197 マーカーズ領へ
時は少し遡る。
臨時パーティーとしてオリオンに参加していたロザリアとルチアは、上位竜討伐観戦以降は一度王都へと戻り、そこから護衛も兼ねて乗合馬車でマーカーズ領へと移動。
オリオンで成長したステータスのおかげもあって、道中現れるモンスターの駆除にも苦戦する事なく領都のギルドに辿り着く事ができていた。
マーカーズ領にもいくつかの街があり、噂を聞く限りではルビーグラスはメークという街の出身ではあるものの、やはり上位の冒険者らしく難易度の高い依頼の多い領都のギルドに所属しているとの事。
領都は海沿いの豊かな街である事から観光客も多く、領主からはモンスターを徹底的に排除するよう指示されている事から若い冒険者の数も多い。
しかしこの冒険者の多さやモンスターを徹底的に廃する傾向にある事が災いしてか上位の冒険者はほんの一握りしかおらず、ボアやディアなどの害獣討伐を専門とする下位の冒険者が多くを占めているのが現状らしい。
そう危険を冒さずとも日銭を稼げるとすれば害獣駆除でも充分とする冒険者が多いのも当然かもしれないが。
上位の冒険者は難易度の高いモンスター討伐を斡旋されているとの事で、ロザリアとルチアが到着したこの日もルビーグラスは高難易度依頼に挑んでいると聞かされたところだ。
出発からすでに三日程経っており、順調に討伐に成功していれば今日明日中には戻って来るだろうとの事。
すれ違いにならないよう受け付けにルビーグラスへの言伝を頼もうと思ったが、やはり直接会ってから交渉したいと思うのは女性として当然の警戒心だろう。
ルビーグラスが戻り次第連絡してもらえるよう頼んでおき、ついでにおすすめの宿も紹介してもらった。
魔鏡での戦闘からある程度の稼ぎがあった為、しばらくは仕事をせずに滞在しても問題ないだけの蓄えはある。
とりあえずこの日はギルドで情報を集めようと楽しそうに日中から酒を飲んでいたパーティーへと声を掛け、マーカーズ領、それとさり気なくルビーグラスについても話を聞き出そうと席に着く。
「いやぁ悪いね、楽しく飲んでるとこ邪魔しちゃって。あたしらは王都からさっき領都に着いたところでさ。しばらくここのギルドに世話になるつもりなんだけどいろいろ聞かせてくれない?」
「はい、これ。お近づきのしるしにどうぞ」
普段の気軽さで話をするロザリアと、ギルドにあるそこそこにいい酒をテーブルに置くルチア。
「いいのか?ありがと!王都の冒険者って言ったらレベル高いって聞くし……おお、すっげ、いろいろレベル高っ、いてっ!!」
声をかけられたパーティーは男女二人ずつのパーティーではあったが、ロザリア達は男の目を惹く美人であり、男の一人が全身を見回したところで隣の女性が足を強く踏み付けたようだ。
もしかするとこの二人は恋愛関係にあるのかもしれないが、やや品性に欠けるあたりが残念である。
「あはは、この街は人の出入りは多いんだけど冒険者が来るのは珍しくてね。このバカもあなた達みたいな上位の冒険者に声をかけられたから驚いてるのよ。悪く思わないであげてね」
「上位の冒険者?あたしらはまだA級だし全然大した事ないけど」
「強くなる為にマーカーズ来たんだもんね」
ロザリアとルチアはルビーグラスへ加入するつもりでマーカーズ領に来たと同時に、オリオンに並ぶべく強さを求めてこの街にやって来た。
今後起こり得る竜害に備えて強くなる必要もあり、自分達の力を必要とするパーティーがあるとすればそこで実力を身に付けたいと考えている。
「A級ったら上位冒険者じゃん。俺達と歳はそう変わらなさそうなのにどうやったらそんな強くなれるんだかな」
「やっぱ命懸けで戦っちゃう感じじゃない?」
「私達にはムリかな。命あっての冒険者なわけだし」
「本当にやる気がないな。そんなだからいつまで経っても俺達【ミザール】はDD級留まりなんだぞ」
まさかの新米パーティー並みの評価値に、逆に驚かされる事になったロザリアとルチア。
年齢的には自分達とそう変わらないと考えれば冒険者として四年程もの間、ステータスを上昇させる事なく過ごしてきたという事だ。
どんな依頼を受ければ低評価を維持できるのかわからない程に不思議なパーティーである。
個人の評価値10であればそれ程苦労する事なく到達するはずなのだが。
「ええっと……他のパーティーもそんな感じ?」
「まあこの街だとDD級が四割、CC級が四割ってとこじゃね?あとはBB級とAA級が二組ずつとソロにはBとかCとかが多いかな。A級も何人かいるけどS級はいないはず」
「あとはマーカーズ領の誇る最強パーティー、SS級のルビーグラス。少し前の指名依頼の際には色相竜討伐にも成功したそうだ」
おそらくはディーノが戦った黄竜の事だろう。
他の者達にどのように聞かされているかは知らないが、黄竜を魔法も発動できず飛ぶ事すらできない程までに消耗させたのがディーノであり、そこからとどめを刺すまで戦ったのが黒夜叉とアークトゥルスとルビーグラスの三パーティーだ。
最強パーティーと聞かされても頭にスッと入って来ないものの、黒夜叉のアリスやフィオレの実力をよく知るロザリアとルチアであれば、大体の強さは想像できる。
一緒に訓練したというマリオからも少し話を聞かせてもらったが、実力的にはアリスの方が二回り程は上回るのではないかとも。
やはり最強という言葉は使わない方がいいのではないだろうか。
だが仲間になるとすれば実力が自分達よりも圧倒的に高い者達よりも、共に成長できる方が断然いい。
シーフとアーチャーを求めているのであれば、現在はソロである自分達が加入するのに最も都合のいいパーティーでもある。
「お、そのルビーグラスについて少し聞かせてくれないか?」
「どんなパーティーなの?」
直接会って交渉するつもりではあるものの、周囲の噂というのも彼らを知る大事な情報でもある。
所詮噂は噂でしかないとはいえ、あまり評判が良くないようであれば少し考える必要もあるだろう。
「私達とは少し歳は離れてるけど、いい男揃いのすごい人気のパーティーよ。マーカーズ領のどこの街でも評判いいし、あの人達が貴族だって言われても納得できるくらい気品に満ち溢れてるっていうか」
「平民出なはずだけどもう一般人じゃねーよ。男から見たってやっぱかっこいいしな」
「憧れる者も多いという」
「熱狂的なファンは旅先にも着いていくらしいよ」
アリス達から聞いていた通りよく出来た者達のようだ。
見た目も良く実力もあり、気品に満ち溢れているとまで言われるとすれば、加入するのに躊躇う必要は一切ないのだが……
ロザリアとルチアはお互いに視線を交わして思うところがある。
自分達が加入しても大丈夫なのだろうか、と。
まずは見た目。
系統の違いはあってもどちらも美人であり、人を惹きつけるような切長な目に整った顔立ちのロザリアは身長も女性にしてはやや高く、活発な女性らしくわずかに日焼けした肌も彼女の魅力を損なう事はない。
ルチアはロザリアとは対照的で、大きな丸目にふんわりと柔らかい印象を持つ、いわゆる童顔で可愛らしい女性だ。
装備もフィオレのおかげで一新されており、ジョブの関係上肩や足が露出するような軽装ではあるものの、上質な素材を使用した装備である為か冒険者の中でも際立つ装いである。
「ルチア、お前可愛いな」
「ロザリアこそいつも美人だよね」
褒め合う二人は同じ事を考えていたようだ。
しかし……
「でも問題は言葉遣いじゃない?」
「あたし?あ、ああ。うん。そうかも」
ルビーグラスが気品に満ち溢れているとまで言われるとすればロザリアの言葉遣いはやはり問題となりそうだ。
ドレスもよく似合いそうな女性であるにも関わらず、口を開けばなんとも魅力の半減するような残念な女性でもある。
一般の冒険者であれば気安さがまた悪くはないのかもしれないが、マーカーズ領きってのSS級冒険者パーティーに加入するともなれば、それなりの品格は求められそうだ。
それこそファンが付きまとうようなパーティーともなれば、女性が加入する事自体許されないような気もするが。
「言葉遣いがどうしたんだ?」
「あたしは口の利き方を気を付けた方がいいかもなってだけ。こんなんじゃルビーグラスには不釣り合いだろ?」
「あっ、ロザリア!」
一応は直接交渉するまではルビーグラス加入については隠しておくつもりだったのだが、今の言い方ではそれも容易に想像できてしまうだろう。
「まずい。あんたらすぐにギルドを出た方がいい。面倒なのに絡まれるぞ」
「早く逃げて」
やはりと言うべきか、ミザールパーティーはルビーグラス加入を察して注意してきた。
確かに奥の方で飲んでいた男達がこちらに向かって近付いて来る。
他にも動き出す事はないものの、何人かが殺気を向けてくるあたりは、ルビーグラス加入を狙っているソロの冒険者もいるという事だろう。
逃げるとすれば急いだ方が良さそうだが。
「逃げる?なんで?あいつらチェザさん達より弱そうだし平気じゃない?」
「私達もチェザさんより弱いんだけど?」
「ああ、それな。勝てるかな?」
「わかんないけどやるしかないね」
ギルドの広さはその辺の酒場とそうは変わらい事から、向かって来る男達はすぐにそばまでやって来た。




