76 兄貴最高
聖銀の定例の時間という事で昼三の時。
すぐに魔境へと向かうのかとも思ったのだが、聖銀は王都に帰って来たばかりであり三日程の休みを予定しているとの事。
ブレイブも休む事なくクエストを受注し続けていた為、これもいい機会だと聖銀に合わせて休みを取る事にした。
「オレもザックさんを兄貴って呼んでいいっスか。もう兄貴最高っス」
「ははっ。好きに呼べばいいさ。昨夜は楽しめたみてーだし良かったな」
「はい、まさか本ば……」
「おっと!」とこれ以上は言わせまいとザックはマリオの言葉を手で制する。
パーティーメンバーがいる前で、それも二人の女性がいる前で話す内容ではないだろう。
「マリオもどこか連れて行ってもらったのか?実はオレもエンベルトさんに連れて行ってもらって……ああ、言わないんで安心してください。あの、エンベルトさん。オレも兄貴って呼んでいいですか?」
「だめ。君の趣味は理解できないから絶対だめ。たまたま店を知ってたから教えてあげただけ」
レナータに踏まれる事やソーニャに叩かれる事に喜びを感じるジェラルドは、やはりそっち系の店に連れて行ってもらったのだろう。
エンベルトはジェラルドとの食事の後に案内はしたのだが、自分は絶対に嫌だとその後は別行動を取る事にした。
「ちょっとあんた達……まあいいか」
「なになに〜?エッチなお店行ったの〜?」
これだけ話せばさすがにわかるだろう。
あっさりとレナータとソーニャにもバレてしまうのだが、冒険者など基本的にはそんなものである。
「もしかしてソーニャも行きたかったか?レナータも。男娼いる店案内してやろうか?」
「うにゃ〜……それは必要ないかな〜」
「結構です!ご自分達だけでどうぞ!」
パウルもソーニャが行きたいと言えば案内はするのだが、ザックの影響もあってか自分から冒険者仲間に手を出すつもりはないようだ。
それでもあっさりと断られてしまうのだが、実際には女性冒険者でも盛り場へと足を運ぶ者は少なくなかったりもする。
「関係のねぇ話はこのくらいにしてオレはちょいとマリオと稽古するからよ。各自でやり方は任せる。ま、休みだし適当に遊んでるんでも別にいいけどな」
「ソーニャと俺は走って来るか。シーフが体力ないんじゃ話になんねーし」
素早さ特化したシーフであれば誰よりも速く、誰よりも多く動き回る必要がある。
これまではディーノから教えられた緩急をつけた戦いだけでも問題なかったのだが、竜種が相手ともなると話は変わる。
長時間に渡って高速戦闘をする必要がある為、相当な体力がなければ戦力としては役に立たないだろう。
「えー、訓練がいい」とぼやくソーニャの意見は聞いてもらえないようだ。
「レナータは買い物な。属性武器かリング買わせるから金用意しとけ」
「え……私クレリックアーチャーなんだけど」
「クレアーの矢なんぞ竜種相手に役に立たんしクレリックなら多少は魔力も高いはずだから問題ないだろ。エンベルト、魔力の接続を後で頼めるか?」
なかなかに勝手な物言いだが、ランドが言うように強力なモンスターを相手に通常の矢ではほぼ意味がない。
モンスターの目など柔らかい部分を狙って射る事になるとしても巨獣系モンスターや竜種などは表面の透明な部分、結膜が厚いうえに固い為、矢が弾かれる事も多いのだ。
そこに属性魔法を付与させる事で弓矢による妨害効果を高めようという事だろう。
「いいよ。この変態を一日中相手にするのも疲れるからね。レナータに協力する方がいいかも」
エンベルトも変態に稽古をつけてやるつもりだったようで、ランドから頼まれると少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。
やはり自分の理解できない趣味の男と長時間付き合うのは辛いのかもしれない。
「兄貴、変態とか言わないでくださいよ」と返したジェラルドに、掌を放電させながら殺意を向けるエンベルト。
やはりジェラルドから兄貴と呼ばれるのは認められないようだ。
◇◇◇
場所は変わって王都から少し離れた草原へと歩いて来たザックとマリオ。
ザックは武器屋で買ったただの鉄の棒を持ってマリオと向かい合う。
「お前。なかなかいい剣持ってるな。前のよりは相当使えるだろそれ」
「装飾も何もない無骨な剣っスけどね」
少し恥ずかしそうに笑うマリオを見てザックも軽く微笑み返す。
マリオが言うように装飾の何もない地味な剣ではあるのだが、実際のところ様々なモンスターの魔核を使用された業物である。
ザック程の実力者になるとその武器が持つ危険性までもが読み取れるものであり、武器を見るだけである程度は持ち主の実力も見えてくる。
「でもかなり金掛かっただろ。本物ってのは値の張るもんだからな」
「はい、まあ。これ特注品なんですけど驚くくらい高いんすよね。ソーニャの、いや、ディーノのダガーを参考にして作ってもらったんすけど素材集めに苦労しましたよ。もう買い替える気にはならないっスね〜」
ディーノのダガーをソーニャが持っていた事にはザックも気付いており、ディーノは属性剣を使用してとんでもない活躍をしているとケイトから聞いている。
そのディーノのダガーは元々ザックが特注した業物であり、それを模した剣ともなれば相当な金額が必要となる。
「でも派手な方が好きなんだろ?そいつに合う装具でも作ってもらえば最高の剣になるんじゃねえか?」
「それは実力が見合ってからっスね」
マリオも装具を派手な物に変えたいとは思いつつも、今はまだ見た目よりも確かな強さが必要だとして注文を見合わせている。
今後自分の納得いく強さが手に入ったなら、またはSS級パーティーに返り咲いたなら、自分へのご褒美のつもりで注文しようと考えているのだ。
「じゃあ早いとこ強くなんねぇとな。軽く手合わせしようぜ」
「胸を借りるつもりで頑張るっス」
鉄の棒を肩に担いぐように構えるザックと無骨な両手剣を右に構えたマリオ。
ザックはわずかに隙を見せてマリオを誘い、二人の手合わせが始まった。
ザックの左側へと低く駆け込んだマリオは普段通り前衛のジェラルドがいる事を前提に攻め込み、右逆袈裟に斬り上げる。
対するザックは片手で握りしめた鉄の棒を右袈裟に振り下ろし、マリオの剣と斬り結んだ瞬間、軽い衝撃と共に体を逆回転させたマリオはその反動を利用してザックの首筋へと左袈裟に振り下ろしながらスラッシュを発動。
返す一薙ぎでマリオの一撃を受け止めたザックは力任せに払い除ける。
この一瞬の剣戟だけでわかるマリオの成長は驚くべきものであり、王都で最強と謳われるザックでさえも表情を一変させた。
「舐めてたぜ。たった一月程度で化けやがったな」
「なんでそんな棒でこんな威力が出るんすか!?手がっ、痛って、痺れるっ!」
ザックの凶悪なまでの一撃はただの鉄の棒でさえも相手の剣を断ち切れる程に凄まじい。
しかしこれだけでは休ませるつもりのないザックは軽い跳躍からの唐竹に振り下ろし、マリオは左に身を躱すとステップを二度入れてから左薙ぎに剣を振るう。
それをあっさりと受けたザックは重い一撃を振るうのをやめてやや大振りな連撃を繰り出して来る。
その一撃一撃がマリオの体を押し除け、全てを受け切るも剣を握る手に力が思うように入らない。
最後に強烈な一撃を受けて距離が開く。
「おお、期待以上だ。これなら自分で気付くのを待つより教えちまった方が良いかもしれねぇな。手合わせはもういい。スラッシュについて教えてやる」
剣術だけを見ればまだまだ荒さの多いマリオだが、戦い方の工夫や身のこなし、勘の良さに相手の動きを見る目もなかなかのものだ。
ザックから見てもすでにS級に届くのではないかと思える程にマリオは成長している。
それならばマリオがここ最近悩んでいるというスラッシュについて教えておくべきだろうと説明を始めた。
「実は同じスラッシュってスキルにもいくつかあるんだが、オレの場合は一撃に全てを乗せるパワー型だな。他には剣速に特化させたスピード型。これは単純に斬撃の速度が恐ろしく早え。あとはどんな体勢からも一定の威力でスラッシュが放てるバランス型と、斬れ味に特化したリッパー型だな」
この四つから考えてもマリオのスラッシュはどれも当てはまらないような気がするようで首を傾げている。
自分ではスラッシュにしては斬撃が軽いような感じがあり、斬れ味もそれ程高まった気はしない。
威力は増減する事もある為一定でもなく、剣速は多少速くなるとは言えモンスターにも見切られる。
やはりどれも当てはまらないのではないだろうか。
「それともう一つ。威力は高くないが連続したスラッシュが可能なストリーム型だ。お前はスラッシュを単発スキルだと思ってるから気付かなかったんだろうが、たぶんこれじゃねぇかな」
「スラッシュって一撃必殺だけじゃないんすか!?連続してって……え、やってみるっす!」
すでに待機時間の過ぎたマリオはスラッシュを発動して右袈裟に振り下ろし、意識を集中したまま刃を返して左薙ぎ。
さらにもう一振りしてみるがその前にスラッシュが途切れてしまう。
しかしマリオも驚く事に二連撃が可能だったのだ。
「本当にできた……いや、マジかよ。スラッシュの連撃型?ストリーム型?」
「必殺の一撃はできねぇが使いようによってはとんでもねぇスラッシュだと思うぜ」
これはザックに教えられなければしばらく気付く事はなかっただろう。
世間一般的な常識から考えてもスラッシュは必殺の一撃であり、まさか必殺の連撃とは思いもよらなかった。
スラッシュの威力にも優劣があるものと思っていただけに、自分のスラッシュの威力は低いものだと感じ始めていたマリオは表には出さなかったものの本気で悩んでいたのだ。
思わず目元に熱いものが込み上げてくる。
「実はオレも今初めて見たんだがな。ストリーム型ってのが歴史書にちらっと乗ってたからまさかと思ったが、正解だったな」
「あざっす!これで……まだあいつらと……」
込み上げた涙が溢れ出たマリオはこれまで自分の悩みを相談する事もできず、そう遠くないうちに成長していくブレイブについて行けなくなる日が来ると思っていたのだろう。
「おいおい泣くなよまったくよぉ。男前が台無しだろうが。ははっ。でもま、我慢してたんだろお前も。晩飯食ったら今夜もまたスッキリして来いよ」
涙を流すマリオを元気付けようと、下世話な話をするザックは元気付けるところを間違っているのだが。
「はい!今日もクラリッサを指名します!」
しかしそんなザックの気遣いでも元気にはなったようで何よりである。
「あー、髪型変えればちょっとソーニャに似てる子か。お前……それでいいのかよ。ソーニャ口説いた方がいいんじゃねぇのか?」
「いや、ソーニャに酷い事言い続けてたんで今更俺にそんな資格ないっスから……」
冒険者同士の恋愛には肯定的ではないザックだが、本気であればそれも別に構わないだろうと思っている。
そしてマリオは以前の行いからソーニャに好意を向けるべきではないと思っており、仲間である以上の事を求めるのが怖いとさえ感じているようだ。
「ほぉん、なになに?ちょっと話聞かせろよ。訓練はまた今度にして飯食いながら話そうぜ」
「兄貴、相談乗ってくれるんすか?何から何まで世話してもらって感謝しかないっス」
「気にすんなよ。お前もオレの可愛い弟分だ。で?お前の気持ちは実際どうなのよ」
「俺はっすねぇ……」と訓練を切り上げて恋愛相談をしに王都へと戻る二人だった。




