257 公開
また一月が過ぎようかというこの日。
ついにバランタイン聖王国の国王を含めたお偉方への英雄伝説公開の日がやってきた。
劇場内の席数は三百以上。
パーティー仲間である黒夜叉はもちろんのこと、冒険者仲間であるブレイブや聖銀、アークトゥルスとルビーグラス、サガも招待してある。
ラフロイグギルドやファブ爺さんにも招待状を出して、ウルとライナーに連れてきてもらっている。
貴族連中には国王が勝手に声を掛けるだろうと思っていたが、さすがに義親となるドルドレイク家にはディーノから招待状を出している。
ラフロイグでの観戦時に紹介された方々もご招待くださいと書き記してはあるが、そちらは国王が誘うのではないかとも思わなくもない。
また、ディーノが最も大事にしていた友人ミラーナが世話になっていたグレコ家にも招待状を出しているが、夫妻がミラーナを誘ってくれたかはわからない。
最も観やすい特等席に国王を座らせ、左右舞台の中央の高台に立ったディーノが挨拶をする。
『お集まりの皆様。エイシス劇団にようこそお出で下さいました。この日、バランタイン聖王国で初の公演となることを、劇団一同とても嬉しく感じております』
拡声魔具によって届けられるディーノの挨拶に会場は拍手に包まれる。
『私は団長を務めさせて頂いておりますディーノ=エイシス=ドルドレイクと申します。冒険者という立場から劇団というまったくわからない仕事を手掛けましたので、多くの問題もございましたが無事、こうして開会の挨拶をさせていただけることを劇団員にも感謝しております』
どこからともなく「いいぞー!」と聞こえてくるがこれはマリオだろう。
一緒にいるであろうチェザリオとコルラードもなにやら騒いでいるようだ。
正直言ってうるさい。
場を弁えろと言いたいところである。
緊張がほぐれて悪い気はしないが。
『さて、我々の演目は皆様もご存じ、バランタイン聖王国の英雄伝説ではございますが、国王様のご依頼のもと、秘匿された真実の歴史を書き起こしたのが此度の物語。激しい戦闘を主体とした作品であるため、役者全員をA級冒険者にまで鍛え上げて送り出す演劇となります。皆様、お楽しみ頂くには相応のご覚悟を。どうぞよろしくお願い申し上げます』
ディーノが頭を下げると、拍手喝采の中で闇に消えていく。
真っ暗になると劇場内もしんと静まり返り、重厚な音楽と共にローレンツの語りから物語は始まった。
◇
この日初公演となった英雄伝説は大成功をおさめたと言っていいだろう。
何度も修正を繰り返して不自然さを極限まで削り落とし、引き上げられたステータスから得られる身体能力は以前の演技に更なるキレを増している。
台詞の繋がりも完璧となり、市民の絶望の淵においては涙を流すものさえいたほどだ。
ただでさえ迫力のある剣舞や立ち回りに加え、本物のモンスターを使った度肝を抜く演出ともなれば、初めて観る者達の心臓を跳ね上がらせることができたのではなかろうか。
観劇を静かに観るのではなく、大きな声を出しても問題ないだけの迫力ある物語である。
手汗を握り、声を張り上げて楽しんでもらえたとすれば劇団側としても満足だ。
観劇が終われば劇場から観客が退出して行くのだが、出口では役者達が挨拶をしに並んで待っている。
国の重鎮達がとても良かった、楽しかった、驚きの連続だったと一般人である団員達に声を掛けて去っていく。
多くの観客がゼイラムが二人いたことにも驚いていたが、あれだけ動き回るとすればさすがに無理かと納得していたようだ。
それを劇中一切気付かせないその立ち回りに賛辞の言葉を多く投げかけられていた。
もちろん出口には団長であるディーノも待っており、多くの人達に感謝の言葉とお礼の言葉を贈り続けていた。
後ろから押し寄せてくる観客達によってディーノと長く話したい者達も押しやられ、次から次へと人が入れ替わりながら挨拶を済ませていく。
このままでは最後の人達に囲まれる可能性もあるのだが、まだ国王が出てきていないことから人払いはできそうだ。
「おいディーノ!さすがだな!最高だったぜ!」
「そう言ってくれると報われるよ」
「本当におもしろかった。お前こんな才能まであんのかよ」
「ラウンローヤじゃ恐怖の対象なのになぁ、がっはっはっ」
「なんでオレが恐怖の対象なんだ!」
ディーノは自覚がないのだ。
おっさん達からすると危険人物でしかない。
「久しぶりだな、ディーノ。今夜……はさすがに無理か。明日にでもみんなで一緒に呑もう」
「わかった。マリオに店の予約頼んでもらってくれ」
マンフレードも元気そうで何よりだ。
ルチアとロザリアも一緒だが役者に夢中でそれどころではない。
「いい演劇だったな。あれなら他国からも客が呼べるぜ」
「おう、兄貴。客ならどんどん呼んでくれ」
「お前、ほんと何やってんだ?再戦のために腕磨いてる俺がバカみてーじゃねーか」
「また相手してくれるのか?楽しみにしてる!」
ザックが客を呼ぶならかなりの人数になりそうだ。
パウルも再戦してくれるとなれば鍛え直す必要がある、というより徹底的に鍛えないと勝てなさそうだ。
そして冒険者仲間の最後に黒夜叉のメンバーが出てきた。
「ディーノ、最高の演劇だったわ!何回でも観たいくらい!」
「僕も!すっごい感動したよ!」
「ありがとう。頑張ってくれたみんなのお陰だ」
抱きついてくるのは少し問題だが、パーティーメンバーであれば他の観客も大目に見てくれるのではないだろうか。
同じパーティーメンバーでありながらここしばらく一緒に活動していないことを申し訳なく思いつつ、こうして劇団の成功を喜んでくれるアリスとフィオレには感謝しかない。
また半年もの間、ローレンツと行動を共にしたこともあり、仕事の合間に振られた「アリスとはどうなんだね?」という問いかけに対して、ディーノは「今の忙しさが落ち着いたら改めて挨拶に伺います」と答えてある。
こうして執筆活動に専念していられたのは金に余裕があるからというのもあるが、恋人であるアリスが健気に支えてくれていたのが大きい。
冒険者としての依頼をこなしつつ、休日には遊びに行きたいともデートがしたいとも言わずにただそばにいてくれた。
文章に詰まり、悩み苦しんでいる時も散らかった書類を片付け、飲み物を用意し、食事をしにも出かけない日には得意ではないながらも一生懸命料理を作ってくれた。
大事にしている恋人という認識からまた一歩、ディーノにとって今ではかけがえのない女性となっている。
「英雄伝説か。ゼイラムってとんでもない戦士なんだな」
「クレートさんにも観せたいんだけど」
もちろんウルとライナーも観に来てくれている。
しばらく二人を放って劇団に集中してしまったのは本当に悪いとは思っている。
しかしその結果がこの演劇だとすれば二人も納得してくれるだろうか。
「どうだった?」
「「最高」」
長い期間待たせたとしてもディーノが本気で向き合った作品である。
二人が気に入ってくれたならよかった。
また後ろから押し出されるようにして仲間達も去っていく。
次々と挨拶を済ませ、最後に出て来たのはやはり国王……そしてドルドレイク家にバルタザールとミハエルもいる。
国王の御付きの者も多くいるがとりあえず無視していいだろう。
ソワソワと話しかけたさそうにしているが。
「ドルドレイク伯よ。まずは其方が労いの言葉を掛けてやると良い」
「はい。ではお言葉に甘えて。ディーノよ。素晴らしい作品であっ……」
「ディーノ!私感動しましたわ!貴方が劇団をやりたいのだと聞いた時にはどうしたのかと思ったのだけど……このような夢を抱いていたなんて母は驚きました!」
うん。
夢を抱いたわけではない。
観劇したかったのに作る側を押し付けられただけである。
「奥様!国王様の御前ですよ!」
さすがにヴィタも焦り気味である。
エンリコも観に来ていたがソフィアを止めることができなかったようだ。
「し、失礼致しました。興奮してしまいまして……」
「うむ。まあ良い。愛妻家のドルドレイク伯も許してくれるだろう」
愛妻家と思われているらしい。
まあ仲がいい夫婦ではあると思うが。
「ディーノよ。見事であると言わざるを得んな。其方の脚本にも驚かされたが演劇としても素晴らしい出来であったと我も思う。かつてのゼイラムを思えばこのように真実を明かすのも道理に反しているのだがな。彼の者が残した国に名を轟かせたいと思ったのは我だけではないのだ。歴代の国王が望んだこの時を、同じギフト発現者である其方が明かせばゼイラムも許してくれようかとな」
許してくれるだろうか……
もう一千年も前の伝説の男であれば明かされたとしても問題はない、としても許すかどうかはどうだろう。
「ゼイラムがどうあれこの国は貴方様が統べる国です。国王様の御心のままに。ゼイラムの歴史を明かしたとしても彼の生き様は何も恥じることのない、讃えられるべき所業と私も感じております」
今現在ディーノの目標はゼイラムである。
かつての英雄であるため比べることはできないとしても、彼が成し遂げた功績に劣らないだけの実績を残すことが必要だ。
聖戦士をも上回る実力だったとしても、今代の聖戦士はザック=ノアールという人の域を超えた化け物である。
戦闘能力を比べるとしても強さの質が違うことから、目標とするならザックではなくゼイラムとするのが妥当だろう。
「そうか。其方がそう言うのであればそれが正しいのであろう。我はゼイラムの史実を今代のギフト発現者に託すと決めておったのだ」
でも強引だったが?
託すというより明かせと命令したのでは?
まあ過ぎたことを言っても仕方がない。
「ゼイラムの歴史に恥じぬ存在となるため、冒険者として高みを目指す所存にございます」
「次の作品も期待したいところではあるがな」
まだ英雄伝説公開の初日なのに。
次の作品となれば年単位で考えて欲しいところだ。
あれ?
次の作品もやろうと考えているあたりは劇団に染まってきているということか……




