27 ポヨポヨの防壁
翌日。
馬車を借りて向かうのは以前も行った事のある【モミュール】領だ。
モミュール領主の支配地はそれ程大きくないものの、農地や放牧地が広い為かモンスターによる被害は多い。
冒険者ギルドもあるのだが、娯楽が少ない事もあってモミュール領からそう遠くないラフロイグに流れてしまうようだ。
しかしそれも大きな問題ともならないようで、ラフロイグから馬車で半日もあれば行き来できる距離にあり、ギルドを経由して依頼を出せば次の日には来てくれる。
ただし、不人気なクエストはどこのギルドであろうと放置されてしまうのだが。
「練習しながらとは思ったけどボア相手でもぶっつけ本番って訳にもいかないか」
ディーノは馬車の手綱をソーニャに任せ、アリスと馬車の荷台で練習を開始する。
「風魔法の使い方はどれくらい知ってる?」
「基本的には自分のフレイムを飛ばす為に使ってるわ。あとはシーフとかのパーティーメンバーを加速させたりもしてるわね」
「自分の加速には?」
「使わないわ。ウィザードは普通動き回らないでしょ?」
ほとんどのウィザードは動き回るという戦いをしないのはディーノも知っている。
何故かといえば動き回ると魔法の狙いが定まらないのが一番の原因だ。
手のひらに放出した自身の属性魔法を球形に固定し、風魔法を利用して方向を定めてから射出する為、二つの魔法を同時制御する必要がある為難しいのだ。
何故動き回らないかの説明を受け、ディーノもアリスの戦い方を少し考える。
「火属性スキル、フレイムって言うのか?」
「うん。火はフレイム、風はストームって感じで魔法系にもスキル名があるの。あまり使用者がいないから知られてないけどね」
冒険者でもウィザードは数が少なく、誰もが何属性のウィザードと呼ぶ場合が多い。
「ふーん。じゃあオレのもストームか」とディーノは自分の属性剣を見てふむふむと頷く。
「ところでさぁ、なんでウィザードは後衛なんだ?アタッカーなら前に出た方が楽じゃないか?」
「え、ちょっと何を言ってるのよ……防御ができないのに前衛なんてできるわけでしょ」
オリオンにいた時のマリオを見ている為強くは言えないが、前に出ないアタッカーは敵の体力を削るのは難しい。
それは弓矢を使うアーチャーも同じ事であり、体力を削るというよりは前衛の負担を減らす為に矢で牽制する事に重点を置いている。
アーチャーはシュートというスキルを使って体力を削る事もできるのだが、距離が離れる程に威力は低下する為、近距離での攻撃が最も威力が高い。
ウィザードも距離が離れる程に属性の威力が低下するのは同じであり、やはり近距離からの一撃が最大威力となるだろう。
「オレは元々前衛だからわかるんだけど、属性剣を使うと防御はともかくとして回避は楽だな。自分に風、ストーム使えば敵と一定距離を確保する事もできるし」
「自分に、ねぇ……」
元々後衛職であるアリスにとって、モンスターに接近する事は死を意味する。
体力を削り動けなくなったモンスター以外に近寄る事はない。
「でも私の魔法はフレイムなわけだし、ストームは補助的なものよ」
「んん、アリスは【聖銀】の【エンベルト】を知ってるか?」
聖銀はザックの所属するパーティーであり、エンベルトは聖銀のウィザードである。
「知ってるに決まってるでしょ。聖銀って言ったらこの国最強のパーティーだもの。エンベルトなんてウィザードの誰もが憧れる存在じゃない」
「だろ?憧れるだろ?」
「ええ、まぁ……見た事はないけど……」
聖銀の噂はラフロイグにいても多く聞こえてくるが、実際にその戦いを見た者はいない。
様々なSS級モンスターを討伐し、ウィザードであるエンベルトの魔法は雷の如しと言われているが、それはあくまでも噂であり定かではない。
「そのエンベルトは近接戦闘が得意なのは知ってるか?」
「は?そんなわけないでしょ!?」
「本人から聞いてるから間違いないよ。ザック=ノアールはオレの兄貴だし、たまにご飯も一緒に行くしな。……そういや兄貴が今戦って勝てないかもしれないのはエンベルトだけとか言ってたな」
実際に戦った事はないそうだが、超攻撃特化の二人が戦えば勝負は一瞬。
威力がそのまま勝敗を喫する事になるのだろう。
「ディーノってザックの弟!?昨日ソーニャがザックさんがどうとか言ってたのって本物のザック=ノアールの事なの!?」
「そうだよ〜」とソーニャ。
「で、そのエンベルト本人から近接ウィザードだって聞いてるんだけどさ、アリスもどうかなと」
「やる!やってみたい!」
「よし、じゃあ練習しようか」と言うディーノもエンベルトの戦いを見た事はない。
ただその時は理解できなかったのだが、エンベルトから戦いの話を聞いており、今はディーノも属性剣を使う者としてその内容を理解している。
「今日やるのは別に難しい事じゃない。自分の周囲を風で覆って対象を弾くだけ。こんな感じで……オレに触れるか?」
ディーノは目には見えない風の膜で体を覆い、そこにアリスは手を伸ばす。
「すごい。触れないわ」
「これは結構簡単にできるし、練習すれば密度もある程度は高くなる。モンスター相手にそのまま立ってても多少は逸らせるし、反対方向に少し動いてやれば簡単に避けられるんだ」
「よし、じゃあ……どう?できてる?」
アリスが属性リングに魔力を流し込み、全身に風を纏うようイメージして魔法を発動。
そこにディーノは手を伸ばしふんわりとした風の膜ができている事を確認する。
「よし、いいな。じゃあそのまま維持してくれ。慣れてくれば密度も上がってくるから」
「うん。でも攻撃する時は?フレイムは投げるの?」
風の属性リングで防御膜を張るとすれば、フレイムを撃ち出す事ができない。
「近距離からなら軽く投げるだけでいいだろ。制御なしの全出力で」
「全力では無理!手が消し飛んじゃう!」
どんな威力だとディーノも驚くが、フレイムは近距離で撃ち出すと小さな爆発と共に燃え上がる。
手のひらから膨大な量の炎を放出とすればわからなくもないのだが。
「あ、そうだ。エンベルトは直接モンスターの体内にスキルを放出してるって言ってたな。だからアリスも直接触ってフレイムを発動すればいいんじゃないか?」
「え、それ本気で言ってるの?すっごく怖いんだけど!?」
二人が問答を繰り返すうちに、練習には丁度いいホーンボアが現れた。
頭にツノのある突進に特化したボアとなる。
「よし、行って来い」
「まだ心の準備が……」
「危なかったら助けるから」
「せめてロッドを……」
「殴るんじゃ倒せないからだめ」
フルフルと震えながらボアの前へと進んでいくアリスだが、ディーノはまったく心配はしていない。
ボアが突進して来たら、少し避けるだけで勝手に弾かれるのだからそれ程危険ではないのだ。
前足で地面を蹴って駆け出したボアは、真っ直ぐにアリスへと向かって行く。
今も震えるアリスは「ひぁっ!」と蹌踉めくと、そのまま弾かれて前方へと倒れ込む。
アリスを弾いてそのまま走り抜けたボアは振り返り、再びアリスに向かって加速。
立ち上がったアリスはまた向かって来るボアに怯え、またも「ひぃっ!」と蹌踉めき倒れる。
次の突進には「ひぅっ!」、さらに次の突進には「ひぇっ!」と、何故か毎回変わる悲鳴にソーニャも冷たい視線を送る。
「あれは怯えたフリして遊んでない?」
「余裕あるよな。わざわざ怖がるフリとかしなくていいのに」
しかし元々後衛職であるアリスはこのただ直進して来るだけのボアが怖ろしくて仕方がない。
駆け出し冒険者がそうであるように、襲い掛かって来るモンスターは怖ろしいものなのだ。
それから続ける事半時程。
「アリスは真面目だな。ボアもまともに動けなくなってきたし、そろそろトドメを刺してほしいな」
「でもアリス泣いてない?ディーノが助けに行かないからいいのかな〜とは思ったんだけどさぁ」
「助ける必要あったか?」
「んー、どうかなー」
アリスは最初のうちこそ弾かれていたものの、何度か弾かれるうちにバランスを崩しても倒れなくなり、今ではボアの方が体力の限界で倒れそうだ。
「アリスー!そろそろ倒してくれ!」
ようやくディーノから声が掛かったと思えば倒していいと言われるアリス。
触るのが怖いからと、どう倒せばいいのかわからず今まで避け続けていたというのに。
そんなディーノに怒りが芽生えたアリスは、蹌踉めくボアを見て風の防壁を解除し、フレイムを発動すると炎の球を撃ち出した。
炎に包まれたボアはその場に倒れ、時間は掛かったものの無事決着した事に安堵するディーノ。
「なんで助けてくれないの!?私泣いてたでしょ!?」
「ほらディーノ、やっぱり助けるべきだったんじゃない?」
「いや、余裕で躱してるんだから助ける必要ないだろ」
「このー!」と殴り掛かるアリスだが、ディーノの防壁に阻まれて近付く事ができない。
ポヨポヨとする風の防壁が二人の距離を阻む。
「……これ、私のと同じ?」
「ああ。やってる事は同じだな」
「ディーノに手が届かない……」
「まぁエアウルフが敵を近寄らせないように使ってる魔法だしな」
「……もしかして全然大丈夫だった?」
「遊んでるように見えた。なんでか泣いてたけど」
目元を拭うアリスは少し落ち着きを取り戻す。
ボアを相手に怖ろしい思いはしたものの、命がけという事はなかったようだ。
あとは直接触ってフレイムを発動するだけで簡単に倒せてしまうのだが、やはりモンスターに触れるのは怖い。
それでも挑戦する必要はあるのだが。
ボアの討伐を終えてモミュール領に着くまで、他のモンスターに遭遇する事はなかった。
練習にもう一度くらい戦わせておきたかったのだが仕方がないだろう。
リノタイガーの一匹と戦わせるのに、しっかりサポートすればいいかと、深く考えずに臨む事にする。




