217 乗り心地
ラフロイグでの日々も四日が過ぎ、国王からの呼び出しがあるだろうと早めに王都へと戻ることにした。
ギルド長ヴァレリオからも好きにしていいとの許可もあり、ディーノ達使者団と共に合同パーティーオリオンも王都に向かう。
すでにマルドゥクはラフロイグの人々に洗浄されており、突き刺さるほど鋭利な毛並みも陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
エンペラーホークは泡をつけて洗われることを嫌うため水浴びだけに留めているが、巨鳥とはいえ鳥類であるためか匂いはほとんどしない。
マルドゥクにはディーノとアリスが乗り、ライナーは空の旅を楽しみたいとエンペラーホークに騎乗する。
体が置いていかれるかと思うほどの速度で加速するマルドゥクと、空へと舞い上がりながら徐々に速度を上げていくエンペラーホークとでは乗り心地も体への負担も天地ほどの差がある。
今回獣王国へと移動するのに際し、オリオンも一緒に行くことになるとすれば他国の使者にはエンペラーホークに乗ってもらった方がいいだろう。
また、拳王国や精霊国へのテイマー派遣組にも飛行モンスターのテイムが望ましい。
身体的負担の少なさと時間の短縮には圧倒的に空の移動を選ぶべきだとライナーも思った。
王都に到着したのが昼前となり、国王からの遣いはまだ来ないとしてもマルドゥクが王都に来たことはすぐに噂になる。
あとはギルドに宿の場所を教えておけば遣いが来次第知らせてくれるだろう。
ブレイブは元々の拠点である王都南区では知り合いも多く、顔を出したいところがあるとそれぞれ別行動をとるとのこと。
黒夜叉は結成からわずかな期間で別行動になってしまったことから、王都では一緒に行動しようと昼食を摂ってからは少し観光することにした。
ディーノの左から腕を組んで幸せそうな顔をするアリスと、右にはディーノディーノと話を聞いてほしいフィオレが腕を組む。
元々ウルに懐いていたシストはブレイブから教えてもらった店を紹介しつつ、黒夜叉の臨時メンバーであるライナーにもあれが美味しいこれがおもしろいと話しかける。
実にできた後輩である。
ライナーとしては黒夜叉に同行するとしてもディーノを目指しているわけではなく、ディーノ崇拝するアリスとやフィオレとは少し違う立ち位置だ。
もしディーノの位置にクレートが立っていたら……ライナーももっと話しかけていたかもしれない。
ライナーの知る絶対的強者がクレートであり、ディーノもそれに次ぐ強さを持つのはあの戦いを見れば一目瞭然。
アリスやフィオレが崇拝するのも頷ける。
だからこそライナーも久しぶりに合流できた黒夜叉の邪魔はしたくない。
ここしばらく共に過ごしているウルも優しく、その後輩であるシストも同い年だしいい奴だ。
ここからの旅も楽しく過ごせそうなのだが。
少し寂しくも感じていた。
国王に言われていた五日目となり、ギルドで昔馴染みと話しながら遣いの者を待っていると。
シリル王子を先頭に五拳人と精霊国の使者二人、グレゴリオと従者二人がやって来た。
使者団が直接ギルドに来たということはこのまま獣王国へと向かうということだろうか。
「待たせたなディーノよ。聖王国国王には申し訳ないが、出来るだけ早く四国の繋がりを持ちたいと伝えていてな。すぐに獣王国に発つこととなった」
「向かうのはいいんですけど、今回はオレのパーティー黒夜叉とブレイブにも同行してもらおうと思って、国王様から許可もらおうかと考えてたんですけど……」
「獣王国に向かうとしてもさすがに人数が多いのではないか?何かしらの利が無ければ連れて行くべきではないと考えるが」
利が無ければか……
使者団にも獣王国にもないかもしれない。
そんなディーノの表情を読み取ったのか、ライナーが手を挙げる。
「一緒に行く価値はありますよ。主に精霊国使者団にですけど」
「ほう。それはなんだ?」
「乗り心地です。マルドゥクの乗り心地は精霊国の者にとって耐え難いものですが、オリオンと共にあるシストのエンペラーホークは乗り心地も最高です。飛行モンスターの有用性はシリル王子も体感するべきかと」
乗り心地とか言われてもディーノは知らないので答えようがなかった。
ディーノにとって空は自分の足で駆け回るものだったから。
「そんなに乗り心地いいのか?」
「暴れ馬に跨るのと貴族用馬車に乗るくらいの違いですね」
暴れ馬は乗り物ですらないが。
「シリル王子!これは是非とも同行していただいた方がよろしいかと!」
「獣王国での交渉にも提案できますし!」
これには精霊国の使者二人が飛びついた。
二度もマルドゥクの走りに耐え続け、マルドゥクの食事の際には胃をひっくり返すほど吐きまくった経験があるだけに、その表情からも必死さが伺える。
「そ、そうか?では聖王国国王に伝えねばならんな」
「では今すぐに!」
今すぐにとは?
なにやら書状を書き始めたと思ったら見知らぬ小型のモンスターを召喚し、書状を括り付けて今度はもう一人が送還を発動。
次に大きな布をテーブルに広げて送り先からの送還を待つ。
血で描かれた魔法陣が送還先となるらしい。
どうやら同じ国内にいるにもかかわらず書状の受け渡しで連絡を取るようだ。
スキルの待機時間が長かったはずだが、こうもほいほいと使っていいものなのだろうか。
半時ほど待つと魔法陣内に先ほどのモンスターが現れ、括り付けられた書状を見て頷いた。
「聖王国国王様より黒夜叉、ブレイブの同行が認められました。これより獣王国へ向かいましょう」
それで良いのかとも思わなくもない。
仮にも英雄になろうというパーティーを書状一つで国を渡らせるのに躊躇いはないのだろうか。
だが聖銀が他国にほいほいと行き来しているくらいでもあるし、人間側の戦力を集めるためなら厭わないのかもしれない。
ともかく国王が許可したのなら問題はなく、ここは指示に従って獣王国に向かえばいいだろう。
早速、エンペラーホークには使者団七人が騎乗し、オリオン他ライナーはマルドゥクに乗り込んで出発だ。
大地を疾走するマルドゥクと空高く舞い上がるエンペラーホーク。
全速力で飛ぶわけでもないエンペラーホークであるため、速度としてはマルドゥクが上回るものの、時折見つけるボア系モンスターに足を止めては齧り付く。
その間にエンペラーホークが追いついて来ては走り出したマルドゥクが再び距離を引き離す。
つまみ食いが無ければマルドゥクが早く進めるのだが、安定した速度のエンペラーホークであれば乗り心地は格別だ。
陽の光は肌に暑いが、旅装のマントを羽織れば日差しも遮ることができる。
喉が乾けば水筒から水を飲み、小腹が空けば携帯食を齧る。
実に快適な空の旅だ。
マルドゥクでの移動の辛さが嘘のようである。
ディーノとしてはジャダルラック領の復興の様子も見に行きたいところだが、使者団が獣王国との交渉を急ぐため後回し。
危険領域を突き進んでルーヴェベデル獣王国入りを果たす。
しかしここでエンペラーホークの姿がないことに気付いたディーノではあったが、獣王国民であるシストが目的地がわからないはずはないと、マルドゥクをそのまま走らせる。
マルドゥクに寄生したウルも気付いてはいるものの、おそらくは山をショートカットしたのだろうと待つことはない。
ルーヴェベデル獣王国王都のべデルに到着したマルドゥクがゆっくりと門を抜けて獣舎へと移動。
多くの人が待つ広場へと歩き進む。
「ようこそ御出でくださいました、黒夜叉とブレイブの皆様。すでにシストと共に使者様方がお付きですので、国王様の待つ王宮へと足をお運びください」
やはり山を飛び越えて来たせいか、エンペラーホークの方が一足早く到着していたようだ。
以前とは違い王宮へは獣王国の獣車で移動する。
王宮前にはオリオンが乗って来た獣車と同じような物が停まっており、到着すると獣車から使者団も降りて来て合流する。
「では行きましょうか。オリオンの皆さんは声を掛けられるまで発言はしないようにお願いしますね」
グレゴリオは使者団として来ているため、オリオンはあくまで送迎役だ。
ディーノやウルは親善大使としての役割があるためその限りではないが。




