241 ガイアドラゴンの盾改
ひとまず劇団の件は国王から通達があってから考えようということで、ディーノも深く考えることは……記憶の隅に追いやった。
考えたところで人員が集まらなければ何も行動することもできず、あの国王のことなら資金だけでなく練習場所なども確保してくれるだろう。
あとは集まった人達と話し合いながら劇団を作り上げていく。
期間も決まっていないこともあり、ディーノの提案に国王が出資してくれるだけと考えてしまえばそう焦ることもない。
そもそも【ディーノへの褒美】に娯楽とする劇団を立ち上げるのだ。
ディーノ自身に後悔があってはいけない。
ある程度は演劇にも通じた人材を集めてくれると信じるべきだ。
国王の無茶振りなわけだし、上手く事が進まなくても集められた全員の責任にしてしまえばいい。
そう諭してくれたのはマリオだ。
なかなかにアホな奴だが感謝しなければなるまい。
他国への挨拶回りもなく、巨鳥集めはあるとしても調査待ちとなるため暇ができたと思っていいだろうか。
オリオンでの色相竜討伐を見学しに行くのに都合がいい。
ジェラルドの盾が完成するのが明日になりそうだということで、この日は準備して明日か明後日にでも討伐に向かえばいいだろう。
そうとなれば、おやつにもいいと聞いたしネストレからもらったレシピで携帯食を作ろうか。
アリスと共に食料の買い出しに向かうディーノだった。
◇◆◇
翌日の鍛冶屋ファイスにて。
ジェラルドの盾を受け取りに全員で来てみたのだが。
「ほらよぉ。お前さんの新しい盾だぃ」
「これが……俺の?ガイアドラゴンの、盾?真っ二つに……なって……る、ぐすっ」
確かに誰が見ても二つになってる。
「おいおいぃ、泣いてんじゃねぇよぉ。あぁんな亀裂が入った状態じゃあいずれ割れっちまうからよぉ。先に二つに割っちまったってわけよぉ」
「でも……まだ割れてなかったのにぃううっ」
「まあこれぇ見てから判断してくれやぁ。ガイアドラゴンの双盾。こいつもぁ俺の自信作だからよぉ」
双盾というだけあって二つの盾に分かれている。
金属の盾枠が二枚に分かれたガイアドラゴンの鱗を包み込み、一片は鱗の形状を保っているのか丸みがあるものの、もう一片は割れた側として真っ直ぐな盾となっている。
両手に装備できる盾となっているようだが、防御力としては落ちてしまう気もするのだが。
「こいつの重さぁ俺じゃあ無理ってもんだからよぉ、ほれ、泣いてねーでお前さんがぁ装備してみろぃ」
メソメソとしたジェラルドを立ち上がらせ、肘に固定するパーツを取り付けたファブリツィオ。
そこへ片方の盾を持って肘パーツと固定。
ジェラルドが持ち手を握り込むと……
盾の上方側にあたる位置から前腕ほどの長さをもつ刃が飛び出した。
どうやら拳で戦うというジェラルドの攻撃用に組み込んだ刃のようだ。
このギミックに泣いていたジェラルドの涙も止まる。
「これは……」
「こいつぁお前さんの武器だからよぉ。持ち手を強く握り込めば刃がぁ出るようにしてある。切れ味ぁ保証できるぜぇ」
もう片方にも同じように肘パーツと盾を装備させると、双盾が両腕に固定された一端の戦士のような姿になった。
「な、なんか、すごいな。盾としては半分ずつだけど」
「そこも一つおもしれぇもん組み込んであっからよぉ、握りを緩めて肘同士寄せてみろぃ」
言われたようにジェラルドが握り込みを緩めて拳側を上にして肘を近づけていくと、ガキンッ!という音と共に盾が二つくっ付いた。
金属同士で貼り合わされた一枚の盾の完成である。
「うえぇえ!?なんだこれ!?」
「そいつにゃ磁石っつー強力にくっ付く素材を仕込んであってよぉ、あとはそこで握り込めば……刃が出るんじゃなく仕掛けが噛み合うように作ってあっからよぉ。強度も充分だろぉぜぇぃ」
試しにしっかり握り込んでから引っ張ってみてもびくともしない。
あとでフィオレのインパクトを射ち込んで強度を確認してもいいかもしれない。
「す、すごい!なんだこれ!外れない!」
「握りを緩めりゃお前さんの力で外せるからよぉ」
握りを緩めて引っ張ると確かに外れる。
近付けると金属音と共に接合する。
おもしろい仕掛けである。
「金属の強度ぁ今用意できる最高強度で作ってあっからよぉ。魔鋼にぁ劣るが相当なもんだと思うぜぃ」
相変わらずとんでもない装備を開発する爺さんである。
さっきまで泣いていたジェラルドも嬉しそうに盾のギミックを試している。
「ま、安かぁねぇがな。今のぉお前さんに絶対に必要なぁ武器ってぇ言っただろう?竜飲鉄処理もしてあっから魔法にも効果はあるしよぉ、どおでぇ。満足してくれたかよ」
「確かに。盾専門の俺に、武器として使える盾……最高です!強度次第だけど!」
強度も保証すると言っていたが試したわけではないから仕方がない。
請求書を受け取り、提示された金額は白金額八枚となったが、竜種狩りで稼いだ金があるためジェラルドとしては全く問題はない。
「よぉし!ジェラルドの盾も完成したし!次は色相竜討ばっ……なんだよアリス」
活を入れるつもりで声を上げたマリオだったが、それをアリスが遮る。
「言ってあったと思うけど今回は私が仕切るから。フレイリア領の色相竜だけは私に譲って。じゃあみんな!色相竜討伐、気合い入れていきましょう!」
「おう!!」と声をあげればファブリツィオも拍手しながらオリオンの勝利を願う。
アリスに始まり、自分の手掛けた武器で最強種である色相竜討伐に挑むのだ。
ディーノという規格外は別としても感慨深い気持ちになるものだろう。
「お前さんらの勝利に期待してるぜぃ」
ジェラルドの盾が完成したなら準備は万端だ。
明日はフレイリア領に住み着いた色相竜の討伐に向かおうか。
◇◆◇
合同パーティーオリオンはエンペラーホークに乗って南へ、それに追従するようにしてマルドゥクに乗ったディーノとライナーも向かう。
アークトゥルスもマスティノフに乗ってこちらに向かっているのだが、さすがにマルドゥクの速度には着いてこれずその姿は確認できない。
到着早々に戦闘を開始するつもりはなく、一度気持ちを落ち着けた状態で色相竜に臨むつもりだ。
目的地はフレイリア領の領都であり、かつてアリスが領主の子女として生活していた場所でもある。
およそ十年前ののどかな生活に訪れた色相竜到来という災害は、フレイリア領を護る多くの人々を蹴散らし、少なくない数の命を犠牲にしながら土地の放棄、そして他領への移住という形で幕を閉じている。
十年前ともなればまだ聖銀も活躍しておらず、聖王国でも色相竜を討伐できる者は一人として存在しなかった。
ここ数年で四聖戦士になったというが、フレイリア領の色相竜が討伐されていないことには少し疑問は残るが。
国王はフレイリア領の色相竜を討伐するか否かをアリスへと向けて問いかけてきた。
確実に討伐できる聖銀やディーノではなくアリスにだ。
もしかすると国王は以前からアリスが冒険者になっていることや、その魔法出力に関して何か知っていたのか。
火属性魔法に特化したフレイリア領の後継者として、色相竜をも倒すという可能性を信じていたのかもしれない。
◇
フレイリア領はラフロイグ領から南東へと向かった位置にあるため距離としてはそう遠くない。
マルドゥクの走りで真っ直ぐに向かったとしておよそ一の半時ほどでたどり着ける位置にあり、戦闘開始は昼五の時、正午を予定している。
かつての領都から少し離れた位置にエンペラーホークを降ろし、領都までは歩きで向かうことになるが、まずは気持ちを落ち着かせるため休憩をとることにする。
やや緊張はあるものの戦うことに不安はなく、勝利を信じてこの場にいる。
ディーノは昨日作ったおやつにもいいという携帯食を全員に振る舞い、お湯を沸かして茶も淹れて一息つく。
「久しぶりに見る故郷をどう思う?」
「んー、私ね、小さい頃はそんなに外に出て歩いたりしなかったから、こうして外からフレイリア領を見たことないのよ。でも……お父様が必死で守ろうとした領地だもの。絶対に取り戻したい。絶対に勝つわ」
ディーノはセヴェリンから聞かされているため知っている。
アリスが討伐に成功したとしても国で決まった法律上は、一度でも爵位を失ってしまえば取り戻すことはできないのだと。
領地を取り戻したところでフレイリア領には新たな伯爵位を持つ者が配されることを。
ジャダルラック領も同じであり、二十年以上も前にあったモンスターの襲来により民を見捨てて領主が逃亡。
聖王国の兵や冒険者他多くの手によって領地を守ることに成功したものの、ジャダルラック元伯爵は爵位を奪われ、領地の支援に尽力したドルドレイク元子爵が伯爵としてジャダルラック領を任されることとなった。
ただし領地名を変更するには更なる功績を示す必要があるのだとか。
しかし黄竜討伐とジャダルラック領の復興、獣王国との交易が盛んになれば、近いうちにドルドレイク領に変更になるのだと語っていた。
これを知ったらアリスがどう思うだろうか。
戦いを前に戦意を削ぐようなことは言いたくない。
「そうだな。勝ってフレイリア領を取り戻そう。その後は討伐の報告にアリスの親に会いに行こうか」
「うん。ディーノのことも紹介しないとね」
報告に行くにはそういう側面もあるか。
もし仮にアリスの父が爵位を取り戻して領主になった場合、遠くない未来にアリスが領主としてフレイリア領に着任するとなれば、ドルドレイク家共々跡取りが一人となる。
ディーノとアリスの婚姻は難しいかもしれない。
アリスの親には悪いが、ディーノとアリスの関係上、国の法律はディーノにとっては都合の良いものとなる。
他に跡取りがいるのならまた話は変わってくるが、アリスは以前一人娘だと言っていた。
もし今後フレイリア領に他の爵位を持つ者が配されることを知った時にでも話すことにしようか。




