168 子供達
国王との対話を終えたクレートは、今後しばらく付き人として配属される事になったデニスと共に他の召喚者達の元へと向かっていた。
彼らもクレートと同じ魔法ある世界からの召喚者との事だが、以前使えていた魔法が今は使う事ができず、召喚の際に得られたスキルのみが使用可能との事。
身体能力こそ精霊国の者に比べれば高いものの、強力なモンスターと戦える程ではないという。
「彼らは勇者ではなく召喚者としてセンテナーリオに住んではいるのだが、召喚士の住む国である故か異なるスキルを持つ彼らは住民達から良く思われていなくてな。街の中でのサモンスキルを禁止されている住民達からすれば、身体能力の高い彼らは危険な存在として映るのだろう。宿には置いておけぬと貧民街との境目、王都の外れに住居を設けてある」
「異分子を警戒するのは当然だが、国の都合で召喚しておきながら酷い扱いだな。オレもそれなりの対応を取らせてもらう事にしよう」
クレートは腹立たしく思いつつ召喚者達の住居へと到着。
建物の外観はそう悪いものではなく、一応は手入れをされた状態で住居として提供されたらしい。
扉をノックすると家の中から幼さの残る返事が聞こえ、中から十歳前後の人間の女の子が出てきた。
「あれ?デニス様お久しぶりです。本日はどのようなご用件ですか?」
「久しぶりだな【ピーナ】。今日はお前達に紹介したい者がいてな。ほら、この者は昨日召喚されたクレートだ」
どうやらデニスとこの女の子は知り合いのようだ。
もしかすると以前ピーナが召喚された際にもデニスが付き人として配属されていたのかもしれない。
気持ちが表面に出やすい子供であるからこそわかりやすく、二人の雰囲気からして関係性は良好のようだ。
「クレート=ブラーガだ。ピーナ、よろしく頼む」
「えっと……よろしくお願いしますっ!」
おそらくはクレートの肌の色に驚いたのだろう、少し青みがかっているだけに普通の人間には見えないのだ。
「ピーナ、【セスト】はいるか?」
「はい。今はみんな裏の畑で農作業をしてます。呼んで来ますね」
どうやら住居の裏は畑になっているらしく、そこで何人かで作業をしているらしい。
「オレにもその畑を見せてくれるか?」
「どうぞ!こっちです!」
国の者に対する接し方とは違い、クレートは優しそうな雰囲気をピーナに向けている。
見た目こそ少し戸惑いの表情を見せたものの、ピーナも警戒する事なく畑へと誘いあとを着いていく。
家の裏は貧民街の者の侵入を防ぐ為のものであろう鉄柵で囲まれた広い畑になっており、そこには二人ずつの男女が農作業をしていた。
「セス兄!デニス様がお客さん連れて来たよ!」
ピーナの呼び声に反応して全員が作業を中断してこちらへと歩み寄って来る。
この中でセストが最年長者のようだが、おそらくは二十代前半かと思われる。
「デニス様お久しぶりです。お客様というのは……その、まさか……」
「昨日召喚されたクレート=ブラーガだ。その反応からして魔族を知っているのだな?」
ガタガタと震えながらもピーナを庇うようにして背後へ下がらせ、農具を手に警戒心を強めるセスト。
魔族という言葉を聞いて他の者達も怯えながらその背に隠れる。
「何年前にこの世界に来たのかは知らんが安心していい。今は魔族と人間は共存の道を歩み出したところでな。オレがお前達を傷付ける事はないと保障しよう」
「ま、魔族は人間を食べるって……」
「それはオレが生まれるより遥か前、随分と昔の話だな」
「でも俺達の街には魔族が来たんだ!そこで多くの人達が犠牲になったって聞いてる!」
「んん、その話から察するに……セストはザウス王国のアルテリアの者か?あの国にはオレも思い入れがあるし、良ければ話を聞かせてやれるが」
セストが元の世界にいた時に魔族が攻め入って来た事があるのだろう。
しかしそんなわずかな情報でありながらも国どころか街をも特定したクレートに驚きの表情を向けるセスト。
「本当に……魔族が人間と?」
「それにオレは人間と魔人の混血、人魔種でもある。オレの生まれた国では以前から人間と魔人は共存していたのでな。人間の親を持つオレが種族にこだわる必要はないだろう」
クレートが人間と魔人の混血とは言うもののセストは魔族を見るのが初めてであり、肌の色の違いや少し尖った耳、赤い目などの特徴から魔族と判断。
語り継がれた伝承にある特徴からは魔人と人魔の区別をつける事はできない。
それでもザウス王国を知るクレートの話に惹かれ、セストも警戒を緩めて握りしめていた農具を地面に下ろす。
「父と母は……いえ、アルテリアは、俺の故郷はどうなったんでしょう」
「アルテリアは魔王様のご友人が住んでいる事もありここ最近では随分と発展している。オレも少し前に訪れたがとても美しい街だったぞ。おそらくはお前の家族も元気に暮らしている事だろう」
クレートの言葉に涙がこぼれ落ちるセスト。
突然の召喚に何が起こったかもわからず家族やそれまで積み上げてきた全てを失い、この世界で生きていく為に過去を振り返らずに日々過ごしてきた。
それがクレートとの出会いにより故郷の街を思い返し、家族の姿が脳裏に映し出されているのだろう。
嗚咽を漏らしながらその場に座り込んでしまった。
「あとで道具を揃えて街の写真を作ってやろうか。他の者もオレが行った事のある国の話なら聞かせてやれるぞ。小さな街や村まではわからんがな」
クレートは魔王の従者であるが故に人間領のさまざまな国や街を訪れており、元の世界の話であれば多くの事を聞かせてやれる。
魔族である事に怯えていた他の者達も故郷を思い出し、クレートを囲むようにして質問を始めた。
どうやら写真まである世界らしいが。
しばらく召喚者達の質問責めにあったクレートではあるが、故郷から引き剥がされた子供達を哀れに思い、自分の知る範囲内でその質問に答え続けていた。
七年前に来たというセストを始めとして、五年前にはジーナ、四年前にニルデと三年前にはライマー、二年前にはピーナが召喚されたようだが、誰もが故郷を懐かしみ家族に会いたいと涙をこぼす。
故郷の無事を知り、涙を浮かべながらも笑顔を見せる子供達に、クレートは自分がどう接していくべきかを考える。
自身の主人である魔王は絶対に子供達を見捨てる事などせず、我が子として手を差し伸べる事を当然とする。
従者となったその時から魔王の意志は絶対であり、その意志に従う事が魔王への忠誠を示す事になると信じ、この世界で自分のすべき事を決めた。
「魔王様の統べる世界、そこに生まれ落ちた大切な子供達よ。召喚されたこの異界でオレはお前達の親代わりとなり、何があっても守り抜く事をここに誓おう」
「親、代わり?ピーナのパパになってくれるって事!?本当に!?わぁーい!」
胸に手を当ててクレートが自分の意思を示すと、ピーナが親という言葉に反応して喜んだ。
そして最初こそ魔族を恐れたセストもクレートの語る故郷の話に警戒を解き、よろしくお願いしますと頭を下げると他の召喚者達も笑顔でクレートに歓迎の言葉を投げかけた。
家族のいた子供達であった事から、クレートはこの日からクレパパと呼ばれる事になるようだ。
「デニス。オレは今日からここに……しまった、風呂が……仕方がない。今日からこの子供達の親としてここに住む事にする。宿の店主には風呂はいいと断っておいてくれ」
「わかった。では明日の朝また来よう。訓練に同行させてもらいたい」
「ところでこの国に魔獣を倒して金を稼ぐ仕事はあるか?あればそこを紹介してほしい」
「当面の金は預かって来ているが……まあいい、明日ギルドに案内しよう。これを受け取ってくれ」
クレートに金の入った皮袋を渡し、デニスは元来た道を戻って行った。
付き人として配属されているが、監視の目的もあったはずにも関わらず帰ってしまってもいいのだろうか。
「よし、金が多少もらえたようだしセスト、この国の金の価値を教えてくれ。これはどれだけあるんだ?」
「はい。えっと……ええ!?しばらく遊んで暮らせる程の金額ですよ!?」
「そうか。では畑仕事を済ませて買い物に行こう。美味い飯を作ってやる。泊まったのはそこそこいい宿だったはずだが飯は美味くはなかったからな。オレが作った方がまだ美味いだろう」
セストからしてみればこの国の食事は不味くはなく、街の食事処でも美味しいと思える料理を提供してくれるのだが。
「あと風呂も作りたい。ゆっくりと浸かれる大きな風呂がいいな。お前達にも手伝ってもらうぞ」
「風呂ですか?そんな高級宿にあるような物を家に?」
「これだけは畑かもしくは一部屋潰してでも絶対に外せない。しばらくは洗浄魔法で……使えないのか……腹立たしい。早々に完成させなければ」
魔族は綺麗好きな者が多いのだろうか。
セスト達は恐怖の対象であったはずの魔族が、食事や風呂にこだわりを持つ事に思わず笑ってしまう。
なかなかに親しみやすい存在である事に誰もが嬉しさを覚えていた。
畑仕事は冬を終えて新たに土を耕すところからのようだが、地属性魔法は問題なく使えたクレートが一気に掘り返してセスト達が整えるだけですぐに終わった。
魔王の指示でさまざまな仕事を経験してきたというクレートの地属性魔法は、驚く事に雑草と石を取り除くという神業とも思える程に精緻な魔法だ。
セスト達が前もって集めていたという腐葉土を混ぜ込みつつ完璧に整えられた畑は農家顔負けの出来と言っていいだろう。
全員で買い物に出掛け、昼時を少し過ぎていた為まずは料理屋で食事を摂った。
やはりクレートの口には合わないらしく、小声でこれは本当に美味いのか?と質問していたが、セスト達にとっては普通に美味しい料理である。
食材と畑の苗を購入しつつ風呂作りに使えそうな材料を注文して家に運ぶよう手配しておく。
セストに預けた金で支払いを済ませ、この世界での金の価値を把握しながら子供達の教育についても考えるクレート。
言葉は召喚儀式の魔法陣に組み込まれていた為会話はできるのだが、文字は変換されずに読む事はできない。
最年長者のセストでさえも文字は読めないとなれば他から習うしかない。
ここはデニスに金を払って勉強するしかないだろう。
文字さえわかれば子供達の教育は自分で何とかするだけだ。
魔王から学んださまざまな知識を子供達に与え、この世界でも成功を収められるだけの能力を身につけさせるのは親としての務め。
勉強を嫌がる子もいるかもしれないとしても、何かしらの工夫をしながら育てていくのみ。




