プロローグ
夢さえ見ない暗闇の意識を彷徨い、目が覚めても苦痛は止むこと知らない。
風が激しく唸る音が聞こえる。
地に頬をつけたまま目を開けた。
顔中腫れ上がり、着物は泥だらけ。
昼の間中殴られ、手足を縄で縛られたまま今は乱暴に転がされていた。
目が闇に慣れても世界は薄暗かった。
右目は腫れて開かない。左目で見回す。
後方の鳳凰門と前方の宮城の間の広い地。
ここで明日、皆の前で処刑される。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
なぜ、こんな目に自分だけ合うのか。
なぜ、誰も助けてくれないのか。
誰に問うても答えは同じ。
そういう時代だから。
そういう運命に生まれてしまったから。
一家の罪は一族の罪だから。
雲が空を駆けてゆく。
やがて雲の隙間から月明かりが挿し込む。
起き上がる力もなく、首を動かし、腫れたまぶたを無理やり開いて空を見上げた。
細く美しい月が見えた。
これがこの世の見納めか……。
明日の朝になればすべてが終わる。
首を落とされるか、火あぶりにされるかはわからないけれど……。
あと一度の苦しみで、何もかもから解放される。
この重く息苦しい己の心からも、この地について離れぬ体からも。
だからせめてこの世のよき最期の思い出に月を——。
涙が頬を伝った。
やがて溢れ出た。
死を覚悟すると、考えまいとしても悔しさが募る。
幼い頃の楽しかった思い出や、のどかに暮らしていた日々が頭を駆け巡る。
涙が止まらない。
声を殺して泣いた。
こんな最期を迎えるために生まれてきたんじゃない……。
こんな事を考えたら、無念をこの世に残すだけだ。
唇を強く噛み締め、涙でぼやける月を、征丸はもう一度見上げた。