240 相談
国王やセヴェリン他数名の貴族と別れて酒場へとやって来た黒夜叉。
ここは合同パーティーオリオンが贔屓にしている酒場であり、頼めば個室も用意してくれるそこそこに大きな店だ。
今回の聖銀戦イベントの後に酒盛りをしようということで予約していたため、ブレイブは先に着いてマリオの反省会を開いていた。
ディーノは思い掛けずセヴェリンに、いや国王に捕まってしまったため少し遅くなってしまったが。
とりあえず酒と料理を注文して、ディーノの勝利を祝いつつ、マリオやアリス、フィオレも頑張ったと、ここしばらく沈んでいたジェラルドが仕切って乾杯をする。
酒と料理をそこそこに、テーブルにだらしなく腕を投げ出して顔を伏せる男が一人。
「はあぁぁぁぁぁ……なんでこんなことに……」
と、滅多に落ち込んだ姿を見せないディーノが溢せば誰もがその内容が気になるところ。
「まあいいじゃない。私はディーノならなんだってできるって信じてるわ」
当事者じゃないからそんなこと言えるんだとディーノは思う。
普通に考えても褒美をもらえる話がどう間違えば劇団を立ち上げるということになるのか意味がわからない。
まあなったけど。
そもそも冒険者であるディーノが劇団を立ち上げたところで、演者をする、監督をする、裏方をする、どれをとっても畑違いであることに変わりはない。
「なんだなんだ?また何かおもしろい話持ってきたのかよ」
「ねぇマリオいいの?また巻き込まれるかもしれないよ?」
「あ、やべ。大人しく聞いてよ」
このアホを巻き込みたい気持ちは山々だが、どう巻き込んでいいのかすらわからない。
何気に見た目のいいパーティーでもあるし役者にしても映えそうではある。
「フィオレ君、何か知ってる?」
「んん。ディーノがね、国王様から劇団を任されたの。演者を雇って舞台で演劇をするんだって」
言い出したのはディーノだとしても押し付けられた感は否めない。
「はぁあ?なんで?なんでディーノがそんなことを?」
「ディーノがね、多くの人達を幸せにしたいんだって。演劇を観て楽しんでくれたら生活も豊かになるんじゃないかって言ってた」
いろいろと違うがフィオレはそう捉えたらしい。
「ディーノお前正気か?大丈夫か?疲れて何かおかしなことになってないか?」
数日前までメソメソとしていたジェラルドも心配そうにディーノの顔を覗き込む。
「いや、オレもなんでこうなったのか……ただ国王様が褒美をくれるって言うから市井にも娯楽を広めて欲しいって答えただけなのに……何故か劇団を任された」
そんなわけでディーノは国王との話を事細かに説明してみたが、やはり思い返してみても押し付けられたという印象しか浮かばない。
「まあ俺ら一般人にすりゃ娯楽なんて賭博とか酒、あとは娼館とかくらいのもんか。たま〜に旅先で歌い手なんか見るけど、あれもまあ聞いてるといいよな」
さすがに国王の前で娼館などとは言えないので言わなかったが、マリオからしても娯楽と言えばその程度しかない。
外食も娯楽と考えればそれもありかもしれないが、今ディーノが求めている娯楽とはまた違う。
日常とはまた別の楽しみが欲しいのだ。
「娼館も娯楽なの?気になる!」
「フィオレ君はそんな娯楽を知らなくていいの。マリオのことは無視して」
レナータからすればフィオレを娼館に行かせるなどもってのほかである。
「ま、ディーノは何気に語るのも上手いし、劇団任されたとしても何気にやれそうでもあるけどな。でもお前はジャダルラック領の領主の養子になったんだ。人を使うのも仕事になるんだし勉強と思ってやってみたらいいんじゃねーの。なにも全部一人でやる必要もねーんだしよ」
マリオにしてはまともなことを言うなとディーノは思った。
確かに人を使うことも今後は覚えていかないと将来困ることになるのは自分だ。
セヴェリンに大きな迷惑を掛けることにもなりかねない。
これまではなんでも自分でやるのが当たり前だったこともあって、人を使っての仕事はあまり経験がない。
冒険者業でも他人に仕事を頼むこともあるのだが、人を使うと言うよりは役割分担といった方が正しい。
パーティーのリーダーとしての役割とはまた違った指示の出し方も必要そうだ。
「もうやることになったのは仕方がないとして、オレはどうすればいいのかさっぱりわからなくてな」
「まだ何も決まってねーんだし気にしても仕方ねーって。演劇ってのが物語を演者を使って見せるって言うんなら演者は演者でセリフやら動きやら練習させてやらせとけばいいんだよ。お前は語りが上手いんだし裏から話の流れを語ってりゃいいんじゃねーか?たぶんそういうのも必要だろ?」
なにこのマリオ。
すごい頼りになる。
演劇を観たことがあるかのような口ぶりだ。
「マリオお前、演劇に詳しくないか?どこでそんな知識つけてきたんだよ」
「あ?そりゃお前、市井にも学舎はあるからな。子供預けてる親共に芸とか劇とかやって見せたりすんだろ」
ディーノは孤児院育ちで学舎に通ったことがないため知らなかったが。
マリオも商家の息子でそこそこいい育ちの坊ちゃんだったと聞いたような気もする。
「まじか。ジェラルドも詳しいのか?」
「俺も学舎には通っていたがマリオと違って木の役をやっていたからな。嫌な思い出だから触れないでくれ」
木の役ってなんだ?
木ってただ立ってるだけじゃないのか?
演じるだけが演者ではない……
いや、子供が多ければあぶれた子はセリフも動きもない役を与えられるのかもしれないな。
さすがに演者にただ立ってる役はやらせられない。
「他に劇とか芸をやったことあるのは?」
誰もいない。
レナータはそんな裕福ではなかったと聞いているし、ソーニャも確か農村出身だったか。
フィオレも孤児院育ちでアリスは元貴族。
ウルとシストは獣王国育ちとなれば学舎自体なさそうだ。
「頼れるのはマリオ、お前だけだ。オレを助けてくれ」
「私も協力するっ!」と言うアリスはまあ置いといて、今必要なのはマリオの情報だ。
「まあ主役を張ってたのは俺だけどよ。つってもガキの小躍りみてーなもんだぜ?それでもいいならまあ協力するけど」
ガキの小躍りだろうがなんだろうが劇としてそれが成り立っていたのなら参考にするべきだろう。
しかしこんなに頼りになるマリオは初めてかもしれない。
いや、むしろその学舎の先生を紹介してほしいところだ。
突然の悩みの種となったエイシス劇団の話も一段落し、マリオのおかげで少し気持ちが軽くなったディーノ。
聖銀との戦いを振り返りつつ、この日の戦いを今後にどう活かすかについて語り合う。
ここしばらく落ち込んで見えたマリオではあるが、何気に勝つつもりで脳内戦闘を繰り返していたらしい。
以前稽古に付き合ってもらったことからザックの戦いをある程度イメージし、そこに今できる自分の技からどう戦いを運べば勝利を掴めるかとシミュレーションしていたとのこと。
その脳内戦で敗北を繰り返していたことから、周囲からは落ち込んでいるようにも見えたのだろう。
物理系スキル持ち同士の戦いとなればステータス差がもろに響いてくるのだが、二倍ともなる差を埋めるためにどう対処していくかと考えるだけでも頭を抱えるところ。
しかしマリオはそのステータス差をしっかりと補いながら挑むことができており、戦いの内容としては悪くはなかったどころか称賛ものの戦いを見せてくれた。
以前から見えていたマリオの可能性が、ここにきて自らその可能性を手繰り寄せたと言っていい結果だった。
「正直なところ、オレはマリオの戦いを見て泣きそうになった。うちのマリオが大きくなったなって思ったらなんていうか、な」
「俺はお前のガキじゃねーんだよ!お前らも笑ってんじゃねー!」
ダメな子が成長を見せたら泣きたくなるくらい嬉しいじゃないか。
その気持ちを誰かわかってほしい。
そしてアリスとフィオレの戦いについて最も語るべきは、やはり厄介なウィザードであるエンベルトの排除に成功したことだ。
最初にどちらを排除すべきかと考えた時に、武器を持つランドでは虚をついたとしても対処される恐れがあった。
エンベルトにはこちらが挑戦者であり、自身が最強のウィザードであるという慢心が見てとれたため、アリスとフィオレの二人で奇襲することで最初に排除。
二対一での戦いを強いることには成功したわけだが。
「さすがは聖銀のメンバーというところね。フィオレと二人でも勝てないなんて思わなかったわ」
「ねぇ、僕の姿ちゃんと消えてたよね?全部避けられるとか未だに信じられないんだけど」
実際、アリスとフィオレの二人組と戦うとすればディーノとて勝つのは簡単ではない。
超高速戦闘が可能なディーノであるからこそまだ勝ち筋は見えるものの、正面から迎え討つとすれば相当に厳しい戦いになるだろう。
双剣を持つディーノでも片手でアリスの相手をしつつ、見えないフィオレの矢の対処するのは至難の業と言える。
ランドはこの二人を相手にランサーとしての実力だけで上回ったというのだから恐ろしい。
アリスが言うようにさすがは聖銀のメンバーといったところか。
そしてディーノの戦いはというと。
「お前、負けを覚悟したろ」
「んー、勝負には勝ったけど、実力的には負けたかもってとこかな。最後は精霊魔法で強引に速度稼いだし。ズルいよな〜オレ」
精霊国でクレートと戦うことができていなければ、もっと早い段階で倒れていたのはディーノだろう。
そしてクレートの思い付きで精霊契約ができていなかったとしても敗北していたことは間違いない。
だが今回パウルとの戦いで自分の技術不足を痛感させられ、まだまだ改善の余地はあると気付かせてくれただけでも戦う意味はあった。
結果が敗北だったとしても同じことを気付いたとは思うが……
いや、敗北していれば劇団の話はなかったのか?
二度も敗北は必要ないとも思うが劇団……
頭が痛い。
今は考えるのをやめよう。




