表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりはずっといっしょ~百合と林檎の物語~  作者: 館西夕木
第一部 灰谷百合の青春
21/55

第二十話  不穏は徐々に姿を見せ始める

 1



 平穏無事に春が過ぎ、ぎらぎらとした太陽が天に昇る夏がやってきた。富士山も雪化粧を落とし、青々としたすっぴんを披露している。


 個人的には夏はあまり好きではない。むわっとした空気が汗ばんだ肌にまとわりつき、全身がべたべたになる不快な季節である。

 しかし、富士山麗は夏を迎えてもそれほど湿度が上がらず、気温も二十度を超えることはほとんどなかった。

 陽射しこそ強いものの、夏らしさを実感できるのはむしろそれだけで、曇りの日などは半袖で過ごすと寒気がするくらいだった。と言っても、これは富士山のふもとに建つ八神邸だけの話で、市街地へ下れば気が滅入るほどの熱気が襲いかかってくるのだ。




 七月の終わりから八月の頭にかけて、林檎が大きく体調を崩した。


 遂に恐れていたことが起きたのか、とわたしは全身から血の気が引いてしまったが、ただの夏風邪と聞いて心底安心した。使用人のメイドに混じって、わたしも林檎の看病を手伝った。


 普段の元気ぶりを知っているだけに、ベッドに横たわって弱弱しい呼吸を繰り返す林檎の姿は、何よりわたしの胸を痛めた。すりおろした林檎を口元に持っていってやると、彼女は喜んで口を開けた。


「林檎、死んじゃうのかな」


 林檎は鼻声で言う。


「そんなことないわ。大丈夫よ。大丈夫だから」


「林檎知ってるもん。林檎の心臓は、変だから、長く生きれないの」


「ただの風邪だから、心配することはないわ」


「違うの。林檎は知ってるんだもん。もう知ってるんだもん。林檎は、心臓の病気だから、大人になる前に死んじゃうの」


「……林檎」


 それは、林檎が初めて見せた弱音だった。彼女は知っているのか。己の体の現状を。そして、己を待ち受ける死神の影を。


「怖いよ、百合お姉ちゃん」


「大丈夫よ」


 ありふれた慰めしか口にできない自分が情けない。


「大丈夫。きっと代わりの心臓が見つかって、手術を受けることができるから」


「本当?」


「ええ、本当よ」


「絶対?」


「絶対よ」


「百合お姉ちゃん、どこにも行かないで」


「ずっとここにいるよ」


「ずっと林檎といて。ずっと」


 必死の看病が実を結んだのか、林檎は無事に快方に向かったが、わたしの心には暗い影が残った。


 ドナーが見つからない限り、移植手術を受けない限り、最悪の事態は必ず訪れる。林檎が夏風邪を引いただけで、これだけの心痛と恐怖がわたしを襲っているのだ。

 最悪の事態――林檎の死に直面した時、わたしは正常な精神を保つことができるだろうか。


 考えるだけでめまいがする。


 改めて、この子を守ってあげようと心に誓ったけれど、ちっぽけなわたしに何ができるのだろうか。


 このか弱い妹のために何ができるのだろう。




 何が……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ