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ふたりはずっといっしょ~百合と林檎の物語~  作者: 館西夕木
第二部 八神邸殺人事件
43/55

第四十二話  過去を知る者

 1



 石田蕎麦を後にした私たちはその足で次の目的地を目指していた。


 本宮が捜査本部に石田光子から聞いた話を報告した際、かつて八神家で働いていた使用人の一人の居場所が判った、という連絡が入ったのだ。

 運がいいことにその人物は富士宮市内に住んでおり、石田蕎麦から近い場所だというので、私たちが向かう運びとなった。


 歩きながら梢は言う。


「百合という女はもう死んでいると考えるのがよさそうね。『あっちの世界』という記述はあの世を示しているだろうから。それに石田が百合という女に罪悪感を抱いて死んでいったのはもう疑いの余地がない」


「八年前に起きたことっていうのがつまり、百合という女性の死?」


「おそらく殺されたんだろう」


 梢はそっけなく言った。


「不幸な事故だったかもしれないじゃない」


「事故だったら、石田が八年も引きずるとは思えないわ」


「そうかなぁ」


「そして石田もその殺人に少なからず関わっていたはずよ。そうでなければ、石田が自殺をする動機に説明がつかないのよ。石田は、間接的か直接的かは判らないけど、百合の死に関与していてそれが長く彼を苦しめていた。自分の人生が軌道に乗れば乗るほど、心の奥に封印した罪悪感は大きくなっていく。やがて抱えきれなくなるほど膨張した罪悪に押しつぶされ、彼は自死を選んだ」


「じゃあ、この事件は、百合と親しかった人による復讐ってことなの?」


「百合という女がどんな形でこの事件と過去を繋ぐのか、そして八神家との関係がどのようなものだったのかは断言できないけど、その可能性は高いと思う」


「じゃあ、百合を殺したのは八神勇心?」


「それが一番辻褄の合う答えね。今のところピースは全部上手くかみ合ってる」


 八年前の事件の、おおよその輪郭が見えてきた。


 謎の女、百合。


 彼女は八神勇心に殺され、そしてそれを隠蔽するために使用人の入れ替えが行われた。そして彼女の死は石田に深い罪悪感を刻み込むことにもなった。


 この仮説が正しいとすると、次なる疑問が浮かんでくる。


 なぜ百合は殺されなくてはならなかったのか。


 彼女が殺されたと思われる時期は、石田が八神邸にいた五か月間だ。そしてその時、八神勇心にはすでに離婚していた。となると……


 私の脳裏にストーリーが降りてきた。


 百合は勇心の愛人だったと考えられないか?


 勇心が妻と別れたことで、百合は正式に八神家に嫁ぐ気でいた。しかし勇心の方にそんな気は全くなく、彼女と一緒になることを拒んだ。

 百合は勇心に対し激しい怒りを覚え、二人の関係は悪化していくことになった。その結果、勇心は彼女を殺めてしまった。


 今の思い付きを梢に伝えると、彼女は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「どこに石田が絡んでくるのさ」


「きっと百合を殺す時に協力してもらったのよ」


「どう協力したのよ?」


「それは……まだ判んない」


 言い合ってるうちに、目的地に着いた。

 木造二階建ての古い家である。苔むしたブロック塀で囲われた敷地内に足を踏み入れると、りん、と鈴の音が響いた。

 音のした方へ目を向けると、首輪に鈴をつけた白い猫がじっとこちらを見ていた。大の猫好きである私だったが、今はあの子の可愛さに酔いしれている暇はない。

「ばいばい」と言って手を振ると、白猫はにゃあと鳴いて庭の方へ逃げてしまった。


「泉さんね」


 梢が表札の文字を読み上げる。本宮が呼び鈴を押した。十秒ほど経って、小柄な中年女が姿を現した。


「はい」


 体格のいい男と二人の美女という取り合わせは、きっと異様なものとして彼女の目に映ったことだろう。


「私はこういうものです」


 本宮が警察手帳を見せる。すでに連絡がいっていたようで、女は身を引いて私たちを招き入れてくれた。

 庭に面した客間に通される。女は泉知子(ともこ)と名乗った。私はメモ帳を構え、耳に神経を集中させる。


「それで、何をお訊ねになりたいのでしょう」


 左手の薬指を弄びながら知子は言った。その不安げな瞳を見返しながら、本宮がハキハキと言う。


「八神家の事件についてご存知ですか?」


「はい。びっくりしました」


「八神家について、少しお話を伺いたいのです。泉知郎(ちろう)さんはご在宅ですか」


「おりますが、でもうちは関係ないですよ。たしかに父は八神家で働いておりましたが、もう何年も前のことですから」


「訊きたいのは、その働いていた時期のことなのです」


 梢が横から言った。


「あの、そういえば、こちらの方々は?」


「我々警察に協力して頂いている探偵の――」


「武光梢です」


「そしてその妹で助手の――」


「武光楓です。一応、推理小説を書いてます」


「は、はあ」


 知子はいまいちピンとこないようだった。こういった反応をされるのはよくあることだ。


「それで、知郎さんは?」


「二階の寝室におりますが……しかし」


「ぜひお話を伺いたいのです」


「でも……」


 何か事情があるらしい。知子は困ったように唸り続けている。


「父はたしかに今家におりますし、かつて八神家で使用人として働いておりました。でも、皆様のお役には立てないと思うんです」


「そんなことはありません。どんな小さなことでも、何か知っているかもしれません」


「いえ、そういうことではなくって、父と話をすること自体が難しいんです」


 知子は天井をちらっと見上げて言った。


「父は認知症なんです」




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