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追放シーフの成り上がり  作者: 白銀 六花
53/257

53 悲恋

 夜の始時、カルヴァドスにて。


「それではアリスのS級昇格を祝って乾杯!」とグラスを打ち付け合い、食事を始めたディーノ達。


 このS級祝いに集まったのはギルドからはヴァレリオとエルヴェーラ、冒険者仲間としてロザリアとルチア。

 職人のファブリツィオとアリスの装備を選んでくれたミラーナ。

 そしてミラーナが仕える邸の主人であるエドモンド=グレコと、その妻のマルティーナも同席する。


 二人はミラーナ繋がりでディーノと親しく、今日この日ディーノと共に旅をするアリスがS級冒険者になったのだと聞くと、祝いの席を用意したいと邸に招こうとしたのだが、元々ミラーナを誘いに来たディーノは、今日カルヴァドスで一緒に祝ってくれませんかと問うと、是非にと喜んで参加すると言ってきた。

 グレコ家は貴族ではなく商家であるものの、S級冒険者と多く繋がりを持つ事ができればそれ相応の力を持つ事になる。

 一商人であろうと貴族界隈でもある程度の発言力を有する事にも繋がりかねない為、アリスとも良い関係が築ければと考えているのだ。

 このような打算的な考えにディーノも気付いてはいるのだが、グレコ家の人間に対するディーノのイメージは悪くなくそれどころか好意的にさえ思っている。

 むしろ自分と良い関係を築けている者が力を持つ事は喜ぶべき事だろう。


 そしてこの日は邸の主人夫婦とメイドの関係ではなく、三人共同じく祝いの席に招かれた客人である為ミラーナも給仕をする必要もない。

 それどころかマルティーナにあれが美味しいこれが美味しいと様々な料理をすすめられており、ミラーナはやはりいい家に引き取られたのだという事がわかる。


 その隣ではエドモンドがエルヴェーラと会話を楽しんでおり、冒険者界隈の情報を得たいエドモンドと、大商家として力を持つグレコ家と繋がりを持ちたいエルヴェーラとで話は盛り上がる。


 ロザリアとルチアは最初こそこの高級店に緊張していたのだが、料理を口にすればその美味しさから酒もすすみ、あれもこれもと注文しては満足そうに料理を楽しんでいる。


 ヴァレリオはアリスのここ最近の戦いについてディーノから話を聞き、どれだけ厳しい状況で戦わせてるんだと苦笑いしながらもアリスの成長が著しいのも当然かと納得の表情だ。


 そしてアリスとファブリツィオは魔鉄槍バーンの調整について少し話し合っているようだ。

 ここしばらくの戦いでアリスの体も鍛えられており、慣れもあって本人が気付いていない部分をファブリツィオは指摘し、今後調整しようと話をすすめている。

 そしてS級昇格に合わせて用意していたものをテーブルに置くファブリツィオ。


「こいつぁアリスのS級祝いに作ったナイフだ。受け取ってくれぃ」


 魔鉄槍バーンに合わせたような黒と銀のナイフであり、花模様の装飾が入った美しいナイフだ。

「ありがとうございます!すごく嬉しいっ!」とアリスもナイフを受け取って嬉しそうに顔を綻ばせる。

 戦いに使用する事は滅多にないとは思われるが、最悪の事態に備えて予備の武器というものは必要である。

 そしてこのナイフには以前渡したリッパーキャットの魔核を始めとした、いくつかの魔核を溶かし込んで作られたナイフとなっている為、強度も切れ味も相当なもの。

 さらにはアリスに高い期待を持ったファブリツィオは、魔鉄によるコーティング処理まで施しているという徹底ぶり。

 ファブリツィオはこのナイフにアリスの姓からフレイリアという銘を付けたそうだ。


「いいなぁそのナイフ」とこぼすディーノは、以前属性武器を購入する際に、このナイフに属性の魔核が組み込まれた物が売ってあれば迷わず購入していただろう。

 羨ましそうにアリスのナイフに目を向けていた。




 そしてこの日、マルティーナからミラーナの縁談が決定した事をディーノに告げられた。

 そんなミラーナに優しい笑顔を向けるディーノに対し、ディーノを思うミラーナの心境は如何なるものなのかとアリスは胸が痛む事になる。

 しかし当のミラーナはアリスの表情から察してか普段と変わらない明るい表情を向け、この縁談がうまく進めばこれまでの孤児という不確かな立場ではなく、一般人ではあるが商家として成功を納めている方の元へと正式に嫁ぐのだと言うとニコリと微笑んだ。

 マルティーナのおかげで幸せが約束されるのだと喜んでみせ、将来について嬉しそうに語るミラーナは美しくもあり、そしてアリスの目には儚げな表情にも映る。

 ミラーナの幸せな未来には今後夫となる者との間には子供が三人。

 毎日が笑顔であふれ、夫の仕事を手伝いながら子育てに励むのだと言うと、浮かない表情をしたアリスの手を取り、優しい表情を向けて「私の幸せを喜んではくれないの?」と問いかけてくる。

 恋愛初心者であるアリスにとって、想いを寄せる相手以外の元へと嫁がなくてはならないミラーナの心など読み取る事ができない。

 ただただ切なく思うばかりであり、ミラーナにかける言葉が見つからないのだ。

 ミラーナはせっかくの祝いの席で主役であるアリスが悲しそうな表情をさせてはいけないと、自分の話ではなくアリス自身に直接関係のある話をする事にした。

 主に今後のアリスに必要な話である性に関してだが。


「アリス。回復薬と毒消しは常に新しい物を用意しておくといいわ。上級回復薬の方が効果は高いからお金に余裕があったら、ね」


 ミラーナから冒険者としては持ち歩くのが当然である回復薬や毒消しの話をされて不思議に思うアリス。

「普段から持ち歩いてるけど」と答えるとコクリと頷いて話を続けるミラーナ。


「煮詰めた回復薬を飲んだ事ある?実は濃縮された回復薬には少し用途とは違う効果があってね、お酒と混ぜると……」


 ふふふと微笑んだミラーナはアリスに体を寄せて耳元で囁く。


「男も女も性的な興奮状態になるのよ」


 悲しそうな表情から一変、アリスは急激に熱くなる顔を押さえてミラーナに視線を向け、コクコクと頷いて話を続けるよう促がす。


「火で炙った毒消しから出た汁は避妊薬として使えるし、お酒と回復薬に毒消しの炙り汁を一滴垂らせばそれだけで最高の夜が楽しめるわよ」


「さ、最高の……どんな!?」


「あら。聞きたいの?」とミラーナはアリスの耳元で熱い夜の営みについて囁き、その内容に目を見開いて聞き続けるアリスは興味津々といった様子だ。

 興奮のあまり息が乱れそうになるものの、他の誰かに気付かれまいと必死に堪えながらミラーナの話を聞く。

 ミラーナも性に興味を示したアリスに知識を与えるべく、これまでの経験からディーノの好む行為を重点的に話しているようだ。

 ちなみにミラーナは孤児繋がりで娼婦となった者達から様々な話を聞いており、欲望渦巻く夜の世界や性に関しての知識が豊富である。

 煮詰めた回復薬と毒消しの炙り汁に酒を混ぜた物を娼婦達は【媚薬酒】と呼んでおり、使用する酒の種類や回復薬の鮮度、質によって効果は大きく変化するそうだ。

 高価な上級回復薬を使用した【天媚薬酒】は名前に天と付けるように、天にも登るような快楽を得られる最高の薬酒であり、精魂尽き果てるまで快楽に溺れる為、一般人では使用するのは危険との事。

 以前娼婦の一人がお気に入りの冒険者客に使用した際には、丸一日以上もの間続けられた行為に体力が保たず死にかけたらしいと笑って話すミラーナ。

 しかしディーノもアリスも冒険者であり、ミラーナ達一般人と比べて体力が数倍ともなる二人であれば、二人同時に使用すれば三日三晩楽しみ続ける事ができるのではないかと語るミラーナの言葉に、アリスも上級回復薬の購入を考えてしまうのだが、まだ行為に及んだ事のないアリスにとって媚薬は危険でありしばらくは必要のない物だろう。

 興奮冷めやらぬアリスはこの夜眠りに付けるのだろうか心配ではあるのだが、せっかくのS級祝いであり興味を示した夜の営みについて熱く語って聞かせたミラーナ。

 そして最後に。


「もしディーノがアリスに振り向かないようなら強敵を相手に挑むといいわ。人間の本能でね、死を覚悟するような事があると子孫を残そうと性欲が増すのよ」


「わ、わかったわ。頑張ってSS級クエストに挑めるようにステータスをあげないとね……」


 ミラーナからは最後の手段として話したつもりなのだが、アリスは最初からSS級モンスター狙いでディーノとの男女の関係を考えているようだ。

 この勘違いにミラーナも何か言うべきか迷いもしたが、時が来れば結ばれる事もあるだろうとやる気を出したアリスをそっと見守る事にした。


 この二人が話をしている間にディーノはマルティーナからミラーナの今後の話を聞いており、もしこの縁談がうまく進めばミラーナの幸せが約束されると知って安心した反面、胸を抉るような痛みを感じ、何も言えずにただ虚しさに耐えていた。

 決して結ばれる事のないディーノとミラーナだが、ミラーナに幸せが約束されるとしても、自分の知らない誰かのところへ嫁ぐと考えれば大切な女性が奪われるような切ない想いがディーノの心に突き刺さる。

 幸せを願う事以上に奪われるような想いが勝り、苛立ちと焦燥感がディーノを包み込む。


 アリスとの会話を終えたミラーナは、静かに酒を飲むディーノに視線を向けて告げる。


「ディーノ。私、幸せになるから。これまでいつもそばにいてくれてありがとう。貴方の幸せな未来を願っているわ」


 笑顔を見せたミラーナだが、ディーノの歯を食いしばる姿を見ると思わず一筋の涙がこぼれ落ちた。

 互いに想いを寄せ合いながらも共に過ごす事のできない二人は、相手の幸せを願いながらも自分が不幸であると感じているのだろう。

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