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追放シーフの成り上がり  作者: 白銀 六花
255/257

255 感動

 その後も襲い来る竜種との戦いに追われるヘラクレスと聖戦士。

 防衛できる範囲を広げることもできず、奴隷区となる東区には手を差し伸べることすらできない状況。

 国も壊滅は必至と考える中、どれだけ多くの竜種が、色相竜が舞い降りようとも壊滅することはない。

 それどころか全ての竜種が殲滅されて南区に流れ込むことは一度もなかった。


 ここからが秘匿された戦士ゼイラムの登場となる。

 左の舞台の幕が上がり、貧民区となる荒れた街並みが現れる。

 そこに登場するのは竜種の群れを従えた色相竜であり、悲鳴をあげながらボロ布を纏った人々が建物の中へと隠れる。

 色相竜を模したアローゼドラゴンが咆哮をあげる中、後方にいた竜種の首がズルリ滑り落ちた。

 二体目、三体目と首が落ちていき、背後にいた竜種が全て倒れ伏したところで上空から舞い降りた一人の男。

 ボサボサ髪に真っ白な肌。

 片手に大剣を持つ以外に装備はない。

 ボロ布を着た裸足の男は大剣に炎を纏わせて色相竜に挑む。

 アローゼドラゴンの顎下に仕込んだ仕掛けから、風のブレス設定の緑色の蒸気が吐き出され、ボロ布の男は炎の剣でブレスを両断。

 跳躍と同時に左逆袈裟に血糊を擦り付けて舞台道具の裏へと消えていく。

 一瞬の登場となれば誰もが気になる存在である。




 幾度となく続く竜種の襲来と、それを退け続ける聖戦士とヘラクレス、そして謎のボロ布の戦士。

 王国は復興と同時にボロ布の戦士を探そうとするも、奴隷区の者達に匿われているのか見つかることはない。

 匿われているなら奴隷を罰してでも引き摺り出そうと考えるも、たった一人で東区を守り続ける戦士を敵に回すことなどできない。

 やはり役者が多い分脇役に人が割けるというのは大きい。

 世界観が小さくなり過ぎず、国としての広がりも見せやすくなっていい気がする。


 左右の舞台を入れ替えながらボロ布の戦士の活躍とヘラクレスの活躍を演じながら色相竜の登場を無くし、出現する竜種の模型も徐々に減らしていく。

 竜種の襲来が減るにつれてボロ布の戦士も姿を現さなくなる。

 舞台の入れ替えを多くすると準備ができる分やりやすくもあるが、視線の誘導が多過ぎて盛り上がりに欠けるかもしれない。

 また、状況が伝わりにくい気もするためローレンツの語りを少し追加しようかとも考える。


 ここからまたローレンツの語りによってストラド王国の復興作業とボロ布の戦士の捜索が説明されるが、ここでもまだボロ布の戦士については一切明かされることはない。

 とはいえ誰もが知る英雄伝説であるだけに、ゼイラムはどうしたと考える者がいてもおかしくはないが。

 バッファーとしてのゼイラムは知られていても、戦士としてのゼイラムは秘匿された史実であり誰も知ることはない。




 真っ暗になった劇場内に重厚な音楽が鳴り響き、何かの始まりを予感させる、いや、緊張を思わせる時間が流れる。


『これまでは一度として夜に竜種が現れることはなかった。しかしこの日、闇夜の中をストラド王国上空を竜種の群れが覆い、世界の滅亡を思わせるほどの地響きと共に大地を埋め尽くした』


 腹に響く打楽器の重低音が響き渡り、左右の舞台の幕が上がっていく。

 そこに現れるのは舞台を埋め尽くすほどの竜種と、劇場内のあらゆる場所から咆哮が響き渡る。

 そして舞台の中央に位置する高台に立つボロ布の戦士。

 炎の大剣を手に一瞬で左の舞台へと降り立つと、竜種の模型を相手に炎剣乱舞。

 薄暗闇の中で炎の大剣を振るう戦士の剣舞は見るものを魅了し、倒れ伏す竜種を表現する絶叫と体の芯に響く打楽器の音。

 倒れた竜種の姿が消えては次々と現れる新たな竜種。

 舞台を跨いでいるように見せつつ右の舞台に駆け抜けては舞台裏に隠れて一休み。

 もう一人のゼイラム演者が右の舞台で炎剣片手に大立ち回り。

 少し竜種の模型も作りが違い、腕が向かってきたり噛み付き攻撃が加えられたりと見応えもまた変わってくる。

 剣舞主体の左の舞台と戦闘主体の右の舞台。


 しばらく左右舞台でのボロ布の戦士の戦いを演じつつ、ローレンツの語りによって竜種のおよそ半数をも倒したことが伝えられる。

 右の舞台には数多くの竜種の死体が積み上げられ……たような舞台道具を徐々に押し出してあり、そこに到着するヘラクレスと聖戦士。

 ボロ布の戦士の戦いを見せつけられることになる。

 誰もがヘラクレスの到着に視線を右の舞台へと向けたであろう一瞬の間に、竜種の模型を潜り抜けて飛び出して来た二体の色相竜。

 背後にあった竜種の模型にも色分けして十体の色相竜を表現した。

 劇場を崩壊させるか如き最大の咆哮が響き渡り、ボロ布の戦士は炎剣の出力を高めて立ち向かう。

 右の舞台では狭いながらもヘラクレスが戦いを繰り広げ、左の舞台へと駆け込んだ聖戦士はボロ布の戦士に目を奪われる。

 アローゼドラゴンを斬り伏せ、蒸気による煙幕を足元から広げては背後の色相竜の色を減らして新たな色相竜としてアローゼドラゴンが舞台に立ち上がる。


 戦闘の激しさを物語る竜種の咆哮と、危機感を感じさせる音楽に体が高揚しているのがわかる。

 演技とわかっていてもこれだけ心が揺さぶられるのだ。

 まだ訓練だとしても本番でも成功するのは間違いないと思わせてくれる。

 これまでの努力や苦労が身を結ぶと思えば泣きたい気分にもなってくる。


 ヘラクレスが聖戦士のもとまでたどり着くも、ボロ布の戦士の戦いを前にすぐには踏み込むことができない。

 色相竜がまた一体倒れたところで聖戦士が一体を受け持とうと前に出た。

 アローゼドラゴンを相手に聖戦士が大剣を振るい、ヘラクレスも戦士の邪魔にならないようタイミングを見計らう。

 ボロ布の戦士がアローゼドラゴンの攻撃を躱し、竜種の模型へと斬り掛かったところでヘラクレスも前に出る。

 そのままボロ布の戦士は一時退場。

 今度はもう一人のゼイラム演者が右の舞台で炎剣乱舞。

 左の舞台からは色相竜として映し出されていた模型が隠れ、通常の竜種だけが背後に残る。

 アローゼドラゴン、色相竜と戦う聖戦士は上位竜の邪魔が入ったことで致命傷を受け、それでも死力を尽くして色相竜を討伐する。

 ヘラクレスは一体目の色相竜討伐に成功するも、聖戦士に手を差し伸べたところですでに遅く、回復スキルも意味をなさない。

 いくつかの台詞を挟んで新たな色相竜に臨む。

 実に熱い戦いの演技である。

 あれほど嫌だったエイシス劇団が、今ではディーノにとって冒険者業にも劣らないくらいに誇れる劇団だ。

 もう涙が止まらない。

 本番でもないのに、訓練なのに涙が出ては団員に示しがつかないのではないだろうか。


 全ての色相竜を倒し終えた頃。

 ボロ布の戦士は血に塗れて体を横たえ、そこにヘラクレスが駆け付けて回復スキルを発動するも傷が癒えることはない。


「あとを頼む……」


 差し出された手を握り締めるヘラクレスのメンバーだが、ここで一つ仕込みを入れて握り締めた手から光が(ほとばし)る。

 ゼイラムのギフトが渡される瞬間だ。

 白い光がヘラクレス全員の体に取り込まれ、それぞれの能力に見合った力が譲り渡された。

 振り返れば未だ蠢く数え切れないほどの竜種。

 最後の戦いに剣を握りしめ、徐々に明るくなっていく舞台の上で剣舞を披露する。


 明るくなると市民もその戦いを見守り、全ての竜種を葬ったヘラクレスがストラド王国の英雄となった。

 ここまでが見所であり、あとは物語を締めるだけ。


 ヘラクレスへと能力を譲渡したボロ布の男はゼイラムと名乗り、英雄として名を残そうとした国王に断りを入れて懇願する。


「奴隷を解放し、人々に豊かな生活を約束してほしい」


 これに国王役は頷き、奴隷制度撤廃と市民達への多大な支援、そして壊滅してしまった他領や他国への支援も約束してその願いを聞き入れた。

 ゼイラムの史実は王家のみに継がれ、秘匿された最強の戦士ゼイラムはバッファーとしての市井に語り継がれることとなった。


 その後は英雄ヘラクレスはストラド王国の各領地を任されることとなり、復興支援から多くの国が集まってバランタイン聖王国が完成したとして物語を終えた。




 ところどころに拙い部分はあったが、はっきり言って最高ではなかろうか、というのがディーノの感想である。

 拍手を止めるつもりもないが涙も止まらない。

 アデリーナもキアーラもディーノと同じく涙を流していた。

 自分達が手掛けた役者達がここまでの物語を演じ切ったのだ。

 感動しないはずがない。

 まだまだ突き詰める部分はあるとしても今はただひたすらに称賛してやろうと思う。

 これなら国王も絶対に満足してくれるだろう。

 観客だって連日満員御礼となるのではなかろうか。

 同じギフト発現者である自分がゼイラムの史実を明らかにするのを恥ずかしくも感じていたが、本当の歴史であるため何を恥ずかしがることがあるのだろう。

 ゼイラムに負けないだけの功績を叩き出し、過去の歴史を現代の真実にしてしまえば誰もが認める存在にもなれるはずだ。

 ギフト発現者であるからこそ、最強の戦士として現代に君臨しなくてはならない。


「なんでオレ劇団やってんの!?」


「この作品を作るためですよ、団長」


「素晴らしい作品になりましたね」


 そうじゃないんだ!

 いや、本当に素晴らしい作品にはなったと自分でも思う。

 しかしそうじゃない。

 戦士ゼイラムと同じギフト発現者であるからこそ、ギフトの重要性を人々に知らせるのではなく自分自身が強くなる必要があるのだ。


「オレ冒険者なのに!!」


「その経験が立ち回りに活かされてます」


「素人にはこの迫力は出せませんよ」


 立ち回りは大事なんだよな。

 ただ見せればいいというものではなく、先を見据えた戦いの運びをしないとリアリティに欠けるだろうし。

 できることなら血飛沫あげるくらいの迫力があってもいいところだけど、子供も観るだろうしな。

 グロいのは控えめにした方が絶対にいいと思うんだよ。

 うん、でもそうじゃないんだ。

 冒険者として強くならないとゼイラムの史実に説得力が無くなってしまうんだよ。

 このままじゃダメだ。

 半年もまともに戦ってないとなると随分と衰えた可能性もある。

 どうするべきか……

 いや、まずは英雄伝説の開演が最優先だ。

 国王様に観せてエイシス劇団の成功をおさめてから修行しよう。

 色相竜を狩れれば一番いいがそうそう紹介してもらえるものでもない。

 だとすれば強者と戦うとしても聖銀のメンバーか、それとも……

 久しぶりにクレートにでも会いに行ってみようかな。

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