191 引き摺り出す
竜種からのネチャネチャ水弾を防いでいるジェラルドと後ろで待機するフィオレ。
マリオ達が縦穴の下へと降りて行くまでの間耐え続けていたのだが、ここで数が減っている事に気が付いた竜種は水弾の射出をやめて水流のブレスを吐き出した。
このブレスにはどうやら粘性がないらしく、ジェラルドの盾にべったりと貼り付いた粘性のある液体を洗い流して出口から放出されていく。
相当な勢いのブレスではあったものの、水流に襲われるよりは勢いとしては弱い為、ジェラルドもこの水圧に耐えられない事もない。
フィオレもジェラルドの後ろにくっ付いて耐えている為流される事はなかった。
粘性の液体から解放されたジェラルドは逃げようと思えばいつでも逃げられる。
しかしそれを竜種がただ見逃してくれるはずもなく、次の攻撃に備えようと盾を掲げるも、フィオレが前に出て弓矢を構えたところで竜種も警戒を強めて少し後ろへと下がった。
「ジェラルドは今のうちに下に降りてて。僕は竜種の邪魔をしてから外に出るから」
「わかった。無理はするなよ」
接近が可能であれば殴るでも掴むでも対処のしようはいくらでもあるが、こちらに近付いて来ない竜種の攻撃を受け止める事しかできないジェラルドとしてはフィオレに頼るしかない。
ジェラルドが駆け出して出口からロープを伝って降りて行く間に、フィオレは牽制するつもりで広場へと足を踏み入れ、警戒を強めた竜種は次の行動に出ようと奥へと体を引っ込める。
フィオレが奥に攻め入る事はないと判断しているとしても、矢の射程から外れようと距離を取ったのだろう。
もしここで竜種がフィオレの動きを止めようと粘性ある水弾を撃ち込んでいればまた状況は違ってきたかもしれないが、やはりこの竜種の領域内でも対等に戦える者が相手となれば隠れて広域魔法で仕掛けたいと思うのも当然か。
水流を操作したであろう轟音が鳴り響き、おそらくは中央から攻撃を仕掛けて来る竜種は水流で押し流すと同時に、抵抗できなくなったフィオレに噛みつこうと考えているのだろう。
すぐさま駆け出したフィオレは竜種が追い付くよりも早く出口まで辿り着き、振り返ると波が押し寄せてくるのも構わず天井をインパクトで破壊する。
崩れ落ちる岩に水がある程度は堰き止められるとはいえ、このままでは押し流される事は必至。
目の前にあるロープへと飛び付き、そのまま上へと登り始めた。
洞窟内からは崩れた岩に体当たりをしたであろう衝撃音が鳴り響き、フィオレごと押し流そうとしたのか高威力となった水流は岩をも吹き飛ばして洞窟から大量の水が噴き出した。
さすがに全ての岩を押し流す事はできなかったのか、洞窟からダラリとぶら下がった竜種の頭からは片方の翼角が引き千切れ、大量の血が流れて下の水面を赤く染めていく。
竜種も勢い任せに飛び出して来たにしてはなかなか悲惨な光景である。
ぐったりとぶら下がる竜種の頭は脳震盪でも起こしているのかもしれない。
血がボタボタと流れ落ちてくる下ではジェラルドが岸に向かって泳いでおり、装備の重さもあってかプロテクションを発動して水底へと着地した為、浮上するまでに時間が掛かったようだ。
今ここで襲われればひとたまりもないのだが、竜種がぶら下がっている今のうちに岸まで上がれば問題はない。
何とか岸までたどり着いたジェラルドは装備に溜まった水を排出しながら竜種を見上げる。
血をダラダラと垂れ流したまま動かない竜種は死んでいるのではないかとも思えなくもないが、さすがに岩に頭を叩き付けただけで死ぬような竜種ではない。
ここから攻撃が届くのなら今すぐにでも攻撃したいところではあるものの、弓矢でもなければ届かないとなれば距離のあるこの位置からでは鱗に阻まれて矢も刺さる事はないだろう。
少ししてビクビクと痙攣を始めた竜種はゆっくりと体を起こして日差しを浴び、オリオンを見下ろすと空に向かって今までにない程の叫び声をあげて水魔法を錬成する。
「なあ、あれって完全に水色だよな。って事は色相竜なんじゃね?」
「そうね。色に光沢もあるし水竜で間違いないでしょうね」
「まずいな。俺達は成りかけでさえ複数パーティーで挑んで何とか倒せたんだぞ。本物の色相竜を相手に俺達だけで勝てるのか?」
「もう、逃げられないよね。覚悟決めてやるしかない」
「今回はマリオに掛かってるんだからお願いね!私はフィオレ君と結婚するまで死ぬわけにいかないんだから!」
何やらいろいろと言い始めたが、誰もが成りかけ戦の時程の恐怖がないのは何故だろう。
空を飛ぶ竜種に比べれば長いだけの竜種はそれ程脅威に感じないだけか、それともここまでの戦いで何とかなりそうだと感じているだけか。
色相竜を前に怯えている者は一人もいない。
「とりあえずはあれが降りて来てからだな。このままじゃ俺達が攻撃できねーし」
「ところでフィオレはあそこからどうするつもりだろうな。ロープにぶら下がってるようだが」
水竜よりも上方でロープに掴まったまま待機しているフィオレ。
おそらくは水竜がどう動くのか見守るつもりで待機しているのだとは思われるが、あの位置から下手に降りてこようものなら一瞬でやられてしまうのではないだろうか。
とはいえフィオレがそのまま降りて来るはずもなく、おそらくは死角からインパクトを叩き込んでから降りて来るとは思うが、どのタイミングで行動に出るかはわからない。
水竜の叫びが続く中、上空には分厚い雲が集まり出し、局地的な雨が降り始めた事からこの縦穴すらも水竜の狩場である事がわかる。
おそらくは呼び寄せた雨雲から大量の水を集めて湖を作り出す事で敵を一網打尽にする巨大な罠。
時間の掛かる魔法ではあるものの、天災とされるだけの出力は充分にあるようだ。
このまま雨雲を集め続けられればそれこそ縦穴が全て水で満たされ、何の抵抗もできないまま水竜に捕食される事にもなるだろう。
(この魔法を完成させてはならない)
そう判断したフィオレはスルスルとロープを降りて来て水竜の背へと着地。
頭の痛みからかフィオレが乗った事にも気付いておらず、叫び声をあげ続ける水竜。
降り始めた雨を受けながらも水竜とフィオレの成り行きを見守るオリオンパーティー。
洞窟内から体を持ち上げて天空を見上げる竜種の体は反り上がっており、明るさもありクリティカルの照準も良好なフィオレからすればとても狙いやすい的である。
弓矢を番えて狙いを定め、最大出力のインパクトを乗せた矢を射出。
寸分違わずクリティカルポイントへと突き刺さった矢が水竜を前へと押し出し、激痛と共に抵抗一つできずに洞窟内から引き摺り出されて水面へと向かって落ちていく。
叫び声をあげていた事で肺からは息も吐き出されていたのか、衝撃に声も出せなかったようだ。
水竜が水面へと叩き付けられる前にその背から跳躍したフィオレは綺麗に着水すると、勢いに乗ったままあっさりと岸までたどり着いた。
「お待たせ。これで戦いやすくなるね」
「んん、フィオレが怖えわ。なにこれだけの事やっといて『お待たせ』だよ。もうすでに瀕死じゃねーのか?」
「さすがに瀕死はないと思うけど。まだまだ戦えるんじゃないかな〜」
「まあ、フィオレがこれだけやってくれたら色相竜でも怖くはねーけどよ」
マリオも怖くはないとは言ってみたものの、この縦穴の形からして雨雲から恐ろしい程の大きさの水球落とすつもりだったのではないかと疑っている。
もしフィオレが水竜の魔法錬成を妨げなければ一瞬にして全滅する事になった可能性もあるのだ。
やはりジョブに違いはあってもフィオレから学ぶ事は多い。
しかし水竜に複数のインパクトを食らわせたとしてもまだまだ戦えるとすれば、クリティカルを持つフィオレの攻撃力でも足りないという事だ。
アリスの炎槍も期待できない今、そしてソーニャの弱点への攻撃も通用しない今、マリオのストリームスラッシュが勝利への決め手になる。
五連から七連まで連撃数を増やせたのは握りとスラッシュ発動のタイミング。
しかし今必要なのは連撃数よりも一撃の威力であり、力を込めれば確かに重さは増すもののダメージとしてはそれ程変わらない。
そして力む程に体が軋んでスラッシュ後の硬直は長くなり、隙を生む事にもつながる為下手に力を込める事もできない。
スキルは自分自身で育てるものであり、自分の理想に体を合わせるよりも体にイメージを合わせた方が成長は早い。
自分の体を知ってもっと柔軟に考えるべきだ。
理想とする斬撃は兄貴と慕うザック=ノアールその人の剣であり、パワー型の超威力の一撃を得意とする。
しかしマリオ自身はパワー型ではなくストリーム型、連撃を得意とする為スピードが……
以前ザックから聞いたのはスラッシュにも何種類かあるという事だ。
パワー型とスピード型にバランス型とリッパー型、そしてマリオ自身のストリーム型。
必ずしもスラッシュの型に当てはまらなくとも斬撃の種類と考えればストリーム型にも応用ができるのではないか。
まずは理想とするザックの斬撃を求めて威力を上げようと力を込めてみたものの、パワー型には体に合わないのか軋みが出る。
スピードは握りと発動のタイミングで稼ぐ事ができている為、自身の体には合っていたという事だろう。
バランスは一定の威力という事なら下手な力みや体重移動がなければ、剣速が一定である為合わない事もない。
リッパー型となれば斬れ味に特化した斬撃を振るう必要があり、これはまだ試した事はないものの剣速と刃の使い方を工夫する事で斬れ味を増す事もできそうだ。
あくまでもイメージであり体に合う合わないは別と考えれば、いや、全てが斬撃である為その時々で乗せるイメージを変えればまた違ってくるのではないか。
柔軟に考えるとすれば別々に考えるのも一つの手ではあるかもしれないが、全てあっていいと考えるのもまた一つの手段である。
最初にスピードをイメージした斬撃から始める事で連撃数を稼ぎ、威力を落とさないよう体勢を整えながら斬れ味を意識して剣を滑らせる。
そして最後の一撃には最大威力での斬撃を振るえるように体を運び、体重を乗せての斬撃を振り下ろす。
これなら全ての要素を取り入れてのストリームスラッシュになるのではないだろうか。
上手くできるとは限らなくとも、まずは最初と最後だけにイメージを込めてスラッシュを発動しようと剣を握りしめる。




