96 壊れた剣
意識を取り戻したディーノは何が起こったかを理解できず、レナータから説明を受けて自分が呪いによって体力を削り落とされたのだと知ると、なんて恐ろしい属性武器を使用しているのかと少し呆れ顔を向けていた。
ジェラルドはこの呪いに慣れているらしく、目覚めた後も気にする様子もないのだが、初めて受けたディーノとしては少し寝覚めが悪い。
マリオは全身の傷もあってかなかなか目覚める事はなかったものの、意識を取り戻すと涙を流したままのソーニャに頬を叩かれていた。
心配してくれたんだろうと薄く笑みを浮かべたマリオを不審に思ったのか、「マリオまで……そんなぁ……」とえぐえぐと泣き出したソーニャは何か勘違いをしているらしい。
「レナの回復スキルはみんなを変態にしちゃうんだぁ、ふえぇぇぇぇん!」
なぜかソーニャはとんでもない事を言いながら泣き続け、「え、そんな……」と何故かアリスもショックを受けている。
「いや、待てソーニャ。俺は叩かれて喜んだんじゃなく心配してくれたんだろうなって。ちょっ、落ち着けって」
「だめぇ!今近付いたら叩いちゃうよぉ!喜ばせちゃうよぉ。そんなのヤだよぉ!」
涙をボロボロとこぼしながらマリオから距離を取るソーニャは完全に誤解をしてしまっているようだ。
マリオがにじり寄るとソーニャは立ち上がって逃げ出した。
「ディーノも変態なの……?」
目元に涙を溜めて震える声で問いかけるアリスはなかなかにアホなのかもしれない。
「今夜確かめさせてやる」と応えると、顔を真っ赤にして体をくねらせ始めた。
「ちょっと別の形でソーニャを泣かせてしまう事になったけどまあいいや。マリオのスラッシュには焦った。すげー腕上げたな」
「よく言うぜ。全然歯が立たなかったんだしかっこ悪ぃったらねぇぜったくよぉ……」
まともに相手にできるとは思わないまでも、多少掠めるくらいはできるだろうと思っていただけにマリオとしても落ち込むところ。
それでもディーノのステータスから考えればマリオの攻撃は届くはずもなく、長時間剣を交えることすら不可能なはずなのだ。
そのうえディーノの魔法スキルからの斬撃を十以上も受け続けているとすれば大健闘と言っていいだろう。
「まあそう言うなよ。素早さ特化のオレ相手じゃ戦いにくいってのもあるだろ。それよりマリオのスラッシュはおもしれーな。見てて気になる事があったんだけどちょっとオレの提案に付き合ってみねーか?」
「んー、ディーノはザックさんとはまた違う視点から見えてるんだろうしな。なんだよ、やってみようぜ」
マリオは基本的に素直な性格をしている為、自分を今も仲間と言ってくれているというディーノの言葉を信じている。
それが自分の為になればそれで良し、もし身にならなくともそういうものだという知識は得られるのだ。
「試しにこのダガーでスラッシュの連撃を頼む。全力でな」
ディーノの予備ダガーを受け取ったマリオは立ち上がり、剣とは違う短くバランスも違うダガーを軽く振ってその動作を確かめる。
距離を取りマリオがダガーを構えると、ディーノもユニオンを構えてスラッシュを待つ。
ディーノに最初に挑んだ時と同じように通常攻撃からのスラッシュ四連撃。
直剣とは違うダガーでの連撃は軽く、リーチも短い事からディーノも受け切るのは容易い。
全て受け切って動きを止めると、ディーノは満足そうにマリオのスラッシュについてこう説明した。
「マリオのスラッシュはやっぱおもしれーな。スキルの特性のせいだとは思うんだけど、体勢が変わっても武器が違っても剣速が全然変わらないんだよ。けど威力や重さは変わるから両手直剣よりも大剣持った方がスキル効果が高いんじゃないか?」
「じゃあ今でも威力の増減があるのは……体重とか剣の振り方にあるって事か?」
これはつまりマリオのステータスが上昇すればその分剣速が伸び、威力を上昇させる為には剣術の腕を上げる事でさらに高められると言うことでもある。
また、武器を変えても剣速が変わらないのであれば、ディーノが言うように大剣を持った方がスキル効果は高い。
今回黒夜叉と共に王都に来たアークトゥルス、ルビーグラスには大剣を持つファイターが二人もおり、剣術を習うにも経験の多い二人からであれば様々な事を学ぶ事ができるだろう。
「たぶんコルラードのおっさん……あ、他で知り合った冒険者仲間な。おっさんなら喜んで稽古つけてくれると思う。大剣を借りて試してから考えてみろよ」
コルラードは間違いなく生意気な感じのマリオを気にいるはずである。
今でこそ丸くなった雰囲気のマリオだが、以前からおっさん達からの人気は高かったのだ。
「うーん、今日のディーノの攻撃のせいで剣もボロボロだしな……研ぎに出す……ん!?ああ!?ヒビ入ってる!?嘘だろおい!!」
どうやらディーノの攻撃をスラッシュで受けるという荒業に剣が耐えきれなかったようだ。
様々なモンスターの魔核を溶かし込んだ一級品の剣であったにも関わらず、ヒビが入ってしまっては打ち直す他ないだろう。
相当な金を掛けただけあってマリオも少し泣きそうだ。
「あー、悪い。オレの持ってる魔核を使って新しく打ち直してもらってくれ」
ヒビが入ったとはいえ既に大量の魔核を溶かし込んだ金属であり、再び打ち直すとすればある程度魔核の性能は消えてしまうものの、追加で別の魔核を追加すればそれほど多くの金額は掛からないとはいえ、特注品となる為結構な金が掛かる。
そこそこに金を稼いでいるマリオはもう一振りの剣を注文できるだけの金を持っているものの、装備を見直して家の購入もそろそろ考えていただけにこの出費は大きい。
ディーノから魔核が貰えるとしても金が掛かる事には変わりはないだろう。
「魔核もらえるんなら助かる。俺も下位竜の魔核は多少持ってるけど足りねぇだろうし」
「オレ結構いいの持ってるからやるよ。使えるかはわかんねーけどこれがクランプスだろ、後これがティアマトの魔核の欠片、こっちがイスレロでこれが黄竜。あとは……」
旅袋に珍しいモンスターの魔核の欠片を入れていたディーノはジャラジャラと地面に広げ、嬉しそうにマリオの手に渡していく。
指先程度の魔核の欠片だが、黄竜の魔核ともなればこれだけで白金貨数枚は下らないだろう。
それどころかティアマトの魔核となれば値段の付かないような希少品なのだが、ディーノでさえもその価値を知らない為迷う事なくマリオに差し出している。
渡された魔核だけでも白金貨数十数枚にもなりそうだが、金にそれ程こだわりのないディーノにとってはマリオの剣の材料として提供しただけである。
鋳溶かして効果のある素材以外は売りに出せばいいだろうと、剣の製作費に回すようディーノからたくさん受け取ったマリオ。
「なんか悪いな。絡んだうえこんなに大量の魔核までもらっちまって」
「まだ結構持ってるから気にすんな。それよりアークトゥルスとルビーグラスのメンバー紹介するからさ、今晩一緒に飲まねーか」
「じゃあせめて今夜は奢らせてくれよ。最近俺らもいい店行けるようになったから、そこでパーっと飲もうぜ」
アークトゥルスとルビーグラスも野営続きだった事もあり今は宿でくつろいでおり、今夜王都のいい店で食事をしようと約束していた為、マリオが紹介してくれるとすればそれはそれで都合がいい。
マリオから距離を取っているソーニャを手招きしてまたギルドへと戻るブレイブと黒夜叉。
落ち込んでいるであろうケイトを今夜の飲み会に誘う予定だ。




