206 マーカーズ領での評判
ロザリアが目を覚ましたのは夜だった。
誰かがベッドに運んでくれたのか、ソファで眠りに落ちたはずなのにルチアの隣で眠っていた。
室内には他に誰もおらず、気を利かせて休ませてくれたのだろうことがわかる。
ルチアはまだ起きないが、とりあえず状況を確認しよう。
呼び鈴を鳴らして従業員を呼び、ルビーグラスのいる部屋を案内してもらった。
どうやらジョルジョの部屋にいるらしい。
部屋をノックして室内へと入れてもらうと、少し疲れた顔をしたルビーグラスの四人がソファに座って話し込んでいた。
ウベルトが隣の長椅子に席を空けてくれたので空いた一人用ソファへと腰掛けた。
「部屋を貸してもらって悪いね。だいぶ頭もスッキリしたよ」
「うちが迷惑を掛けたんだ。今夜はあの部屋を使ってくれ」
「ありがとう。あの後どうなったのか聞かせてもらっていいか?」
もう言葉遣いに気を付けることを諦めたのか忘れたのか、ロザリアはいつも通りの話し方で問いかける。
「わかった。あとで役人が事情聴取に二人の下を訪ねると思うがそれには応えてくれ。じゃあ何から話すか……」
マンフレードからはロザリアが眠った後、レッドベリルとアルヘナを連れて領都の自警団のもとへと向かったとのこと。
アルヘナにはヴァンナのスキルで着いてくるよう命令させ、領主の管轄である役人に引き渡すよりも街の管轄となる自警団の方がまだ信用できると牢屋に入れて来たそうだ。
ルビーグラスも初めて使うが、竜殺しの勲章を見せつけてしっかり念を押してきたため、余程の権力者でなければ彼らを出すことはできないという。
伯爵位ともなれば可能かもしれないが、ルビーグラスが敵対すると考えれば下手な真似はできないだろう。
牢屋に入れられたヴァンナは騒ぎ立てていたものの、自分達がしたことの責任も理解していない女達にマンフレードも甘くはない。
「私が怒らないとでも思っているのか」と殺意を放って問いかける。
マンフレードなりのレッドベリルに対する拒絶であり、それに対する答えなど要らない。
その後はヴァンナから聞いた領都にある商会の場所へと足を運び、以前話し合った女性冒険者のもとへと案内してもらった。
ルビーグラスが訪れた時も客を取らされていたらしく、強引に客の男を払い退けて助け出したとのこと。
しかし以前会った時とは別人のように甘い声を出し、娼館で働くのが生き甲斐だと言わんばかりの態度で店に戻ろうとする。
やむを得ず意識を刈り取り、服を着せてヴァンナのもとへと連れて行ってスキルを解除させたという。
我に返るかと思ったが虚ろな状態だったことから医療施設に預けてきたとのこと。
しかし買った方は商売であるため仕方ないとせざるを得ないが、ヴァンナの家の商会の一つとなれば話は別。
取り潰してでも賠償させてやろうと決めているそうだ。
今は情報屋に調べさせているので近々結果が出るだろう。
高確率でヴァンナの家との繋がりがあると思うが。
あとはルビーグラスに近付こうとした女性達については、当人達も把握することが難しく、レッドベリルから全て聞き出すしか方法はない。
マンフレードから拒絶の態度を向けられたことで拗ねてしまったらしく、ヴァンナからも他の女からも聞くことが出来なかったためこの日は諦めたという。
「あいつら自分達の立場がまだわかってねーんだな。明日にはルチアが万全な状態で目覚めるだろうし、拷問してでも吐かせるしかねーな」
「できればそんな真似はしたくないんだがな。しかしこの際やむを得ん。商会以外にも売った先を聞き出してくれ」
「ルビーグラスはどうすんの?あたしも拷問って結構キツくてさ。一緒に連れてってくんない?」
今のルチアなら嬉々としてやってくれそうだし。
ロザリアはルチアと普通に接したいため、拷問に付き合うのはできるだけ避けたい。
「明日はギルド長と話をつけるつもりだ。アルヘナの件もあるしついて来てもらっても構わない」
ルビーグラスだとうまく丸め込まれる可能性もあるからついて行きたいんだけど。
ロザリアはすでにハゲに喧嘩売ってるし、何を言っても大丈夫だと思ってる。
きっとルビーグラスの助けになるはずだ。
◇◆◇
それから数日間の出来事。
ギルド長の方はルビーグラスとロザリアに迫られた結果、ロザリアに対して余所者が口を出す話ではないだとか、余所者を食い物にして何が悪いだとか、およそ人とも思えないような暴言を吐き散らした。
なにより金にならないというのが一番大きいらしい。
冒険者ギルドであるだけに、小物を毎日間引いたところで素材の売り上げも他から入ってくる金も微々たるもの。
ルビーグラスの報酬もかなりの額を差し引かれていたんじゃなかろうか。
お前らが稼いでくるしかないだろうがと喚き散らされてもルビーグラスも困ったものである。
ロザリアとしてはわかっていたことだが、本当に碌でもない男だ。
次に、ルビーグラスも話をつけるべきだろうとマーカーズ伯爵邸へと足を運び、ここ最近騒ぎになっている事の詳細を説明。
ロザリアはマーカーズ領主も裏で糸を引いているのかと思っていたが、ヴァンナのことは自分が娘を持てなかったことから、可愛い姪っ子の頼みだと危険がないよう配慮してほしくてギルド長に頼んだらしい。
ギルド長にはヴァンナが同行するのを許すことや護衛を付けてもらえるよう口添えしただけで他には何も指示を出していないとのこと。
仮にヴァンナがマンフレードを口説ければ良し、失敗したとしても世間を知る良い機会だと送り出したというが……狂人を世に送り出す結果となったようだ。
そもそもヴァンナのスキルを理解しているのかという話であり、支配系の能力であれば問題が起こってもおかしくはない。
それこそルビーグラスのメンバーに使用すれば強力な力が手に入ることになる。
ところがこのコントロールというスキルは元々が異性に対しての効果が薄いらしく、ルビーグラスにはまったく効かないのだとか。
マーカーズ伯爵もルビーグラスには害はないだろうと気にも留めてなかったらしい。
結果として十数人の女性が売り物となってしまったのだから取り返しのつかない事態である。
伯爵も被害者への賠償はすると言うものの、加害者への罰は忘れてはいけない。
もちろん事情を知って買った者達にも相応の罰は必要だと思うが。
聞き出した感じだと有権者が多かったが大丈夫だろうか。
代替わりや失跡、勘当、他いろいろありそうだ。
だが、マーカーズ領で最も力のある伯爵が人身売買に加担していなくて良かったと思う他ない。
伯爵の姪であろうと主犯であるヴァンナへの処分が軽くならないようにだけ釘を刺し、伯爵との面会を終えた。
そして娘との連絡が取れなくなった大商会の主人はヴァンナを探してギルドへ、ルビーグラスのもとへ、そして自警団の管理する牢屋へと探し回ることになった。
そして牢屋の中で行われるルチアの拷問にヴァンナは笑い声や叫び声をあげ、悶え苦しみ、狂ったように暴れ回る。
椅子に括り付けられたまま行われるペインによる拷問は、側から見ると常軌を逸した光景だ。
この光景にうち震えた大商会の主人は牢屋へと殴り込もうとするも、自警団によって払い除けられる。
護衛を連れて乗り込もうとするも、ルビーグラスの名前を出されては引かざるを得ない。
大商会の主人は娘を助けるべくマーカーズ伯爵のもとへと訪れて協力を要請するも、こちらでもルビーグラスに抑えられていて動くことができないと断られた。
伯爵の弟であり頼みを聞いてやりたい気持ちもあるが、ヴァンナがしてきたことを思えば見逃してやることはできない。
せめて、なぜ捕らえられているのか納得してもらおうと、伯爵はルビーグラスから聞かされた内容を説明した。
そして伯爵はすでに気が付いているのだ、弟もヴァンナがしたことに加担していたということに。
そう、すでに調べはついているのだと知らせるために……
◇◆◇
襲撃から十日が過ぎた頃。
マーカーズ領ではルチアとロザリアは良くも悪くも有名になっていた。
ルビーグラスの次のクエストはキャンセルとなり、その原因を作ったのがこの二人となれば依頼元からはルチアもロザリアも迷惑な存在でしかない。
また、ヴァンナが起こした問題から女性達を買った有権者をも捕らえ、少なくない企業に影響を与えることになり、その姿を民衆の前に晒している。
有権者もルビーグラスに捕らえられてはまともに抵抗できないものの、汚い言葉を喚き散らしながら引き摺られていく姿に放っておくルチアではない。
出力の高いペインで黙らせてから連行する。
黙らなければ黙るまで繰り返すのみ。
噂が広まり始めると女を買った有権者が馬を使って逃亡することもあり、ロザリアがその俊足で馬にも追い付き捕縛する。
こうして二人はマーカーズ領で恐怖の対象として認知されていくことになった。
しかし二人の実力や人を見る目、助け出した者達への配慮を目の当たりにし、ルビーグラスもルチアとロザリアの加入を認めることとなる。
誰も気付かなければ更に大きな事件へと発展していたであろう今回の騒ぎ。
それを解決に導いたのは紛れもなくルチアとロザリアであり、被害者の救済や加害者の捕縛へも大きく貢献している。
また、ギルドに関してもギルド長は財産没収のうえマーカーズ領から追放となり、アルヘナは王都監獄へと運ばれて収監されることになった。
ヴァンナに関しては十数人の性被害者を出したことから、その賠償の一部を支払わせるべく一年間の娼館勤めが命じられた。
姪を守りたい伯爵ではあったが、被害者の加害者に対する要望を聞いたうえでのこの罪状だ。
そしてヴァンナの父は従順な女性を求めていた客を紹介したということで排斥となり、大商会もその評判を大きく下げて祖父がまた舵を取ることになったようだ。
扱っていた娼館やそれに連なる商会も取り潰され、全て被害者の賠償に当てることで娼館の数も減少。
勤めていた娼婦も店に居られなくなり職を失う結果となった。
これもまたルチアとロザリアの評判を下げることに繋がっていたりもする。




