187 洞窟戦
洞窟の真上に位置する場所に近い木にロープを括り付け、洞窟に向かって垂らして一人ずつ降りて行く。
もしここで竜種が飛び出して来ようものなら窪地の下まで落とされてしまうだけでなく、パーティーが分断されてしまう事から危機的状況に陥る可能性もあるが、これまでの洞窟に籠る竜種は住処に誘い込んでから襲い掛かるという習性を持っていた事から、ここで襲われる事はないと判断した。
念のため強襲に備えてフィオレから降りてはいるが、やはり竜種が出てくる事はなさそうだ。
しかし不気味な程に静かな山であり、洞窟内に吹き込む風が慟哭のように聞こえなくもない。
「やっぱり狭いよな。どんだけ変異すりゃこの中に上位竜なんかが入れるんだよ」
「下位竜なら入れそうだが、まあ体が小さい方が俺達としてはやり易いだろう」
「場合によるけどね」
上位竜の小型の個体であればあまり成長していないとも考えられる為、深くは考えずに洞窟内へと進む事にする。
洞窟内はやはり真っ暗であり、用意していた松明に火を付けてから足を踏み入れる。
歩数にして二百歩程も進んだ先に広い空間が広がっており、何かしらの生物と思われる気配が感じられる。
湿り気が強く水面に水滴が落ちる音も聞こえる事から、奥の方は水溜まりか地底湖が広がっている事がうかがえる。
光源は手元にある松明一本である事から向こうからこちらは見えているはずだが、まだ襲い掛かって来ないとなれば人間など敵とも思わない程に強力な個体か、または内部へと誘い込んだあとに逃げ道を塞ぐつもりかはわからない。
しかし討伐するとなれば中に踏み込む必要もあり、視界が全くないとすれば危険極まりない為サリュームを投げ込む事にする。
まずはレナータがサリュームを括り付けた矢を射り、洞窟内の全容をある程度把握しようと思ったが、壁面が岩である為跳ね返って落ちてくる。
しかしある程度離れた位置に矢が落ちた事で洞窟内にわずかな光が広がった。
続いて左右に向けてマリオとアリスが投げ込むと、マリオの投げたサリュームはある程度遠くの壁に引っ掛かり、アリスの投げたサリュームは山なりに飛んでいって地面に落ちた。
いくつもの空洞ができた洞窟であり、奥の方にはやはり水面があるようだ。
しかしモンスターの気配はあってもその姿はまだ確認できない。
「慎重に進んで押し潰されたら堪らないからな。一気に駆け込むぞ。駆け込んだらすぐにサリュームをばら撒く」
「私は状況見て仕込みに行くね」
小声で話したとしても洞窟内ではやはり反響してしまうが、大声で竜種を刺激するよりはまだいいだろう。
出口への目印にする為松明を窪みに差し込み、一気に広場へと駆け込んだ。
中央付近まで駆け込んだところで再びサリュームを左右に投げ込み、レナータは奥の空洞へと矢を放つ。
相当に広い洞窟なのかまだ奥の方は把握できないが、モンスターのテリトリーに足を踏み入れたとすれば何らかの動きはあるはずだ。
天井に刺さらないのならばと周囲に複数ばら撒いて充分な光量を確保し、ある程度は光源の高さも必要だとソーニャは壁面へと向かって駆け出した。
ソーニャが壁面にサリュームを仕込み始めてすぐに異変が起こり、地面に掘られた溝が水路となりそこへ水が流れ込んでくる。
この広い空洞を取り囲むようにして作られている水路は何が目的かはわからないが、敵が仕掛けてくる前兆である事は間違いない。
水に沈んだサリュームが光を広げて洞窟内を幻想的に輝かせる。
水飛沫に加えてズルズルと引き摺るような音が洞窟内に響き渡り、同じくして何らかの脚音も聞こえてくる。
間違いなく巨獣であり上位竜の変異種と思われる個体が近づいて来た。
サリュームの光を反射する瞳が奥の空洞に見え、奥に放った矢の光がその姿を薄っすらと形取る。
上位竜よりも小さい……いや、頭の大きな個体にも見えなくもない。
そんな竜種がゆっくりと空洞から出て来た。
「へ、蛇……?」
顔の作りは竜種のそれであるが、翼角と言うべきか、退化した翼がまるで冠のように頭から生えている。
そして特筆するべきはその身体だろうか、まるで蛇であるかのように長くその全貌は未だ見えない。
身体に対して短めの前脚が生えているものの、後脚がオリオンの位置からでは確認する事ができないのだ。
身体の大きさだけで考えれば上位竜と言われても否定できず、それ以上にも……
「まずい、想定外の個体だ。逃げる事も……くそ!ロープ登らねーと無理だ!やるしかねーのか!?」
「松明が消されてるよ!逃げようとすれば水魔法が向けられるかも!」
強引に突破すれば逃げる事もできるかもしれないが、水属性魔法がどのように働くかわからない状況での突破は危険極まりない。
「どうやら逃してはくれなさっ……ぐうっ!!」
退路を気にし始めたオリオンを逃すまいと考えたのか、闇に潜む竜種は体を引きつつ強烈な体当たりをジェラルドに叩き付ける。
並みの一撃ではない途轍もない質量がジェラルドにのし掛かるも、後方に押し退けられながらも何とか耐え切る。
これが噛みつきであれば盾ごと口内に収まりそうな程に巨大な頭であり、ただ防ぐだけではこの後の攻撃には耐えられないかもしれない。
一瞬で向けられた一撃に反応したのはフィオレであり、姿を消して側面へと回り込みサリュームから受けた光を頼りにクリティカルとなる位置にインパクトの一矢を放つ。
もちろんこの暗闇戦にも備えていたフィオレはただの矢を射るはずもなく、突き刺さった衝撃でサリュームが発光する特別製の矢だ。
矢が折れてもサリュームの仕込まれた鏃だけは残るよう工夫も施してある。
強靭な鱗で覆われる竜種である故か、それとも強敵と遭遇する事が少なかった事からかは不明だが、体当たりを防いだジェラルドからゆっくりと身体を起こしたところに強烈な一撃が突き刺さり、激しく揺さぶられて絶叫と共に後方へと倒れ込む。
今が好機とばかりにマリオとアリスは倒れた竜種に向かって駆け出した。
しかしアリスが足元の水溜まりを踏み抜くと、粘性のある水がその足を絡めとり前方へと転倒。
マリオは構わず竜種へと向かって跳躍し、顎下へのストリームスラッシュ七連を叩き込む。
強靭な鱗に覆われているとしても、その隙間から通った刃が数枚の鱗を剥ぎ取り肉を斬り刻む。
スラッシュ後のわずかな硬直の間に身体を後方に縮めた竜種はのっそりと身体を起こし、そのまま身体を後方に引くと水属性ブレスを吐き出した。
大量に吐き出された水はマリオを弾き飛ばし、壁に叩き付けたかと思えば押し流す程の水量だ。
地面が全面にわたって水に浸される事となった。
それでもこの位置は洞窟内でも高い位置に当たるのか、下方となる洞窟奥へと水が流れていく為水上戦にならないだけまだマシか。
アリスの足を絡めとった粘性ある水も解除され、ずぶ濡れになりつつも動く分には問題はない。
そしてブレスを吐き出した竜種の頭上から飛び降りたソーニャは翼角の付け根へとダガーを突き刺そうとするも、動かす必要の無くなった翼の付け根には巨大な一枚鱗が急所を守っており刃が通る事はない。
痺れる手を堪えてその場で身体を回転させて翼角の飛膜部分を斬り裂いて退避する。
竜種も元は弱点であった翼の付け根を狙われた事から奥へと下がっていく。
「どうしよう、弱点がないよ!?」
「いてて……もう頭斬り落とすつもりでやるしかねーんじゃね?まずは鱗を剥ぎ取る」
壁に叩き付けられたマリオではあったが、押し流された事でパーティーの近くまで戻って来ている。
レナータのヒールによって回復スキルを受けているが、頭を打った事から大量の血を流していた。
「どうやって!?」
「んん、鱗はちょっとずつ重なってるから後ろ側から起こせば剥ぎ取れるはずだ」
「難しくない!?」
実際動き回る竜種を相手にダガーで鱗を剥ぐのは難しいだろう。
それでも攻撃が通らないとすればやるしかないのだが。
「ごめん、私の炎槍には期待しないで。相性が悪くて熱が通りにくいと思うわ」
「ああ、よりによって水だもんな。魔法は相殺に使うしかねーか」
超威力を持つ無敵と思われたアリスの炎槍も、チェザリオとの訓練では水の刃に相殺されて威力は半減。
試しに出力を調整してチェザリオに炎槍を突き刺してみたのだが、水魔法による防御の前には炎槍はわずかな熱しか通す事はできなかったのだ。
属性の相性は元々知られてはいたものの、火に対する水の相性の悪さは他の属性に比べても大きいものだった。
「それよりも大きすぎないか?竜種と言うよりは大蛇に近いとすれば……」
「全長で考えれば相当ありそうだな。けど動きは思ったより遅えし戦う分には何とかなりそうだ。ただ問題はあれを俺達の攻撃力で倒せるかどうかだけどな」
攻撃力不足で倒すのに時間がかかるとすればジェラルドにかかる負担も大きくなる。
パーティーの最大攻撃力であるアリスの炎槍が通用しないとなると、マリオのスラッシュが鍵となるが、連撃数を増やした今も攻撃力を伸ばす事はできていないのが現状だ。
しかし連撃数を五連から一気に七連まで伸ばす事ができたのは、剣の振りよりも握りとスラッシュ発動のタイミングに意識を向けた事が要因だ。
握りを小指側に集中させる事で一撃の重さよりも振りの速さを優先し、さらには一撃目を振り下ろし始めた瞬間を狙ってスラッシュを発動する事でさらに剣速を伸ばしている。
モンスターの動きを見ながらではその二つを意識するだけでも難しいのだが、ここしばらくの戦いでは格下となる下位竜を相手にした事もあって七連まで振り切るのにも慣れてきた。
ここでまた次の段階に進むのがこの日の課題という事になる。




