遅い朝飯ー、作っとくぜー? リリル! 俺と二人分なっ!!」
ジャンゴの元気な声が帰って来た。
風の洞窟での『魔人の襲来』で、ジャンゴは自分の無力感に打ちひしがれてたから、あれ以来──ちょっと、ジャンゴのことが心配になってたんだけど……。
「え!? あ、アンタも!? 食材は貴重なんだから、無駄にしないでよねー?」
良かった。
ジャンゴは、元気そうだ。
なんだかんだ言って、優しいジャンゴ。さっきは、変なこと言われて私は、泣いちゃったけど。
風の洞窟の時もそうだったけど、ジャンゴは、いつも私を助けてくれる。
「へい、へーい!! 貴重な魔物の食材が食えるのは、リリルん家だけだしなー!!」
「んもぉー!! 何それー!!」
撤回。
ジャンゴは、私のお家にあるパトト爺ちゃんの獲って来た珍しい魔物の食材が食べたいだけなんだ──
(──トントントン……)
階段を降りたかと想うと、もう魔物の食材を切る音を立てているジャンゴ。
ジャンゴは、ああ見えても料理の腕前は、確かだと想う。
ちょいちょいパトト爺ちゃんの留守を狙っては、私のお料理のお手伝いをしてくれているジャンゴ。
だけど、いつも、パトト爺ちゃん特製の刃物を見て「スゲー!!」とか言って興奮して鼻息ならすけど、私は「ただの包丁じゃん?」って、いつも言ってる。
それから、ジャンゴは、ジャンゴが見たことのない魔物の素材を見て、いつも「スゲー!!」とかって、やっぱり鼻息ならしながら興奮するけど、私はいつも、「ただの魔物じゃん?」って言う。
それに、ジャンゴは魔物の素材のさばき方が、上手い!
どう言うわけか知らないけれど、魔物とかの身体の構造を良く知っているのか、「俺には分かるんだよ?」とかって、アゴに手をあてて、カッコつけていつも言ってる。ジャンゴには、才能があるってことなのかな──?
でも、今は褒めない!
ジャンゴは、食いしん坊なだけなんだ。
ジャンゴの住む木の上のボロんボロんの汚いっ!お家にも、食材をさばいたり、道具として使う刃物はあるけれど、全部ボロんボロんの! ボロボロ!!
ジャンゴの履いてるズクズク!の灰色の膝まであるズボンだって、いつも汚いし! 洗ってるのなんて見たことないっ!!
(まったく……。ジャンゴは、全然、女の子の気持ち──私の気持ちなんて分かってない……。男前になったって、褒めて上げたのに……。ジャンゴのバカ……。心配して損しちゃった──)
私は、着替え終わったけれど、ジャンゴのいる台所には、行きたくない。
すると──
(──リリル……悲しい。僕も──悲しい……)
「え?」
突然──。何か、声みたいなのが、私の頭の中で響いた。
「リリ…ル? 私? 僕? 誰──?」
その時、ふと、私の小さな胸もとを何かが抱きしめるように熱くなって──
フワ──っと、私の胸から青色の小さな光が私のお部屋に散らばって──流れ星みたいに光って消えて行った。
(風のお星様──なのかな……? リリル……。僕……? きっと、そうだ──)
「おーいっ! 飯、めしー!! 飯、出来たぞ、リリルー!!」
「は、はい、はーい! 今行くー!! ジャンゴー!!」
突然の出来事とジャンゴの大きな声に驚いて──私は、ジャンゴに返事してしまった。
返事なんてするつもりなかったのに……。
(──トン……トン……トン……)
私は気乗りしない足どりで、時間をかけながら、ゆっくりとお家の木の階段を降りてゆく。
途中で、何度か立ち止まってしまう──
「ワッ!!」
「わーっ!! もぉっ!! ジャンゴぉっ!! ビックリさせないでよー?」
私が、ジャンゴのいる台所へと降りてゆくと──ジャンゴは戯けた顔で、灰色の長い髪の毛を振り乱して──舌をベロンと出して、青色の大きな瞳をギョロギョロとさせていた。
「びっくりした?」
「びっくりしたけど……。ジャンゴ、似合わないよ? カッコ……良くない」
「カッコ? 良く……ない?」
「もぉっ! なんでもないっ!! 朝ごはんっ! 作ったんでしょっ!?」
私は、不覚にも、ジャンゴのことカッコ良くないだなんて、言ってしまった。
褒めてないなのに、褒めたみたいになってしまった……。
「これっ! 見てくれよっ!! 美味そうだろっ!?」
「わぁー!! 凄ーいっ!! 良くこれだけ創れたね! ジャンゴ!! 偉いっ!! って、偉くないっ!! 食材使い過ぎだよぉーっ!?」
「あ。ワリぃワリぃ!! つい、力ぁ入っちまったぜ!? 創り過ぎたかな?」
私とジャンゴ……。二人きりの朝ご飯なのに。
もう、晩ご飯でいつもパトト爺ちゃんと私が食べるくらいのボリュームはある。
「ま。どうせ、パトトのジジイは、また酒飲んで帰って来ねぇだろ? 村の人たちとお酒飲んでさ?」
「だよねー。って、晩ご飯の分もっ!?」
「そ。晩ご飯の分も。リリル、困るだろ? いちいち三食、飯創るのも大変だろ? リリル?」
「ジャ……ジャンゴぉー──!!」
私は、思わず──不覚にも、ジャンゴに抱きついてしまった。
「なっ!? ど、どーしたんだよっ!? リリル? め、飯創っただけだぜ? リリルと一緒に飯食おうと思ってさ……」
「そ、そうだね。ご、ごめん……。ジャンゴ……」
私は、恥ずかしくなって、抱きついた手を──ジャンゴから離した。
「え、い、いや。べ、別に謝らなくったって良いよ……」
ジャンゴは、やっぱり照れながら──灰色の長い前髪をかき上げて、青い大きな瞳を上の方へと向けて、視線を私から逸らした。
ジャンゴの毛むくじゃらの毛が抜け落ちて、露わになったジャンゴの褐色の顔の肌が、なんとなく赤くなっていた。
「ねぇ? ジャンゴ……。私ってさ? 子どもっぽい? かな──?」
私は、自分の栗色のウェーブした髪の毛の先を、左手の指先でクルクルと回しながら、ジャンゴの方を上目遣いでチラッと見た。
「え? え──!? ……えっとだな。ん──。うぉほん! リリルっぽい? かな?」
ジャンゴは、少しだけ口に手を当てて──咳払いをしてから、やっぱり私から視線を逸らして、そう言うと……。
ジャンゴは、台所の壁にもたれ掛かりながら──右足の親指で、自分の左足のスネのあたりをスリスリと触っていた。
「なにそれっ!! じゃあ、ジャンゴっぽいって、どう言うことよ!?」
「こゆことー!!」
ジャンゴは、またイタズラっぽく舌をベロベロ出して──青色の大きな瞳をギョロギョロさせながら、灰色の長い髪の毛を振り乱して、戯けてみせた。
ジャンゴが戯けて、ピョンピョンと片足飛びするたびに、台所のお皿が、カタカタと揺れた。
「ぷっ!! 確かに、ジャンゴっぽい!!」
「だろー? 早く飯食おうぜっ!! リリル!!」
なんだか、ジャンゴに一本取られたなーって、想う。
けど、なんだろ……。
胸の奥が、こんなにザワザワとするのは──。
こんなのは、初めて──かも知れない。




