188 暗闇と水中
暗闇に潜む水属性の竜種と戦うオリオンパーティー。
警戒を強める中、姿を隠した竜種を待っていたところ……
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
地響きと共に洞窟奥から大量の水が襲って来た。
「まずい!!流されるわよ!!」
「出口へ……いや、ジェラルド!頼む!」
「でっ、水、えっ!?よし、俺の背後へ!!」
この状況に頭が回り切らないジェラルドも指示があればそれに従い耐えるだけ。
しかし向かって来るのは右の壁面伝いに流れ込んでくる大量の水であり、プロテクションで耐えようにも抑え切れるとは限らない。
しかしパーティーにおいてはマリオの指示は絶対でありこれに耐えてみせようと全身に力を込めて水撃に備える。
マリオとアリス、レナータがジェラルドの背後に隠れ、身軽なソーニャとフィオレは壁面へと駆け上がって天井付近に掴まる事で波をやり過ごすつもりのようだ。
ジェラルドをも飲み込む程の水量が一気に襲い掛かり、盾を斜めに掲げる事で水を上へと逃しながら体が持ち上げられる事を防ぐ。
しかしその波に乗って向かって来たのが竜種であり、口を大きく開けてジェラルドに襲い掛かる。
体勢を低く構えたジェラルドもこのままでは竜種に飲み込まれてしまうと、天井から飛び降りたフィオレは竜種の鼻先に最大威力のインパクトを放つ。
噛み付く寸前だった竜種も予想だにしない一撃に口を閉じてジェラルドへと体当たりし、プロテクションにより強靭な壁となったジェラルドの盾によって天井へと跳ね上げられ、身体を打ち付けながら再び洞窟奥へと流れていく。
壁面の高い位置に仕込んだサリュームは流される事はなく、わずかな光を頼りに竜種の全容を見届けたソーニャは顔を青ざめさせた。
ジェラルドが言っていたようにこの竜種は大き過ぎる。
全長だけを考えれば色相竜をも優に上回り、蛇にも似た胴長な竜種である事は間違いない。
波がおさまり全ての水が洞窟奥へと退いていくと、ずぶ濡れになりながらもこの危機に耐え切ったジェラルド達は安堵の息を漏らす。
そしてソーニャは今見た竜種の全容を伝えるべく天井から飛び降りる。
「みんな、あれはやばいよ!上位竜なんかよりずっと大きい!もしかしたら……あれ!?フィオレは!?」
「え!?フィオレ!?」
周囲を見渡してもフィオレの姿がない。
先の竜種の噛み付きを阻止するべく、インパクトを放つと波に飛び込んでしまったのだ。
「フィオレ!どこだ!?」
大声をあげてもフィオレからの返答はない。
大量の水が流れた事による水流の音しか聞こえない。
地面に撒かれたほとんどのサリュームが流される中、薄っすらと見える視界ではフィオレの行動は誰の目にも映らなかったのだ。
ソーニャもフィオレが天井に駆け上がった事まではわかっていたものの、波に耐えようとするジェラルドに視線を向けていた為気付く事ができなかった。
そのうえ跳ね上げられた竜種が天井に打ち付けられた事で、自分自身も落とされかねない状況だった為仕方がない。
「まさか流されたのか!?奥の方は全然把握できてねーぞ!?」
「でも助けに行かないと!!フィオレ君が!!」
この危機的状況にレナータは今にも泣き出しそうだが、必死に堪えて助けに行こうと声をあげる。
しかしパーティー全員で奥にある水の中に飛び込んだとすれば、竜種の思うつぼ。
誰もが装備を身に付けてるうえ、水中では助け合うどころか足を引っ張り合う事になり兼ねない。
「だめよ。助けに行くのは全滅する可能性が高いもの」
「何言ってるの!?フィオレ君が死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「フィオレを信じなさいレナータ!!あの子がこのパーティーでは一番強いん……」
ズドォォォォォォォオン!!
洞窟の奥の方から聞こえてくるのはフィオレのインパクトの音だろう。
視界のない状況でありながらもそう簡単にやられるような冒険者ではない。
二矢射ち込まれたサリュームが光源となり、フィオレからも竜種の顔の位置は把握できる為、水中であろうともその存在は確認できる。
水中ではその光が広がる事から接近も容易に判断できるようだ。
「フィオレ君!!」
「ほらね。あの子はほんと、私達が思ってる以上に強いのよ」
「ああ、マジで俺達とは一つ違う段階に進んでるのかもしれねぇ。でも今は放っておける状況じゃねーしどうすっかな」
フィオレのインパクトも単発のスキルである為、一度防いだとすれば待機時間を終えるまでは通常攻撃だけで戦うしかない。
黄竜装備で身体能力を上昇させているとはいえ、竜種を相手に水中、もしくは水上で戦うには厳しいと言わざるを得ない。
だがここからは見えない程奥側に流されたとしても、光源の少ないこの洞窟内ではわかりやすい明かりがあれば進む方向を判断できる。
最もわかりやすい光源となればやはりアリスの火属性魔法であり、攻撃としては今回役に立てなくとも明かりにはなるならそれでいい。
「フィオレにこっちの居場所を知らせるわ。竜種も来ると思うから準備はしておいて」
アリスは水が抜けていったであろう左側の洞穴の前に立ち、特大の火球を放つ。
先の見えない方向へと放つ為壁にぶつかってしまうかもしれないが、魔力が続く限りはその場で燃え続ける為目印としては充分な光となるだろう。
放たれた火球はおよそ二百歩程にはなるだろう壁面へと当たり、その場で燃え広がって当たりを照らす。
フィオレの姿は見えないとしてもこれを頼りにこちらに向かってくれればそれでいい。
フィオレのインパクトの音は聞こえないものの、奥の方からは竜種が水面から飛び上がり着水したであろう音も聞こえてくる事から、今もまだフィオレは戦い続けている事がわかる。
音が反響する為どれだけ距離があるかはわからないが、火球を放った後から音が激しくなった事を考えれば、フィオレがこの目印に気付いたのではないかと考えられる。
◇◆◇
竜種にインパクトを射ち込んでそのまま水の中へと飛び込んだフィオレは、その波の勢いから洞窟の奥へと奥へと流されて行く。
周囲の壁にぶつかりながらも頭だけはしっかりと守っていた為気を失う事もない。
波がおさまり最奥の壁にぶつかった波が返って押し寄せて来たところで水面へと顔を出したフィオレ。
顔を拭いながら周囲を見回すも、暗闇の中では何も視界に映らない。
せめて足場や壁がなければ素早く動く事もできない事から、泳いで岩の突起を掴んでよじ登り始めた。
それ程高さは必要ないだろうと判断し、今この状況でどう動くべきかを考える。
まずはジェラルドに体当たりをした竜種もまたこの水のある奥側へと戻って来るはずであり、光を必要としない感知方法があるとすればこの後襲われるのはフィオレである事は間違いない。
パーティーから分断できたとするならまずはその孤立した者にとどめを刺す事を優先するのは当然だ。
そうとなれば、壁面に掴まったままでは矢を射る事ができない為、まずは足場を確保するのが最優先だ。
しかし思ったよりも早く竜種に刺した二つのサリュームが近づいて来る。
あの位置が竜種の頭であり、目より少し前の急所となる位置だ。
そこから導き出される竜種の頭の全体像と自身の平衡感覚から考えて、水面から頭を出したところにクリティカルのインパクトを射ち込めば少しは時間が稼げるはず。
竜種もこちらの動きを把握できるようにこちらもある程度は予測を立てられなければ戦う事は難しい。
足場の確保がまだ終わっていないが、今は迎撃する事を優先する。
黄竜装備による身体能力を強化しつつ、竜種が飛び上がる瞬間を狙って壁側に向けていた体のまま後方へと跳躍。
壁面に身体を打ち付ける竜種に向かって前脚付近と思われる位置にサリューム仕込みの矢をインパクトで射ち込んだ。
そのまま壁面へと身体をめり込ませた竜種に崩れた岩壁が落ち、わずかながらに竜種も埋められる事となる。
その間に水中へと着水したフィオレは泳いで反対側の壁面へと捕まり、よじ登って足場となる位置を探し始める。
サリュームも三点目となり動きもある程度は把握できる為、今は埋まった身体を起こそうともがいているのがわかる。
そしてこの近距離であれば動きの遅いこの竜種を相手にある程度は立ち回る事もできるだろう、持っていたサリュームを壁面に引っ掛けて明るさを確保する。
高い位置に登れば反対側の壁まで跳躍する事もできそうであり、足場となりそうな岩場までは少し距離がありそうだ。
インパクトを放った直後であれば弓矢によるダメージは低く、ダガーを片手に竜種に備える。
身体を起こした竜種は甲高い鳴き声をあげつつフィオレを威嚇し、インパクトを警戒したのか様子をうかがっているようだ。
これに対してフィオレは水属性の戦いにくさから他のモンスターを一方的に嵌め殺す事ができるだろうと、この竜種が戦い慣れていないと判断する。
この個体は体の大きさや魔法の出力から考えてもおそらくは色相竜であり、急激に成長したのではなく途方もない程長い年月を掛けて成長した個体と予想。
実際に色相竜だけでなく竜種に水属性の個体の話を聞く事がなく、国王から聞いた千年前の史実にさえ水竜の存在はなかったのだ。
他にもあげるとすれば地竜だろうか。
空を飛ぶ個体以外は世界規模の竜害に登場していなかったという事だ。
もしそうだとするならこの個体は倒す必要はなかったのではないかとも考えられなくもないが、対峙してしまった時点で討伐する以外に方法はない。
属性武器には水属性も存在する事から水竜を討伐した者は他にもいるはずであり、身体こそ巨大ではあるが色相竜としては少し劣種と思われる水竜と戦えるのであれば経験を積むのにちょうどいい。
矢を番ていない事に気付いた竜種がフィオレに襲い掛かり、壁面を駆け登って対面へと飛び上がる事で回避。
壁に頭から突っ込んだ竜種は唸り声をあげながらも再び襲い掛かり、同じようにして回避するフィオレに次々と襲い掛かる。
何度も壁に頭を打ち付けた竜種はこの小さく逃げ回る存在に苛立ちを覚え、口内からいくつもの水弾を放ってフィオレを打ち据えた。
堪らず水の中へと飛び込んだフィオレではあるものの、そこは竜種の領域である為リスクが大きい。
しかし竜種の背に当たる位置であれば攻撃も限られたものであり、さらにはこの巨体からではフィオレを締め付けるような事もできない為判断としては間違っていないだろう。
水弾の衝撃は打ち消され、水面が波打つ事でフィオレの姿も把握しづらくなる。
水弾を放つのをやめた竜種はフィオレの姿を確認するべく水中へと顔を沈めて襲い掛かった。
フィオレも水中に沈んだ竜種に気付くとダガーを構え、向かって来るサリュームの位置から距離を把握しつつすぐそばにある胴体に向かってインパクトを叩き込む。
壁面に触れたままの竜種の身体はその一撃に激しく内部を圧迫され、襲い掛かろうとした竜種も跳ね上がるようにして水面から顔を出し、勢いのまま奥側の水面へと顔を打ち付けた。
やはり戦い慣れていないこの個体であれば経験豊富なフィオレにとっては戦いようはいくらでもある。
反対側の壁面へと泳いで渡ったフィオレだが、遠く離れた位置に熱を感じさせる明かりが灯り、幾重にも広がった洞窟内に広がる回廊に出口の方向が示された。
倒れ込んだ竜種が起き上がるまでの時間である程度は出口に近付きたい。
遠くに灯る明かりを頼りに反射する岩壁を見極め、黄竜装備の出力を高めて出口に向かって駆け出した。




