32 隣国料理店【カルヴァドス】
ラフロイグにある三大美食店のうちの一つ。
黄金の盃に次ぐ高級料理店であり、バランタイン王国内で唯一の隣国【ブランディエ】料理を提供してくれる店がここ【カルヴァドス】だ。
この日も個室へと案内されたディーノとアリスは、テーブルに並べられたチーズをふんだんに使われた料理と、甘く華やかな香りが際立つ蒸留酒を味わいながら食事を楽しんでいる。
「ブランディエにはこんなに美味しい料理がたくさんあるのね!それにこのお酒……度数はキツいけど香りがもうっ、最っっっ高!」
「だよなー。オレもここ気に入っててよく来るんだよ。この魚介類とチーズのオイル煮がすっごく美味いんだ」
口の中でトロけていくチーズを味わい、酒を口に含んで顔を綻ばせるディーノだが、そのセリフにアリスは若干引っ掛かりを覚えた。
ディーノは冒険者でありながらもソロで活動しており、ラフロイグギルドの冒険者達とは絡みがない。
元々王都で活動していた事もあり、ディーノが誰と一緒にカルヴァドスに来ているのかわからない。
しかし聞いていいものかとアリスが悩んでいると。
「ところでアリスはなんでソロしてんだ?」
ディーノの方から質問が飛んできた。
「えーとね、なかなか気に入ったパーティーが無くて……というか男の人がちょっと苦手なのよね」
「え、オレ男だけど?」
男として見られてないのかと少しショックを受けるディーノ。
「ああ、うん。ディーノは男だけど、冒険者をその……仲間を女だからって性的な目で見ないって言ってたから」
「まあ言ったけど、そんな言葉一つで信じるのか?」
「信じるわよ。男の人ってみんなわかりやすいもの……最初からディーノは他の男達とは違ったし、それにソーニャもいたからね」
ソーニャを見るディーノの目は優しかったなとアリスは思い返す。
その目が自分に向けられる事があるのかはわからないが、せめてディーノの信頼だけは得たいと思うアリスは、少し自分の冒険者としての過去を語って聞かせる事にした。
アリスも十五歳になった年の春に冒険者となり、他の新米冒険者と共に【ラムダ】というパーティーを結成したそうだ。
男女二人ずつの前衛ファイターとナイト、中衛にシーフ、後衛のウィザードで連携の取れたバランスのいいパーティーだったそうだが、誰もが若く異性を意識するような年頃だ。
アリスを女と意識し始めた男二人は好意を寄せてくれたものの、アリスにその意思はなく断り続けていたとの事。
そして男二人は次第に関係を拗らせ始め、パーティー結成から一年と経たずに会話は薄れ、以前取れていたような連携も取れなくなるに連れて険悪な関係に。
もう一人の女の仲間は男の一人に好意を寄せており、女同士の仲も上手くいかなくなっていったそうだ。
それから少しして、パーティーとして機能しなくなったラムダはクエストに向かう途中で盗賊団に遭遇し、連携を取れないまま危機的状況に陥った末に、命乞いを始めた前衛の男二人。
盗賊達は男二人を見逃す代わりに条件を提示してきたという。
その内容は装備と持ち物、そして女を二人差し出す事を条件に二人の命は保証するというもの。
これを許せなかった男一人は盗賊に立ち向かうもその場で斬り殺され、もう一人の男は装備を脱いで条件を飲むと答えたそうだ。
しかし、装備を全て奪われた男も斬り殺され、アリスともう一人の女に歩み寄る盗賊達。
嬉しそうに、楽しそうに、そして性欲を満たそうとする下劣な目を向けられ、アリスはその視線が今も忘れられずに恐怖なのだと言う。
だがアリスは盗賊達に囲まれながらもそこで諦める事なく、フレイムを放って盗賊の二人を燃やし、シーフの女と命からがら逃げ出したそうだ。
ラフロイグまで逃げてギルドに報告。
その後複数の冒険者パーティーで討伐隊を結成して盗賊団を壊滅させたのだが、シーフは冒険者を引退。
別れ際に「アリスのせいでラムダは崩壊したんだ」と告げられた事から、その後はパーティーを組まずにソロの冒険者として登録したとの事。
「本当はパーティーに憧れはあるんだけどね。なかなかいいパーティーに巡り会えなくて」
苦笑いしてそう言うアリスは少し寂しそうにも見える。
「でも臨時でパーティーには入ってるんだろ?男に言い寄られたりしないのか?」
「うん……だから出来るだけ女性の多いパーティーにだけ参加してるの」
通常パーティーを結成するのは四人までとされているが、臨時でソロの冒険者を同行させる場合がある。
パーティーの報酬が一人分少なくなってしまうが、安全を確保できるのであればとソロの冒険者に同行を依頼する事も多い。
オリオンでは一度も無かったが、おそらくはマリオが失念しているか、報酬が減るのを嫌う為だろう。
「それよりディーノはなんでソロ……ギフトのせいもあるわよね……でも自分の意思でギフトを贈れるならパーティー組んでもいいんじゃない?」
「まあな。ソロも気楽でいいけど、気に入った仲間がいればパーティーも組むかな」
「例えばソーニャとか?」
「んん、もしソーニャがブレイブがだめならその時は誘う。たぶん今後は大丈夫だとは思うけど」
「ふぅん、そっか……」とアリスは酒のグラスをクルクルと回した。
自分を誘ってはくれないのかと少し期待しているのだが、ディーノはチーズを齧っては酒を楽しんでいる。
本当にこの男は自分に異性としての興味はないんだと思う安心感と同時に、何故か少し引っ掛かるものを感じるアリスだった。




