219 力の一端
ルーヴェベデル獣王国での酒盛りを楽しんだ翌日。
宿の食堂では合同パーティーオリオンが集まって朝食を摂っていた。
「俺の活動拠点、獣王国でもいいかも」
徐にライナーがそう溢した。
どうやら酒盛りの後にはマリオ達と娼館に足を運んだらしく、随分と楽しんできたようだ。
「その気持ちわかるわ〜。もう激しいのなんのって……」
「そうか?俺はもっとこう、刺激があってもいいと思うんだが」
ジェラルドの場合は求めているものが違ったのかもしれない。
そして楽しそうに昨夜の話に盛り上がる男達を見てソーニャは冷たい視線を、フィオレから「刺激ってどういうこと?」と質問されて苦笑いを浮かべるレナータと。
ディーノには前回獣王国に来た際に何もなかったのかと問い詰めるアリスとでなかなかに喧しい。
ウルとシストは昨夜の酒盛りを終えると、他国の話を聞かせろと獣王国組で次の店へとまた飲みに行った。
聖王国の者がいる中では聞きにくい話もあるだろうと、オリオンもその後からは別行動をとったのだ。
ただ最初の店ではエレオノーラがディーノに心酔していると聞いたアリスが警戒を強め、当の本人は心酔しているというよりは竜種から解放してくれた救世主として感謝の念が強いだけ。
何かしらの形で恩を返したいと思っているらしく、ディーノのことを常に気に掛けているそうだ。
ディーノからすれば自分のスキルが結果的に融合の解除に働いただけであり、エレオノーラが喜んでいるのなら別にそれだけでいいのだが。
宿で待機していろと言われたわけでもなく、自由にしていても問題ないとのことだったので全員でベデルを観て回ることにした。
人口わずか二千人ほどと王都というには規模が小さく、聖王国の領都どころか小さな街程度の規模しかない。
やはりモンスターのテイムスキルを主とする国であるため、多くの者がまとまって生活するよりも一定の人数で各地に住み分けしたほうが餌に困ることも少なくなるのだろう。
人間よりも大きなモンスターを多数抱えているとすれば仕方ないことかもしれない。
ただ必ずしもモンスターに作用するスキルを持つ者ばかりではなく、聖王国のように通常スキルを持つ者も一定数いるものの、やはり戦いの主となるのがテイムされたモンスターとなれば活躍する場が無くなってしまう。
戦闘経験を積むことで強くなれる者もいるかもしれないが、獣王国民となればやはり戦闘に参加することはないだろう。
獣王国で一般民として生活する者達はやや牧歌的な者が多く、他国の者にも気軽に声を掛けてくる。
やや鋭さのある容姿をしているのにおっとりとした話し方をするため、慣れないうちは違和感があるものの柔らかさのある口調は聞いていて耳に優しい。
ただし夜は見た目通りに激しいそうだが。
以前は戦争を始めようとしていた国だけに、異国から来たディーノ達にも警戒を強めていたのだが、現在は友好国として知られた聖王国の冒険者となれば、食料問題を解決してくれた恩人である。
歓迎の意味も込めて声を掛けてくれているのかもしれない。
獣王国民と挨拶を交わしながらテイムされたモンスターの獣舎を覗き込む。
大小様々なモンスターが使役されており、仕事に応じたモンスターをテイムしているという内容に興味をそそられる。
必ずしも戦うだけがテイムの目的ではなく、生活の中にもモンスターが溶け込んでいるのが獣王国なのだ。
聖王国では知られていないモンスターもいることからディーノはとても楽しそうだ。
露店で買い食いしながら街を練り歩き、土産物屋を覗き込んでは知り合い用に物色する。
ディーノがアクセサリー類ばかりを購入していることを不審に思ったアリスが問い詰め、送る相手が女性しかいないことに憤慨、説教が始まった。
しかしディーノに悪気はなく、ただ女友達にお土産を選んでいただけなのだが。
男友達にはお土産を買わないのが良くないのかもしれない。
その横でお土産を選ぶマリオは、送る相手が男ばかりなことに気付いて少しだけ傷ついた。
何故ディーノばかりと思わなくもない。
ただしディーノを挟んで反対側にいるジェラルドはルチアのお土産選びに真剣だ。
ディーノが説教されていてもお構いなしにこれはどうだろうあれはどうだろうかと問いかける。
モテなかった男は恋人のお土産探しに必死である。
ライナーはまだまだ帰る予定はないためお土産に興味なさげだが。
そんなお土産選びをしていたところにゲルマニュートが空から舞い降りる。
どうやら獣王国の打ち合わせが終わったようだ。
「楽シンデイルトコロスマヌガ、アローファルコンノ捕獲ガ決マッタノデ知ラセ二来タ。昨日ノウチニハ聖王国国王カラ許可モ得テイタノダガ、テイマーノ人選ニ手間取ッテシマッテナ」
アローファルコンのテイマーとなれば他国への使者として向かう場合には王族専用となる可能性がある。
そして獣王国に残ったとしても獣王や王族が騎乗するとなればこちらも同じく王族専用となるのだ。
アローファルコンを使役したいテイマーも多くなり、競争率も高くなる。
その中から人格がよく能力の高い者をと選んだとすれば時間が掛かるのも頷ける。
「じゃあ今日捕獲に向かえばいいですか?マルドゥクなら危険領域まで日帰りできますし、捕獲含めても今日中に可能ですけど」
「ソレヲ言ッテノケル者は其方シカオランヨ。其方ハ自分ノ異常性ヲ少シ理解シタ方ガヨイト思ウゾ」
異常性と言われてもディーノは通常運転でこの性能である。
オリオンメンバーの参加が無くともアローファルコンの捕獲くらい余裕なのだ。
むしろソロでやった方が確実で早い。
素早さ特化の魔法剣士の強みがここにある。
では選出されたテイマーを連れてジャダルラック領危険領域へと出発しようか。
鳥類最速のモンスターアローファルコンを捕獲するために。
◇◆◇
マルドゥクとエンペラーホークへと乗って危険領域の入り口へと降り立ったオリオンとゲルマニュート、テイマーの五名。
ここからディーノはエンペラーホークへと騎乗してアローファルコンを発見後に飛び降り、ここ入り口まで引き付けながら戻って来て捕獲開始となる。
討伐ではないため刃を立てるわけにはいかず、ディーノはユニオンとライトニングを鞘に固定してから向かう。
多少の傷なら上級回復薬で癒せば済むため、矢や打撃での攻撃なら問題はない。
マリオは巨大包丁ならぬティアマトの牙剣を装備しているが、強度的に不安があるため今回は待機となる。
ジェラルドとソーニャが囮になりつつレナータが呪闇で撃ち落とすのが効果的だろう。
ディーノとしてはアリスとフィオレに不安はない。
問題なく叩き、撃ち落とすことが可能だろう。
ライナーはまだ戦闘面に若干の不安はあるが、通常魔法の使い方はディーノに比べても緻密な発動が可能なため、完成したばかりのグラキエースでも出力調整を上手くてきるのではないだろうか。
凍らせ過ぎれば高速飛行から体が割れてしまい、体表だけを凍らせて翼の動きを阻害できれば上手く落とすことができる。
魔法の出力調整が鍵となりそうだ。
「じゃあ行ってくるから準備しとけよ。もしかすると五体じゃ済まないからそん時は覚悟してくれ。よし、行けシスト!」
よし、行け!か。
マルドゥクにもよくそんな声を掛けていたため少しだけ反応してしまったが、ウルが寄生しているため立ち上がるまではしなかった。
それよりも覚悟しとけと言われても……もし五体以上だった場合は誰が相手をするのだろうか。
手が空いているのはマリオだけであり、六体以上ならジェラルドかソーニャがそちらの対処をする必要がある。
適当な指示を出して行ったなと思いつつ、もし多いようならなんとかしようとウルは備える。
何羽か余計な分を殺したとしてもマルドゥクの餌にいいかもしれない。
空を舞うエンペラーホークに騎乗したディーノは、使者団が何故巨鳥を望むのかを理解した。
全身に緩やかな風を感じつつ、振動がないため体への負担が少なくとても快適である。
移動用のモンスターとするならマルドゥクよりも圧倒的にエンペラーホークが好ましい。
乗り心地に満足しながら危険領域の上空を大きく旋回していると、異変を感じ取ったのか複数の巨鳥が舞い上がる。
以前見たアローファルコンそのものであり、このまま近付かれては速度で劣るエンペラーホークでは逃げ切れない。
エンペラーホークから飛び降りたディーノはアローファルコンへと向かって降下して行き、距離が近付いたところで風の防壁を蹴りながら入り口方向へと向きを変えていく。
巨鳥の群れの隙間を抜けて空を駆けていくディーノを敵と認識したアローファルコンが追いかける。
追って来たファルコンが七羽。
エンペラーホークを追う個体もいるが、一羽だけならシストが操る分ファルコンよりも優位。
しかし七羽となれば待ち受けるオリオンでも対処ができないかもしれない。
ディーノが二羽か三羽落とすことも考えながらファルコンとの距離を調整。
追いつかれるギリギリの距離でオリオンの真上を駆け抜ける。
オリオン接触まで七羽の距離にバラつきがあるため、最初の一体をライトニングにチャージした魔力と共に雷精霊キィを射出。
雷球が目の前に現れたファルコンは、全身を駆け抜ける雷撃に体を硬直させて地面に打ち付けられて転がっていく。
下手すると死んだかもしれない。
そしてディーノが地面を滑りながら着地したところにも追って来た一体を、爆破をもって払い除けた。
こちらも死んだかもしれない。
残り五羽。
対処しきれないかと思いながら視線を向けると、距離が離れた最後の一羽にマルドゥクが飛び掛かり、その速度と質量から後方に押し倒されながらも頭を噛み砕く。
これは確実に死んだはず。
そしてマルドゥクよりさらに手前側では、先頭に立ったアリスが魔鉄槍バーンから超強力な爆風を射出。
ディーノの爆破をバーンの噴出口から放出したようなもので、拡散型のディーノの爆破よりも威力のある指向型爆破だ。
その威力にアリスは後方に押し下げられながらも、高速で向かって来るファルコンの飛行を阻害。
直接爆槍を浴びた先頭の一体は腹部にダメージを負ってそのまま地面に転がった。
速度を殺されて飛行の乱れたファルコンへと、フィオレは最大威力のインパクトをクリティカルポイントへと射る。
真横方向へと弾き飛ばされて動けなくなった。
同じく矢を射るレナータは進行方向を大きく乱された個体へと呪闇を放つ。
嘴の付け根へと刺さった呪闇に片方の視界を遮られて地面へと落ち、そこへ一瞬で距離を詰めたソーニャが翼の付け根へとダガーを突き刺す。
ダガーの長さであれば上級回復薬で癒すこともできるはずだ。
ジェラルドはすぐには追いつけず出番がない。
そしてファルコンに身構えていたライナーは、まさか目の前で全個体の速度を奪うとは思っておらず、アリスの後ろ姿に目を奪われていた。
二体目も地面に撃ち落とされており、今にも空へと舞い上がりそうなところを一拍遅れて気付いたライナーが氷魔法を発動。
動きを止めたファルコンだったため、狙い通りの翼の付け根を凍らせることができた。
緊張していただけに拍子抜けした最後である。
「はい、お疲れ〜。あとは飛べないように見張りながらテイムしてもらおうか」
軽く体操でもしたかのような物言いのディーノだが、テイマー達は呆然としたまま転がったアローファルコンを見つめている。
「ディーノヨ……オ前ノ仲間ハ強過ギルノデハナイカ?」
ゲルマニュートもオリオンの実力がディーノに匹敵するほどとは思いもよらず、ファルコン相手に苦戦するものと考えていたはずだ。
「オレもここまで簡単に済むとは思ってなかったんだけどな」
ディーノとてオリオンの実力がここまで高まっているとは思いもよらなかった。
何より成長著しいのはアリス。
あの超速度にも怯むことなく先頭で全てを払い除けてしまったのだ。
圧倒的出力である。
「まあ俺らも竜種狩りで結構腕上げてっからな。アリスが化けたのはつい最近だけどよ」
一応確認のため危険領域の踏破はしてもらうつもりだが、色相竜戦にも不安はないような気がしてきた。
今のこの強さに加えて竜飲鉄装備を加えれば問題なく勝てるだろうと予想される。
「見学してた奴が偉そうにすんな」
「あら、マリオもディーノの想像を超えて強くなってるわよ?スラッシュの連舞見たら驚くんじゃないかしら」
今のアリスにそこまで言わせるとすればマリオの成長にも期待が持てる。
だとすれば今、力の一端を見せたのがアリスのみで、他のメンバーも相当な実力を身に付けているということか。
これは色相竜戦が楽しみになってきた。




