暁の雪だるま
「教授ぅ、これオーパーツじゃね?」
彼女はお菓子をパクつきながらに言った。
「……いや、それカセットテープっていうんだけど」
「カセットテープって呼ばれるオーパーツなんすか?」
「だからオーパーツじゃねぇよ。てかお菓子を研究室に持ち込むなっての」
サーフィンが唯一の趣味という彼女は、健康そうな褐色の肌に潮焼けした短髪という如何にもサーファーらしい出で立ちであった。それ故か軽く見られる事も多い様だが、とても優秀な学生であり助手だった。
「教授ぅ、これオーパーツじゃね?」
「は? いやそれサイコロだから……見た事無い?」
「初見すねぇ」
彼女はそれらの類についての物は全く知らないようだった。まあサイコロについては昭和生まれの私も直接見た記憶は無く、任侠映画や時代劇の中でしか見た記憶は無い。ならば平成生まれの彼女が見る機会が無かったとしても、それは致し方ない事だろう。
「もうこんな時間か」
壁の時計は4時を回っていた。窓に目を移せば薄紫がかった空が見えた。
「密室の中で朝まで2人きりでしたね」
「徹夜になった事は申し訳ないと思うけどさ、人聞き悪いから研究室を密室って言わないでくれるかな」
「つうか腹減ったっす。お味噌汁でも飲みたいなぁ」
「味噌汁だけ?」
「あと白米と塩鮭」
「随分和風だねぇ。若い子はもっとシャレた物を好むんじゃないの?」
「シャレた物?」
「スクランブル何ちゃらみたいな」
「交差点すか?」
「何で朝飯がスクランブル交差点なんだよ。あ、エッグだ。スクランブルエッグ」
「そんな名前の交差点があるんすか?」
「ねぇよ」
彼女はサーフィンと研究以外、何ら興味が無いようだ。とはいえ齢50にして独身の私も特段趣味は無く、研究を取ったらオジサンしか残らない。それも雪だるまの様な体型の全てが丸を基調としたオジサン。その姿を鏡で見る度溜息をついている訳だが、何故か最近そんな私を『可愛い』と云って慕ってくれる子が多い。お陰で少し前に研究室の別の2人の女の子と良い仲になった。だがそれは学内上層部の知る事となり問題となり、結果有難い戒告を頂戴した。
「とりあえず……2人でどっか食べに行きます?」
彼女は悪戯な笑みを浮かべつつ言った。既に2人の子に手を出した私は2枚のイエローカードを貰っているような物。そんな私が再び誰かに手を出せば、恐らく次はレッドカードとなり即退場……いや、いっそ前向きにハットトリック達成と捉えるべき……かな?
2021年12月12日 初版
第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞投稿作品
下記指定キーワードを全部使用して書いてみた。
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