169 異世界料理
買い物を終えて家に帰って来ると、時間はまだ少し早いが夕食の準備を始めるクレート。
子供達が喜ぶであろう料理を考えながら炊事場に立つ……が、全員が何を作るのか見にきていた。
「お前達も一緒に作るか?そう難しい料理でもないし覚えるといい」
クレートに誘われれば興味を持った子供達も手を洗って料理を手伝う。
食材を切るのは年長者が担当し、野菜を微塵切りにして次に肉を取り出す。
脂身もついた二種類の肉を買ってきており、これをクレートは薄切りにし、細切りにし、叩いて挽肉にする。
これに野菜と卵、パンに使うという粉と調味料などを加え、粘りが出るまで混ぜ合わせたら全員で自分の分のハンバーグを形作っていく。
小さな子は手も小さい事から二つ作ればいいだろう。
両手を使いポンポンと投げ付ける事で内部の空気を抜き、それを真ん中を少し窪ませて焼いていくだけ。
どうやらクレートが作るのはハンバーグのようだ。
ソースはこの世界の調味料がよくわからない為、あえてチーズを買ってきた。
ハンバーグに仕込んでチーズインハンバーグにしてもよかったが、誰でも簡単に形作れるようにと上に乗せるつもりだ。
付け合わせに野菜のサラダを盛り付け、植物性の油によく使われるというハーブなどを刻み入れ、果実を搾ったあとはクレートが元の世界で常時持ち歩いている調味料で味付け。
ドレッシングとしてサラダにふりかけた。
あとはパンを蓋をした鍋に入れて精霊魔法で熱を加え、ふっくら柔らかなパンにして料理は完成。
スープも作ろうかと思ったが、お昼に食べる予定だったというスープがある為、温めて食卓へと並べる。
「では食べようか。きっと気に入ってくれると思う」
「いただきますっ!」
初めて見た料理に全く警戒する事なく、真っ先にハンバーグにかぶりついたピーナは行儀も何もあったものではないが、一口頬張ると立ち上がり「美味しーーー!!」と叫んだ。
セスト達もそれに続くようにしてハンバーグを口に運び、誰もがその美味しさに顔を綻ばせ、幸せそうに料理を楽しむ。
「なにこれ!お肉なのに柔らかくてっ、噛むたび汁がジュワーって!」
「すごく美味しい!濃厚な肉の味にチーズが最高に合いますね!」
「やばい、涙が出る程美味い……」
「クレパパ!激うま!」
誰もが絶賛するハンバーグだったようでクレートも作った甲斐があるというもの。
買い物中はまだかしこまった態度をとっていた子供達ではあるが、料理を口にして普段通りの口調に戻ったようだ。
パンは温め直した事で少し柔らかくなっており、ハンバーグの塩気を和らげつつ腹を満たしてくれる。
サラダ一つとっても風味豊かで爽やかな味のドレッシングは野菜の持つ癖を包み込み、甘さを引き立てる事で塩味と酸味、甘味が別次元の調和を生み出している。
それならスープは……
獣臭というか臓腑の臭みというか、味に深みを出すために入れたはずの肉が悪さをしているのがよくわかる。
「スープが美味しくない……」
「んん、臭いな……」
誰もがこの臭みに気分が沈み、ハンバーグやサラダで口直しをする。
「肉から出た灰汁を取らなかったのが原因だろう。肉は旨味も強いが臭いも強いからただ入れればいいというものではない。灰汁取りをして臭み消しの野菜を入れたりする事で格段に美味くなる」
「クレパパが美味しくないって言ってたのがよくわかるね」
「魔族料理がこんなに美味しいなんて……」
「このハンバーグで店出したら儲かりそう」
クレートとしても料理店を始めればそれだけで暮らしていけるのではないかと思える程に味の差が大きい。
魔王が食文化を変えるまでは自分自身も同じように不味い料理を食べていたのだが、今となってはあの頃の料理を食べたいとは微塵も思わない程に味を気にするようになっている。
「オレは料理人になる気はないからな。お前達が将来料理人として生きていこうというのであればオレの知る料理は教えるが、店を開こうと思うのならそれなりの努力は必要だぞ。ただ美味い料理を作れるからといって店を出すのでは長くは続かない。すぐに本職の者が料理を真似してそれ以上のものを作るようになるだろうからな」
クレートの料理の腕前としてはそう高いものではなく、多少料理の知識を持っているだけで、誰でもそれなりに美味しく作れる程度の料理しかできないのだから店を出す程ではない。
料理を作るのが好きな者が作ってこそ店で出せる料理を提供できるのであり、金をもらってまで料理をする気のないクレートは店を持つべきではないだろう。
「最初は儲かるかもしれないけど、すぐにお客さん取られるとしたらやらない方がいいですね」
「店を持ちたいならまずはどこかで料理人として修行しないとって事?」
「そういう事だ。この国でも一流の料理人ともなればオレより美味い料理を作る者はいるだろうしな」
「それなら私は料理人を目指したいな。料理は好きだしこんな美味しいもの食べたら私も美味しい料理を作ってみたいもん」
女性の年長者であるジーナが料理人になりたいと声を上げる。
どうやら普段から料理する事が多くかったらしく、包丁さばきも随分と様になっていた。
しかしこの国の者からよく思われていないという召喚者では雇ってくれるかは難しいところ。
セストでさえ仕事に就いていないとの事からやはり就職先は見つからないかもしれない。
「よし、まずは毎日オレの料理の手伝いをしてもらおうか。そこから得意料理を一つ覚えてもらって、上達したら故郷の料理だとデニスに売り込んでみよう。上流階級の者の目に留まれば一般の店で働くよりも多くの事を経験できるかもしれないしな」
「うん、頑張る!」
とりあえずジーナにやる気があるなら料理人を目指すのに協力しない理由はない。
毎日料理を続けていれば技術と知識は自ずとついてくる。
そこに楽しさを覚えれば料理への興味がさらに膨らみ、自分自身でそれ以上の味を追求していく事にもなるだろう。
いずれはクレートの料理に改良を加え、ジーナの味にしてくれる事に期待しよう。
「皆もやりたい事があれば言ってくれ。何でも相談に乗るからな」
どうやら魔王の従者であるクレートは、これまで目的を持てずに過ごしてきた召喚者達に未来を与えてやりたいようだ。
自分達の将来が明るいものではないと感じていた召喚者達は、やりたい事と言われてもすぐには思いつかないのか口を閉ざしてしまうものの、クレートとしてはゆっくりと時間をかけて自分の将来を考えてほしいところ。
これからクレートと共に過ごすうちにさまざまな事を経験し、自分が本当にやりたい事を見つけるのがいいだろう。
この日は畑仕事と料理をしてみた事でジーナがやりたい事を見つけ、明日には苗植えと訓練と称した魔獣狩り、そして風呂作りにも取り掛かる予定だ。
そして海に船もある事から釣りや漁業にも参加しようと考えており、その全てに子供達も同行させるつもりでいる。
召喚されて元の世界に帰れなくなってしまったクレートではあるが、この新天地においても明るく過ごせと、力ある者として弱者を救えと命じるのが魔族の敬愛する魔王である。
そしてクレートが世界から消えた事を気に掛けるであろう魔王に申し訳なく思いつつ、もしかするとこの異世界にいても尚探し出してくれそうな予感もする。
最強であり不可能すら可能にする魔王であるだけに予感というよりは確信に近い。
もし本当に自分を探し出してくれるとするならば……
魔王の従者として恥じぬ生き方を、召喚勇者ではなくクレート=ブラーガとしてこの世界で生きるのみ。




