254 通し稽古
エイシス劇団の初の通し舞台訓練を行う今日。
劇団員の誰もが緊張で言葉数が少なくなっている。
語り手のローレンツは座長だけあってか余裕ある表情をしているが、台本を片手に何度も台詞を読み返しては拡声魔具での声の響きを確認している。
役者は声を張って演技をすることができるとしても、語り手が声を張っては抑揚が付けづらいため拡声魔具を使用しての語りとなる。
この日観客として演技を観るのは団長のディーノと舞踏教官アデリーナ、音楽教官キアーラの三人のみ。
脚本に協力してくれたバルタザール王子やミハエルも誘ってみたものの、舞台本番に完璧な英雄伝説が観たいとこの日の訓練には来ていない。
もしこの日アリスがいれば観たい観たいとゴネた可能性もあるが、国王の指示でオリオンはヴァイツェに向かっている。
女性蔑視な国かもしれないと聞いているため少し心配ではあるが、マリオ達が一緒であれば大きなトラブルはないだろう。
と、ディーノは考えているが、実際はディーノの恋人がアリスであると知った時点でヴァイツェの者が手出しすることはない。
それにフィオレが一緒となれば、下手をするとディーノに代わって国を相手に暗殺を始める可能性もあるのだが。
何気に……いや、普通に危険なパーティーだ。
向こうの国王はバランタイン側の使者トレイスの護衛にディーノが来ることを望んだものの、侯爵が絶対にダメだと断固拒否したのが実情である。
ディーノが向かう分には別段問題はなさそうなものだが、色相竜を一撃で倒した姿を目撃した侯爵からすればトラウマものの恐怖だろう。
とりあえずこの日の観客はディーノ達三人のみとなる。
英雄伝説は重厚な音楽と共にローレンツの語りから始まり、旧ストラド王国で平穏に過ごす人々の前に下位竜が登場するところから演劇へと移っていく。
街を破壊しながら突き進む竜種と、恐怖に怯えて逃げ惑う人々。
服装や化粧によってかつての一般市民を思わせる姿に扮装した役者達が、迫真の演技で恐怖を訴え、悲劇を嘆く。
そこへ下位竜を相手に立ちはだかる国の兵となる戦士団や魔法士団。
今の武装に比べて貧相ではあるが一般市民よりも重厚な装いで下位竜の模型に戦いを挑む。
ここは迫力を抑えるためにもアローゼドラゴンを出さずに模型を使用した。
やはり本物のモンスターを出すならメインの舞台で出してこそ見せ場になると考えたためだ。
しかし模型といえども本物のアローゼドラゴンがいるからこそよく似た模型を作ることも可能となり、本物の竜種の皮や鱗を使ってかなり見栄えのする模型となっている。
口内に仕込んだ仕掛けからは水蒸気を放出してブレスを再現しつつ、光の魔具サリュームの赤色で炎のようにも見えなくもない。
最初の頃から練習してきた序盤の演技であるからこそ、見応えもあるしミスも少ない。
ディーノから見ても満足のいく演劇となっている。
前衛となる戦士達が下位竜の攻撃を抑え、魔法士団による魔法攻撃が降り注ぐ。
基本的には竜種のブレスと同じようにサリューム仕込みの水蒸気を使った魔法にしたが、出力は噴射量を減らすことで竜種よりも劣るように見せている。
戦士、魔法士達の活躍によって下位竜の討伐に成功し、命懸けの戦いに勝利したことに喜びあって幕が一度降ろされた。
しかし次に幕が上がると、ボロボロになった街に現れたのは、前回よりも二回り以上も大きな上位竜だ。
王都の危機にすぐさま駆け付けた戦士団と魔法士団ではあったが、下位竜をはるかに凌ぐ強さを持つ上位竜を相手に苦戦を強いられる。
途中から冒険者達も共闘したものの、上位竜の脅威を前に力及ばず倒れてしまう。
この危機的状況に駆けつけたのはストラド王国の四聖戦士の一人。
大剣を振り翳して上位竜を相手に大立ち回り。
斬り付けられた上位竜の前足が落ち、体から血を流しながらも聖戦士を倒そうとブレスを吐き出し、もう一方の前足を叩き付ける。
聖戦士は魅せる剣技で上位竜の攻撃を払い除けつつ、次々とその体を斬り付けていく。
冒険者であるディーノの目にも見応えのある戦いのシーンであり、竜種の模型を操る技術にも高く評価できる。
聖戦士も流れるような剣捌きに加え、決め技の際には剣に仕込んだサリュームを光らせることで必殺技のように魅せてくる。
これがなかなかにかっこいい。
最後に一際強く光を放つと、上位竜の首を斬り落として最初の戦いを終える。
ローレンツの語りが始まると同時に舞台の幕が降りて真っ暗になり、ぼんやりと右側に光が灯れば視線はそちらに向く。
視線の誘導をして舞台を切り替えるのだ。
右側に現れた舞台は王都ではない他領の街。
そこに依頼を受けて現れる冒険者パーティーといえば、やはり英雄伝説の主役たるヘラクレスのメンバーだ。
主役級のメンバーということで演技力も見た目も考慮したうえでの人選ではあったが、実際のヘラクレスが美形揃いだったかどうかはわからない。
史実では美醜については一切触れられるものがなかったため、理想を描いている者も多いことから全員美形で揃えてみたのだ。
装備も他の演者よりも派手な物にし、ディーノの勝手なイメージを押し付けて色分けもしてみた。
極端に色を付けるとまとまりがなくなってしまうことから、部分的に色を加えることでアクセントになっていて悪くない。
そのヘラクレスに襲い掛かるのは複数のウルフ系モンスターに扮した役者達。
最初は四足歩行という人間とは違った体の使い方に苦戦していたものの、身体能力を高めたことで四足でも戦えるようにもなった。
素早いウルフを相手に立ち回るヘラクレス。
ここでも光る剣を多用しながら苦戦することなくウルフの群れを討伐する。
そして互いを労う言葉を投げかけ合い、仲のいいパーティーを演じて再び幕が降りる。
やや短い。
もう少し引き伸ばしてもいいかもしれないなと思いつつ、ローレンツの語りを挟んで元の左の舞台へと視線が誘導される。
壊された王都を修繕する市民達。
ある程度は修繕が進んだのか、市民も自分達に当てられた台詞と演技を進める。
やや緊張気味なのか会話に間の悪さも感じるが、間違いのない台詞回しで舞台を繋いでいく。
少し慣れが必要かもしれないがまだ一回目の仮舞台だ。
許容してもいいだろう。
そこへ他領から帰って来たヘラクレスと修繕作業をする住民達の会話などもありつつ、物語は進んでいく。
やはり普段の会話とは違う台詞であるためか不自然さが感じられる。
会話に必要な間や思考がないことが原因かもしれない。
少し修正が必要だろう。
⭐︎
複数の竜種戦や、竜種に追われたモンスターの到来などの様々な危機を乗り越えるストラド王国。
ローレンツによって襲い来る脅威が徐々に増えていくことが語られる。
多くの竜種が国を襲うようになり、家屋が破壊され、身近な人々を失いながら恐怖に怯える国民達。
そして絶望の淵に立たされたこの状況で初の色相竜の登場となり、模型よりもさらに大きなアローゼドラゴンが舞台に姿を現した。
座って観ているディーノからしても大迫力である。
青い光を浴びていることから氷属性の青竜がストラド王国に到来してしまったわけだ。
他にも下位竜や上位竜までもが同時に登場し、ストラド王国は滅亡の危機を迎える。
最強種である色相竜を相手に戦士達では荷が重く、一瞬にして色相竜に払い除けられてしまった。
これは実際にアローゼドラゴンの尾による薙ぎ払いを受けることでリアルさを追求した。
舞台衣装とはいえ半端な物ではすぐに壊れてしまうだろうと、強度の高い革鎧を作ってもらっている。
加減もしているためアローゼドラゴンの一撃を喰らっても死ぬことはないだろう。
アローゼドラゴンの咆哮が劇場内に響き渡る。
戦うつもりがない状態で見ると腰が引けそうなほどに凄まじい迫力だ。
ここに登場するのは冒険者であるヘラクレスであり、六人の巧みな連携によって色相竜を相手に接戦に持ち込む。
下位竜や上位竜が暴れ回ることになってしまうが、遅れてやって来た四聖戦士がこれを討伐。
ヘラクレスと共闘して色相竜も倒すことに成功する。
冒険者の最強パーティーであるヘラクレスと、ストラド王国最強の四聖戦士がいれば竜種という脅威が何度襲って来ようと乗り越えられる。
市民から感謝され、羨望を受けるヘラクレスと四聖戦士。
しかし絶望はまだ始まったばかりである。
幕が降ろされ、ローレンツによって次々と襲来する竜種が語られる。
下位竜、中位竜、上位竜、色相竜、それらが複数体で王都の各所に襲来したとなれば戦力は分散し、どの場所でも守りが手薄になる。
ここで二幕が同時に上がり、左に四聖戦士の一人、右にヘラクレスが登場するも、相対するのはいずれも色相竜と複数の竜種。
双方で戦いが繰り広げられ、観客としては視線をどちらに向ければいいのか悩みそうなものだが、迫力としては一舞台より二舞台の方が圧倒的に上回る。
好みの方を見てくれればいいと思ってこの演出を考えた。
さすがにどちらの舞台でも複数の竜種に大苦戦を強いられ、仲間と助け合いながら戦ったヘラクレスは辛勝、聖戦士は致命的な傷を負いながらも竜種の群れを討伐するも、奇しくもその場に倒れてしまう。
台詞こそ多くないが、演技としては悪くはない。
ローレンツの語りにより王都の北と西はすでに壊滅し、多くの人々が命を落としたことが告げられる。
北と西は富裕層の住む地域であったために防衛力は高かったにも関わらず壊滅したのだ。
その脅威が今もまだ近付いている。
冒険者や戦士、魔法士の大半はもう戦える状態になく、ストラド王国最強である四聖戦士もすでに二人が倒れてしまった。
また、東を防衛していた聖戦士も消息を絶ったことからすでに息を引き取ったのだとも語られた。
聖戦士と共に南区を守るヘラクレスも疲弊し、経験値取得による成長を加味しても日々増え続ける竜種の襲来に対応が追いつかない。




