198 男前
マーカーズ領のギルドにて。
DD級冒険者パーティーミザールから話を聞いていたところで、ロザリアとルチアがルビーグラスへの加入を仄めかす発言をした事で他の上位と思われる冒険者達が近付いてきた。
「よぉ、お前ら見ねえ顔だがルビーグラス加入狙って他から来た口か?」
「ま、そんなとこ」
「甘えな。奴らのSS級ってのぁ伊達じゃねえ。他で多少名を挙げたからってルビーグラスに加入なんてできるもんじゃねぇぜ。それよりお前ら……A級ってんならうちで仲良くやる気はねぇかよ」
「あの娘らの代わりって事?」
彼らがいた席には他にも女性が二人座っており、俯き気味にこちらに視線を向けている。
装備は身に付けているとしても、陰りのある雰囲気から仲間として一緒にいるようには見えない。
「代わりってわけじゃねーよ。あいつら含めて一人ずつ補充すりゃ四人パーティーが二組になんだろ。この街のAA級がもう一組増えるってわけさ」
「あ?お前らはあの娘ら含めて三人ずつのパーティーって事か?」
「そういう事だ。女の片方のステータスが足りなくてこっちはBB級だがな。お前らが入ってくれりゃ確実にAA級だろ?」
女性二人の様子を見るに、二人を分断する事で人質にでもしているのか、好んでパーティーに加入しているわけではなさそうだ。
AA級になれるとすれば合計評価値120ポイントが必要であり、女性二人がただ従っているとすればステータスはこの男達の方が相当上回るはず。
女性がA級である事を考えれば低い方でも最低30ポイントだが、片方のポイントが足りなくてBB級だとするなら男達の評価値は42〜43ポイント程度と見ていいだろう。
ロザリアとルチアが加入した場合こちらも分断され、冒険者として、そして女としていいように使われる事になりそうだ。
ここで断ったとしても因縁をつけて来た時点で力ずくでも従わせるつもりか、チラチラと武器を見せつけてくるあたりは四対二の優位性をよくわかっているのだろう。
「ふぅん。だが断る」
「私もお断り。やる気なら相手になるよ」
「馬鹿だなお前ら。格の違いってもんを教えてやろうか」
立ち上がったロザリアとルチアは黄竜のダガーを抜き放ち、同じように男が剣を抜こうとしたところに椅子を蹴り飛ばしたロザリアは、身体能力を強化して一瞬で距離を詰める。
そのすぐ後ろからもルチアが駆け、椅子を剣で斬り払ったところに低く伏せたロザリアが足を刈って宙に浮かせる。
そして伏せた状態から宙に舞った男を目隠しにしてエアレイドを発動したロザリア。
後ろに立っていた男の腹部へと前蹴りを浴びせ、鎧を陥没させて遠く離れた壁へと蹴り飛ばす。
身体能力強化しての全出力のエアレイドは攻撃力を飛躍的に向上させる事が可能であり、ギルドの壁を貫いて外へと放り出される事になったがまあいいだろう。
そして宙に待った男へと飛び掛かったルチアが腹部へと手を当ててペインを発動。
男の全神経を破壊するかの勢いで流し込まれた痛みは人間に耐えられるような威力ではなく、絶叫する事すら敵わず地面に落ちた後も身体を痙攣させるようにして苦しみもがく。
もはや呼吸すらままならない痛みが全身を貫いている状態だ。
ペインが切れる頃には意識も失う事にもなると思われるが、それなりに非道な真似をしてきた事が予想される為、あとで女性達から話を聞いたら今後のペインの回数を決めようと考える。
「はい、次」
「次は刺すから」
「舐めやがって。油断してなきゃ負けるわけねーっ……クソが!!ぶっ殺してやる!!」
ギルドでの上位の冒険者が暴れたとなればやはり下位の者達は逃げ出し、壁際へと退避して様子を見守る中、おそらくはウィザードであろう属性剣持ちの男がセリフを言い終える前に、懐へと踏み込んだロザリアのダガーが腹部の鎖帷子へと突き刺さり、後方へと跳躍して怒りの叫び声をあげる。
いかに鎖帷子があろうとも突き込まれてはかなりの痛みが与えられたはずだ。
そこからロザリアと男の斬り合いが始まり、アーチャーであるはずのルチアもダガーを片手にもう一人の男と向かい合う。
「槍使いか。厄介だなー」
「ダガーで対処できると思うなよ」
「問題ないけど」
ルチアは足元に転がるペインで気絶した男を槍使いへと向けて蹴り飛ばし、それを回避しようとしたところで距離を詰める。
構えは崩れて槍の穂先が上へと向いたところへとダガーで突き込み、柄で受ける槍使いと戦いを開始する。
槍の弱点はやはり間合いであり、一定の距離がなくては刃を使う事ができない。
槍使いのスキルがまだ不明であるとしても、穂先の形状が突きに特化したものである事からおそらくはピアーススキルかそれに類似したものである可能性が高い。
だとすれば距離を詰めて接近戦を強いれば相手の強みを殺す事になり、ダガーの強みを充分に押し付ける事ができる。
もともとダガーを使った戦いなどする事がなかったルチアだが、オリオンに一時的に加入した事でフィオレからは弓の使い方だけでなく接近戦についても毎日のように訓練を受けていた。
弓に集中する事も大事ではあったがペインというスキルの特性上、接近戦でも有用だとしてダガーによる近接戦闘もしっかりと叩き込まれたのだ。
フィオレとの訓練に加え、ソーニャからも指導を受けた事でダガーの扱いにも慣れたもの。
ここしばらくはロザリアとも訓練している為、本職には遠く及ばないとしても半端な槍使い相手ならどうとでもなる。
黄竜装備で身体能力を高めた状態であればS級に届く程のステータスがある為、この槍使い相手にも負ける事はない。
防御に徹する槍使いの身体にも多くの傷が残されていく。
そこからカウントにしておよそ三百を超えたあたりで槍使いはルチアのペインで叫び声をあげて崩れ落ちる事になった。
ウィザードはそれなりに出力の高い炎の属性剣を振るうも、ファイターに比べれば大した事のない剣技であった為かロザリアのダガーの前にあっさりと敗北。
「属性剣って言ってもさぁ、当たらなきゃどうって事ないよな」
「それは見慣れてるからじゃない?」
「っていうかやっぱりチェザさんって強いんだよな。似たような事しててもこいつらとじゃ雲泥の差だ」
「チェザさんはウィザードセイバーとして登録してS級だし。見た目はあれだけど相当強いでしょ」
ウィザードとウィザードセイバーとでは評価の仕方も変わってくる事から実力と数値は大きく違う。
遠距離戦での活躍を想定したウィザードでは魔力値が評価基準となり、近接戦での活躍を想定したウィザードセイバーでは魔力値だけでなく攻撃や防御、速度なども評価基準となる為、評価値は低く算出されてしまうのだ。
「それより貴女達。少し話を聞かせてくれない?」
「こいつらはあたしらをパーティーに誘ったわけだし聞かせてもらってもいいよな」
この男達の今後の処遇、ペインを浴びせる回数を考えなくてはならない。
それにはやはり被害者と思われる彼女達の話を聞くのが最も早い。
震える声で「はい」と答えた二人はこちらへとやって来ると、今にも泣き出しそうな顔でロザリアとルチアの顔を見つめてくる。
「あたしの胸で良ければ貸してやる。泣きたきゃ泣けばいい」
「ロザリア……男前」
「んん、それって褒め言葉か?」
ロザリアに抱きついた二人は声をあげて泣き出し、これまで耐え続けた生活に終わりを迎えたのだとしばらく泣き続けていた。
そして二人とも涙も止まって落ち着いてきたところで。
「ここじゃなんだしな。場所変えて話を聞かせてもらおうか」
「ロザリア君、ルチア君。二人の話を聞くのもいいが……こちらも話を聞かせてもらいたいんだが?」
額に血管を浮かばせた筋骨隆々な老齢の男が腕を組んで立っていた。
おそらくはこの騒ぎを起こした事で注意をしに、そして修繕費を支払わせるつもりでここにいる。
「うっせ、ハゲ。この二人がどんな目にあってたのかはお前らだって容易に想像できんだろ。それを放置したハゲがなんか文句あんのかこのつるつるハゲ。すげー光ってんぞこのハゲ。誰だか知らねーけど引っ込んでろ」
「やめなさいよロザリア。ハゲはこのお爺さんだけじゃないんだから……」
全てのハゲに謝るべきだが、ややお怒りのロザリアはハゲ相手に容赦はしない。
そして失礼さではルチアも負けていないが。
「このガキ共め……ワシはマーカーズギルドのギルド長【ナータン=コルフィ】だ。【ザイラ】と【トスカ】には悪いとは思うが助けを求められなくてはこちらも口を挟めんのでな。もし言いたい事があれば一緒に話を聞かせてもらうが」
「お、お願い、します」
「もう、パーティー抜けたい……」
これまで助けを求める事さえできなかったのか、先程のAA級パーティーが倒れた事でようやくギルドに自分達の境遇を話す事ができる。
「あいつらも連れて来い。苛つくたびに殴ってやる」
「私のペインの方が効果あるよ。何回耐えれるかな」
「んん、程々にな。おおい!【アルヘナ】の奴らもワシの部屋に運んで来い!これで良いか。まずは話を聞かせてもらおう」
何やら面倒な事にはなったが、ルビーグラスに加入する前に多少は顔を広めておくものも悪くはない。
そして同じような事をしているパーティーが他にもいないとも限らない為、ここで啖呵を切っておく必要もあるだろう。
「おい、マーカーズ領の冒険者共!こいつらみたいなクズがいるなら前に出て来い!あたしが根性叩き直してやる!」
「私も頭がおかしくなるまで痛みを与えちゃうよ」
多少言葉遣いは悪かったとしても、誰かを助ける為に立ち上がれる者と知られるだけでも周りからの見る目も良くなるはずだ。
できる事なら周囲から認められたうえでルビーグラスに加入できるのが好ましい。




