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追放シーフの成り上がり  作者: 白銀 六花
167/257

167 勇者召喚

 時は半年程遡る。


 センテナーリオ精霊国の天星宮。

 星空を見渡すことのできる展望台であり、地面に巨大な魔法陣が描かれた精霊国召喚儀式の間が天星宮である。

 空気の澄んだ雪解けの季節のある日、満点の星空が広がる深夜に宮廷召喚士達が集まり、これから勇者召喚の儀式が行われる事となる。


 国王がこの偉大なる儀式の成功を願って激励と祈願の言葉を述べ、この日に備えて準備を整えてきた宮廷召喚士達が魔法陣を囲むようにして両手を空に向けて掲げる。

 精霊国に代々伝わる勇者の詩と呼ばれる呪文を唱えながらサモンスキルを発動し、二十五人もの上位召喚士のスキルが魔法陣によって混じり合い、光の柱となって天空へと放たれた。

 光の柱が収まると、地面に倒れ込む召喚士達。

 スキルの消耗により意識を失う事になり、体調が悪い者やスキル能力の低い者であれば命を落とす事もある危険な儀式でもある。


 それから少し待つと展望台となるこの位置から各方向を監視していた者達の一人から声があがり、声の方向へと視線を向けるとぼんやりとした光の柱が遠くで立ち昇っていた。

 どうやらこの年は召喚には成功したらしく、失敗した場合にはどこにも光の柱は現れる事はない。


 国王は気を失う召喚士達を国の宝だとして丁重に宿に運ぶよう部下に指示を出し、側近や護衛と共に光の柱が立ち昇るその場所へと馬車を走らせた。




 目的の場所まで辿り着いた国王達ではあったが光の柱の中には誰もおらず、周囲を見渡していると二階建ての建物の屋根に人影があった。

 おそらくは近付いてくる馬車の音に警戒して距離を取ったのだろう。

 苦もなく屋根に飛び乗るだけの力と突然の出来事にも逃げ出さない胆力、そして警戒しながらも怯えの見せないその眼差しから力のある者が召喚された事は一目でわかった。

 これまでは成功したとしても状況が掴めず呆ける者、恐怖から逃げ出す者や隠れる者とさまざまではあったが、距離を取りつつ状況を確認できるだけの能力を持つ者はいなかったのだ。

 これは期待できると国王が前に出て言葉をかける。


「おお、召喚されし異界の勇者よ。我はセンテナーリオ精霊国国王ヘルムート=イージドール=ローマン=センテナーリオである。其方が力を我が国の為に貸してほしい」


「聞きなれない言葉だが……理解できるうえにオレにも話せるのか。オレは魔王様に忠誠を誓う従者【クレート=ブラーガ】だ。人族の国のようだがイカイのユーシャ?ユーシャではないがここは……異界なのか?」


 警戒しつつも状況を把握しようと言葉を返した召喚者クレート。

 右手に鈍色の剣を携えているが、敵意は見えない事から危険性は低いだろう。


「言葉は召喚される際に理解のできるものとして変換されるよう方陣に組み込まれているようでな。其方のいた世界から考えればここは異界となる。誰もがスキルを持つ世界であり、おそらく其方は魔法ある世界の者であろう。こちらにも魔法はあるがどれもがスキルとして発動するようだ」


「確かにオレのいた世界は魔法を使用するが……んん?炎が出せん、いや、精霊魔法は使えるか。空も飛べるが水魔法も使えんな。何かしらの理由があるようだ」


 クレートは肩の上に炎のトカゲを顕現させ、掌から巨大な火炎球を生み出した。

 空を飛べるというが、屋根には飛び乗ったのではなく飛行能力を使用したという事か。


「紫色の炎……それも無詠唱で精霊魔法を行使できるだけでなく空をも飛べるとは!恐るべき能力の持ち主よ!やはり其方は我らが求める勇者で間違いはない!其方の力を我が国の為に役立ててほしい!」


「ユーシャ?ユウ、者?勇者か。なるほど。しかしオレは勇者ではなく魔王様の従者だ。勇者などという訳の分からないものになるつもりはない」


 勇者というものがクレートのいた世界にはいなかったのだろう、少し理解に手間取るも、言葉の変換に少し難があったのだろうか。

 しかしセンテナーリオ国王としてはクレートの言う魔王について理解できない。


「クレートよ。勇者と名乗りたくなくば名乗らなくともよい。それよりもマオウとは何なのだ?どこかの国の王族という事か?」


「魔王様は魔の国を統べる最強の王。我ら魔族の誇る力の象徴でもある」


「魔法ある世界の魔の王……最強とは言うが其方もそれに連なる力を持っているのではないのか?」


 魔族という言葉まで出てきているが、国王は魔王の言葉の解釈から魔法を行使する一族として理解。

 精霊魔法をも無詠唱で発動できる事から魔法能力の高い一族として考えたようだ。


「オレの力など魔王様の足元にも及ばない。あの方の前では何者であろうとも皆同列、弱者に過ぎんからな」


「ふむ、弱者と申すか。我らの求める勇者ではないと……しかし精霊魔法は我らから見ても本物のようであるしな。其方の力についてはいずれ知る機会を設けるとして、まずは我らと共に来てはくれぬか。召喚した者を放っておくわけにもいかぬのでな」


 クレート本人が弱者と語るのであれば元の世界では弱者の部類に入るのかもしれない、もしくは本人が思っているだけかもしれないが、精霊魔法こそ史上最強と信じるセンテナーリオ精霊国としてはその言葉を俄には信じ難くクレートの実力を図るには時期尚早と考える。

 弱者であるならとこのまま放置するわけにもいかず、今はひとまず手元に置いておくべきだと判断したようだ。


「状況がまだ飲み込めていないが大人しく幽閉されるつもりはない」


「幽閉などと、其方を捕らえるつもりはないのだ。我らが接触できる場所、そうだな、警戒するのも当然であるからして窓の多い宿を手配しよう。空を飛べると言うのであれば問題はあるまい」


「宿屋か。食事と風呂はあるのか?」


 何気に贅沢な要望を出してきた。


「食事はもちろんあるが……そうか。では風呂付きの宿を手配しよう」


 共に来ていた護衛の者から情報を得た国王は風呂付きの宿を手配する事を決める。


「風呂があるなら行こうか。もし幽閉、監禁をしようとした場合には抵抗させてもらうがな」


 風呂に釣られてあっさりと国王に着いて行く事を決めたクレート。

 魔王と比べれば自分は弱者であると答えているものの、他の者、相手が人間であれば何人向かって来ようと問題はないと判断する。

 人間の国を敵に回すつもりはないが、念の為敵意がある場合には抵抗する意志だけは見せておく。

 剣を鞘に収めたクレートは音もなく地面へと飛び降り、国王の護衛に続いて宿へと向かった。




 ◇◇◇




 翌朝目覚めたクレートは、部屋の前で待機していた兵士【デニス】に連れられて宿の食事を摂る。

 風呂については昨夜遅い時間だった為諦めたが、この日の夕方には入れるよう宿の主人が準備してくれるとの事。

 デニスは国王の側付きの精霊召喚士ではあるものの、この日は国王の指示のもとクレートの案内役としてこの宿に迎えに来たそうだ。


 クレートが食事を終えるとセンテナーリオ王都の街並みを見回しながら王城へと向かい、離れた位置に見える広大な海と港に停泊する船などについて興味深く質問を繰り返す。

 どうやらクレートのいた世界では海は珍しいらしく、危険な魔獣が巣食う事から船は存在しないという。

 センテナーリオは漁業の盛んな国であり、巨大な生物がいるとの話は聞く事はあっても危険な魔獣、モンスターなどの話を聞く事はなかった。

 どうやら生態系にも大きな違いがあるようだが、精霊国に不信感を抱いているクレートが少しでもこちらの世界に興味を持ってくれた事はデニスとしては都合がいい。

 今後暇のある時にでも船の見物や漁港にも連れて行く事を約束をする。


 しかしこのクレートは目立つ出立ちをしており、燃えるような赤い瞳に人間とは思えないような蒼白の肌、そして紫がかった銀髪。

 上質なモンスター素材で作られた装備で全身を包み込み、首筋に提げられた涙型のペンダントと耳飾りは国宝級の輝きを放ってその存在感を主張している。

 身長こそ特別高くはないが装備を着ていてもわかる程に鍛え抜かれた肉体はその立ち姿をも美しく整える。

 ローブに包まれた召喚士で溢れる精霊国においては戦士のような装いだけでも目立つ上、男女問わず周囲の目を惹きつける程の美形である為とにかく目立つ。

 行く先々で人々が集まり、さまざまな噂を呼び込みながら注目を集めていく。




 王城に到着するまでに人集りは列を成し、多くの人々に見送られながら城門を潜ってデニスと共に謁見の間へと向かうクレート。

 昨夜の国王との対話から考えれば無礼を働きそうにも思えるが、異界の者である事から礼儀作法は今後修正するとして今はまだ見逃しておくべきだろう。

 玉座に座る国王を前にしてデニスは跪き、クレートは会いに来たつもりもなければ客のつもりもない為跪く気はない。


「さてクレートよ。我々は其方を勇者として召喚したのだが、まずは勇者たる力があるのかどうかを見極めたい。その力を見せてはくれぬか」


「昨夜も言ったがオレは勇者ではないしこの国の者でもない。勇者としての力を見極めるというのは筋違いだと思うが?」


「ふぅむ。我らが勇者と認めるか否かではなく其方自身が勇者を認めぬと。しかしこれでは話が進まぬな。せめて其方と何か歩み寄れる方法はないものか……」


「歩み寄るより先に確認したいんだがオレを元の世界に帰す事は可能か?」


「いや、通常のモンスター召喚とは違い儀式による召喚である為不可能だ」


 サモンスキルによる召喚も異界からのモンスター召喚ではあるが、一時的な召喚である為スキル解除をすると同時にモンスターも異界へと帰される。

 儀式による召喚では描かれた魔法陣に言語変換や定着の術式などが組み込まれている為、召喚した時点でこの世界の存在として確立されてしまうのだ。

 魔法陣に関しては遥か昔に描かれたものである為、国王も詳細までは知らないのだが。


「そうか。オレは魔王様の元へは帰る事ができないのか……」


「其方には申し訳ないがな。故に其方が勇者であれば我々も丁重にもてなそうと考えるのだが、その力を確認できぬとなるとどう接するべきか悩むところ。其方の在り方次第で我々も考えねばならぬ」


 異界から召喚されたクレートからすれば勝手な物言いだなと思う。

 しかし勇者として召喚された以上は、召喚されるだけの理由もあるのではないか。

 力ある者の存在が必要だったのではないかとも考えられる。


「勇者召喚とは言うがオレに何をさせたいんだ?まさか戦争をする駒に利用するつもりではないだろうな」


「戦争などするつもりはない。我々の世界には竜種という最悪のモンスターが数多く存在するのだが、先代の頃……二十年以上も前だろうか、他領に住み着いた最強個体、色相竜の討伐戦では多くの召喚士が命を落とすも討伐する事は叶わなかった。当時最強を誇った精鋭部隊が壊滅したとあって、召喚士だけでは色相竜の討伐は難しいと考えた我が国はその頃から勇者召喚の儀式を繰り返しておったのだ。さらには三年程前にこの王都に近い山に一体が住み着いてしまってな。其奴のおかげで日々モンスターの群れが王都を押し寄せる故苦労しておる」


 世間一般にはそう知られてはいないものの、国の上層部では国内にどれだけの竜種がいるかは把握しているのが常識だ。

 各領地やギルドからの情報は当然として、国の竜種調査機関が各地方を調べ、危険度や討伐の優先度を決めたりと日々竜種対策を行っている。

 精霊国でも上位竜までは召喚士の大隊を率いて討伐に成功しているものの、二十年以上前に他領に現れた色相竜討伐戦では退敗。

 あまりにも損失が大きく宮廷召喚士の半数を失うという結果に終わってしまった事から、現在色相竜は王都からそう遠くない位置にも一体現れたというのに討伐作戦を実施されるには至っていない。

 失敗すれば王都が壊滅する可能性が高い事から慎重になるのも当然だろう。

 召喚士だけでは色相竜の討伐は難しく、強力な力を有した勇者を召喚したいと考えるのも仕方がない事かもしれない。


「その竜種に知性はあるのか?」


「知性などありはしないだろうな。突然現れて人間が邪魔と感じれば皆殺し。敵と認識すれば破壊の限りを尽くすのみよ」


 クレートからすれば人間がモンスターにしている事と何が違うのかと思えなくもないが、知性ある者とは対話と共存を、知性なきモノとは不干渉、または敵対をと考える魔王の意志に従い国王の言葉に一つ歩み寄る。


「この王都に近い竜種討伐を引き受けよう。ただこの世界ではオレの力が制限されるようだ。少し訓練の時間がほしい」


「おお!おお、引き受けてくれるのか!色相竜が動かぬ限りは訓練に時間を割いてもらっても構わぬのでな!是非とも頼む!」


「引き受ける代わりにもう一つ。オレ以外の召喚者にも合わせてくれ」


 国王の望みが色相竜討伐であればそれを叶える事こそ共存への近道であり、勇者として過ごすつもりはないとしても最低限の関係だけは保てるはずだ。

 そしてクレートはこの王都近隣に棲む色相竜討伐が済めば、他の召喚者と共に王都を離れようと考えていた。

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