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ふたりはずっといっしょ~百合と林檎の物語~  作者: 館西夕木
第二部 八神邸殺人事件
33/55

第三十二話  使用人の総入れ替え

 1



 次にやって来たのはがっしりとした体型の若い男だった。平べったい鼻に分厚い唇、七三に分けた髪に彼の神経質な性格が窺えた。


「松戸大輔(だいすけ)さんですね。どうぞ、そこにおかけください」


 彼がまゆと共に昨晩紅茶を運んだ使用人か。私は少なくない驚きを感じていた。事前に聞いた話によると、男の方は教育係のベテランだったという。


 ベテランの使用人というからには、もっと上の年代を想定していたのだが、目の前の青年はどう高く見積もっても二十代後半である。


「失礼します」


 松戸は小さく会釈をすると、機械的な動作で腰を下ろした。背筋をぴんと伸ばし、軽く握った拳を膝の上に乗せている。実直に梢を見据えるその目は、冷徹さを感じてしまうほど落ち着き払っていた。

 雇い主を失った悲しみ、不安、動揺といったものを一切表に出さず、彼は探偵による事情聴取に淡々と応じた。


「昨日の夜のことをお訊ねします。太刀川さんと一緒に、八神さんの寝室へお茶を持って行ったそうですね」


「はい」


 松戸の証言はまゆのものと変わりなかった。


 道中の相手の挙動に不審なところはなく、また他の誰かと会うこともなかったという。寝室にいた勇心の様子も、これといって不自然なところはなかった。


「キッチンに戻った後は? 太刀川さんに先にあがるように言ったようですが」


「残る仕事は清掃だけでしたし、疲れているように見えましたので」


「へぇ、お優しいんですね」


「いえ、疲労が溜まり、集中力が切れた状態の彼女と共に作業をするくらいなら、私一人でやった方が効率良く進むので」


「あ、そう」


「無駄はいけません。生きていく中でもっとも重要なことは、いかに無駄を省くか、というのが、私の信条ですから」


「……素晴らしい心がけです」


 午後十時半に清掃を終え、松戸も中庭の寮の自室に戻ったそうだ。その後は一度も部屋を出ることはなかったというから、彼もまた、アリバイがあるとはいえない。


「八神さんを恨んでいる某に、心当たりはありますか?」


「いえ、少なくとも私の知る範囲で、そういった方に心当たりはございません。月に一度の糖尿病の通院以外は、旦那様はほとんど屋敷から出ることはございませんので」


「家でずっと何をしてるんですか?」


 私が訊く。


「読書をなさったり、映画を鑑賞なさったり、後はお庭に出て日光浴をなさったり、と。車いすの生活ですので、できることは限られてしまいますが」


 悠々自適な晩年を送っていたということか。


「最近の八神さんの様子で、気になったところはありますか?」


「そうですね、時々、思い詰めたようにお顔を強張らせているのを何度か目撃いたしました」


「その理由に心当たりは?」


 松戸は無言で首を振る。


「あなたはここではベテランの使用人だそうですね。まだお若いようですが、何年ほどこの屋敷で働いているんですか?」


「今年で三年目です」


「三年っ?」


 さすがの梢も、これには面食らったようだった。しかし、たった三年目でベテランと呼ばれるとなると、この屋敷は人の入れ替わりが激しい相当ブラックな職場環境ということだろうか。


「三年ですか。もしかして、あなたが一番の古株ですか?」


「いえ、それは違います。使用人の中で一番長く働いているのは、高石たかいしさんでしょうか。たしか、二〇〇九年からここに勤めているそうです」


 それでも八年程度だろう。


「これはあまり関係のない話かもしれませんが、高石さんの話によると、その年に、今までこのお屋敷で働いていた多くの使用人が暇を出されて、高石さんをはじめとする新規の使用人が採用されたということです」


「うん? わざわざ使用人を入れ替えたってことですか?」


「そのように聞いております」


「なんでまた……」


「理由は聞いておりませんが、何でもこれは旦那様のご意向だったそうです」


 松戸はきっちり腰を45度に折ってから退室した。梢は小さく咳払いをして、


「八年前、使用人の総入れ替えがあった……そしてそれは八神勇心の指示だという……」


「うーん、なんでそんなことするのかな」


 八年前――二〇〇九年といえば、私がちょうど高校に入学した年だ。


「そりゃ決まってるじゃない。八年前に何かがあって、その事実を隠すために当時の使用人たちをクビにしたのよ。彼らに知られては困る何かがね」


「隠蔽ってこと?」


「それ以外に使用人を総とっかえする理由が思い浮かばないでしょ。一乗寺さん、八年前、この八神家に関係した事件や事故が起きませんでしたか?」


 梢は期待を込めたまなざしで海坊主のような警部を見つめる。


「思い当たる節はありませんなぁ。ヤガミグループの医療事故は十年以上も前のことだし、あれは海外のことだからなぁ」


「医療事故?」


「あんまり詳しいところは知らないんですが、なんでもヤガミグループの製品を使った手術で死亡事故が起きたそうなんですよ。といっても、これは海外の病院で起きた事故でして、最終的に医者のミスが原因だと判明しました。この事件に関係はなさそうですが」


「そういえば、そんなニュースがあったわね」


「ねぇお姉ちゃん、仮に何かしらの事件や事故が八年前にあったとして、それが今回の事件に関係あるの?」


「さあね。ただ、臭うんだよ。この家には何かが隠されている気がしてならない。そんな臭いがぷんぷんするんだ。一乗寺さん、八年前にクビになった使用人たちと、八年前に八神家が関係した事件事故が本当にないのか、改めて調べていただけますか。使用人たちの方は、できれば接触してみたい」


「判りました」


 一乗寺は携帯電話を取り出し、部下に指示を飛ばした。


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