201 交渉
ひとしきりヅラや付け髭で遊んだロザリアは、睨みつけるルチアに気付いてすごすごと椅子に座って小さくなった。
そろそろ話しを始めてもいいのだろうか。
ルビーグラスの面々もここでようやく我に返ったのか咳払いをして席へと着き、ヅラや髭を外して表情を正す。
「いや失礼。初対面の相手を前に恥ずかしいところを見せた。ロザリア嬢も巻き込んでしまって申し訳ない」
「いえ、私としてはロザリアに謝ってほしいところです。主に私に。あと言葉遣いも汚くて申し訳ありません」
悪ふざけが楽しいのはわかるが目上の者に対する敬意がまったく無いのは問題だ。
こちらはルビーグラスへの加入をお願いする立場である以上、敬意も誠意も見せるべきなのに。
とはいえルビーグラスにも問題が無いとも言えないのだが。
反省の色をみせるロザリアを睨みつけるルチアは、マンフレードから見ても相当お怒りの様子である。
「パーティー内や仲間うちでは言葉の粗さはそう気にするものではない……が、貴族や権力のある者を相手にする場合には気を付ける必要がある。そこは今後気を付けた方がいいだろう。だが今回はこちらが最初にバカ騒ぎを始めてしまったのが原因だし、ルチア嬢もロザリア嬢を許してやってくれないだろうか」
マンフレードがそう語るのであれば、最初から打ち解けられたこの状況は都合がいいのかもしれない。
まずは交渉の前にルビーグラスの仮面を剥がしてしまえば話が進めやすい気がする。
「わかりました。ロザリア……マンフレードさんに助けられたね」
「ご、ごめん」
普段は仲のいい二人ではあるものの、ロザリアにとって怒ったルチアはとんでもなく怖い存在だ。
ペインスキル持ちが笑顔で怒っているともなれば絶対に近寄りたくはない。
そんな怒りのルチアをよそにテーブルには料理や酒が運ばれてきて、マンフレードからパーティーの紹介を受けつつ食事に手を付け始める。
さすがは高級店なだけあり酒も料理もとても美味しい。
「ところで先程の振る舞いを見て、周りから聞いてた噂とは随分と違うような気がしますね。先程のように騒いだりするような方々とは思いませんでした」
そんなルチアの言葉にルビーグラスの面々は顔を見合わせて苦笑いを向ける。
「俺達も本当はそんなに立派なもんじゃないんだ。ただ貴族やら有権者からの依頼だとか招待を受けていたら次第に噂されるようになってな……」
「注目浴びるようになると下手な真似できなくなってくるんだよ。変な噂一つで取り沙汰されるしギルド長からも怒られるし」
「竜殺しの勲章貰ってからはさらに酷くなったしな」
「正直なところ……キツい。冒険者なのに自由じゃない。注目され続けてるせいで好きなことが何もできん」
揃ってため息をこぼした。
これにルチアはふむと考える。
確かにルビーグラスはマーカーズ領きっての冒険者パーティーであり、貴族や有権者からも支持を得ているとしても周りの評判を気にし過ぎではなかろうか。
周りが何を言おうとルビーグラスはルビーグラスであり、実力自体は本物であることに違いはない。
お偉いさん方の支持が無くともルビーグラスは立派に冒険者としてやっていけるはずだ。
勝手に周りが固めたイメージに縛られて、ルビーグラスが一方的に苦しい思いをするのはどう考えても間違っている。
先程のパーティー内の砕けた騒ぎ方をしていたほうがルチアとしては相手にしやすく、いけ好かないと言っていたロザリアもあれなら大歓迎……いや、輪の中心にいたか。
多少イメージが崩れるくらいで揺らぐ信用でもないだろうし、もういっそのことイメージをぶち壊してもいいのではなかろうか。
「え?なに噂なんか気にしてんのさ。別に誰が何と言おうとどうでもよくないか?」
注意したのにすぐにこれか。
ロザリアはあまり考えずに物事を口にするのが一番問題かもしれない。
貴族相手にもとんでもないことを言い出しそうだ。
だがルチアもどうでもいいとまでは思わないまでも、そこまで気にしなくてもいいのではと言おうと思っただけに話に乗っておく。
「ルビーグラスは実績もありますし評判や噂をそれ程気にしなくてもいいかと思います。このまま悪い噂の一つもなく周囲にとって都合のいい解釈をされ続ければ、いずれは聖人だなんだと語られて神格化される可能性もあるかもしれません」
「本当にそんな大層なものじゃないんだが……」
実際に悪い噂が聞こえてくる事はなく、ギルドから斡旋される高難易度クエストを損得勘定なしで受注し続けているともなれば、貴族や権力者だけに止まらず多くの人々から支持を得られることになるだろう。
次々と回されてくる依頼を愚直なまでにこなし続けていると聞くあたり、ルビーグラスは基本的に素直で真面目な性格の者達なのだと思う。
しかし捉え方、見方を変えればどんな依頼でも遂行してくれる都合のいい駒だ。
あのアルヘナの悪行すら見過ごしていたギルド長を思い返せばそれくらいのことは考えていてもおかしくはない。
そこに支援目的で貴族とも裏で何かしらの取り引きがあれば、彼らを聖人として祭りあげてでも利用しようというギルド側の薄汚い考えも見えてくる。
こうして対面して話しをしてみれば、評判のいいパーティーとは聞いていたはずがなかなかに残念なパーティーかもしれない。
実力があり性格も悪くはないが、ギルドからはいいように利用されている問題のあるパーティー。
対する自分達は実力が伴わないためルビーグラスへの加入はお願いする立場……だが、これまで特定のパーティーに身を置くこともなく、善悪問わずさまざまな人を見てきた。
基本的には相手を疑い、戦いの中でも背中を預けられる者とそうでない者とを見極め、少なくない困難を乗り越えて冒険者として生きてきた。
自分自身を擦れてるなとも思わなくもないが、誰にも負けないだけの人を見る目は持っているつもりだ。
他人から利用されないよううまく立ち回ることもできるだろう。
これならお互いに足りない部分も補えなくはないのではなかろうか。
ロザリアは先程のバカ騒ぎを見る限りではルビーグラスへの印象も好転してるいだろうし、あの大の男嫌いのアリスが好印象と言うくらいのパーティーだ。
ルチアとしてはルビーグラスとの色恋云々は避けたいためアリスの勘なら信じられる。
うん、悪くはない。
「マンフレードさん。ギルドでもお話しさせていただきましたが、私とロザリアをパーティーに入れてくれませんか?」
「んん、んんー……確かに、今後竜種と戦うとすればうちにもシーフやアーチャーの力が必要だと感じている。しかし、本当に失礼だとは思うが君達が……女性でなければ歓迎するところなんだが」
視線を逸らしたマンフレードが性別で断る理由もわからなくもない。
「あのファンの娘達ですよね」
「そうだ」
「情婦か何かですか?」
酒を口にしていたマンフレードとジョルジョが噴き出した。
料理を口にしていたロザリアもこいつ本当に言いやがったとルチアに視線を向ける。
「いや全然違う。王都から戻って少ししたあたりからついて来るようになったんだ。最初は二人だったけど今は四人に増えてレッドベリルとか名乗ってる」
「でもいつも一緒について回るなら欲望に負けてついついなんて」
「そんなことはしない!まあ、装備を見る限りはいいところのお嬢さんなんだろうけど、気が付けば背後にいたり部屋の外で待ってたりと行動が不審でな。下手に気を許せば何をしてくるかわからないような感じがしてできる限り関わらないようにしている」
どう見てもついて回っているのにできる限り関わらないようにしているとは?
「関わらないと言っても一緒に旅をしてるのでは?」
「危ないからついて来ないよう何度も説得はしたんだ。けどわかりましたと言いつつ毎回ついて来るし、宿にも酒場にもどこにでもついて来るからもう諦めた」
えーと……まさかね……
不安になったルチアは個室の扉を開けて外を確認する。
ここで外から聞き耳を立てていようものなら異常者としてなんとかするべきところだが、流石に店内にまで忍び込んで監視まがいのことはするわけではないか。
「ルビーグラス程のパーティーなら撒こうと思えば撒けるんじゃねーの?」
言葉遣いを気にせずロザリアが思ったことを口にする。
「うん、それが不思議でな?行き先も何も告げずに夜中出発したとしても目的地に来るんだよ。大きな街で撒こうとした時もすぐに見つかったし」
行き先も告げずにとは言うがギルドから依頼を受けている以上は、ギルド職員であれば行き先はわかる。
だとすればギルドの密偵か何かだろうか。
しかしルビーグラスの監視が目的だったとしても堂々と、それも四人もつけるというのは意味がわからない。
「ふーん。でもただついて来るだけならあたしらがパーティーに入っても問題なくないか?」
「実のところうちに入りたいと言ってきた女性冒険者は他にもいたんだ。様子見も兼ねて臨時という形で入ってもらおうと思ったんだがその……話し合いをした翌日には姿を消してしまってだな、受け入れることができなかったんだ」
これはなんと言うか、ダメじゃないか?
あの娘達は何かとんでもないことをやってそうで怖い。
「なあルチア。間違えばあたしらも消されるんじゃね?」
「断られれば大丈夫……とか」
「おそらくは大丈夫だ。断った相手はその後もギルドで見るからな」
それなら大丈夫か。
大勢いるギルド内でも断られたし、つい先程も断られた。
加入できないのは困るが誰からかもわからずに消されたくはない。
……んん?
でもマンフレードは臨時で入れようとした女性冒険者とはどこで交渉したんだろう。
ギルド内では多くの冒険者に声を掛けられるし、その中から一人だけ臨時で〜とは考えにくい。
だと、すると……
全身から鳥肌が立った。
料理や酒を運んでくる店員をまずは疑って見る。
女性店員はおらずファンの娘達ではない。
しかしスキルを使ったとしたら、戦闘系冒険者には有用ではないスキルを考えればこの店内に忍び込んでいる可能性はある。
ギルドには調査を担当する隠密スキル持ちの職員も何人かはいるはずだ。
認識阻害や透視などの視覚系、収音や消音などの聴覚系、他にも五感に影響を及ぼすスキルが多くあるらしい。
ルチアの持つペインスキルは戦闘に有用ではあるとしても、痛みという触覚系であることから五感に影響するスキルという意味では同じだ。
もし今ここにルチアの知らない隠密スキルで忍び込んでいるとすれば交渉を続けるべきではない。
相手に気付かれることなくこの場を収めるには、交渉を諦めて互いの知り合いを引き合いに出して話を逸らしてしまおう。




