34 ギルド長
アリスの槍を注文したが受け取りまでに二日ある。
ソルジャーマンティスの殲滅にはそれ程急ぐ必要もない為、この二日はアリスの訓練に当てる事にした。
「訓練ってディーノが教えてくれるの?」
「そんなわけないだろ。ギルド長がさ、昔は槍使いだったみたいなんだ。現役を離れてるとはいえあの体だし、普段から訓練はしてると思うんだよな」
ラフロイグのギルド長は背の高い野獣のような男で、その鍛えられた体はディーノから見ても相当な実力者である事がわかる。
部屋に置かれた槍は三本あり、見た目の作りからメインはハルバートと思われるのだが、刺突系の槍もあった為アリスに教える事くらいはできるはずだ。
「ギルド長って……あの熊男……」
「あー、アリスは苦手そうだな。でも悪い人じゃないから安心していいぞ。オレは会うたび怒られてるけど最後は労ってくれるし」
「ディーノを怒る人!?すっごく怖いんだけど!?」
「まぁまぁ」とアリスを宥めながらギルドへと足を向けた。
エルヴェーラに相談するとあっさりとギルド長室へと案内されたディーノとアリス。
「エル、お前も少し待て。おいディーノ。またなんかやらかしたのか?直談判しようったって立場上オレは文句の一つも言わなきゃならねぇ」
ディーノ達を案内したエルヴェーラが部屋から出ようとすると、ただ案内しただけなのにも関わらず引き止められる。
これまでも何度もディーノとエルヴェーラはセットで怒られている為、今回は趣向を変えて他から情報が出る前に先に謝りに来たと思われたようだ。
「うん、気持ちはわかるけど今回は違うんだ」
「いいや、違わねぇ。悪いもんは悪いし規則を破ればそれなりの罰は必要だ。まずは嘘偽りのねぇ正直なところを話してみろ。怒るのはそれからだ」
もう完全に怒る気しかないようだ。
「もう根本から違うからな?オレは今回謝るつもりはないし……」
ダァン!!と机に拳が打ち付けられ、野獣のような男が怒りの形相で槍に手を伸ばした。
「いや、本当に謝りに来たんじゃなくてだな?ちょっと稽古っうおぉぉぉお!!危ねぇなこのおっさん!何すんだ!大体怖えんだよ!どっからどう見てもSS級モンスターだろ!うわっ!」
石突でディーノの顎を狙った一撃を躱すも、そこからの三連突きも回避。
次にギルド長が横に振るった槍を、エルヴェーラとアリスの頭を掴んで伏せる事で回避したディーノ。
半ば強制的に頭を下げさせられた形となり、ギルド長は槍をドンと地面に打ち付けてまた椅子に座る。
「正直に話せ。言い訳は聞かん」
「もうダメだな。否定から入ると何も聞かない」
「早く本題に入って下さいよー」
「怖すぎるぅぅぅ……」
涙目なアリスとは反対に、謝り慣れているのかディーノとエルヴェーラには余裕がある。
「今日はアリスの稽古をつけてほしくて来たんだ。SS級は狙ってるのもあるけどまだ行く予定はない」
本当に正直に話してしまうディーノ。
稽古の話だけで良かったのではないのだろうか。
「アリスの稽古だ?オレの専門は槍だぞ?」
「うん。アリスもウィザードランサーなるから稽古つけてほしい」
顔を上げてニッと笑って見せるディーノの正面には強面の野獣のようなおっさんが睨むようにして見ている。
「……なかなかおもしれぇ選択だ。戦い方は斬撃か刺突じゃ全然違うがどうする」
「刺突メインで。斬撃は武器が出来上がるまでできるかどうかもわかんないし」
魔鉄槍のデザインも全てファブリツィオに一任している為、どんな物が作られてくるのかはわからない。
しかしアルタイルに売っていた氷属性の槍の造りから、今後完成してくる槍も相当な期待がもてそうだ。
「じゃあアリス。このラフロイグギルド長【ヴァレリオ】様直々に稽古をつけてやるんだ。生半可な覚悟で臨むんじゃねぇぞ」
「は、はいぃ!?こ……こわっ……怖いよぉディーノぉ」
目元に涙を溜めながらディーノに縋り付くアリスだが、「頑張れアリス」と肩に手を置きディーノは他人事のような顔をしてみせる。
少し可哀想だなと思いつつも、自分では教える事ができない為仕方がないだろうと突き放した。
「ディーノぉぉぉ!」
首根っこを掴まれたアリスはヴァレリオに引き摺られて行く。
「……すごく泣いてますしちょっと可哀想じゃないですか?」
「んー、そうだな。アリスー!頑張ったらご褒美やるよ!」
「えぇ?じゃあ……頑張る!」と遠くから聞こえてきたあたりは結構余裕があったのではないだろうか。
「どうせまた私は食事に誘ってもらえないんでしょうね〜」
拗ねた表情をするエルヴェーラと残されたディーノ。
「じゃあ、いつも世話になってるし、アリスがS級冒険者になった時にお祝いって事で食事に誘わせてもらうよ」
「本当ですか!?やっっったぁ!楽しみにしてますね!」
S級冒険者ともなればラフロイグギルドに所属する冒険者としての花であり、そのお祝いにいつも世話をしてくれる受付嬢が参加するのであれば不自然ではないだろう。
喜んでいるエルヴェーラにディーノも笑顔を向けてやると。
「でも今ならチャンスです。ディーノさん、今夜は私と食事に行きませんか?考えてみたら私から食事に誘えば早いんですよね」
「んん。そうくるとは思わなかったな。魅力的な誘いではあるけどやめておく」
「えー、どうしてですか?」
「あまりガツガツ来られるのは好きじゃない」
以前の冒険者達による勧誘地獄の影響もあってか、ディーノは相手側からの誘いが苦手なのだ。
かといって誰彼構わず誘う事もしない為、エルヴェーラはただひたすらディーノの誘いを待つしかない。
「なる、ほど。でも待つのも辛いですよ……ライバル多そうですし、ねぇ?」
好意を寄せてくれるのは嬉しいが、この場は苦笑いして誤魔化そうとするディーノだった。




