95 マリオ
王都から少し離れたこの平原はマリオがザックと訓練をしていた場所でもあり、モンスターも現れない事から邪魔が入ることもないだろう。
マリオが鈍く光る直剣を構えると、以前のマリオにはなかった強者特有の雰囲気を放つ事にディーノは驚いた。
同じファイターであるコルラードやマンフレードにはまど少し届かないような感じがするものの、S級冒険者にまで上り詰めている事は間違いないだろう。
そのうえまだまだ伸び代の大きいマリオはどこまで成長するかわからない。
その事に嬉しさを覚えながらディーノはユニオンを構えてマリオに備える。
ディーノが構えたと同時に駆け出したマリオはファイターとしてはかなりの素早さを持ち、中級のシーフ以上のアリスよりも俊敏値が高そうだ。
小手始めに振るわれたであろう右袈裟斬りを一歩分体を左にズラして躱したディーノは、隙だらけの右脇腹目掛けて左に持ち替えたユニオンを振るうと、返す刃でスラッシュを発動したマリオからの猛攻が始まる。
ユニオンを弾き続く斬撃が唐竹に振り下ろされるとディーノは半歩右に移動する事でそれを回避し、中段で停止した刃が左薙ぎに向けられると逆手に持ち替えたユニオンで受け止めると、その威力からディーノの体ごと後方に薙ぎ払われる。
マリオの発動したスラッシュはこれだけでは終わらず、一足でその距離を詰めると右逆袈裟に斬り上げられ、直撃を避けるようにユニオンで受け流すとマリオとディーノは互いに動きを止める。
「あれを全部受け切られるのかよ……」
初見殺しのストリーム型スラッシュを全て見切られた事に驚愕するマリオだが、耐え抜いたディーノとしてもこのマリオの鋭さには驚きを隠せない。
恐らく初見であればほとんどの冒険者が受け切る事はできないのではないだろうか。
斬撃にのみ速度が上乗せされる事からスラッシュが連続して発動している事にディーノは気付いている。
「マリオのスラッシュはスキル待機時間を無視できるのか?」
さすがにストリーム型スラッシュの知識はなかった為、ディーノもそれはあり得ないだろうと思いつつも質問してみる。
「待機時間は無視できるわけねーだろ。俺のはストリーム型って連撃型のスラッシュだったんだよ。まだ技って程完成されたもんでもねーけどな」
マリオは完成していないというがそれでもスラッシュの四連撃ともなれば技と呼んでもいいのではないだろうか。
最初の一撃こそ通常の斬撃だったのは相手を油断させる為のものであり、そのせいもあってディーノも続くスラッシュに死を連想させられる事にもなっている。
「いや、充分技として使えると思う」
ディーノの言葉にニヤリとしたマリオは再び駆け出すと、スキル待機時間を把握させない為か通常の斬撃でティーノに挑む。
マリオはディーノに先に動かれては対応が遅れてしまうだろうと先手を取って挑む事で自身の不利を補うつもりだろう。
威力としてはマリオが勝り、ディーノのユニオンを抑え込む事で互角の戦いを繰り広げる。
数百ともなる刃を交えた頃。
素早さで勝るディーノに先手を譲るまいと挑み続けたマリオは全身から汗を垂れ流し、ディーノの鋭い反撃に耐えられなくなり次第に攻守が入れ替わる。
ディーノの本来の戦い方を考えればヒットアンドアウェイを得意とするのだが、この日はマリオに合わせて斬撃による打ち合いで臨んでいる。
それでも異常者とも思えるディーノの強さは圧倒的なものであり、マリオの強襲を受けつつも自身の戦闘知識、経験として多くの事を学んでいる。
対するマリオは必死でディーノに挑んでいる為知識としては身につかないものの、強者との戦いである事から経験値として多くのものが得られているはずだ。
ディーノの猛攻にも必死で耐えるマリオは限界を既に超えており、全身に傷を残しながらギリギリのところで耐えているような状況だ。
そしてその威力に耐えきれなくなったマリオはディーノに払い除けられ地面を転がっていく。
「そろそろやめとくか?マリオの強みを見つけたしそろそろ終わりにしたいんだけど」
どうやらディーノはマリオにアドバイスできる事があるようだ。
しかしまだこの戦いに諦めていないマリオは歯を食いしばって立ち上がり、剣を構えてディーノを睨み付ける。
「まだ……まだだ。お前ウィザードシーフセイバーになったんだろ。それを見るまでは終われねぇ」
既に膝も震える程に消耗したマリオだが、ディーノが通常戦闘だけで挑んでいる事に納得していないようで諦める様子はない。
「人間相手に使うようなもんでもないけど… …まあいいか。死ぬなよ?」
魔力を放出して爆風を放ってマリオに接近したディーノは逆手に持ったユニオンを右薙ぎに振るい、正面から受けたマリオは後方へと弾き飛ばされる。
再び爆風を放って未だ着地しないマリオに向かい、上方から空を蹴って地面へと薙ぎ払う。
なんとかその一撃も剣で受けたマリオだが、地面に叩きつけられては息を漏らして呼吸することもままならない。
これで終わりかと思いユニオンを鞘に収めようとしたディーノだが、呼吸もまともにできない状態でもマリオは立ち上がり震える体で剣を握りしめる。
「まだやるのか?」
「ま、だ……まだ……」
マリオが諦めないのならばとディーノは再びユニオンを構え、魔力を引き出すと爆音を轟かせて一瞬で距離を詰める。
先程よりも強力な一撃、S S級モンスターをも一撃で仕留められるような斬撃でマリオを弾き飛ばし、再び立ち上がったマリオが剣を構えればディーノは躊躇う事なく超加速からの斬撃で弾き飛ばす。
何度も繰り返されるその光景は一方的な蹂躙であり、戦いと呼べるものではない。
もうやめるよう叫ぶレナータとソーニャだがマリオは諦めずに立ち上がり、剣を構えればディーノは容赦する事なく斬撃を振るう。
アリスやフィオレもディーノを止めるべきか悩むものの、諦めずに立ち向かうマリオの覚悟にディーノは答えているのだろうと声を発する事はない。
ついにはソーニャがディーノの前に立ち塞がるものの、立ち上がったマリオはソーニャを押し退けてディーノと向かい合う。
真っ赤に腫れ上がった腕と血に塗れた体のマリオにソーニャは涙を流すものの、男の意地の張り合いにディーノも容赦するつもりはない。
ソーニャの真横に立つマリオを弾き飛ばし、「悪いけど邪魔すんな」と言い残して通り過ぎていく。
この二人の戦いを見守るレナータとジェラルド。
「あのバカ死ぬまで諦めないかも。ジェラルド、止めるよ!」
「いや、マリオが諦めないなら止めるべきじゃないと思う」
マリオの理解者であるジェラルドはこの戦いが無意味なものとは知りつつも、男が意地を張る以上は止めるべきではないと考えているようだ。
「うるさい!回復するのは私なんだから早く止めるよ!」
怒りのレナータはジェラルドの尻を蹴り上げると、マリオのいる方へと駆け出した。
「はい!レナ様!」
先にご褒美をもらってしまったジェラルドはレナータの意思に従いその後を追う。
二人のやりとりを見守りながらアリスとフィオレも後をついて行く事にした。
既に十を超えるディーノの攻撃に耐え続けたマリオは反射的に起き上がり、ゆらゆらと体を揺らしながら再び剣を中段に構えてディーノに備える。
ディーノの斬撃を受ける瞬間にスラッシュを発動することでこれまで耐え続けていたマリオも意識が朦朧としており、いつその凶刃が体を捉えてもおかしくない状態だ。
ジェラルドがディーノの前に立ち塞がり、その背後ではレナータが回復薬を飲んで待機する。
「マリオもディーノももうやめなよ!」
レナータの声にも反応を見せないマリオは既に声も聞こえなくなる程に消耗しているのだろう。
ジェラルドの横に立ってディーノの次の一撃に備える。
しかしジェラルドはマリオを隠すよう前に出て、レナータはマリオが前に出ないよう捕まえる。
「ジェラルドもレナも邪魔すんな。邪魔するようならジェラルドごとぶっ飛ばすぞ」
「来い。ここからは俺が相手になる」
ガイアドラゴンの盾を構えてプロテクションを発動したジェラルドは、マリオの代わりにディーノに立ち向かうつもりのようだ。
仕方ないとばかりにため息を漏らしたディーノは爆風を放ち、ジェラルドの盾に向かってユニオンを振り抜く。
甲高い衝撃音が鳴り響き、その凄まじい威力を抑え込むジェラルドの防御力も相当なものだろう。
動きを止めたディーノが次の行動に出る直前、四人が一かたまりになったところで呪闇を発動したレナータ。
「なんで俺までぇ!?」
呪闇による呪いに掛かった事により、ジェラルドとディーノ、マリオは意識を刈り取られてその場に崩れ落ちた。
「ええ!?ディーノ!?死なないでぇぇぇ!」
駆け寄ったアリスは呪闇の効果を知らない為突然倒れたディーノが心配でたまらない。
「大丈夫。気を失ってるだけだから。とは言っても体力を根こそぎ奪ってるからもう戦えないけどね」
あれからしばらく呪闇の効果を調べたレナータは、呪いで体力を奪ったとしても死ぬ事はなく、体力の限界まで削り取ることしかできない事を既に把握している。
本人の体力がどうなるのかは知らないが、戦闘中に意識を失う事になれば死は確実であり調べる必要もないだろう。
「そう……よかった……」
安心したアリスとは違い、フィオレはあの一瞬で三人を同時に倒したレナータに驚愕の表情を向け、搦め手とはいえ自身が最強と思っていたディーノを倒して見せたレナータに感動すら覚える程に衝撃を受けた。
倒れた三人の手を重ね合わせて回復スキルを発動し、目覚めるその時を待つ。




