212 聖王国への帰還
翌朝、拳王国を出発するため城門前にて。
長々と挨拶を続けているうちにすでに一時ほどの時間が過ぎているためそろそろ出発したいところだ。
このままダラダラ話し続けていてはいつまで経っても出発ができないと、全員マルドゥクに騎乗してもらった。
前回の出国の時とは違って見送りの人数が多いのは気に入らないが、王子の人望を考えれば当然なのかもしれない。
「では皆さん、道中お気を付けて。シリル兄様をよろしくお願いします」
「ああ、フェリクス。お前もオレが認める立派な拳士だ。しっかりな」
自信がついてきたためか戸惑わなければどもることもほとんどなくなったフェリクスだ。
これから数日のうちに拳王国で発見されたという色相竜に挑む計画があるらしく、フェリクスもこれに参戦する予定となっているらしい。
過去には拳王と五拳人、それに次ぐ実力を持つ拳士を十数名で討伐したことがあるらしく、魔鋼製武器があるならまだしもと考えたものの、魔法を遮る武具があるのだという内容にディーノも興味を示したものだ。
完全に遮断できなくとも逸らせるのであれば確かに戦いようもあるだろう。
しかし今回は拳王と五拳人にフェリクスを加えた七人での討伐ということで、以前よりも討伐難易度は跳ね上がるという。
できることなら見学したいところだが、出発をさらに延ばすのはさすがに気が引ける。
「ディーノさんに胸を張って会える拳士になれるよう尽力します」
「次会えるのを楽しみにしてる。じゃ、またな」
王族相手ではあるが、冒険者らしく拳と拳をぶつけ合ってからマルドゥクへ飛び乗ったディーノ。
多くの人々から見送られて拳王国から走り出した。
◇◆◇
帰り道、もともとマルドゥクが住んでいたミルラブッシュから先にある名もなき大地に寄って、センチュリーバフをマルドゥクに一頭食わせることにした以外は特に問題なく王都まで辿り着いた。
いや、問題はあったか。
サモナーの四人にはマルドゥクに酔った時用のゲ◯袋は渡してあったものの、センチュリーバフを食べている間はマルドゥク上は血の臭いで大変なことになったのだ。
戦闘慣れしていてもここまで強烈な血の臭いを嗅ぐことは無く、ディーノでさえ耐えられない臭いに動ける者はマルドゥクから飛び降りるかロープを伝って降りるかしてこの窮地から脱した。
しかし精霊国出身のサモナー達はマルドゥク酔いでまともに動けず、◯ロ袋に吐いても吐いても吐き気は治らない。
そして食事中のマルドゥクの頭は揺れる揺れる……
可哀想だが食事が終わるまで見守った。
二日酔いになってもここまで吐いたことはないと語る使者団には、とても申し訳ないことをしたと思った。
とりあえず嘔吐で苦しませてしまったが無事王都に着いたので問題はない!
聖王国では他国の使者団用に邸を用意するのではなく、王都中央区にある要人御用達の宿泊施設に泊まってもらうとのこと。
ディーノもそのへんのことは一切知らないため……とんでもない施設内の部屋を案内された。
邸ではないが、呼び鈴を鳴らして従業員に声を掛ければ必要なものはなんでも揃うらしい。
食い物も飲み物も、それこそ女も男も呼べるらしい、が、ディーノはアリスに釘を指されているので呼びたくても呼ぶわけにはいかない。
食い物と飲み物で我慢するしかない。
もちろん男を呼ぶつもりはない。
室内には……部屋が五つ?何人か一緒に寝られそうなほど巨大なベッドが……二つ?風呂は一つだがトイレは二つ。
ディーノは案内された際に一人部屋と言われたがどこに寝るのだろう。
どうやってもベッド二つは使えない。
なにここ怖い。
リエトに会って聞いてみたいところだが、彼はすでに自分の邸に帰ってしまった。
ピーノとエルモも帰ったし……
ウルがどこかの部屋に案内されたはずだ!
が、どこかわからない。
自国に帰ったと思ったら何故か孤立してしまったようだ。
とりあえず食事と酒を頼んで従業員にいろいろと質問してみよう。
そう決めて呼び鈴を鳴らすディーノだった。
翌朝、一つの巨大ベッドで目を覚ましたディーノは朝の身支度を整えて呼び鈴を鳴らす。
冒険者装備とはいえ、この宿泊施設からすればディーノは要人となり服装について何も言われることはない。
ただやはり中央区では冒険者姿の者はおらず、他の使者達も旅装であるため周囲からは随分と浮いて見えた。
まあマルドゥクに乗って来た時点で浮いているのだが。
従業員に朝食を頼んで食べきれないほどの料理が出てきたことにも慣れたのは、ここしばらく上流階級の者達と一緒に過ごしたためだろう。
全部食べたら確実に吐くと思えるほどの料理が朝から並ぶのだ。
これが一日分って言われてもまだ多いくらいだ。
そんな朝食に舌鼓を打ち、他の使者達と合流したいと伝えると、このあとリエトが迎えに来るとのことでそれまで部屋で待機していてもいいそうだ。
できれば心細いので誰かと一緒にいたいところだが、お偉いさんは孤独な生き物なのかもしれないと我慢する。
ギフト発現者である以上は聖王国の最重要人物であり、偉ぶるつもりはないが今後はお偉いさんの仲間入りをする必要があるのだ。
少しずつ慣れていくしかない。
アリスがいれば寂しくはないのかもしれないが……ああ、なるほど!相手を呼んで楽しむためにこのように周囲から隔絶するのかもしれない。
余程の性癖があっても許されるのがこの施設なのだろう。
人によっては相当楽しめるということか、羨ましい。
朝三の時を過ぎてからようやくやって来たリエトに呼ばれ、施設のロビーへとやって来たディーノ。
寂しかったと感じるディーノをよそに、使者団全員が満足気な顔でソファに座っていた。
そしてウルまでも楽しそうに喋って……え!?ライナー!?お前も!?
召喚者であるライナーであれば精霊国ではよく思われていなかったはずであり、同じ召喚者の女性達はクレートにべったりだったはず。
と、なればもしかしたら初……
いや、まだわからん、召喚される前に……
あとで聞いてみよう。
しかしウルの奴はエルヴェーラに告げ口やろうかと思わなくもない。
シリル王子はいいのか?
今回は使者とはいえ仮にも王族がそんなホイホイと一夜の関係を持って大丈夫なんだろうか。
女ってのはなかなかに強かなんだぞ?
王族の子ができたらそこそこ問題なんじゃないのか?
護衛の五拳人、何て名前だったか……ああ、バルドだ。
お前もそこそこいい歳して何楽しんでんの?
結婚してるよな絶対。
子供だっているだろうし。
お前が楽しむのもダメだし王子を止めないのもダメだろ。
王子の貞操護れてないから護衛失格!
そんなディーノの不満顔を横目にしつつリエトは「国王への謁見が許可されました」と、この後すぐに王宮へと向かうことを説明する。
拳王国でも済ませてきた話であり、任務を滞りなく遂行できたと報告するだけである。
あとの細々とした話はディーノには関係がなく、すぐにでもラフロイグに向かいたいところだがウルを解放してもらえないと移動が面倒だ。
獣王国に案内することを約束して、あとの日取りは勝手に決めてもらえばいいので解放してもらえる気がする。
国王との謁見では予想と大差なく任務遂行と結果報告、細かい内容は書類にして報告するとのことでリエトの仕事はわずかな時間で終了。
あとは使者団の挨拶と大まかな要望を伝え、今後は拳王国と同じく上層部と対談しながら話を詰めていくことになるだろう。
「さて、ご苦労だったなディーノよ。拳王国では随分とその武威を見せつけてきたようだな。そして精霊国では召喚勇者とも戦ったと」
「はい、国王様。五拳人とも戦い召喚勇者とも戦うことができました」
「ふふん。召喚勇者には負けたとも聞いたぞ。悔しくはないのか」
「負けたとしても得られるものは大きかったです。精霊も契約させてもらえましたし」
これにやはり上層部も騒めいた。
ギフト発現者であるディーノに精霊国でも希少な精霊の加護が与えられたとなればその力は絶大。
竜害に際しても多大な成果が予想される。
「想定を超える力を得られたようだな。其方を使者として送って正解だった。ではまた次の国へ、と言いたいところだがまずはルーヴェベデル獣王国へと使者殿を送ってやらねばならぬ。まだしばらくは我が国との対談をせねばならぬ故、五日ほどの暇を与える。しばし休むがよい」
「はっ。では五日後には王都の南区ギルドにてお待ちしております」
思ったよりも短い期間だが休みがもらえるのであればアリスに会いに行ける、のだが。
「ウルにも休暇をいただいてもよろしいでしょうか」
ここが一番重要だ。
ウルがいなければアリスに会いに行くのも難しい。
「うむ。ウルは獣王国の大使。そして黒夜叉の臨時パーティーメンバーなのだ。其方と共にあるのが良かろう。それと精霊国の召喚者はライナーと申したか。聖王国も楽しんでゆくがよい」
「ありがとうございます、国王陛下」
昨夜すでに楽しんだのではないだろうか、後で聞こう。
謁見はほんの一時ほどで終わり、まだ昼を向かえる前にディーノ達黒夜叉仮メンバーは解放された。
さて、王都のギルドに顔を出したらラフロイグへと向かおうか。




