207 アークアヴィットへ帰還
センテナーリオ精霊国との国交や竜害に対する協力関係の締結、そして召喚勇者の存在を確認できたことで今回の旅の目的は果たされた。
また、予定にはなかった、と言うよりは予想外な出来事として、アークアビット拳王国の第八王子であるフェリクスへの精霊国ルアーナ王女からの求婚という土産話にしては大き過ぎる内容や、召喚勇者と試合うことができたうえにディーノ自身が魔法剣士から精霊魔法剣士になるという収穫があった。
ギルドに登録しているウィザードシーフセイバーからスピリッツウィザードシーフセイバーに変更し直すかは少し悩むところだ。
とはいえ評価がどうなるのか気になるところでもあるが。
あのブラーガ家での食事から早四日。
使者団として来たリエトとピーノにエルモ、そして拳王国からのチェルソに獣王国のウルは、精霊国側との対話に忙しそうにしていた。
国交が結ばれた今となれば精霊国内での護衛は必要ないとして、ディーノとフェリクスはそれぞれの時間を過ごしている。
フェリクスはルアーナ王女に毎日のようにお茶会に呼ばれ、一人残されるディーノに申し訳なさそうに邸を後にする。
しかしディーノとしてはまったく問題なく、召喚者の一人【ライナー】を連れて旅に出る前の支度を進めつつ、ブラーガ家で夕食をご馳走になっているため他の使者達よりも得をしているのではないだろうか。
あの日食べたカレーやラーメンだけが特別なわけではなく、日々新しく出される異世界料理はどれもがディーノを満足させてくれるものだった。
そして精霊国に来て十九日目の夜、今できる使者団と精霊国側との話が済んだということで、翌々日には聖王国に帰ることが決まった。
どうやら精霊国側からの使者もここでは決められない拳王国や聖王国、獣王国の三国との交渉をしたいらしく、各国に二人ずつの計六人が同行することになるらしい。
ライナーも含めれば七人増えところで問題ないとは思うが、何気に態度に出やすいマルドゥクは嫌がりそうだ。
出発の日、ディーノ達が精霊国入りした東区にて。
国王他、多くの権力者達が見送りに集まっており、使者団は国王からの命令を受けてディーノ達へと同行する。
どうやら国王への取り次ぎをしてくれたホルガー伯爵も使者として志願したようだ。
「では皆様。我々六人が各国への使者団となりますのでよろしくお願いいたします」
それぞれ自己紹介とどの国への使者かを伝えつつ、お付きの者を一人ずつ連れてマルドゥクへと乗り込む。
うん、やはりマルドゥクの目が語っている「人数多いんじゃないか」と。
尻尾が地面へと打ち付けられていることからも態度でも示しているようだが。
「フェリクス様……離れるのが心苦しいですわ……」と語るルアーナ王女の方は、まぁ放っておこう。
ここしばらく一緒にいただけに離れ離れになるのは寂しいことだろう。
ディーノとしても早くアリスに会いたいと思っている。
そしてライナーは召喚者達ブラーガ家との別れにいろいろと餞別を受け取っていた。
きっと何かしら長期保存可能な食料だったりお菓子だったり……もしかしたら洗剤や洗髪剤もあるかもしれない。
羨ましいところだが、実のところアリスや女性友達への土産に固形シャンプーを作ってもらっている。
ブラーガ家でのシャンプーが気に入ったディーノは土産に持って帰りたいと相談し、液体だと容器が破損してしまう可能性があることから固形シャンプーを特別に作ってもらったのだ。
それに固形ならたくさん運べるという部分でもメリットが大きい。
風呂付きの宿はそれこそ高級な宿にしか常設されていないものの、共同風呂や戦闘などで使えば問題ない。
作り方は教えてもらえなかったものの、精霊国の今後の特産品として国王とも話が進んでいるとかなんとか。
「ではディーノ。ライナーを頼む。立派な冒険者として育ててくれ」
「聞いた感じだともう充分立派に育ってるような気もするけどな。でもまあそうだな、属性剣でも買ってウィザードセイバーとしてでも育ててみるよ」
「ディーノさんよろしく」とブラーガ家との別れを済ませたライナーはディーノの横へと立ち、世話になったブラーガ家だけでなく頻繁に来訪していた国王達へも挨拶する。
王族とも仲良く接するライナーを見ていると、聞いていた噂とは全く違うことがよくわかる。
そして最後に使者団の代表としてリエトが別れの挨拶を告げて出発だ。
「それではセンテナーリオ精霊国の皆様。この度はいろいろとお世話になりました。またお会いできる日を楽しみにしております」
「うむ。今後は友好国として様々な交易が進められることになるであろう。有益な時間を持てたこと嬉しく思う。バランタイン国王にもよろしく伝えてほしい」
そして視線を変えて。
「チェルソよ。フェリクス王子のこと、よろしく頼むぞ。我が国としては、と言うよりは大事な娘の父としての願いだ。聞き届けてくれ」
「はっ。必ずや拳王様を説得してみせましょう」
説得の前にまずはフェリクスの実力を見せつけるところからだが。
念を押すということはルアーナ王女だけでなく国王も相当にフェリクスを気に入ったとみえる。
フェリクスも国王の言葉に頭を下げて答えた。
不機嫌そうなマルドゥクにウルが寄生し、オッドアイになるあたりはやはりウルのパラサイトとのパワーバランスが変わったとみるべきか。
戦闘面では優位に働くとはいえ、ウルのパラサイトの能力による使役が弱まるのはかなりマズい。
今後どうなるのかはわからないが、ウルが取り込まれないことを祈るべきか。
少し不安を抱えつつもセンテナーリオ精霊国を出発した。
◇◆◇
帰路は順調でありマルドゥクがディア系モンスターを摘みながら進むものの、大きな問題もなく昼頃には国境の監視塔まで到着。
精霊国側の使者から国王からの書状を預け、国交が結ばれることがわかると警備隊隊長も驚いていた。
理由を聞くと数日前から商人達がすでに何台かの馬車を引き連れて待機しているとのことで、今は国境沿いの川辺で野営をしているという。
見張りも出す必要があるため迷惑だとも感じていたようだが、こうして国交が結ばれたことがわかった今、隊長としてもやはり驚くことになったようだ。
一応、国交のない閉鎖的な精霊国だったこともあり、拳王国や聖王国とは通貨が違うことを伝えておく。
行った先で持っている金で支払えないとなれば戸惑うこと必至だ。
ディーノ達は王都に到着してすぐに高級宿に宿泊を決め、他国の使者団であることを伝えたため、店主がいろいろと気を回してくれたおかげで金銭面はなんとかなった。
通過の価値が違うとはいえ、素材が金や白金となれば大きな金額自体は含有量や重さで取り引きは可能だった。
今国境まで来ている商人達が行く先はアークアビット拳王国であり、多少なりとも金銭トラブルは起こりそうではあるものの、チェルソやフェリクスが上手く話をまとめてくれるだろう。
隊長への説明に多少時間は掛かったが、国境を跨げば残る距離を王都までただ走るだけ。
途中に見える街も気になるが、寄り道をするような旅ではないためまっすぐに王都へと向かって行く。
◇◆◇
走り進むマルドゥクは遠くからでもすぐに見つけられるのだろう、王都の門前では多くの迎えの者達が集まっていた。
出発の際にはフェリクスを送り出すのを嫌ったためか、見送りは少数の知り合いらしき者達だけだったのだが。
「よくぞ帰って来てくれた、バランタイン聖王国の使者達よ。そしてチェルソもご苦労であった。私は拳王国第三王子シリル=ヴィットーレ=アークアビット。そして……そちらはセンテナーリオ精霊国の方々とお見受けするがチェルソよ、話を聞かせてくれるか?」
「はい、シリル王子。此度の任務、滞りなく遂行できたことをご報告致します。詳細は国王様の下にてお話しさせて頂きますのでご容赦を」
「うむ。すぐにでも拳王様にお会いしてもらいたいところだが……精霊国の方々が疲れた顔をしているようだしな。邸を用意してある故、今日はゆっくりと休んでもらったほうがいいだろう」
確かに精霊国の使者団は疲れた顔どころか顔色が悪いくらいだ。
身体能力の高くないお国柄のためか、マルドゥクの走りに体が保たなかったのかもしれない。
「お、お心遣い感謝します王子。この度、アークアヴィット拳王国への使者として参りましたブルゴ=ティンパーニュと申します」
ブルゴがなにやらお堅い口上を述べているが、顔色が土気色をしているあたり早いところ休んだ方が良さそうだ。
シリルが気を利かせたのだろう、挨拶もそこそこにして邸へと案内するよう促した。
イルミナートから聞いた話からはあまり他の王子に対するイメージは良くなかったのだが、全員が全員そういう者というわけでもないのだろうか。
フェリクスの表情からも嫌悪感や怯えといったものは見えない。
ブルゴ他センテナーリオ使者団が去って行くと、ディーノの前に立ったシリルが手を差し出してきた。
「バランタイン聖王国のディーノ殿。お初にお目にかかる。第三王子のシリルだ。先に我が国にきた折に其方の戦いを観れなかったことが残念でならぬ」
「あ、はい、ディーノです。よろしくお願いしま、す?」と差し出された手を握ったディーノは、以前を振り返ってみると何人かの王子と挨拶は交わしたものの八人もいなかったなと思い返す。
仕事か何かで王都にいなかったのか、わずか三日だけの滞在だったため日が合わなかったのか。
できればこんなまともな王子に会ってから精霊国に向かいたかったなと思わなくもない。
「フェリクスも元気そうでなによりだ。お前がチェルソの護衛で精霊国に向かったと聞いた時は驚いたぞ」
「シリル兄様、おお久しぶりです。師匠からの指示で護衛に……よよ良い経験になりました」
「そうか。国にいては知らぬことも多いからな。得るものがあったのなら私も嬉しい」
得るものか。
あったな、得たものが。
「にに兄様。でできれば聞いててててほしい相談があるのですが」
嫌な兄じゃないなら相談するといいかもしれない。
ディーノは他人だからこそ拳王を殴れと言ったり適当なことを言ってしまう。
やはりそういったデリケートな話は身内に相談するのが一番だろう。
「ディーノ殿の話も聞いてみたいが、そうだな。弟の相談なら聞いてやらないわけにはいかないな。ディーノ殿。後日時間を設けてはもらえないだろうか」
「ええ、拳王国にいる間ならいつでも。ただ五拳人全員に喧嘩売ってるんでその後のほうが助かりますね」
「なんと!ではディーノ殿の戦いが観れるのか!我が師とも戦うとなれば楽しみで仕方がない!」
「わわわ私もディーノさんとたたた戦いますけど」
ディーノの戦いが観れると喜ぶシリルだが、フェリクスも戦うと聞けばさすがに驚く。
五拳人の一人であるイルミナートを倒してみせたと聞いているだけに、未熟者であるフェリクスが挑むことはどう考えても無謀だ。
「冗談、ではないのか?何を思ってバランタイン聖王国最強とも噂される男とウォー……いや、お前が戦うなど」
「ごご安心くださいにに兄様。わ私もたたたた戦えるということとをしょしょ証明してみせます」
「だがしかし」
「やややらねばならぬのです!」とフェリクスが声を大にして言えば「やらねばなりません」とチェルソも同意する。
仮にも王族が冒険者と戦うなどあってはならないことだろう。
それも竜種をも倒せるという男と戦うとなれば国際問題にも発展しかねないような内容である。
問題があるとすればディーノの方にこそありそうなものだが、フェリクスにマルドゥクを嗾けている時点で大きな問題は起こっている。
ひとまずフェリクスの話を聞くべきだと判断したシリルは、ディーノや使者団を以前の邸に滞在するよう部下に案内を命じて、フェリクス、チェルソと共に自身の邸へと帰って行った。
明日から7時に一話投稿となります。




