35 魔鉄槍
三日後の朝。
この日は鍛冶屋ファイスで待ち合わせしており、魔鉄槍の受け取りを予定していた日でもある。
「おお来たか。お前さんの槍ぁ完成してるよ。ちょいと座って待ってな」
ファブリツィオの目の下には隈ができており、完成まで徹夜で頑張ってくれたものと思われる。
「なんだか緊張するわね。どんなのが出来てくるのかしら」
「んー、結構期待していいと思うけど……ところでアリスってさ、良いとこのお嬢さんか?」
「え?なんで?」
「言葉遣いがたびたび違うなと思ってさ。くだけた話し方だったりちょっと今みたいな話し方になったり」
少し興味本位でディーノは質問しているだけだが、アリスの方は聞かれたくなかったのか表情が少し固くなる。
「えっと……裕福ではなかったけど元々は国から領地を任されたりしてたというか……その……取り潰しになってしまったというか……」
「貴族なのか!ほぉん。なるほどな、スッキリした」
「……あれ?それだけ?何か嫌味の一つもないの?」
聞きたい事を聞けて満足したのか、ディーノはそれ以上に追求しようとはしていないが、アリスとしては何か言われるものとして構えていたようだ。
「なんで嫌味を言う必要があるんだよ。アリスはオレに何かしたのか?」
「取り潰しになったって事はその……貴族間では恥みたいなもので……」
「オレは一般人だしな。で?」
「馬鹿にしないの?落ちぶれた貴族なんて笑いの者もいいところじゃない」
「元貴族でアリスの姓がフレイリアって事はたぶん十年前に竜害のあったとこだろ?領主は民を守る為に領地を捨てたんだ。取り潰しになったとしても恥じる必要はないだろ」
と、ここで魔鉄槍を持ったファブリツィオが部屋へとやって来た。
「やっぱフレイリア伯爵領の娘さんだったか。お前さんも苦労したんだなぁ。だがよぉ、ほれ。コイツを使って今度ぁ竜種を倒してみせろや」
そう言って差し出した魔鉄槍。
柄の部分には黒地に白銀の花模様が装飾として施されており、石突にも白銀の小さな刃型。
穂は先端が二股に分かれた刃が取り付けられており、白銀の刃に重厚な銀の彫り模様が入っている。
派手な色は使われていないものの、白金貨五枚では到底買えないような、一流職人の最高の一振りと言っていい程の槍だ。
「こいつぁ魔鉄槍【バーン】。俺が今まで造った中でも最高の出来だぁ。そんでよぉ、コイツに一つ細工してやったからよぉ。見てわかるかぁ?」
二股に分かれた刃の内側に指一本が入りそうな程の穴が空いている。
その部分から柄まで繋がる透彫を覗き込むと、内側に魔鉄と思われるコーティングがされており、柄の内部も筒状になっているようにも見える。
「それだぁ。その穴から炎吹き出すよう作ってある。柄にぁ北方で育った霊光樹ってぇ槍素材ん中でも一番良いもん使ってんしよぉ、内部にぁ魔鉄の芯も入れてある。一応ぁ柄の装飾と刃にぁ竜飲鉄っつぅ竜の腹ん中にある素材を使ってなぁ、そいつぁ炎ぁ出ねぇようになってんだ」
つまりは二股の刃からは炎が出ない代わりに、中央の穴から炎が吹き出す仕組みの槍になっているのだろう。
収束された全出力のフレイムを放出できるとすれば、一撃必殺の超威力の炎が吹き出す事が予想される。
「どうだぃ嬢ちゃん。魔鉄槍バーンぁ気に入ってもらえたかい?」
「これ本当に私に!?いいんですか!?」
アリスの想像以上どころか遥か上の出来栄えに白金貨五枚で本当に売ってもらえるか心配にさえなる。
「当たり前ぇだろぉが。今後S級冒険者になるっつーお前さんの為だけに造ったんだ。もし買わねぇなら誰にも売る気ぁねぇよぉ」
「ありがとうございます!大事に使わせて頂きます!あっ……お金は頑張って作りますので!」
「おぅ。S級冒険者ってぇ肩書き持って払いに来いや」
カカカッと笑ったファブリツィオからバーンを受け取るアリス。
ズッシリとした槍の重みを受け止め、この後向かうクエストで如何に戦えるか思考を巡らす。
「ファブ爺さんありがと。たぶん一月も掛からないと思うけど期待して待っててくれ」
「ディーノ。嬢ちゃんを頼まぁ。大丈夫だとぁ思うがよ」
そして「いい仕事したからもう寝る」と言ってソファーに横になったファブリツィオに、アリスが会釈をして店を後にした。
今回ソルジャーマンティスの討伐に向かうのは南方に広がる草原地帯だ。
目的地まではラフロイグから馬車でも三日近くは掛かるだろう。
途中【リカーノ】の街で一泊、次に【カンパーダ】領で一泊する予定だが、この日まだ昼の二半時に出発したとしてもリカーノの街に着くのは日暮れ過ぎになってしまうのだが、ディーノもアリスも初めての目的地である為気付いていない。
最悪野営する事になるかもしれないが、冒険者として野営するのはよくある事だ。
馬車に揺られながら南へと進んで行き、ラフロイグを出る前に買っていたお菓子を摘みながら交代で御者をする。
しばらくして。
馬車の前方に現れたのは【リトルバーサーカー】と呼ばれる小人型モンスターの群れ。
真っ黒に日焼けした肌に赤い目をもつ小さな狂人がリトルバーサーカーだ。
石や木の棒などの道具を使い、集団で襲い掛かって来る上、物品を奪い男は殺して女を拐うという行動をとるモンスターでもある。
このリトルバーサーカーと同じような行動を取る人間が盗賊であり、言葉を話す以外はモンスターと変わらないという観点から、盗賊を殺しても罪にならないという説もあるのだが。
「戦った事あるか?」
「無いけど……盗賊みたいなものよね……少し怖いかも」
「んー、盗賊克服の為にアリスもやってみるといい。いつものように風の防壁使ってれば大丈夫だから。オレも何体かやるから安心して戦えばいい」
「わかった。頑張る」
馬車から降りてバーサーカーへと近付いて行くディーノとアリス。
ダガーを両手に持つディーノが前を進み、アリスは魔鉄槍バーンを構えて背後に続く。
ある程度近付いたところでバーサーカー九体のうち三体がディーノへと飛び掛かり、風の防壁に阻まれた瞬間に首を斬り裂かれる二体。
三体目は腹部を下から突き刺し、あっさりと三体を討伐すると警戒心を強める残りのバーサーカー。
「余裕っぽいから残りはアリスがやってみな」
アリスにディーノの戦い方は真似できないが、風の防壁を使った似たような方法で戦えば心配はない。
自身の防壁でもある程度は強度が上がり、バーサーカー相手であれば簡単に受け流す事は出来るはずだ。
前に出て来たアリスが女だと気付いたバーサーカーは興奮し、そのうちの四体がアリスへと飛び掛かる。
前に出ながら真正面に来たバーサーカーにバーンを突き立て、フレイムを発動するとゴウッという放出音を鳴らしながらバーサーカーの胸に風穴を空ける。
同時に少し後方から飛び掛かって来ていたバーサーカーの横腹も掠め、左右から迫る二体は防壁に阻まれて勢いのままアリスの後方へと転がる。
横腹を焼かれてのたうち回るバーサーカーにトドメを刺し、起き上がった二体と未だ待機している二体に囲まれた状態。
待機した二体は慎重な個体だろうと、背後にいる二体へと振り返り、片方に向かって駆け出すアリス。
飛び掛からずに地面を駆けるバーサーカーにバーンの狙いを定めると、その瞬間を狙って跳躍してくるも、アリスは軸の腕を持ち上げる事で狙いを修正し、炎槍により腹部を貫く。
次に突き出さなかった腕をそのまま回転させて持ち手を変え、もう一体へとバーンを向けると再び炎槍を放つ。
このフレイムの放出は収束させた事により、かなりの長さを補える事がわかった。
おそらくはバーサーカー程度のモンスターであれば、腕の長さ程も離れていても貫く事ができそうだ。
もしかすると身長程の距離が離れていても体表を焼き付ける事もできるかもしれないと、残る二体のうち片方へと駆け出し、身構えるバーサーカーよりも随分と離れた位置でバーンを突き放ち、フレイムを発動。
悲鳴をあげて後方に倒れ込むバーサーカーと、横から向かって来るもう一体。
バーサーカーに背を向ける形で体を回転させ、防壁を撫でるように飛んでいくところへ穂先を向ける。
隙だらけのバーサーカーは成す術もなく貫かれて倒れ込む。
残る一体も苦しんでいたのだが、仰け反るように痙攣してそのまま動かなくなった。
「お疲れ様。すごい威力だな」
「何……これ……本当にこんなの白金貨五枚で私に?いいのかしら……」
「ファブ爺さんもアリスの為だけに造ったって言ってたろ。職人が個人専用の武器を造るなんて珍しいんじゃないのか?白金貨五枚なんてただの材料費だけだと思うけどな」
「ええ!?儲け無しでこんなすごいのを造ってくれたって事なの!?」
ガクガクと震え出すアリスだが、ディーノとしては槍の性能よりもアリスのフレイムの威力に驚いていた。
風の防壁は大した強度は出せていないというのに、アリスの本来持つフレイムの威力はディーノの想像を大きく上回る。
近距離で全出力放出すれば手が弾け飛ぶというのも納得できる威力である。
ウィザードは冒険者の中でも数少ないジョブではあるが、誰もが近接で戦えば強くなるのではないかと思ってしまうくらいだ。
しかしアリスの家系は没落したとはいえフレイリア家であり、系譜を辿ればフレイムを発現させた者が代々家督を継いでいる。
そして今代ではアリスがフレイムを発現させたのだが、フレイリア家は没落してしまった為家督を継ぐ事はないだろう。
この代々フレイムを発現させている家系は珍しく、誰も全出力で放出する事が出来ない為知る事はなかったが、アリスのフレイムの出力は他のウィザードよりも高いのだ。
「ファブ爺さんが造りたいって思える武器だったんだろうな。大事に使ってやるといい」
「うん……でももう少し払った方がいいんじゃないかしら」
「その方が失礼だろ。アリスのS級祝いに誘ってやったらいいよ」
ディーノはもう完全にアリスがS級冒険者になる事を前提に考えており、まだその自覚のないアリスは素直に返事ができない。
ステータスを測定すればまだA級だとは思うのだが、能力だけ見ればS級でも上位に食い込めるのではないだろうかとディーノは考える。
あとは経験を積んで戦いに体や意識が馴染めばステータスに数値として反映されてくるだろう。
リトルバーサーカーをひと所にまとめて火をつけ、燃え尽きるのを待ってから出発となる為、風上に移動して昼食とした。




