58 苛立ち
新たなクエストを受注したディーノとアリスは、最初のクエストを昼前には終えていた為食事をしてから向かう事にした。
ギルドから程近い位置にある酒場であり、街人だけでなく冒険者何組かいるようだ。
しかし誰もが疲れたような表情をしており、中には「ジャダルラックはもう終わりだ……」などという者までいる始末。
ディーノとアリスは顔を見合わせて周囲の話に耳を傾けようと目で合図する。
店のおすすめのメニューを注文したのだが、今は食肉が不足しているとの事で普段の二倍の値段を支払う事になった。
そしてディーノはこの食料の高騰に不安を覚え、クエストに向かう前に孤児院に寄付に行こうと決める。
冒険者達の話に耳を傾けると、どうやらジャダルラック領周辺に竜種が一体出現しているらしく、討伐の目処が立たない事から絶望的な状況なのだと語っていた。
街人もいるこの酒場でするような話ではないと思うのだが、外から来た者には伏せられているだけでジャダルラック民はすでに知っているのかもしれない。
「ディーノは竜種と戦えるの?」
「いや、オレもまだ戦った事はないな。兄貴は何度か戦ったらしいけどオレにはまだ早いとか言われたな〜」
「ディーノでまだ早いって……もう絶望的っていうのも間違ってないじゃない」
だがディーノがザックからそれを言われたのは一年以上も前の事であり、今のディーノであればなんと言われるかわからない。
ましてギフトを与えた状態でのディーノが言われている為、あの当時を振り返ればSS級どころかAA級モンスターでさえも命がけの戦いをしており、まだ早いと言われても仕方ない状態でもあったのだが。
他にも聞こえてくる内容は他の領地から緊急クエストとしてジャダルラックに来ているパーティーのうちの一つ【サジタリウス】が、SS級モンスター討伐に失敗して壊滅。
四人のうち一人が生き残り、現在は仲間の仇を討とうと機会を伺っているようだが、ソロでの討伐は難しいだろうと噂されている。
また、ジャダルラック唯一のSS級パーティー【アークトゥルス】は活動を続けてはいるものの、パーティーメンバーの一人が意識不明となっており、三人での活動では満足な戦いができないような状態にあるとの事。
他にも二つのSS級パーティーが来ているようだが、これ程までに強力なモンスターが一気に広まった事を考えると、ジャダルラックでの生活はやはり難しいものと考えられているようだ。
食事を終えて馬車に乗り、孤児院へと寄付に向かうと妙齢の院長から涙を流して喜ばれた。
多くの子供達が痩せ細っている事から、随分と前から食料が高騰していた事が伺える。
この時ディーノが拳を握りしめていた事にアリスは気付いていたのだが、自分達ではどうにもできない問題であり、これを改善しようと思えば早期のモンスター討伐が最も有効な手段だろう。
「頑張ろうね」と声を掛けたアリスに優しい笑顔を返すディーノは普段通りのように見える。
ディーノが持つ金を多く渡せば彼らの食事は豊かになるが、与えすぎれば子供達の将来に影響が及ぶだろう。
孤児という立場はこの世界では厳しく、金の価値を見誤れば簡単に破産してしまう。
多くを与え過ぎれば孤児院の誰もが破滅に向かってしまうのだ。
満足なだけの食事を用意してやりたいと思う反面、満たされた者はそれ以上を求め始める事もある。
自身を満たすのではなくみんなである物を分かち合い、自分達で手に入れようと努力するのが孤児院の教えである為、渡した金は極々わずかなもの。
困窮する頃にまた寄付に向かうのがディーノにできる精一杯の施しなのだ。
孤児院を後にして目的地へと向けて出発するディーノとアリス。
ギルドではヴィタからバイアルドの同行をすすめられたが断り、他の回収隊の同行もすすめられたがそれもあえて断った。
また変な人間が同行するのが今は怖いのだ。
次の目的地もジャダルラックから馬車で半時程の距離にある農村地であり、やはり多くの畑が食い散らかされているようだ。
草食系のモンスターは素早いものが多く、ここも諦められた地域となるのだろう。
アリスの出番はないかもしれないが、ディーノはこの広い農村地であれば全力で駆け回る事ができる為気楽なものだ。
討伐対象を発見すると「さてやるか」と身を乗り出すディーノは、ラフロイグにいる時よりも生き生きとしているようにも、殺意を隠そうともしないようにもアリスの目には映る。
SS級モンスターが相手でも口角を吊り上げて向かって行く様は、戦いを求めてこの地に来たのだという事を示している。
ディーノの持つ二面性であり、普段の優しさとは真逆の凶悪なまでの力を振るう事に喜びを感じる残虐性。
襲い来るモンスターの血を撒き散らし、斬り刻み、死体の山を積み上げる。
ほんのわずかな時間で討伐を終えたディーノはアリスへと笑顔を向け、穏やかな表情でまたギルドへと帰って行く。
その日のうちにまた新たなクエストを受注しては距離が近いとそのまま向かい、ランクを問わずに依頼された討伐対象を片っ端から斬り伏せていく。
やはり素早さに特化したモンスターが受注されずに多く残っており、アリスからは少し作り笑顔にも見て取れるディーノにとっては消化依頼とでも思っているのかもしれない。
しかし馬車で移動する際のディーノは優しく、図鑑にあるモンスターの話をしては笑顔で回答してくれる。
この違和感にアリスはどうしても耐えきれなくなり、ディーノに対して思った事を口にする。
「ねぇディーノ。どんな時でも笑顔で誤魔化すのやめて。怒ってるのに笑顔でいるなんて辛いだけでしょ?」
「んー、アリスは鋭いな。気付かれるとは思わなかった」
ぽりぽりと頬を掻くディーノはいつも通りである。
「私だって愚痴くらい聞けるわよ。ディーノはこのクエストに不満あるんでしょ?」
「まあ、な。でも愚痴を言う男ってカッコ悪くねぇ?」
「そんな事ないわ。ディーノはいつだってかっこいいし」と言った瞬間に赤くなるのはアリスらしい。
「つまんねー事で苛ついててもか?」と問うディーノに「もちろん」と返すアリス。
少し悩んだ後にディーノは本音を話し出す。
「この程度のクエストを放置してんのがさ、頭にくるんだ。まだステータスが低いうちは仕方ないとも思うけど、SS級パーティーが何組もいるんだろ?それなのになんで強敵にだけ挑んでるんだ?まずは市民の生活に直接影響のあるモンスターが優先だろ」
どうやら食料の高騰による食事に苦しむ者達の為に怒りを感じていたようだ。
実力のあるパーティーが食料事情を無視して強敵に挑み、クエストに失敗、もしくは壊滅したとあっては、ただの自己満足か自滅に近い。
そうなる前に近場で倒せるものを優先して討伐し、市民の生活をある程度守ったうえで挑むべきだとディーノは語る。
「うん。やっぱりディーノはディーノね。私が……言うのはまだ恥ずかしいわね。でも今度から私には本音を話してくれる?」
「オレとしては今の愚痴もやっぱカッコ悪い気がするけど……ま、アリスにはすぐバレるだろうしな。また聞いてもらうか」
「すぐにわかるんだからね」とディーノの頬に指を突き刺すアリスはスッキリした表情で笑顔を向けた。
ラフロイグで穏やかに過ごしていたはずの優男、ディーノ=エイシス。
孤児院育ちの仲間を大切にし、女性関係に少しだらしないと思える部分もあるが、アリスによって倫理観の見直し中。
そんな男が危険なモンスターの蔓延るジャダルラックで自身の持つ裏の顔をさらけ出し、ユニオンを片手に無双する。
ディーノの快進撃がこの日から始まる。




