242 色相竜戦開始
フレイリア領領都周辺の荒野にて。
色相竜戦を前にオリオンは一息つこうとお茶をしていると、少し遅れてやって来たマスティノフが到着した。
「おお、よかった。まだ始めてなかったんなら最初っからお前らの戦いが見られるな」
「そんなに焦って挑んでも仕方がないわ。みんな落ち着いていきたいもの」
オリオンのメンバーを見ても誰にも焦りや極度の緊張も見られず落ち着いたものだ。
緊張が全くないわけでもなさそうだが、いい意味での緊張なら問題もないだろう。
今日は見学に来ているディーノは携帯食と茶を振る舞い、レシピをくれたネストレから美味いとの感想をもらって満足そうにしていた。
ちょい足しでアレンジも可能なのだとネストレからも携帯食をもらい、ディーノもその味にうんうんと頷いている。
足しすぎないちょい足しがポイントなのだとか。
「ああん?ジェラルドお前、なんだその盾」
ジェラルドに問いかけてきたのはカルロだ。
ラフロイグを出る際には双盾を装備したままエンペラーホークに騎乗するのではなく、いつものように背もたれに一枚盾として固定していたため今が初のお披露目となる。
「これは俺の盾であり武器となった、ガイアドラゴンの双盾です。攻防切り替えて戦える俺専用の装備ですね。見てくださいよこの刃。握り込むと飛び出すんですよ」
「ほぉお、すんげーなそいつは。さすがは親方の兄弟子だ。天才って言われんのもわからんでもねーな」
ジェラルドは双盾を使用しての初戦闘となるが、色相竜を相手に耐えられる強度となれば今後もまったく心配は要らない装備と言えるだろう。
すでにフィオレのインパクトで強度確認は行なっており、ジェラルドも後方へと数十歩分も押し下げられることになったとしても全く問題はなかった。
双盾のギミックの強度に安心すると同時に、インパクトの威力にも驚かされたが。
「そういうカルロさん、アークトゥルスの皆さんも装備変わりましたよね。似合ってますよ」
「へへっ。まあな。あの親方は腕がいい。剣の斬れ味なんて今までのがなまくらかと思うほどだぜ」
カルロは防具の竜飲鉄処理に加えて剣も新調したようだ。
歴戦の猛者を思わせる多くの傷を残した装備が、傷に細工を加えたのか装飾のように加工されて新品のようになっている。
コルラードも同じく防具と剣の竜飲鉄処理をして、剣の研ぎ直しをしてもらっていると思われる。
ロッコは属性弓を背負っているとこらから見るに、何かしらの阻害系魔法を使えるようになっているのだろう。
「俺らも今後この装備で竜種相手に腕を上げてくからよ。お前らの戦い見て勉強させてもらうぜ」
「頑張ります!期待しててください!」
ジェラルドの声に誰もが自信ありげに頷いてみせる。
アークトゥルスがお茶を済ませたら色相竜に挑もうか。
色相竜を刺激しないよう獣王国の三人と巨獣を置いて領内へと向かったオリオン六人。
見学者としてディーノとライナー、アークトゥルスが続き、まだ見えない色相竜を相手にどう戦うのか期待を膨らませながらついていく。
荒れ果てた領内を進み、大通りを抜けて広場へと出ると、そこには緑色の色相竜がうつ伏せになって眠っていた。
以前マルドゥクが倒した風属性の緑竜である。
アリスの父であるフレイリア領の元領主は強力な火属性魔法の使い手だったとはいえ、緑竜が相手となれば勝ち目はなかったはずだ。
理由は単純に魔法が届かないからだ。
魔法スキル持ちは後衛職というかつての常識であれば、魔法を手元に発動して風の属性リングで撃ち出すのだからそれも当然だろう。
緑竜に限っては魔法を届かせるのなら直接打ち込むしかないのだ。
とはいえ物理職でも緑竜の相手は難しく、ディーノのように風の防壁を纏っていることから近付くことすら難しい。
しかし防壁が攻撃ではないことから近付くことはまず不可能とはいえ、竜飲鉄処理された剣でならば防壁を斬り裂くこともできるだろう。
「聞いてはいたけどやりたくねーな」
「そう言わないで。マリオの攻撃力には期待してるんだから」
「飛ばれたら厄介だな。フィオレがどれだけ射ち落せるかが鍵になりそうだ」
「ええ。作戦通りお願いね。確認するけど風の防壁は体を覆ってるけど、一度でも破れると張り直すまでは穴が空いたままになるわ。フィオレはそこを確実に狙って。あの巨体だから防壁もその分厚いはず、ソーニャは内側に入って急所狙いよ。レナータは防壁に穴を空けてくれると助かるわ。私達前衛が意地でもこじ開けてみせるから」
アリスが言い終える頃にはこちらの敵意に気付いてゆっくりと体を起こした緑竜。
以前のこともあってか人間と侮っているらしく、敵意を向けられたとしても脅威とは考えていないのだろう。
それでも威嚇として咆哮をあげる。
「手伝うつもりはないけどもし逃げそうなら手を出すからな」
ディーノが手を出した時点でオリオン六人での戦いは敗北と言っていい。
ソロで戦えるディーノが含まれないからこそこの色相竜戦には意味があり、アリスの手で倒す機会はこの一戦のみ。
魔鉄槍バーンを握りしめて緑竜戦に臨む。
「行くわよ!」
アリスのかけ声のもと、全員で緑竜へと向かって駆け出した。
同じように緑竜もオリオンへと向かって駆け出すと、互いの距離が一気に縮まる。
緑竜の右爪が斜めに振り下ろされるのをジェラルドが左盾のみで受け止めるも、上位竜を上回るその巨体からくる質量に耐え切れず地面へと足が沈み込む。
石畳が砕けるほどの質量ともなれば、さすがにプロテクションで強化された肉体といえども全身から血が吹き出しそうなほどの威力だ。
しかし押し潰されることなく耐えるジェラルドに緑竜の動きも一瞬止まり、そこへアリスの炎槍が突き刺さり右前腕部に穴を穿つ。
自身の誇る防壁を貫いて初手で大ダメージを与えられるとは緑竜も思ってはいなかっただろう。
ジェラルドにのし掛かる右前足を引き上げ、バーンを突き刺していたことでアリスも跳ね除けられた。
今度は緑竜の上体が持ち上がったところへレナータの矢が射られると、呪闇が防壁の一部を相殺して穴を空け、そこへさらにフィオレのインパクトが射ち込まれることで後方へと仰け反った状態に。
ここに追い討ちとばかりに緑竜へと向かって跳躍したソーニャは、胸元にダガーを突き立てると同時にエアレイドを発動し、緑竜の上方へと向かってさらに跳躍。
深く突き刺さったダガーを押し込んだまま長い切り傷を残して顎に着地。
着地に合わせて顎にもダガーを突き立て、体を捻って傷口を切り裂いた。
さらにジェラルドを踏み台にしてマリオも防壁の中へと飛び込み、唐竹斬りからのストリームスラッシュを発動。
斬撃数としては七連と伸びなかったものの、大きな切り傷を残すことに成功。
これに緑竜はさらなる追撃を嫌ったのか後方へと跳躍して着地し、一定の距離が開く。
着地時についた右前足の痛みに体を傾け、唸り声をあげつつ更に向かってくるオリオンへと警戒を強める。
オリオンには大きなダメージもなく、最初のターンとしては良い滑り出しになったと言っていいだろう。
「上位竜の比じゃないくらい重いな!」
「片手で受けれるんだから大したものよ!死ぬ気で耐えて!」
「死にたくない!」との叫びはとりあえず無視だ。
このまま攻勢に出られれば緑竜討伐も難しくはないのだが、こちらを人間と侮っていたからこその最初のターンであり、ここから本気で向かってくるとすれば攻守など簡単に入れ替わる。
「ちょっ!マズい!ブレスくるよ!!」
頭を後方に引いた緑竜は、口内に魔力を集中させると自身の防壁に穴を開けて旋風のブレスを吐き出した。
ソーニャとマリオは咄嗟に右に、アリスは左へと回避行動をとり、ジェラルドは双盾を合わせて一枚盾として前方に展開。
レナータはジェラルドの陰に隠れつつヒールを発動。
ブレスを回避したマリオは緑竜の懐へとまた飛び込もうと駆け出し、反対側ではアリスが駆ける。
盾に直撃する旋風のブレスと、ジェラルドのプロテクション。
威力は上位竜をも遥かに上回るであろうブレスだが、竜飲鉄処理によって何割かを側面に流すことで耐えられる。
しかし吐き出される風圧は巨獣をも跳ね除けられるほどに重く、受け止められたとしてもそう長くは持ちそうにはない。
弾かれた旋風が周囲の建物を破壊する中、少しずつ後方へと押し除けられるジェラルド。
旋風のブレスを前にレナータの呪闇では相殺することができるはずもなく、仲間の妨害が必要となるところだが……
そんなブレスを吐き出す緑竜の背後、翼の付け根部分に立ったソーニャは、大きく伸び上がると全体重を乗せて急所へとダガーを突き立てる。
さすが色相竜だけあって外皮は硬いが、翼の付け根という可動部には突き刺せないほどではない。
緑竜のブレスが途切れ、絶叫をあげて防壁を解除。
再度展開することで体内から広がる防壁がソーニャの体を押し除ける。
緑竜の防壁となればディーノのようなポヨポヨの防壁ではなく、革鎧のような比較的強度の高いもの。
防壁の上を滑りながらソーニャは後方へと流されていく。
そして防壁が再展開、拡大されたことで接近を阻まれたマリオは前に進むことができず、アリスは魔力を高めて炎槍で貫こうとした瞬間、広げられた防壁を爆散させて上空へと舞い上がった緑竜。
マリオとアリス、ソーニャが爆破を受けて大きく弾き飛ばされた。
このまま空中戦を強いられた場合オリオンは耐え切れない可能性がある。
しかし防壁を爆散させたということは緑竜にとってもリスクのあるもの。
姿を消していたフィオレからの一矢が左翼へと突き刺さり、インパクトによって翼が跳ね除けられて地面へと落下、叩きつけられることとなった。




