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追放シーフの成り上がり  作者: 白銀 六花
221/257

221 自信

 昼八の時前には邸へと帰って来たセヴェリン。

 従者として今はヴィタが付き従っているらしい。

 帰って来るなり客室で寛いでいたディーノに近寄り「よく帰って来た、お帰りディーノ」とやはり家族のように迎えてくれた。

 気恥ずかしさと嬉しさと、それと同じくらいの根回しへの怖さと。

 何やら地盤が固められつつあるが、ディーノを大事にしているセヴェリン一家が迎え入れてくれようとするならそれも悪くはないだろう。

 ディーノが語った【誰もが認める存在】に今すでになっているのだから、受け入れ態勢も万全なのである。

 ディーノ自身に自覚はなくとも、聖王国内ではディーノの名はすでに知れ渡っているのだ。

 あとはもうひと押し。


「ディーノよ。まだ若いお前をこのジャダルラックに縛るつもりはないが、以前の答えを聞かせて欲しい。我が子として迎え入れさせてはくれまいか」


「セヴェリン様がオレを買ってくれているのはわかっているつもりです。ですがオレにそこまでの価値はあるのでしょうか?領主である貴方が今再びオレを迎え入れてくれようとしてくれているのです。嬉しく思いますしその希望に応えたい。ですが応えたくとも自分という存在に自信を持つことが今もできずにいるのです」


 周囲の評価と自己評価とでここまで差が大きい者はなかなかいないだろう。

 実力といい人格といいディーノを知る誰もが認めるだけの結果を残しているにも関わらず自己評価が低い。

 女性には弱いのは欠点だが。

 それはディーノに対する劣等感を持つ者にとっては別の聞こえ方をするものだ。


「ディー……」


「お前、ふざっけんなよ!?なーにが自身を持つことができずにいるのです……っだよこのバカ!自分を卑下すんのはやめやがれ!お前が自身持てなかったら誰も自身なんて持てねーだろうが!お前を目指してる奴らまで貶めてんじゃねーよこのバカ野郎!」


 卑屈なディーノにマリオがキレた。

 胸ぐらを掴んで吠える。

 いつだって強敵にも怯むことなく前に向かって進んできたディーノなのだ。

 過去の戦いを思い返してもマリオにできないことを当たり前にこなし、血まみれになってもパーティーのために立ち上がる姿を見てきた。

 振り返らずに前を向くその背中を。

 その背中を見て弱者だと思いたかった。

 しかしその背中がはるか遠くにあることを知った。

 その背中を追って来て尚もまだ遠い先にあることを知っている。

 その背中を追っているのが自分だけではなく他にも多勢いることも知っている。

 前を向いて進んでいく仲間と共に、いずれその背中に追いつくことを目標にしている。

 そんな自分達の目標とする男が自信を持てずに自らを貶めるなど許せるはずがない。


「お前を追ってる俺らまで否定すんじゃねーよ。自信持って前歩いててくれよ、なぁディーノ……」


 唇を歪ませたマリオの目に涙が浮かぶと、ディーノの目にも涙がつたう。


「自信なんて持てると思うかよ……オレはオレ自身を許せねーんだぞ」


 ディーノの過去を知るセヴェリンとソフィア、そしてマリオ。


「お前がどんだけ辛い思いして生きてきたのか俺だって知ってる。自分自身を許せねーって気持ちもわからなくもねぇ。でもお前がやりたくてやったわけじゃねーんだ。いい加減自分を許してやったっていいじゃねぇか」


「お前の姉を殺したかもしれないのにか?」


 この場にいた全員の血の気が引いた。


「っ……それでもだ。お前のせいじゃねぇ」


 ディーノの過去を知らない者も、二人の間にはただならぬ因縁があるのだと知った。

 マリオの姉の死にディーノが関わっているどころか殺したかもしれないとなれば只事ではない。

 ディーノに好意を寄せているアリスでさえも知らない二人の過去。

 ただの仲違いでパーティーを追放されただけではないのかもしれない。


「多くの人がオレの力で殺されたんだ。誰が許してもオレは自分を許せない」


 幼いころに刻まれた記憶は今も呪いとしてディーノにのしかかっている。

 目の前で嬲り殺される人、人、人。

 振り下ろされる拳にはディーノのギフトが込められ、その光景が今も脳裏から離れることはない。

 誰も知り得ないディーノの罪悪感は、生涯晴れることはないのかもしれない。


「うるせぇ!!」


 マリオの右拳がディーノの左頬を打ち抜いた。

 罪の意識に力無く佇んだディーノへの拳は、思いの外強烈な一撃となった。

 まさかこのタイミングで殴られると思わなかったディーノも驚きの表情でマリオに向き直る。


「自分を許せねーから自身が持てねぇとかそんなん別の問題だろ!許せねーなら許せねーでそれはそれでいい!ただ自信だけは持てや!お前が自分の意思でやってきたことがお前のすべてなんだからよ。お前は俺が認めるすげー奴なんだ。自信持っていいんだぜ」


 めちゃくちゃな奴である。

 セヴェリンの言葉を遮って文句を言い始めたうえに暴力、そして自分が認めるから自信を持てと。

 罪の意識については別問題と。

 自分勝手で気持ちのいいくらいバカな奴でもある。


「ディーノよ。私も彼と同じく君を認めているからこそ我が子として迎え入れたいと思っているのだよ。君が何を感じ、何を思い、何のために、何をしてきたのかが今の君の評価だ。そこに君の生き様が、成してきた結果があるのだから疑いようのない君の成果じゃないか。罪の意識については他人が何を言おうと君だけのものだ。生涯背負い続けるものなのかもしれないがね」


「本当にいい仲間を持ったわねぇ。ディーノ、貴方は仲間に対して自信を持つなと言えるの?価値のない存在だなんて言えるの?貴方のことを慕ってくれている仲間にそんな失礼なことが言えるのかしら?」


 セヴェリンの物言いは優しさに溢れているが、普段優しいソフィアからの問いかけはディーノの胸によく刺さる。


「え、えー、と。じゃあ答えやすいソフィア様の方から。お前ら、いや、マリオもジェラルドもレナータもソーニャも、黒夜叉のアリスもフィオレも……ウルとライナーは一旦外させてくれ。お前らはオレの自慢の仲間達だ。誰にだって自信を持って紹介できる最高の仲間達だ。そこは絶対に揺るがねぇ」


 酒も飲まずになかなかに恥ずかしいセリフを吐いてしまったが後悔はない。

 ディーノの紛れもない本心である。


「ではそんな貴方が自信を持って紹介できる仲間達が目標としている貴方のことは?」


「自信が……ん?自信を持って紹介……目標……自信を持ってないとおかしい?」


 なかなかに難しいお題である。

 自分には自信がないけど仲間からすると自信がないとおかしいことになる。


「そうよ。貴方は自信を持っていないとおかしいでしょう?だから自信を持っていいのよ」


 ふむ。

 言いくるめられてしまった。

 自信を持ってないといけないらしい。


「では私の問いにも答えてもらおうか。我が家の子として迎えさせてはくれまいか」


「……はい。よろしくお願いします。義父様、義母様」


 もう答え一つしかないし。

 何となく腑に落ちないが望まれて受け入れてもらえるのだ。

 彼らの望みに応えるべきだろう。


「チラッと聞いてはいたけどこれでディーノも貴族の子かよ。まあめでたいってことでおめでとうって言っとくか」


 なんなんだこいつ。

 ムカつくな〜。

 殴られたし。

 何もかもこいつの思うようになった気がする。


「ねぇディーノ。さっきの話、私知らないんだけど」


 アリスにも話してなかったことだし知らないのは当然だ。


「あまり話したい話題じゃないからな。昔のことだし聞かせたくなかった」


「聞きたい。ディーノが抱えてるもの、全部受け止めたいから」


「お前は悪くないんだから話していいと思うぜ?気分のいい話じゃねーけどよ」


 ここまで聞かれていればディーノの罪が何なのか気にもなるだろう。

 ため息を吐きつつ、ディーノは孤児院に入るより前のこと、盗賊に捕まったことから話を始めた。

 マリオとも話を擦り合わせたことがないが、マリオの姉が絡んでくる事件も中にはあったはずだ。

 一年もの間捕まっていただけに、ディーノはいつその事件があったかは知らないが、地理的に考えれば当てはまる確率は高い。


 ディーノが語る盗賊との一年は想像を超えて凄惨なものだった。




 伯爵邸に宿泊を決めたオリオン一行は夕食を共にしながらここしばらくの話に盛り上がっていた。

 つい先ほど聞いたディーノの話を打ち消すべく、おもしろおかしい冒険譚に話題を盛り上げ、セヴェリンとソフィアも楽しそうに食事を進める。

 従者として同行しているヴィタも沈んだ空気には耐えられないと、初めて会ったはずのブレイブに怯むことなく質問と合いの手を挟んで話題を絶えさせない。

 貴族の食卓とは思えないほど話題に溢れ、身振り手振りで戦いの激しさを伝える。


 あまりにもディーノの話が重すぎた。

 モンスターとの戦闘後に必ず行う反省会という名の戦闘履歴を思い返せば当然か。

 ディーノの思考やその場の情景が脳裏によぎるのだ。

 お願い、やめて、ごめんなさい、許してくださいと懇願する相手に右拳を振るい、痛みに悶える様子を眺めては左拳を振るう。

 歯が折れて口内から流れ出る血に、溺れるように声を詰まらせる様を見ては嘲笑う。

 助けを乞う女性の頬にナイフを滑らせ、そのまま耳を削ぎ落とすと泣き叫ぶその顔を何度も殴り付ける。

 楽しそうに、何度も何度も殴りつけ、声も出せなくなるとぐちゃぐちゃに潰れた顔にナイフを突き立てる。

 目玉をくり抜き、鼻を削ぎ落とし……

「もうやめて!」と叫ぶソフィアにも構わず話を続けたディーノの目には少しだけ狂気が見えた。


 そんな話を一の時以上も聞かされ続けた今、静かに食事をしていては喉を通らない。

 静まり返ればディーノの話が思い出され、ブレイブが話を盛り上げてくれるだけで救われる思いがした。

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