202 襲撃者
ルビーグラスとの交渉を諦めて当たり障りのない会話で乗り切ったルチアとロザリアは、尾行があるかもしれないと落ち込んだフリをしつつ言葉少なに宿へと帰った。
部屋に入る際には忍び込まれるのを防ごうと、ペインスキルを発動しながら扉を閉めるくらいには警戒しておく。
「もしかしてあのまま交渉続けてたらマジであたしら消される感じか?」
ロザリアも話の流れとルチアの雰囲気から、ここ最近のブレイブの話にうまく合わせてくれていた。
「確証はないけどね。もしかしたらあの個室にいたかもしれないってだけ」
「うぅわっ……怖いってゆーか気持ち悪っ!」
個室にいたとしてもその場で手を出してくることは考え辛いが、ルビーグラスと別れてからはどのタイミングで襲われるかはわからない。
宿の鍵付きの部屋でさえ忍び込まれる可能性は高く、今夜は安心して眠ることはできそうにない。
ルビーグラスのメンバーはもしかしたら以前から部屋に入られているのかもしれないと考えると、他人事であっても身の毛がよだつ思いだ。
「でもこのままだとマズいな。あたし達のパーティー入りもそうだけど、竜害に備えてルビーグラスも強くなる必要があんのに危険なクエストには行けないってことだもんな」
「へえ、まだ諦めてはないんだ。私としては戦闘以外のとこで危険があるんだし、やめといた方がいいかな〜とか思ってるんだけど」
この旅の目的は達せなくなるとしても、リスクを抱えてパーティーに加入するのはさすがに躊躇うところだ。
街中で油断しているところにグサリと刺されては堪らない。
「もし何かあってもあたしらならこの街から出てけばいいだけだし、困ってる奴を放ってはおけねーよ」
なかなかに男前な発言をするロザリアは性別を間違って産まれてきたのではないだろうか。
困ってる奴、ルビーグラスの気付かない部分でも困ったことになっていそうだが、それも含めてなんとかしてやりたいと思っていそうだ。
「んー、仕方ない。ひとまず諦めない方向でいこうか」
諦めないとなれば追っかけ娘達を排除する必要があり、あちらも邪魔なルチアとロザリアを排除しようと動き出すだろう。
いや、すでに動き出している可能性があるため警戒を強めているのであり、今夜はとりあえずベッドで眠るのは諦めるべきか。
物陰に隠れて仮眠をとった方が安全だ。
以前の女性冒険者も翌日には姿を消したというあたり、彼女らの仕事は行動も早いはずであり、いっそのこと今夜襲撃でもしてくれれば捻りあげてやれるのにとも思わなくもない。
まだ時間は早いが湯桶をもらって寝る準備を装おう。
◇◆◇
深夜。
どの部屋からも寝息が聞こえてきそうなほど遅い時間。
音もなく人の気配が室内に感じられた。
ルチアもロザリアも隠密行動は得意であり、相手の察知能力が高くなければ気配を辿ることは難しい。
それこそ臆病な獣でさえ接近されるまで気付かないほどに。
ベッドに向かって歩き進む影はまったく音がしないところからみて、サイレントスキルを発動しているのではないだろうか。
手に持っているのは……布か何かか?
おそらくは薬を染み込ませた布を押し当てて意識を完全に奪うつもりだろう。
そして今、ベッドに寝ているのはルチアであり、すやすやと寝息を立てて寝たフリをしている。
本当に寝てたら非常にマズいが。
もう一方のベッドには荷物を詰め込んで膨らませているが、顔が出ていないとすればまずはルチアから狙うはず。
そんなルチアのそばに立った影が手に持っていた布を顔に押し当てた瞬間。
叫び声をあげたのかもしれないが、自らのサイレントスキルによって音を伝えることができず、ルチアの強烈なペインによって影の意識を一瞬で刈り取った。
起きてさえいれば布を当てられた瞬間に呼吸を止めることくらいはできるのだ。
随分と雑な方法で襲撃をしてきたようだが、一人で眠らせたとしても運び出すことは難しい。
だとすれば何かしらの合図を送って複数人で運び出すはず。
部屋の外の気配を探り、窓の外にも視線を……
マズい、バレた!
「ロザリア!窓の外に人影!私はこいつ縛ったら追うから!」
「よっし、任せろ!」
窓を開け放ち、窓枠に足を掛けてエアレイドを発動したロザリアは、宿から遠ざかっていく人影へと向かって跳躍。
多少距離があろうとロザリアの速度であれば捕まえるのは容易であり、抵抗されたとしても隠遁系の隠密スキル持ちに負けることもない。
ただステルススキル持ちだった場合には見失う可能性も……いや、これはロザリアを誘き出すための罠か。
襲撃して来た者の仲間を追わせるためにわざと姿を現したとすれば、狙いは作戦に失敗したこの影、女の救出、もしくはこちらを分断させた上での強行手段。
見覚えのない女の手足を縛るのを諦めて足の腱をダガーで切る。
可哀想だが襲撃者の処理と考えれば甘い方だ。
必要となれば上級回復薬くらいは使ってやればいい。
そして部屋に入ってくるであろう救出担当、または運び出すだけの力のある者に対してダガーを構えるルチア。
暗闇の中で体勢を低く構え、相手からも察知されにくいよう隠れて待機する。
すでに位置が把握されていようがいまいが生き残る確率は上げておいた方がいい。
しんと静まり返る室内に、ドアがゆっくりと開かれる音が響き渡る。
そして部屋に入って来たのは足音からして四人、重さの違いから二人は男か?
金属音がしないことから潜入用の装備、武器も大型の物が無いとすればあとはステータスと暗闇での戦闘慣れがモノを言う。
ルチアもロザリアもソロの冒険者であり、高難易度モンスターとの戦闘こそ経験は少ないものの、狩りとしてのクエスト経験は豊富にあるため闇夜の戦いも得意とする。
予想外の人数ではあるがやるしかない……
女の人影だろう、最初の襲撃者へと手を伸ばしたところを地面を這うようにして一足で距離を詰め、窓からの月明かりを浴びない位置で男の側頭部を狙ってダガーの柄を叩き付ける。
くぐもった声があがり、倒れ込む前に男の背後でしゃがみ込むと、股下を刈るようにして潜り抜けながら手を伸ばしていた女の背後から接近。
足を刈られた男は背中から地面に打ち付けられ、暗闇の中で何が起こっているかもわからず戸惑う襲撃者達。
女は月明かりを浴びて暗闇の中でもはっきりと姿が確認できる。
ここに飛び込むのはリスクがあるものの、姿が見えるのが一瞬となればもう一人の男の攻撃を誘い込めるはず。
男が倒れる音のする方に視線を向けた女の眼前に迫るルチア。
下顎目掛けてダガーの柄を叩き付けたら即後方へと跳躍。
月明かりを受ける位置に男が短剣を持って踊り出た。
おそらくはもう一人の女も戦闘能力自体は大したことはない。
ここはひとまず女は無視。
通常ステータスに黄竜ダガーの身体能力向上が加われば、A級の前衛職とも渡り合えるのはすでに実証済み。
まして相手も普段の得物ではないとなればルチアの優位は確実だ。
男の刺突も切り払いも空を切り、ルチアの攻撃のみすべてが当たる。
ルチアは暗闇側から、男は月明かりを浴びながらの戦いでは戦況は一方的になるのは当然だ。
五度目の刺突が腹部へと突き刺さり、膝をついた男。
女への警戒は続けていたが横槍を入れてくることはなかった。
さて、最後のこの女をどうするべきか。
攻撃の仕掛けてこない女にダガーを突き付けるのは気が引けるため、ペインで昏倒させようと手を掴んだ瞬間。
体から力が抜けていく感覚に陥り『跪け』という命令が脳に直接下される。
しかし警戒していたのはルチアも同じであり、準備していたペインを発動。
ルチアも地面に膝をつくことにはなったが、出力の高いペインが女に激痛を与えて気絶させることに成功。
脳への命令が解除されたのか脱力感もなくなった。
「危なかったぁ……っと、とりあえずこっちも気絶させないと」
腹を刺した男はまだ意識があり、抵抗する可能性もあるためスキルの待機時間を終えるのを待ってから首筋にペインを発動。
腹部の痛みもあってか気を失うことはなかったが、全身を駆け回る痛みに抵抗することはできないだろう。
両手足を縛ってから月明かりの下で覆面を剥ぎ取った。
「嘘、でしょ!?ロザリアは大丈夫!?」
焦ったルチアは窓から飛び出そうとするも、遠くから手を振りながらこちらに向かって来るロザリアを発見。
どうやら無事だったようである。




