表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/57

薬師見習いの決意(ニ)

 家に戻るととっぷりと日が暮れていた。


 板の屋根に石を置いた家屋の軒先のきさきには干した(いも)()るされている。

 征丸は干し芋をひとつ取り、家に入った。



「老師様、あの娘子むすめご、あのままではそう長くありませんね……」



 征丸は草履ぞうりを脱ぎ、背負っていた道具袋を下ろし、囲炉裏いろりに火をおこした。

 年は十三、四。痩身そうしんで背も低いが若者らしくよく動く。



「ふうむ、お前にもそう診えたか」


 遅れて入ってきた老師が、腰を下ろしゆっくりと草履を脱ぎながら答えた。



「顔に生気はありませんし、眠って休んでいるというより、何か体のうちから命を吸われている感じがしました」



 征丸は慣れた手つきで芋を包丁で切ると、鍋に入れた。

 そして奥にある薬草棚から一束(ひとたば)の薬草と乾燥させたきのこを持ってくると、それも鍋に入れた。



「あれはやはり物の怪に憑かれた症状なのでしょうか」


 そう言って征丸が振り向くと、玄関先では老師がようやく草履を脱ぎ終えたところだった。



「ふうむ、そうじゃな。都にいた頃、何度かああいうのは見たことがある。あの母親の言うとおり、都では病の治療は呪術師と陰陽師と共に行うのが通例じゃ。根本的に治すにはお主のいうとおり命を吸いとる元凶をどうにかせぬとならんな」



「元凶……。(もの)()の供養を寺にお願いに行くとかですか……?」



「ふうむ、そうなるじゃろうな」


 老薬師はあぐらをかいて囲炉裏の前に座った。征丸が芋汁を椀によそい老師に渡す。



 「相変わらず、うまいのう。薬草で味付けをするなど考えもせんかったわい」


 芋汁をすすって老師が言う。


 「い、いえ、そんな……使用人としてはあたり前で……」


 征丸は口ごもった。いまだ()められることに慣れない。



 出生と身分がすべてのこの時代。



 自分のような…… 罪咎ざいきゅう烙印(らくいん)を押されたものは、都での力仕事や汚れ仕事をするために生かされているようなもので、料理や薬師の仕事をさせてもらえるだけでも運がいい。



「そ、それよりも老師様、物の怪の話はいつかは村中に広まってしまいますでしょう……。夜には物の怪が出るというし、村人たちが厄災を恐れておかしな行動をおこさなければいいと思うのですが……」



「噂ならもう広まっておる」


「え?もうですか……?」


「あの商人はちょうどお前と同じ頃、都から村にやってきた新参者でな。もともとあまりいい噂がなかったんじゃ。屋敷の中を見ておかしいと思ったじゃろう」



「……まるで貴族のようなお屋敷でした」



「都の役人と結託けったくして富を築いているという噂じゃ。都で商人があのような屋敷に住めば目をつけられる」

 

 目をつけられ、人に(ねた)まれるのがどれほど恐ろしいことか。征丸は右手で頬を抑えた。

 そしてふと顔を上げる。



「あのう、老師様。先ほどはありがとうございました。僕のことをかばい……老師様に嘘をつかせてしまい申し訳ありません……」



「かまわぬよ。それよりもお主の方から一緒に行くと言った時は驚いたがのう」



 征丸は背筋を正して座り直した。

 この村に来て一年、老師以外の村人とは誰とも顔を合わすことなく、家の裏の薬草の野倉(のくら)に引きこもって暮らしてきた。



「老師様に引き取ってもらえて今は幸せです。薬学も色々教えてくださって感謝しています。でも……。あのまま大人しく殺されておけばよかったのかもしれないと、この一年ずっとそんな風に思っていました」



「征丸……」



「救われた命であることは重々承知しています。でも、望まれぬ生であることも事実なのです」



 征丸は顔を上げた。



「だから死ぬのなら、せめて誰かの役に立って死にたい、そう思ったのです。生きながらえることを考えるより、誰かの、何かの役に立ってから死にたい。村の人が未知の死病で苦しんでいると聞き、何か役に立てればと思い同行したのですが……」



「死病?それは大げさな噂じゃ。お主、死病にかかっても構わないと思ったてついてきたのか」

 

「……はい。老師様の盾にでもなれればと」



 老薬師はしばらく考えてから、何かを思い出したように(ひざ)をたたいた。


「征丸、この村に来る手前に、赤い橋を見たのを覚えておるか?」



 老薬師の声が急に明るくなり、話が別の方に飛んだ。

 赤い橋?征丸は眉を寄せた。最初にこの村に来た時のことを思い出す。



「村境にあった赤い太鼓橋のことですか?ええ、なんとなくは……」



 確か初めてこの村に来た時、川に架かる赤い橋があった。

 村の橋にしてはみやびな橋だと思ったのを覚えている。



「あの橋の向こう岸にある山には千年前の魔物が封じられておる。今もその魔物を封じた一族の子孫が(やしろ)を建て封印を守り続けておるのじゃが。そこへ行って相談してみたらどうじゃ」



 征丸が驚いてのけぞった。



「相談してみたら……とは……えっと、僕が行くのですか?」



「死の病にかかる覚悟があるのなら、魔物の住む山に行くのも怖くなかろう。なに、心配はいらん。(やしろ)に住むのは古くからの知り合いの家の者じゃ。もうこの足腰では山を登って行くのはしんどいからのう。お前が代わりに行ってきてくれ」



 征丸が返答に困っていると



「それでは、頼んだぞ」



 と老薬師が決まったとばかりに念を押す。



「わ、わかりました。ろ、老師様の頼みではいかないわけにはいきません……」













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ