223 危険領域へ
買い物を済ませた翌日の危険領域入り口で。
アークトゥルスも初めて見るマルドゥクに驚きつつも、これほどまでに速い移動方法は他にはないだろうと興奮しながら危険領域までやって来た。
まだ獣王国でも出稼ぎに来たいテイマーもいるはずであり、王都だけでなく近隣の街を訪ねればまだまだ多く見つかるはずだ。
アークトゥルスも移動手段があれば遠く離れた高難易度クエストにも挑戦することができるため、国王に交渉して配属してもらえばいいだろう。
セヴェリンに書状を書いてもらって誰か一人紹介してもらおうか。
ウルとシストには二日後の夕方にまたこの場所に迎えに来てもらえるように頼み、もし戻って来ていなければまた次の日にマルドゥクの運動がてら来るよう言っておく。
危険領域のモンスターをあまり刺激しないようにとウルとシストを帰し、オリオンとアークトゥルスだけが残された。
「よし、じゃあ危険領域の踏破に挑戦だ。まずはオリオン。ここから真っ直ぐこの方向目指して進んでくれ。それから一の時を過ぎたところでアークトゥルスがあの巨木のあたりから出発な。奥に行くと朽ちた神殿みたいなのあるからそこまで行ったら引き返して来ていい」
ディーノはティアマト戦の後には獣王国の貴族グラーヴジーを追って危険領域内を駆け回った。
その際に見つけたのが危険領域の最奥にある朽ちた神殿のようなものである。
「あとはもしパーティーがヤバくなったらこれで狼煙をあげてくれ」
ディーノは何かあった時に誰でも救助を求められるように、昨日買い込んだ発煙筒を全員に一本ずつ渡しておく。
パーティーに一本ずつでもいいかと思ったが、何が起こるかわからないのが冒険である。
念のため渡しておくに越したことはない。
フィオレにとって危険領域はパーティーを失った場所であり、アリスとしてもここはクランプスとも戦い一度は倒れた場所でもある。
気を抜いていては命に関わる。
それはアークトゥルスも同じであり、単独のパーティーではクランプス一体すら倒せずに苦戦させられたのだ。
黄竜戦で経験を積んだとはいえ、ライナーを含めても生き残れるかはわからない場所だ。
気を引き締めてこの踏破に臨む。
マリオが喝を入れようと、大きな声を出そうとしたところをアリスとフィオレで押さえつけ、静かに手を振って先へと進んで行った。
それからしばらく時間の経過を待ち、そろそろかとカルロが立ち上がってディーノに拳をぶつけてから前へと歩き出す。
この挑戦に少し羨ましさを感じつつ、ディーノは姿を隠しながらアークトゥルスの背後を追った。
アークトゥルスに追い付いてすぐに隠れ潜むディーノ。
歩き出してまだそう時間は経過していないにも関わらずすでに戦闘が始まっている。
索敵はネストレが行なっているため正面からの戦闘開始とはならないものの、攻撃力不足のためか一人では瞬殺できない。
タイガー系のモンスターを相手にダガーで一撃で殺すには、全身を使って首を掻っ捌くくらいの勢いがないと難しいのだ。
深い傷を残したままパーティーでの戦闘となり、カルロが抑えつつマンフレードのスラッシュでその脳天を真っ二つにした。
下手に声をあげられるよりは正しい倒し方だ。
そこからまた歩き出してすぐに索敵に引っ掛かり、まともに進めないうちに息を潜めてモンスターへと近付くネストレ。
ディア系モンスターではあるが危険領域にいることからしても簡単に狩れる相手ではない。
気配を殺しているはずのネストレを察知すると跳躍して襲い掛かる。
脚力の強いモンスターであり、ツノでの突進も強力だ。
咄嗟に前方へと駆け抜けることで踏み潰されることを回避したネストレと、そこへ援護に構えていたロッコからの矢がディアの右目へと突き刺さる。
すぐさま駆け出したカルロとマンフレード。
前足をカルロが斬りつけ、マンフレードが首を落とす。
パーティーの見事な連携である。
ここまで様子を見ていたライナーはアークトゥルスに足りない部分を埋めようと、自分にできることを考えているようだ。
血の匂いに吊られたのかまたすぐに現れた三体のウルフ系モンスターには、ネストレの索敵も意味がない。
複数体いるのならと魔力を練っていたライナーが周囲に氷の杭を錬成し、ウルフへと向けて射出。
二体のウルフに直撃すると、残りの一体にも矢が突き刺さり、そこへ向かってネストレがエアレイドで加速、ダガーを頭に突き刺した。
氷の杭を受けても生き残った一体にコルラードが巨剣を振り下ろして討伐する。
即席パーティーの連携にしては上々だ。
先へと進もう。
アークトゥルスよりも一の時早く出たオリオンメンバーはというと。
「ここも魔鏡とそう変わんねーなぁ」
真上から飛び降りて来たエイプ系モンスターを逆風に斬り上げ、正中から真っ二つにしたマリオ。
巨大包丁ならぬティアマトの牙剣の斬れ味にも満足しながら、襲いくるモンスターの群れに警戒をして周囲を見回す。
「でもここのモンスターは強いの多くない?」
もう一体のエイプを呪闇を込めた矢で射ち落としたレナータは再び矢を番える。
落ちてきたエイプの目に向けて矢を射ることでとどめを刺した。
通常依頼で見るエイプとは違い、大柄なジェラルドより大きい個体ともなればBB級モンスターといったところか。
そして少し離れた位置では首を切り裂かれたエイプが何体か転がっており、今もまた地面へと落ちてくる。
索敵をするソーニャは木々に隠れながらエイプの群れの暗殺を繰り返している。
今回は群れが大きかったことから討ち漏らしがマリオ達へと襲い掛かったのだ。
「まあ脅威度は一段高えかもしんねぇ。体力も温存してーしそろそろジェラルド達と代わるか」
マリオがそう語るようにパーティーを二隊に分けて進んでいた。
マリオとソーニャとレナータ組。
そしてジェラルドとアリスとフィオレ組。
どちらも暗殺が可能なソーニャやフィオレがいるため進む速度は随分と早い。
多くの竜種を討伐してきた経験が、オリオンの能力を大きく引き伸ばしているようだ。
危険領域内を進み始めて三の時ほど。
アークトゥルスは疲弊し、まともに進むことも出来ずに休憩をとっていた。
休憩中も警戒を緩めることができず、見張りを置いても地面に座ることもできない。
この状態で先に進むとなれば体力が二日も持つはずがない。
それでもライナーが作り出す氷のおかげで冷えた水が飲めるのは生き返る思いだ。
「ぶはぁっ!水がこんなに美味えと思うのも久しぶりだぜぇ!」
「あんまでけー声出すんじゃねぇよ。また襲われんだろが」
「でもこのままだとマズいですね。目的地まで辿り着けないかもしれないですよ」
ライナーもアークトゥルスの連携に合わせて戦えてはいるものの、途切れることなく襲ってくるモンスターに対処が追いつかない。
助け、助けられといった状況が続いているため、五人でやっと今の状態を維持できている。
「誰も酷い怪我を負わない分、こっちは助かるけどね」
これで誰かが怪我で倒れようものなら連携も一気に崩れてしまう。
逃げることも叶わずその場で倒すまで戦闘を続けるしかない。
「悪い。俺の力不足だ……俺にもっと攻撃力さえあればよぉ」
おそらくパーティー内で一番働いているネストレが力不足を嘆いた。
実際にネストレの暗殺が確実であればここまでパーティー全体で戦う必要はないのだ。
以前ディーノを先頭に危険領域を進んだ際は完璧な暗殺によってパーティーへの負担は最小限のものだった。
やはり力不足を感じてしまう。
「じゃあセイバーに転向したらどうだ?」
頭上から聞こえてきた声に視線を上げると、ディーノが木の上から見下ろしていた。
「剣は使えねーんだ。昔訓練してみたんだが才能がなくってな」
どうやらシーフセイバーへの転向は考えたこともあったようだ。
才能がない、向いてないとすればシーフとしての筋肉のつき方から持続型の体になっているのだろう。
剣を振り回すのには向いていないというのはディーノも少し理解できる。
ユニオンやライトニングも剣を振るという感覚よりは、動作に剣を乗せていると言った方が正しい。
だとすればネストレが今のダガーで攻撃力不足を感じるとすれば、今後見直すとしても補助を一つ足せば今は事足りるのではないだろうか。
「じゃあこれ使ってみろよ。右は逆手に持ってるんだから左は順手でな」
ディーノは予備のダガーをネストレの前に落とす。
地面に柄まで刺さる切れ味のダガーだ、ネストレの物よりも切れ味では上だろう。
「両手にダガーか。それは試したことはねーな」
「慣れてきたら持ち手逆にして左右自在に使えるともっと良い」
一方向だとやりにくい場面も多い。
最初は立ち位置を工夫して一方向で対処するとしても、慣れてきたらその手間を減らすためにも両方できるようになった方がいい。
そしてネストレが力不足を感じでいた分、そこを補えたとすればパーティー内にも余裕が生まれ、自分に不足するものを感じてまた成長していけるはず。
「半時休んでていい。今だけオレが索敵するから」
ディーノが索敵をしてくれればネストレにとっては随分と助かる。
ただ休むだけでなく両手にダガーを持っての攻撃をイメージしなくてはならないのだ。
ただ片手での攻撃では振りが足りない。
順手に持ったダガーで先に斬りつけつつ、逆手に持ったダガーを振り抜く。
片手での腕の振りから、両手では腰の回転が必要になる。
腰から回転するとなれば下半身のバランスや体勢が崩れることにもなるため、着地姿勢やその他含めて調整する必要も出てくるだろう。
なるほど、これまで隙を作るための遊撃を主体としていたため、自分自身での攻撃を主体に考えてこなかったことが攻撃力不足に繋がっていたのだ。
仲間の追撃を考えればネストレ自身はヒットアンドアウェイが理想的であり、全身を使った攻撃は妨げになる。
しかし暗殺を目的とするなら考え方は全く違う。
自身の攻撃と体の運びをイメージしながら、このわずかな休憩時間を有効に利用する。
半時の休憩時間を終えて立ち上がったアークトゥルスとライナー。
疲労感はあるが少し休めただけでもだいぶ違う。
さて、行こうかと思って歩き出して気付く。
周囲に大量に転がる死体の数。
休憩しているアークトゥルスに気付かれることなく、次々と暗殺し続けたディーノには驚きよりも先に呆れが感じてしまう。
「あいつが本気で殺す気になったら国が滅ぶんじゃね?」
「違いねぇ」と笑い合い、口では笑ってるのに目が笑えないのは何故だろうかと感じながら歩き出す。
歩き出して少しして。
前方を進んでいたネストレの姿が見えなくなると、少し離れた位置で戦闘が始まった。
まさかのソロ戦闘ではあるが、最初の一撃が致命傷となったのかわずかな抵抗のみであっさりと倒れたディア系モンスター。
察知能力の高いモンスターだけに、先手を取ろうと一気に殺しに掛かったらしい。
少し焦ったせいで回避行動を取られてしまったものの、左右の斬撃は深々とその首を切り開く。
完全にイメージ通りではなかったとしても結果としては悪くはない。
あと何度か試すうちに自分のものにしていけばいいだろう。
そこからのネストレの成長は著しく、前方を歩き進んでいた状態から今度は木の上を気にしだした。
ディーノは木の上から索敵を行い、自分達に気付かれることなく数多くのモンスターを暗殺し続けたのだ。
素早さに自信のあるネストレにもできないことはないはずだ。
もともと木の上からでも強襲することもあったが、全身を使った攻撃では態勢を崩して失敗る可能性もある。
だからもう少し、もう少しだけこの動きを体に馴染ませるべきだ。
新たな挑戦を前にして、疼く感情を抑えて前へと進む。
そんなネストレの成長があったおかげで、パーティーで対処するモンスターの数は激減。
ネストレは周囲のモンスターだけに集中し、討ち漏らしやネストレでは対処できないような大型のモンスターのみをパーティーで討伐する。
ロッコが勢いを削ぎ、カルロが受け止め、コルラードとライナーとでとどめを刺す。
攻撃力が足りない場合の対処方法としては、ライナーの氷の斬撃にコルラードのスラッシュを乗せることで叩き斬る。
氷魔法は斬れ味が悪いという欠点もあるが、肉が滑らなくなる分コルラードの力なら斬り広げることができるようだ。
とんでもない馬鹿力である。
「なかなか順調じゃねぇか。これならなんとかなりそうだ」
「いや、まだまだこれからじゃねーか?見ろよ、大量に出て来やがったぜ」
「これはネストレでもどうにもならないね」
「最初に俺の氷杭である程度削ります。漏れたやつをお願いしますね」
「おおよ!やってくれ!」
オリオンほどの進行速度とはならないまでも、アークトゥルスも順調に進み出した。




