171 やりたい事
クルエルティのほとんどを倒し終えたクレート達。
これで引き退るモンスターであれば生き延びられるはずなのだが、ボス個体とその側近二体が高台から降りてクレートの前へとやって来る。
この三体は他のクルエルティよりも一回り以上は大きく、手足も驚くほど長い。
おそらくはクレートが振るう剣とそう変わらないリーチがあるのではないかと思われる。
すでに三体となったクルエルティであれば子供達に精霊を割く必要はないだろうとシエンを呼び寄せ、ここからは自身の持つ力を存分に振るおうと精霊魔導剣士として精霊剣を構える。
しかしながらクレートからすればクルエルティは強いモンスターではなく、その辺にいる雑魚モンスターとそれほど大きな差はない。
ファントムの実用性が確認できた今、スキルと精霊魔法を織り交ぜた攻撃を試すべく、あくまで実験のつもりで剣を向ける。
人間側の都合、クレートの都合ではあるがクルエルティが引き退らないのであれば討伐するまでだ。
咆哮をあげて駆け出した三体のクルエルティに対し、クレートはファントムを左に配して駆け出す。
クルエルティの側近二体が前に出て左右に映るクレートと接敵し、ボス個体はクレート本体を狙って二体同時に襲い掛かる。
ボス個体からあっさりとファントムを看破されてしまったものの、クレートが振るうのは残火舞い踊る紫炎の刃。
側近を炎の刃で斬り裂くと同時にボス個体をも炎で払い除けると、そのまま右逆袈裟に斬り裂いて炎に包み込む。
ファントムへと爪刃を向けたクルエルティは擦り抜けた事で立ち止まり、クレート本体に向き直るもシエンのブレスが目の前に迫り、回避行動すら取る事なく焼き殺された。
やはりボス個体といえどもクレートの敵ではなかったが、精霊魔法を連発できる時点でスキルよりも圧倒的に優位なのだ。
ファントムの使用は時間制限付きでクレートが計測したところ一分程。
待機時間は五分と少し長いものの、使用開始から一分間は出すのも消すのも本人次第である為使い勝手はいい。
今回ボス個体にはクレート本体がバレてしまったが、おそらくは走って向かう事で足跡が付く本体と付かないファントムとで区別できたのだろう。
少し頭が回るモンスターを相手にする場合はファントムの背後から追従した方が効果は高そうだ。
馬車で王都へと帰って来たクレート達はギルドに報告を済ませ、食材を買って家へと帰って食事の準備を始める。
これまで毎日手伝いをしてきたジーナも少しずつクレートの料理を覚え始め、昨日作ったケチャップを使った料理をこの日作る予定となっている。
やはり元の世界とは植物も違う事から最初こそ悩みはしたものの、似たような食材はある為ケチャップも似たような味を再現できている。
パン食も悪くはないが、クレートは腹にしっかりと溜まる米食を好んでおり、ここ最近は米を主食とする料理が続いているが今夜の夕食にはケチャップと米となればやはりあれだろう。
子供達も大人も大好きオムライス。
今朝炊いたご飯と野菜やきのこに肉を使ってケチャップライスを作り、一人分に三つの卵を使ってフライパンをトントンと叩きながらふわふわの卵を焼いていく。
クレートは卵で包み込むよりもどちらといえば乗せる派らしく、ケチャップライスの上に形を整えられた卵を乗せてオムライスは完成。
付け合わせに茹でた野菜を飾って彩り豊かなオムライスが出来上がった。
ジーナはいつも自分の分とクレートの分、デニスの分とを作っており、この日も三人分のオムライス作りに挑戦する。
上手くできればクレートからは褒められ、デニスからは食事代をもらえるという特典付きである為ジーナも頑張る。
スープは以前作ったコンソメを使って簡単にコンソメスープを作る。
簡単なスープである為ジーナ一人でも問題なく作れるので問題はない。
そして新たに導入したオーブンでお菓子を焼くのはニルデだ。
女の子のニルデは、子供達が喜んでくれるだろうと思って作った焼き菓子に号泣し、これを学びたいと懇願してきたのだ。
クレートの作る料理は元の世界のまた異世界のものであり、ニルデの知るお菓子とは隔絶するものであったのだから感動するのも仕方がない。
材料は安いものではない為毎日作るわけではないのだが、デニスから習った文字を使って多くのメモを取りながら研究しているようだ。
こちらもデニスからお菓子代としてそこそこいい金額をもらえていたりもするのだが、ニルデはこのお金でお菓子の材料代の足しにしようとクレートに渡している。
今はオーブンを覗き込んで焼きあがるのを楽しみに待っているようだ。
炊事場はこの二人に任せて他の三人の様子を見に行くクレート。
デニスはテーブルに書類を広げて自分の仕事をしているようなので放っておく。
ほぼこの家に入り浸っているような気もするが国王の側近としての仕事は大丈夫なのだろうか。
家の裏ではピーナが一生懸命に水汲み用のポンプで必死で水を汲み上げていた。
これは風呂の支度であり、地下水を汲み上げて風呂に水を張る作業なのだが、小さなピーナは風呂の水を溜めるのが好きなようで率先して風呂の準備をする。
以前大量の石と隙間を埋める為の材料とを使ってしっかりと固めて作った風呂であり、三人が足を伸ばして入れるだけの大きな浴槽となっている。
金属を加工して作ってもらった器具を取り付けてシャワーもある為、しっかりと体を洗ってから湯船に浸かれば毎日の疲れは癒やされ、最高の気分で眠りにつける。
風呂を温めるのは最初こそクレートの精霊魔法を使っていたものの、かなり高額ではあったが火属性の竜種の魔核を購入して魔法で温めるようにした事で、元の世界で魔法を使えた子供達でも温かいお湯を沸かす事ができるようにしてある。
そしてその背後ではライマーが木剣を手に戦いの訓練に励んでおり、魔法が使えなくとも身体能力が高い召喚者であればと、クレートの戦いを思い返しながら木剣を振るう。
親が元の世界で若い頃に冒険者をしていたという事もあり、自分も大きくなったら冒険者になりたいという憧れがあったらしく、ここ最近のクレートの戦いに触発されて木剣での訓練に励んでいる。
クレートから斬撃の一つを学ぶたび、真面目な性格のライマーは愚直にその一振りを再現しようと自分が納得がいくまで同じように繰り返す。
それが完璧な剣技かどうかは別としても、ライマーの納得がいく一振りは、素振りの音が鋭いものに変わるまでと決めているようだが。
さらに奥、畑に立つのはセストであり、畑の野菜に水やりをしている。
地味ではあるがこの家の支えとなっているのはやはり最年長のセストだろう。
以前は全員でやっていた畑仕事ではあるものの、誰もが自分のやりたい事に手を伸ばし始めたにも関わらず、家の掃除や畑の管理などこれまでの仕事を全て受け持ってくれている。
クレートとしてはセストにも好きなように生きてほしいと思うのだが、今の生き方が楽しいのだと答えられては何も言う事ができない。
もしかすると執事などの仕事が向いているのかもしれないなどと思いつつ、今しばらくセストの様子を見る事にする。
いつもの夕食の時間になると全員が食卓に着き、「いただきます」と食事を始めた。
最初に作ったオムライスは少し冷め始めていたものの、クレートが温め直して出来たてとそう変わらない温度で料理を楽しめる。
「なにこれーーー!うんっまっ!」
「やばい、空腹にこの美味さは死ねる」
「この色合いからして食欲を誘いますね。ふわふわの卵と、このライスは絶妙な塩加減と甘味、優しい酸味に混ぜ込まれた食材がアクセントになって素晴らしい味です。卵が味を濃厚でまろやかにしてくれますし飲み込むのがもったいないくらいですよ」
「セス兄はどこの評論家なの?でもほんと美味しい。いくらでも食べられそう」
「先生、どう?わ、私のは失敗して崩れたけど、デニス様と先生のは形にはなったかと」
ジーナが作ったのは三人分であり、ケチャップライスから作っている為全てジーナの手によるものだ。
見た目もクレートの作ったオムライスに比べればやや劣るが、問題は味だろう。
「んん、悪くはない。ライスは少し薄味だがケチャップを追加で掛ければこれもまた美味い。卵はもう少し掻き混ぜながら火を通せば焦げ目もつかずに綺麗に焼けるぞ。だが初めてにしては上出来だ。デニスはどうだ?」
「今日のオムライス?これも最高に美味い。確かに焦げ目もあるが味は全く気にならないしな。スープも澄んでいて体の奥から浄化されていくような気分だ。こんな料理を毎日食べられるのならジーナを嫁にもらいたいくらいだな」
「ああ?デニス、お前死にたいのか?」
デニスの軽い冗談も挟みつつ、仮とはいえ娘のジーナは嫁にやらんとばかりに睨みを効かせるクレート。
二人からお墨付きをもらいジーナも嬉しそうにオムライスを頬張る。
自分のは少し火を通し過ぎたせいで卵が固くなってしまったものの、ケチャップライスと合わせて食べればまた美味しい。
ふわふわトロトロの卵が食べられなかったのは惜しいが、これだけ美味しければまたすぐにリクエストがあり次に作る機会もすぐに訪れるだろう。
全員が料理を堪能した後は、食後のデザート代わりにニルデの焼き菓子とお茶が出され、それぞれ色の違う貝のような形をした焼き菓子を口にする。
形からもわかるだろうマドレーヌをこの日作っており、味の違いから色の違いもある。
誰もがその美味しさに顔を綻ばせ、甘くて美味しい焼き菓子にニルデを褒めちぎる。
クレートが先日レシピを教えただけなのにも関わらず、イメージトレーニングでもしていたのか完璧、いや、想像以上の出来にクレートもニルデを絶賛。
今回はレシピ通りに作ってこの出来である事から、今後は改良を加えてセンテナーリオの食材を活かした味を研究してほしいところだ。
そしてデニスからは。
「これは……国王様に献上したいんだが」
このように国王に献上したいと思う程に美味しく、貝の形が海を表している事からセンテナーリオ精霊国向きの焼き菓子と言ってもいいだろう。
「だめ!これはデニス様の家の方の分だから国王様にはあげない!でも今度もっと上手くできたら……まあ、いいけど」
やはりこれはいくら上手くできたとはいえ初めて作ったマドレーヌであり、レシピ通りに作ったのではニルデのお菓子とは言えない。
友人に食べてもらう分には構わないとしても、国王に献上するのであればニルデも納得したお菓子でなければ渡すつもりはないのだろう。
この日のマドレーヌを献上する事はできないとしても、いずれニルデが献上する為のマドレーヌを焼いてくれるとすればデニスもそれを待つだけだ。
「では楽しみにしてる」と返すと嬉しそうに「待っててね」と意気込みを見せるニルデだった。
その後は男達が先に風呂を満喫し、デニスは今日も最高の一日だったと気分よく自分の家へと帰って行った。
邸の者からどう思われているのか少し心配になるが、子供達に優しいデニスをクレートは気に入っているようだ。




