封印山の守人
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秋風が地を這うように走り抜け、一面に咲く赤い彼岸花の頭を揺らしていった。
一人佇む若者が風の行った先を見つめる。
視線の先の山々は薄紅色の冬桜と赤々とした燃える紅葉が山を染めていた。
風が木々を揺らし、紅葉と桜の花びらが交互に舞う。
羽虫が日を反射して、黄金色に煌めきながら飛ぶ。
「総さま〜!」
幼い子の高い声が、山に響き渡る。
赤い着物を着た女の子が山道を軽やかに跳ねていく。
黒髪をあごの長さで切りそろえ、結い上げた前髪を揺らしながら主人のもとへ向かっていた。
一日はもう終わりにさしかかっていた。
夕日も沈みかけている。
彼岸花の群生の中に目的の人影を見つけた女の子は、その若者の傍らに駆け寄った。
「月ちゃん、見つけた?」
優しく言葉をかけられて、女の子は細い目をさらに細めてにっこりと笑いながら首を横に振った。
「困ったね、どこに行ったんだろう。山から出られるはずはないんだけどな」
まだあどけなさが残る若い主人の横顔を女の子は見上げ、嬉しそうに手をつないだ。
薄紫色の羽織が風になびき肩から落ちそうになるのを、『総さま』こと総次郎は押さえ、つぶやく。
「出直そうか……」
軽く咳き込むと総次郎は、夕闇が迫る空を仰いだ。
その時、森の奥から再び総次郎を呼ぶ声が聞こえた。
声は二ヶ所からそれぞれ男の声と女の声。
がさがさと木々をかき分け、先に総次郎の視界に飛び込んだのは男の方だった。
狩衣に身を包み、頭には頂の折れ曲った烏帽子を被った男が、釣竿を大きく振りながら叫ぶ。
「総次郎様、見付けましたぞ〜!この森の向こうの大きな木の陰におりましたぞ〜!」
丸い身体に短い足で走ってきた男は、大きな福耳に目尻眉尻の下がった笑い顔のため、必死に息を切らしていてもニコニコと笑っているように見えた。
そして男から少し離れた場所から、今度は小袖を着た女が出てきた。
色が白く、尖ったあごに糸のように細い目をした女は、狐のような顔立ちをしている。
女に続いて現れた小さな男の子も、一目で親子とわかるそっくりな顔立ちをしていた。
「総次郎様、大変ですわ!人が山に迷い込んで来ました。いつもの様に迷わせて出口へ導いているのですが、なかなか出て行きません。どういたしましょう?」
「人が?こんな時に……。うーん……」
総次郎が腕を組み少し考えてからそれぞれに言い渡す。
「尾白さんと風太は人の所へ行って、もう一度適当に追い返して。えびす様は霊獣の所へ案内してくれ。月ちゃんは一緒においで」